先週17日は単行本第22巻の発売日でしたね!
しかもその前日は第243話の公開日でもありましたが、ヤングジャンプ本誌ではなんとセンターカラーでした。
ということでこちらをご覧下さい。

単行本とセンターカラーのソフィ。
同じイラストと思いきや、センターカラーの方はソフィのトレードマークともいえる羽が描かれています。
対して単行本表紙の方はドレスのみではありますが、帯に隠された部分には“人”の手が握られています。
センターカラー、表紙いずれも異質感漂うソフィの様子がはっきりと表れていますね。どちらも不気味で仕方ありません。シャドーハウスという怪しい館の異様さがこれでもかと前面に押し出されています。
シャドーハウスの異様さが前面に押し出されているのはこれだけではありません。単行本発売開始直後には、公式からこんな動画が提供されました。
おおっ!? 国内用としては第2巻以来の単行本販促PVが登場です!!
(オタク特有の細か過ぎる言い回し)(2巻以降に、海外用の単行本販促PVや国内用の作品宣伝PVといった動画が存在するためこう言わざるを得ない)
因みに第2巻発売時のPVはこちらです。
→【漫画】日本発の美しき不穏…!
第2巻の頃と比べて物語が積み重ねられてきた分、シャドーハウスという作品がどんな漫画なのかはっきりと分かるようになりましたね。
シャドーハウスは魅力を伝えようとすると大分ネタバレをしなければならないジレンマがありますが、このPVではそんな遠慮を振り切った感があります。しかしながらそれでも隠されている秘密はまだ多いですし、連載や単行本を追っている読者には物語の振り返りを、まだ漫画を読んでいない方々には読むきっかけとなる良いプロモーションだと思います。
加えて、第8話のエミリコが大広間を見上げているシーンで転調するところなんかは、初めの頃から作品を追っている読者へのささやかなサービスかななんて考えてしまいました。
さて、ところで「秘密はまだ多い」と書きましたが、それはシャドーハウス未読の方、単行本読者、連載を追っているファンとそれぞれ“秘密”の度合いは違ってきます。
先ほど取り上げた、第22巻表紙でソフィが持っている「手」もその一つです。
あの「手」が何なのかについては第242話まで読んでいる方はもうお分かりかと思いますが、ここでは一旦伏せておきます。それはこの後続きから書いていきましょう。
本話の主人公は、ソフィから「手」を奪われた人物でした。
しかもその前日は第243話の公開日でもありましたが、ヤングジャンプ本誌ではなんとセンターカラーでした。
ということでこちらをご覧下さい。

単行本とセンターカラーのソフィ。
同じイラストと思いきや、センターカラーの方はソフィのトレードマークともいえる羽が描かれています。
対して単行本表紙の方はドレスのみではありますが、帯に隠された部分には“人”の手が握られています。
センターカラー、表紙いずれも異質感漂うソフィの様子がはっきりと表れていますね。どちらも不気味で仕方ありません。シャドーハウスという怪しい館の異様さがこれでもかと前面に押し出されています。
シャドーハウスの異様さが前面に押し出されているのはこれだけではありません。単行本発売開始直後には、公式からこんな動画が提供されました。
おおっ!? 国内用としては第2巻以来の単行本販促PVが登場です!!
(オタク特有の細か過ぎる言い回し)(2巻以降に、海外用の単行本販促PVや国内用の作品宣伝PVといった動画が存在するためこう言わざるを得ない)
因みに第2巻発売時のPVはこちらです。
→【漫画】日本発の美しき不穏…!
第2巻の頃と比べて物語が積み重ねられてきた分、シャドーハウスという作品がどんな漫画なのかはっきりと分かるようになりましたね。
シャドーハウスは魅力を伝えようとすると大分ネタバレをしなければならないジレンマがありますが、このPVではそんな遠慮を振り切った感があります。しかしながらそれでも隠されている秘密はまだ多いですし、連載や単行本を追っている読者には物語の振り返りを、まだ漫画を読んでいない方々には読むきっかけとなる良いプロモーションだと思います。
加えて、第8話のエミリコが大広間を見上げているシーンで転調するところなんかは、初めの頃から作品を追っている読者へのささやかなサービスかななんて考えてしまいました。
さて、ところで「秘密はまだ多い」と書きましたが、それはシャドーハウス未読の方、単行本読者、連載を追っているファンとそれぞれ“秘密”の度合いは違ってきます。
先ほど取り上げた、第22巻表紙でソフィが持っている「手」もその一つです。
あの「手」が何なのかについては第242話まで読んでいる方はもうお分かりかと思いますが、ここでは一旦伏せておきます。それはこの後続きから書いていきましょう。
本話の主人公は、ソフィから「手」を奪われた人物でした。
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前回ラストで記憶が戻ったトマス。
彼は第156話でソフィに腕を喰いちぎられていましたが、それもあってか第203話で記憶喪失が明らかになった時は「体の一部が無くなったことで一体化が解けたのでは?」「これは“シャドー”のトマスではなく生き人形の方では?」なんていう考察も見受けられました。それくらいトマスの性格が大きく変貌していたからです。
ただ今回の様子を見ていますと、どうやら大怪我をしたショックで本当に記憶喪失を起こしていただけだったようですね。その証拠に、本話冒頭ではかつての“生き人形”についてトマスの口から語られました。
トマスがまだ“こども”だった頃。
彼曰く、トマスの相棒は真面目で器用、射撃が得意で好物の葡萄を一緒に育てるなど優秀な生き人形だったようです。
葡萄の栽培は農作物の中でも比較的難しい部類ですし、射撃も一般的とは言い難い趣味です。
ということは、それを習得していたトマスの生き人形は本当に優秀だったのでしょう。
もしかしたらシャドーハウスに入館する前から裕福な暮らしをしていて、ミラーサイドやコールマインではなく、オスカルやマーチと同じシャドーハウスヒル出身だったのかも知れませんね。
思わずそんな風な想像をしてしまいましたが、それはともかくとしてかつての生き人形に対してトマスは「誇り」だったと語りました。それくらいかけがえのない存在だったようです。
しかしながら、ここで興味深い事実が出てきました。
トマスはこの回想を語る際に「何もかも忘れていた」「まるで性格が変わったように…」「…いや変わったのはいつだ?」という言葉から過去を思い返していましたが、これは裏を返せば記憶喪失を起こしていた状態のトマスこそが素の状態であり、これまで作中で描かれてきたトマスは本来のトマスとはかけ離れた性格だったということになるからです。
実際に、トマスは生き人形のことを思い出すと同時に、一体化をした当時の状況も思い出しています。
「不器用な私がひとりで生きるには変わるしかなかったのだ」
優秀だった相方がいなくなったことで、素のままの自分自身ではこれから生きていけないとトマスは強く感じたのでしょう。シャドーハウスという謀略渦巻く館では当然すぎる答えです。
そうした経緯を辿って作られてきたのが、これまで我々読者が見てきたトマスだったのだと思います。
作中に描写されているだけでも、2階の住人を掌握していたり、館外のテイラーに便宜を図っていたり、エドワードを出し抜くためにこどもたちにすす能力を開示していたりしていましたが、それらはトマスがこの館で生きていくために編み出した処世術だったとすれば彼の行動には納得です。
だからこそ今までの描写と、記憶喪失を起こしていたトマスはあんなにかけ離れた性格をしていたのです。
ただ、しかしそれにしてもバーバラとバービーに関する点については承服しかねるものがありますけどね。
バーバラの煤量に着目してすす出し要員にし、片やバービーには薬と偽って毒薬を渡すという、今回のソフィが言っていたように大人達から見れば「貴方のやったことは素晴らしかった」と賞賛すべき成果なんでしょうけど、いやしかし人としての道を踏み外している感はあります。(シャドーハウスという館である点を考慮しても)
しかもよく考えると、バーバラとバービーも経緯は違うとはいえ「強くならなければ」(第137話)とこれまでの自分達を抑えて変わらなければと奮闘していたシャドーと生き人形だったんですよね。
変わらなければいけないと生き方を変えた大人が、強くあらねばならないと決意したこどもをいいように操っていたとは何たる皮肉でしょうか。
トマスとバーバラ・バービーの関係を見ていますと、シャドーハウスという館の歪んだ支配構造がより一層浮き彫りになった気がします。そうまでしなければ生き残れないこの場所は、最早こどもたちだけではなく、2階以下の大人にとっても「牢獄」なのではないかと思えてきました。
しかし救いだったのは、トマスがこれまでの行いを心から悔いていたことでしょうか。
ソフィから恩赦をちらつかされるなど誘惑もあってか、まさに本話のトマスはサブタイトル「揺れるトマス」だったわけですが、悪行を働いた自身に絶望しながらもステラの懸命な説得とキャンディの喝によって彼は償いの道を選びました。
更には、ステラとキャンディが窮地に陥るとその身を犠牲にソフィの攻撃から二人を守ります。
相打ちを承知で、ソフィの間合いに入り込んで仕込み銃を炸裂させるトマス。
それはこどもたちを、とりわけ少ない時間ながらも一緒にいたステラだけでも守りたいという矜持から起こした捨て身の行動でした。言葉よりも行動、トマスの悔恨が本物だったことは間違いありますまい。見事な覚悟でした。
ただ、悲しいかな相手は3階の重鎮。
ソフィの右手こそ奪ったものの、彼女はまだまだ健在でした。
首をへし折られたトマスがどうなったのかは、普通に考えれば命はない可能性が高いです。彼のこれまでを思えば当然すぎる末路ともいえるでしょう。第三者の私が言う資格があるのかはともかくとして、それだけの行いをしていたことはこれまでの描写からもはっきりしています。
しかしその反対に、ステラが言っていたように葡萄畑を作る二人の未来を見てみたかったという心も私の中にあります。
葡萄の花言葉には、ワイン由来の「忘却」「陶酔」があります。今考えると一体化後のトマスを表すのにこれ以上ない言葉に思えます。
そして花自体の言葉としては「信頼」「親切」「思いやり」があります。
長いことケイト達にとって敵役だったトマスですが、一瞬なりとも彼の苦悩を垣間見た後となっては、せめて最期の一瞬だけでもステラとの間に「信頼」の築かれたひと時があったことを願いたいです。
前回ラストで記憶が戻ったトマス。
彼は第156話でソフィに腕を喰いちぎられていましたが、それもあってか第203話で記憶喪失が明らかになった時は「体の一部が無くなったことで一体化が解けたのでは?」「これは“シャドー”のトマスではなく生き人形の方では?」なんていう考察も見受けられました。それくらいトマスの性格が大きく変貌していたからです。
ただ今回の様子を見ていますと、どうやら大怪我をしたショックで本当に記憶喪失を起こしていただけだったようですね。その証拠に、本話冒頭ではかつての“生き人形”についてトマスの口から語られました。
トマスがまだ“こども”だった頃。
彼曰く、トマスの相棒は真面目で器用、射撃が得意で好物の葡萄を一緒に育てるなど優秀な生き人形だったようです。
葡萄の栽培は農作物の中でも比較的難しい部類ですし、射撃も一般的とは言い難い趣味です。
ということは、それを習得していたトマスの生き人形は本当に優秀だったのでしょう。
もしかしたらシャドーハウスに入館する前から裕福な暮らしをしていて、ミラーサイドやコールマインではなく、オスカルやマーチと同じシャドーハウスヒル出身だったのかも知れませんね。
思わずそんな風な想像をしてしまいましたが、それはともかくとしてかつての生き人形に対してトマスは「誇り」だったと語りました。それくらいかけがえのない存在だったようです。
しかしながら、ここで興味深い事実が出てきました。
トマスはこの回想を語る際に「何もかも忘れていた」「まるで性格が変わったように…」「…いや変わったのはいつだ?」という言葉から過去を思い返していましたが、これは裏を返せば記憶喪失を起こしていた状態のトマスこそが素の状態であり、これまで作中で描かれてきたトマスは本来のトマスとはかけ離れた性格だったということになるからです。
実際に、トマスは生き人形のことを思い出すと同時に、一体化をした当時の状況も思い出しています。
「不器用な私がひとりで生きるには変わるしかなかったのだ」
優秀だった相方がいなくなったことで、素のままの自分自身ではこれから生きていけないとトマスは強く感じたのでしょう。シャドーハウスという謀略渦巻く館では当然すぎる答えです。
そうした経緯を辿って作られてきたのが、これまで我々読者が見てきたトマスだったのだと思います。
作中に描写されているだけでも、2階の住人を掌握していたり、館外のテイラーに便宜を図っていたり、エドワードを出し抜くためにこどもたちにすす能力を開示していたりしていましたが、それらはトマスがこの館で生きていくために編み出した処世術だったとすれば彼の行動には納得です。
だからこそ今までの描写と、記憶喪失を起こしていたトマスはあんなにかけ離れた性格をしていたのです。
ただ、しかしそれにしてもバーバラとバービーに関する点については承服しかねるものがありますけどね。
バーバラの煤量に着目してすす出し要員にし、片やバービーには薬と偽って毒薬を渡すという、今回のソフィが言っていたように大人達から見れば「貴方のやったことは素晴らしかった」と賞賛すべき成果なんでしょうけど、いやしかし人としての道を踏み外している感はあります。(シャドーハウスという館である点を考慮しても)
しかもよく考えると、バーバラとバービーも経緯は違うとはいえ「強くならなければ」(第137話)とこれまでの自分達を抑えて変わらなければと奮闘していたシャドーと生き人形だったんですよね。
変わらなければいけないと生き方を変えた大人が、強くあらねばならないと決意したこどもをいいように操っていたとは何たる皮肉でしょうか。
トマスとバーバラ・バービーの関係を見ていますと、シャドーハウスという館の歪んだ支配構造がより一層浮き彫りになった気がします。そうまでしなければ生き残れないこの場所は、最早こどもたちだけではなく、2階以下の大人にとっても「牢獄」なのではないかと思えてきました。
しかし救いだったのは、トマスがこれまでの行いを心から悔いていたことでしょうか。
ソフィから恩赦をちらつかされるなど誘惑もあってか、まさに本話のトマスはサブタイトル「揺れるトマス」だったわけですが、悪行を働いた自身に絶望しながらもステラの懸命な説得とキャンディの喝によって彼は償いの道を選びました。
更には、ステラとキャンディが窮地に陥るとその身を犠牲にソフィの攻撃から二人を守ります。
相打ちを承知で、ソフィの間合いに入り込んで仕込み銃を炸裂させるトマス。
それはこどもたちを、とりわけ少ない時間ながらも一緒にいたステラだけでも守りたいという矜持から起こした捨て身の行動でした。言葉よりも行動、トマスの悔恨が本物だったことは間違いありますまい。見事な覚悟でした。
ただ、悲しいかな相手は3階の重鎮。
ソフィの右手こそ奪ったものの、彼女はまだまだ健在でした。
首をへし折られたトマスがどうなったのかは、普通に考えれば命はない可能性が高いです。彼のこれまでを思えば当然すぎる末路ともいえるでしょう。第三者の私が言う資格があるのかはともかくとして、それだけの行いをしていたことはこれまでの描写からもはっきりしています。
しかしその反対に、ステラが言っていたように葡萄畑を作る二人の未来を見てみたかったという心も私の中にあります。
葡萄の花言葉には、ワイン由来の「忘却」「陶酔」があります。今考えると一体化後のトマスを表すのにこれ以上ない言葉に思えます。
そして花自体の言葉としては「信頼」「親切」「思いやり」があります。
長いことケイト達にとって敵役だったトマスですが、一瞬なりとも彼の苦悩を垣間見た後となっては、せめて最期の一瞬だけでもステラとの間に「信頼」の築かれたひと時があったことを願いたいです。
