来客のない奇妙な館 ~シャドーハウス考察ブログ~

ヤングジャンプで連載中のソウマトウ先生作、“シャドーハウス”の考察ブログです。

2024年12月

私は私 自分を見つめ行けるのなら きっと進めるから

年末恒例の締めの記事と参りましょう。

本記事のタイトルは、夢乃ゆきさんというシンガーソングライターの楽曲「私日和」から拝借しました。

夢乃ゆきさんは同人音楽やゲーム音楽に重きを置いて活動されていますので、ご存じない方も多いかも知れません。失礼ながら、私も最近まで全く存じ上げませんでした。


ただ、「第209話 星降る夜【感想】」の記事中でも申し上げましたが、シャドーハウスと出会ってからというもの、自分の興味外の分野について知る機会が多くなりました。

音楽の趣味もだいぶ変わった気がします。

以前までは90年代のJ-POPばかりを聞いていましたが、シャドーハウスのアニメでReoNa氏を知り、そこから同世代のアーティストの曲や、アニソンと呼ばれる音楽に触れることが増えました。

その流れで知ったのが夢乃ゆきさんです。


「私日和」は、新生活を始めた少女が主人公の楽曲です。

新しい街での暮らしに不安を感じながらも、春の心地いい風に吹かれることで心機一転し、うまくいかないことがあっても自分らしく生きていく……

そんな若者の新鮮な心を、夢乃ゆきさんは爽やかに歌い上げています。タイトルの「私は私 自分を見つめ行けるのなら きっと進めるから」は本曲の最後の歌詞となっています。


キャッチ―なメロディに前向きな歌詞。

ということで、ぜひともおすすめしたい作品です!

ただ、なんとも残念なのが、ネット上に公式のフル動画がアップされていないいんですよね。

ですので気になる方は、こちらの動画の42秒から再生して下さい。サビだけではありますが1分26秒まで試聴することができます。(因みにサブスクにも登録されています)
 


さて、今年もシャドーハウスに関連して様々な出来事がありました。

それについて本記事では、私の私的感想を交えながら主観的に振り返っていきたいと思います。

では続きよりどうぞ。続きを読む

写真やツイッターで振り返る令和6年のシャドーハウス

さて、今年も残すところあと一日となりました。皆様いかがお過ごしでしょうか?

私はといえば、只今風邪で寝込んでいます!この不養生め!!

いやあ、待ち望んだ正月休みだというのに実に勿体ないです。長期休みを利用して色々記事を書きたかったのですが、この調子だと残念ながら無理そうです。暫くはゆっくりせざるを得ません。ああ、無念……


しかし、それでもこれだけは年内にやらねばなりますまい。

ということで毎年恒例ではありますが、年明けを前に令和6年のシャドーハウスを振り返ってみたいと思います!

シャドーハウスの振り返りといえば「【実史版】これまでのシャドーハウスの歩み」でざっくりと6年間の来歴を掲載しましたが、本記事では今年あった出来事について触れていきます。

令和6年は昨年と同様、アニメ関連の話題がなくやや寂しい一年ではあったものの、それでも語るべきイベントも勿論ありました。

そうした諸々の出来事について、本記事を読みながら「あーこんなことあったなあ」とか「こんなことあったんだ」と思って頂けましたら幸いです。

では続きよりどうぞ。続きを読む

第209話 星降る夜【感想】

「水は地球の命です」

こんなキャッチコピーのCMが流れていたのはもう30年位前でしょうか。今やご存じの方も少なくなっていることと思います。

しかし、人、そして生物の営みに水が欠かせないのはいつの時代も同じです。四大文明を例に上げるまでもなく、人は水を求めて河川の近くに街を築きました。

川沿いに住むとなれば洪水などのリスクも当然ありますが、それでも背に腹は代えられません。結果、人類は長い歴史の中で治水技術を発達させ河川近くに都市を作るまでになりました。

そういえば今年の夏、首都圏の命綱・利根川の源流が発見されてから丁度50年と話題になっていましたが、そうした治水に携わってきた先人のお陰で我々は便利な生活を享受することができています。


ところで、先程四大文明について触れましたが、現代でも大都市には河川(ウォーターフロント)はつきものです。

ニューヨークのハドソン川、パリのセーヌ川、東京の隅田川……

そしてシャドーハウスのモデルとなっているイギリスではロンドンのテムズ川が有名です。「世界都市」と呼ばれるこれらの都市において、いかに河川が重要な役割を果たしているのかがよく分かりますね。上記の都市が発展したのは決して偶然ではないのです。
テムズ川
(この写真は12年前のロンドンです。色んな船が行き交ってる!)


しかし、光あるところには必ず影があります。

繰り返しますが、河川は人間にとって重要な場所です。

それが故に、かつてのテムズ川は過酷な生活を強いられた人々が集まり、辛うじて命を繋ぐ悲惨な場所になっていました。身寄りのない子供たちが豊かな大都会の「おこぼれ」に預かろうと、川底に埋まった品々を漁っていたのです。


「泥ひばり」


そう称された貧しい人々。

その中にかつて、我々がもっともよく知る人物がいました。



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第208話 正義【感想】

一般論として、正義を為すこととルールを守ることは正しいことであり、矛盾はないとされています。

社会においては「ルール」というやや曖昧な概念よりも「法律」と言った方が誤解はないかも知れませんね。いずれにせよ「正義」と「法律」を守ることは同義といえましょう。

まあ、これに関しては考えるまでもありません。

多種多様な価値観を持った集団がルールを定めてそれに則った動きを行うことは、その集団の秩序の維持や安定的な運営、継続的な進歩・豊かな経済活動・将来の繁栄に必須ですからね。そうでなければ、各個バラバラの主義主張を持つ人間が社会性を持って暮らしていくのは不可能です。そのバランスが崩壊したことによる悲劇は、人類の過去の歴史が何度も証明しています。

そして「正義」という言葉を辞書で引くと、「人の道にかなっていて正しいこと」「道徳的な正しさ」と出てきます。

ある選択を迫られた時、利益・欲求だけではなく「正義」という概念をよりどころにして生きている方も多いでしょう。社会通念上、「正義」とされるほとんどの事象は善と見做されています。

だからこそ、一般的に「法律」の内容は正しく、「法律」に従うことも正しいという前提で社会は動いているわけです。


しかし、時には「正義」を為すために、やむなくルールを破らねばならなかった事象も散見されます。

今から123年前の12月10日、東京・日比谷公園の西幸門交差点で老人が道路に飛び出した“事件”は、文字通り日本中に衝撃を与えました。

西幸門
(写真は先月下旬の日比谷公園。木々が色づき始めていました)

世にいう田中正造の「天皇直訴事件」です。

歴史の教科書に必ずと言っていいほど掲載されていますのでご存じの方も多いでしょう。

これは足尾銅山の鉱毒事件の解決のために尽力していた田中正造が、正攻法ではもはや解決の道筋はないと悟り、衆議院議員を辞した直後に明治天皇に公害解決を訴えた(直訴)という出来事でした。

普通は議会を通じて政府に解決を訴えるのが筋ではありますが、それでは時間が経つばかりで被害が広がることから、田中正造は敢えて型破りな行動を行ったのです。

言い換えるなら「法律」を守ることよりも、「正義」のための行動を選択したということですね。

事件後は東京市内のみならず、日本中が衝撃を受け、田中正造を称賛する声が多かったと言います。また、現代でも栃木県では郷土の偉人と称えられ、前述したように義務教育でその名を学ぶ機会は多いです。

ルール破りを安易に褒めそやすことは慎重であらねばなりませんが、結果的に彼の行動は「正義」だったと評価してもいいでしょう。

法律が機能しない、或いは法律自体が間違っている場合、「正義」を貫き通すために時にはルールを無視しなければならないという、そんな希少な例と言えます。


さて、「ルール」といえばシャドーハウスにおいても作中で頻出していますね。

例えば生き人形の「余計なことは考えない」はその代表でしょうか。確か第19話でショーンがエミリコに教えていました。

また、第47話では「シャドーの教え」という分厚い本が描かれています。第113話にて、ケイトはその本に記載された館のルールに衝撃を受け「歪んだ世界」と断じていました。一般的な常識では到底考えられないような決まり事がシャドーハウスでは当たり前とされ、それを守ることこそが正しいとされているのです。


ケイトはそんな「嘘で塗り固められた館」を倒すため、そして彼女の正義のためにエミリコと共に闘い続けてきました。その過程で彼女には今、多くの仲間がいます。

今回のエピソードでも、シャドーハウスの支配から脱するため「ルール」を破る決意を固めた一対が登場しました。

「正しさばかりを求める」と指摘されたあの主従が、本当の正しさのために今立ち上がります!続きを読む
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