来客のない奇妙な館 ~シャドーハウス考察ブログ~

ヤングジャンプで連載中のソウマトウ先生作、“シャドーハウス”の考察ブログです。

2022年05月

第131話 仮説の証明【感想】

下の画像は、バチカン宮殿にある「アテナイの学堂」という壁画です。

アテナイの学堂

この作品はルネサンス期を代表する画家・ラファエロによって手掛けられました。

写真は2014年にイタリアに行った時に撮影したものですが、500年前の巨匠の傑作を目の前にすることができて、暫し立ちすくんだのを覚えています。
(友人に言われるまで気付かずにスルーするところでしたが…。)


私がこの壁画を見たかった理由は、「アテナイの学堂」はルネサンスを象徴する作品だからです。

14世紀のイタリアに端を発するルネサンスは、中世の欧州を長らく支配した封建主義を打ち破った出来事として知られています。「ルネサンス」の語源は「再生」「復活」を意味するフランス語ですが、その語句の通りルネサンス運動は古代ギリシアの思想哲学を拠り所としていました。
(物凄くざっくりとした説明です。もっと知りたい方は「科学の社会史-ルネサンスから20世紀まで」【著・古川安 氏】が詳しいのでお勧め。)


そんな時代に生まれたラファエロは、ルネサンスの申し子といえる存在です。

そして、その彼がローマの中心に残したのは、奇しくも古代ギリシアの科学者・哲学者が一堂に会した壁画「アテナイの学堂」でした。

向かって中心の左にいる人物がプラトン、右がアリストテレスです。

この壁画はキリスト教とギリシャ哲学の調和を表現していると言われていますが、現代の視点から見れば、ルネサンスの申し子がルネサンスの精神を象徴する作品を手掛けたことになります。何とも面白いものです。


ルネサンスの基調となったもう一つの思想に人文主義(humanitas)があります。

これは古代思想を復活させることで、キリスト教の膠着した教義から人間性の解放・復興・個我の自覚を図ろうとする運動です。

科学の発展には自由な思想と行動が不可欠であることは言うまでもありませんが、ルネサンスにおいては人間の思想と行動に自由がもたらされたことで、学芸や科学が発展しました。

この“humanitas”はのちの“ヒューマニズム”です。今では「人間の幸福追求」を意味する“ヒューマニズム”という概念も、ルネサンスがもたらした産物です。


さて、今回も話が逸れました。シャドーハウスに話を戻しましょう。

第131話では前回に引き続いて、科学研究の虜となったある一対が描かれています。

オリバーとオリーです。

とうとう自由を手に入れたと喜びを露わにしていた彼らは、前述のルネサンスの説明を鑑みれば、まさに生粋の研究者に相応しい態度でした。オリーの言う通り、館の教えを脱却したことで研究を邪魔するものは何一つなくなったのです。


しかし、不幸にもルネサンスとは大きく異なる点がありました。

残念ながら、彼らを支配していた思考は「人道主義」からほど遠い、人命をも省みない狂気だったからです。

洗脳さえ解けばこどもたちは仲間になってくれると信じていたケイトは、それを目の当たりにして絶句しました。続きを読む

単行本第9巻・10巻の連載時との相違点

本記事では、雑誌連載時と単行本第9・10巻に収録された各シーンの相違点や修正箇所をご紹介したいと思います。

なお、9巻の内容を確認し終わらないうちに10巻の発売日を迎えてしまったため今回はまとめて書かせて頂きます。

9巻・10巻

さて、本題に入る前にいつも書いていますが、改めて誤解がないよう書いておきます。


毎度お伝えしておりますが、単行本における修正というのはネガティブな理由とは限りません。


何故あらかじめこんなことを言うのかといいますと、過去の事例の中には、台詞や表現に重大な問題があったがために単行本で修正が入った、なんていうケースもあったりするからです。

ですので、もしも事情の知らない読者がシャドーハウスの連載時と単行本に違いがあったと知ったら、何か後ろめたいことがあったんじゃないかと誤解する可能性は無きにしも非ずです。

よって本ブログでは、リアルタイムで読んでいる読者の一人として、連載当時も特段問題はなかったとお伝えするために何度もこの注釈を書かせて頂いております。

いつも本ブログを読んで下さっている方にはしつこいと思われるかと存じますが、どうぞ御承知のほど宜しくお願い致します。


さて、では本題にまいりましょう。

先程も言った通り、9・10巻でもいくつか修正箇所はありましたが、それらに関しましては問題になるような箇所は全く見受けられませんでした。

よって、此度の修正は全てソウマトウ先生の拘りによるものです。

例えば、単行本には不必要なモノローグの削除や、これまでの設定や描写を統一するための台詞の変更などがありました。

ちなみに、修正点の中には単なるルビや網掛けの追加などかなり軽微な変更も見受けられましたが、ここではまとめて書かせて頂きます。

そのためやや揚げ足取りになってしまう箇所もありますがその点はご了承下さい。

では続きよりどうぞ。

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単行本第10巻発売日 秋葉原レポート

一部のサイトでは単行本第11巻の予約が開始されていますね。6月17日発売ということは、昨年の8巻と同じくちょうどアニメ放映と重なります。あと1か月、発売が楽しみです。

さて、遅ればせながら恒例の発売日秋葉原レポートを書いていきたいと思います。

単行本第10巻発売当日秋葉原

写真を見て頂ければお分かりかと思いますが、記念すべき第10巻発売日の秋葉原は大雨でした。シャドーハウスの単行本発売日にこれほど雨が降るのは初めてです。

この雨は10巻においてケイトが流した涙を象徴しているのか、はたまた……。

そんなことを想像しながら、3月18日も秋葉原を駆け巡ってきました!

本記事では単行本第10巻発売日の主要各書店での販売状況をお伝えしていきます。

では続きよりどうぞ。
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第130話 実験と誤算【感想】

“マッドサイエンティスト”と聞いて私が最初に思い出すのは、「羊たちの沈黙」のハンニバル・レクターです。

初めて見たのは小説版だったのですが、常人では想像も及ばない彼の狂気に、幼い私はただただ困惑するばかりでした。(こんな本を子供の手の届くところに置いていた母よ……。)

羊たちの沈黙シリーズの本当の中身を私が理解するのはもっと後になってからです。様々な知識を得て、ようやく大人になってから楽しめるようになりました。血は争えないなあ…。


さて、古今東西様々な名作に登場する“マッドサイエンティスト”
例をあげればキリがありません。

羊たちの沈黙、フランケンシュタイン、博士の異常な愛情、ジギル博士とハイド氏……。

“マッドサイエンティスト”の定義とは何ぞやという話をし始めると長くなるので割愛しますが、一般的にはこういった作品が挙げられるのではないでしょうか?

…実在人物に関しては、まあ触れないでおきましょう。

時代によって評価が変わる場合もありますし、立ち位置によって見方が変わる人物なんてざらにいますからね。誰かにとっては“マッドサイエンティスト”に見えても、別の一方から見れば優秀な科学者だったりすることは珍しくありません。


ただ穿った見方をすれば、歴史に名が残っているということは“マッドサイエンティスト”と呼ばれている人物達は、確実に飛び抜けた頭脳を持っているということです。

普通の人であれば考えもつかない発想と行動があるからこそ、彼らは学問の最先端を駆け、新たな地平線を切り開いているのです。「天才と狂人は紙一重」と言いますが、優秀な科学者がマッドサイエンティストとは限らずとも、マッドサイエンティストが優秀な科学者なのは間違いありません。
(そもそもただの狂人だったら科学研究などできるわけないですし)


ところで、シャドーハウスにも科学者集団が描かれていますね。

“星つき班”の研究班です。

第60話でも描かれていましたが、彼らは皆良くも悪くも変人ぞろいでした。あのジョンでさえ突っ込みに回らざるを得なかった研究班の奇行を、よく覚えているという方も多いかと存じます。(第60話 研究班)

そしてその研究班を束ねる“星つき”のオリバー。
彼は決まり事よりも好奇心を優先する典型的な研究者のように見えました。


しかし、それが故に今回のエピソードを読んだ後、彼らが常識では推し量れない人物であることを改めて思い知らされました。

オリバーとオリーが見せた新たな一面は、ケイトでさえ予想不可な狂気でした。
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