来客のない奇妙な館 ~シャドーハウス考察ブログ~

ヤングジャンプで連載中のソウマトウ先生作、“シャドーハウス”の考察ブログです。

3話

エミリコをさがせ! ~引き絵の魅力~

今週から二週続けて休載ですね。

読者としてはシャドーハウス分が摂取できず禁断症状が出そうな勢いですが、これも次の単行本のためと思って耐え抜きたいと思います。

もっともソウマトウ先生によると既に、1回分のお話を作るのに8日間掛かっているとのことです。
なので、多分単行本とか関係なしに今後もしばしば休載があるかと思いますが、ここは気長に待つことにしましょう。

ファンからの作者先生への願いは、
健康第一・クオリティ第二・締め切り第三
に他ならないと思います。

質や量や期限にこだわるあまりに、体調を崩してしまっては元も子もないですからね。
これからも続くケイトとエミリコの物語を見るためでしたら、いくらでも待とうではありませんか。


ですが、だからといってそのまま座して待つというのもなんだか落ち着きません。

そこで、雑談がてら少し気になったところや好きなシーン、改めて気になった点の考察などを書いていきたいと思います。


第一弾は、"引き絵の魅力"です。

シャドーハウスにはしばしば、物語を遠方から描写したシーンがあります。
でもこれ、ただ遠くから見た様子を書いているだけではなく、その中にいる小さな登場人物や置物が細かく書かれていて、まるで歴史の教科書に出てくる絵巻物のようなんですよね。
記事の表題にも拝借しましたが、それはさながら"ウォーリーをさがせ!"の絵本の世界です。

今回の記事では各引き絵のコマについて語っていきますので、お持ちの方はぜひ単行本を片手に読んでみて下さいませ。

では続きからどうぞ。
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第3話 説明書

今回紹介する第3話、実は私が好きなお話の一つであったりします。

内容は、

 

一日の仕事を終えたエミリコが部屋に戻り就寝 → 翌朝、再びケイトのお世話をする

 

というシンプルなストーリーです。

エミリコの部屋の中やケイトの部屋とを繋ぐ扉・生き人形に下命された役割など、見るべきものが多いお話ですが、何よりも注目したいのが、ケイトにとってエミリコの存在がどんどん大きくなってきているのが読み取れる点です。

 

なお、ここからはネタバレを含みますので、まだ第3話を読んでない方は飛ばすことをお薦め致します。↓↓

 

 

 

 

さて、では最初から振り返ってみましょう。

まず冒頭、風呂上がりのケイトが登場しますが、ここで彼女はいつもより早い時間に寝床に就きます。
なぜ早いかどうかなんて分かるのか?
それはケイトの台詞に隠されています。

普通、習慣上普段と同じ時間に寝るのであれば、ここで出てくる言葉は


「今日もそろそろ寝るわ」


のはずです。ところが口にしたのは、

 

「今日はもう寝るわ」

 

これはいつもと違う時間、かつ、いつもよりも早く寝ることを示唆する発言です。


何故早く寝たいのか理由は分かりません。
たまたま疲れていただけかもしれないし、何か気になることがあったのかも知れません。
あるいは早く忘れたいことがあったのかもしれないし、逆に覚えなくてはならないことが多すぎて勉強疲れが出た、とも考えられます。


いずれにせよ、何か思うことがあってケイトは早く寝ようとしたわけです。


そして翌朝、鈴の音を聞いたエミリコが飛び起きます。この鈴の原理は不明ですが、恐らく屋敷にいる生き人形たちに定時の起床を知らせるもののようです。


食事しながら朝支度を済ませるエミリコ。さっそくケイトのもとに赴きますが、ケイトはまだ寝ています。エミリコの様子だと、いつもであればこのくらいの時間にケイトも起きているようですが、この日ばかりはどうやら違うようです。

昨晩早く寝たにも関わらず、よほど疲れていたのか、それとも眠れないほど何か悩んでいたのか・・・。


エミリコが隠し扉の反対側でしばらく待機していると、ようやくケイトが目を覚ましました。
(この時エミリコのお辞儀の足が揃っておらず、さり気なく仕事に慣れてない様を表現しているのがニクいです。)


ところが起きて早々開口一番、


「寝ている間はすすが出るとはいえ今朝はいつもより多くて掃除が大変そうね」

 
と語るケイト。

これ、なかなかに重要な台詞です。

なぜか。


1話を振り返ってケイトの言葉を思い出して下さい。


“「すす」はね、怒ったり… 良くない感情のときに出るの”

つまりこの日の夜、ケイトはいつもより不安定な精神状態に置かれていたのが推測されるわけです。
その詳細を知る術は他人にはありませんが、それにしてもケイトの心中を思うとなんだか切なくなってきます。おまけにエミリコの仕事を増やしているも同然な状況・・・。

 

しかしそんな主人の想いを知ってか知らずか、

「私お掃除大好きです!」と宣言し、まばゆいばかりの裏表ない笑顔を輝かせるエミリコ。

 その笑顔には二心抱くことない、ケイトを慕う真心がひしひしと感じられます。

そんなエミリコに呼応するかのように表情が明るくなるケイト。

もう大丈夫そうです。
既に彼女からすすは出ていません。一晩中抱えていた負の感情が、エミリコの笑顔で一気に瓦解したのです。

 

出会った当初はあくまで身の回りを世話する分身だったのが、いつの間にか心の支えになっていた…。

ケイトにとって、エミリコの存在が大きくなった瞬間です。


二人の関係がより深まったのが手に取るように、でも決して安易な表現を用いないで読者に伝えるこのお話は、まぎれもない傑作の一つです。

シャドーハウスの魅力

何がそんなに魅力的なのか・・・

 

シャドーハウスという漫画がなぜ人を惹きつけるのか、人によってその理由は様々だとは思いますが
(中にはむしろ「好きになれない!」という人もいるでしょうけど)、私としてはまず、

 

・考察しがいがある構成、物語設定がなされている。

・物語の雰囲気と絵柄が、これ以上にないくらいうまくかみ合っている。

 

の二点かなと思っています。

 

一つ目の考察しがいがあるという理由については、完全に私個人の問題なのですが、なにか物語の中に謎や伏線があるとついつい絵や台詞の隅まで凝視してしまう癖がありまして、これが練りに練られた設定であるほど深く考察してしまう、というかなりややこしい性格の持ち主でございます。

 

なのでこれまでも小説や映画などで、細かいところまで演出やストーリーが掘り下げられた作品では、いろいろと自分なりに考察・解釈をしながら物語を楽しむ、というのが私の主な鑑賞方法でした。

つまり、突如昨年9月に連載の始まったシャドーハウスという作品は、そんな私の考察魂(?)が燃えるには十分な作品であったわけです。

 

どこにそんな熱くなる要素があるんだ、と思われるかもしれませんが、それについてはおいおい書いていきたいと思いますのでどうぞお待ち下さい。

 

ただ、一つだけ例を挙げますと、エミリコとケイトが暮らす部屋の描写一つとっても、各話全く矛盾がありません。もちろん今後はどうなるかわかりませんが、少なくとも18話現在までは、家具の配置や壁に掛かる絵・窓の枚数など、まるでセットを作って撮影したんじゃないかというくらい整合性が取れています。私は漫画を描いたことがないのでよく分かりませんが、ここまで細かいところまで矛盾なく描写できるということは、連載前からかなり時間をかけて世界観を作り上げたんじゃないかなと思うんですよね。

そういったところが、この作品に魅せられる理由なのかもしれません。

 

次に物語と絵柄の雰囲気があっているという点ですが、これについてはなんせ個々の感性の問題になってきますから、うまく言葉に表せられません。ただ私個人の考えとしては、可愛らしい絵柄と不気味さの残る物語を、無理に組み合わせようとしていないところが好印象だなと感じます。

何と言いますか、こう可愛いキャラクターが出てくる暗い物語って、無理矢理辛いことや残酷な目に合わせたり、わざとらしく落差のある演出をしたりといった傾向が多く、いまいち作り手側の意図が見え透いてしまってやだなあ、と私なんかは思ってしまうんですよね。確かに衝撃的という面では話題になるでしょうし受けはいいのでしょうが、そういった違和感を感じた時点で興冷めしてしまう人って少なからずいるかと思います。(あくまでこれは私個人の意見です。この手の作品でも傑作と呼べるものはいくらでもあります。)

 

ところがシャドーハウスでは、一歩間違えば重苦しくなる物語を、天真爛漫なエミリコと生き人形たちを配置することによって、その存在自体が不気味な要素になりかねないのにも関わらず絶妙のバランスで作品の雰囲気を軽くしているんですよね。これはなかなか高度な演出かと思われます。

安易に話題作りや見飽きた脚本に転がらない、そんな強い意志が感じられるところも私がシャドーハウスに没頭する要素なのかなと思っています。

 

さて、長々と書いてしまいましたが、ようはエミリコとケイトお嬢様が紡ぐ日常と不思議な物語がとても気になる! というのが私の言いたいことです。

 

まだまだ書きたいことはいくらでもありますが、ひとまずはこれからもこの作品が末永く続くよう祈念して、ブログ開設日の纏めとさせて頂きます。

 

さて、次回を楽しみに今週も頑張るぞ~!(※今週は休載です。)


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