何がそんなに魅力的なのか・・・

 

シャドーハウスという漫画がなぜ人を惹きつけるのか、人によってその理由は様々だとは思いますが
(中にはむしろ「好きになれない!」という人もいるでしょうけど)、私としてはまず、

 

・考察しがいがある構成、物語設定がなされている。

・物語の雰囲気と絵柄が、これ以上にないくらいうまくかみ合っている。

 

の二点かなと思っています。

 

一つ目の考察しがいがあるという理由については、完全に私個人の問題なのですが、なにか物語の中に謎や伏線があるとついつい絵や台詞の隅まで凝視してしまう癖がありまして、これが練りに練られた設定であるほど深く考察してしまう、というかなりややこしい性格の持ち主でございます。

 

なのでこれまでも小説や映画などで、細かいところまで演出やストーリーが掘り下げられた作品では、いろいろと自分なりに考察・解釈をしながら物語を楽しむ、というのが私の主な鑑賞方法でした。

つまり、突如昨年9月に連載の始まったシャドーハウスという作品は、そんな私の考察魂(?)が燃えるには十分な作品であったわけです。

 

どこにそんな熱くなる要素があるんだ、と思われるかもしれませんが、それについてはおいおい書いていきたいと思いますのでどうぞお待ち下さい。

 

ただ、一つだけ例を挙げますと、エミリコとケイトが暮らす部屋の描写一つとっても、各話全く矛盾がありません。もちろん今後はどうなるかわかりませんが、少なくとも18話現在までは、家具の配置や壁に掛かる絵・窓の枚数など、まるでセットを作って撮影したんじゃないかというくらい整合性が取れています。私は漫画を描いたことがないのでよく分かりませんが、ここまで細かいところまで矛盾なく描写できるということは、連載前からかなり時間をかけて世界観を作り上げたんじゃないかなと思うんですよね。

そういったところが、この作品に魅せられる理由なのかもしれません。

 

次に物語と絵柄の雰囲気があっているという点ですが、これについてはなんせ個々の感性の問題になってきますから、うまく言葉に表せられません。ただ私個人の考えとしては、可愛らしい絵柄と不気味さの残る物語を、無理に組み合わせようとしていないところが好印象だなと感じます。

何と言いますか、こう可愛いキャラクターが出てくる暗い物語って、無理矢理辛いことや残酷な目に合わせたり、わざとらしく落差のある演出をしたりといった傾向が多く、いまいち作り手側の意図が見え透いてしまってやだなあ、と私なんかは思ってしまうんですよね。確かに衝撃的という面では話題になるでしょうし受けはいいのでしょうが、そういった違和感を感じた時点で興冷めしてしまう人って少なからずいるかと思います。(あくまでこれは私個人の意見です。この手の作品でも傑作と呼べるものはいくらでもあります。)

 

ところがシャドーハウスでは、一歩間違えば重苦しくなる物語を、天真爛漫なエミリコと生き人形たちを配置することによって、その存在自体が不気味な要素になりかねないのにも関わらず絶妙のバランスで作品の雰囲気を軽くしているんですよね。これはなかなか高度な演出かと思われます。

安易に話題作りや見飽きた脚本に転がらない、そんな強い意志が感じられるところも私がシャドーハウスに没頭する要素なのかなと思っています。

 

さて、長々と書いてしまいましたが、ようはエミリコとケイトお嬢様が紡ぐ日常と不思議な物語がとても気になる! というのが私の言いたいことです。

 

まだまだ書きたいことはいくらでもありますが、ひとまずはこれからもこの作品が末永く続くよう祈念して、ブログ開設日の纏めとさせて頂きます。

 

さて、次回を楽しみに今週も頑張るぞ~!(※今週は休載です。)