来客のない奇妙な館 ~シャドーハウス考察ブログ~

ヤングジャンプで連載中のソウマトウ先生作、“シャドーハウス”の考察ブログです。

2024年05月

第194話 水面下【感想】

こちらの写真に写っているのはセイタカシギという鳥です。六年前に多摩川河口近くで撮影しました。(かなり離れていたのでブレてますがご容赦を!)

六年前というと、丁度シャドーハウスが連載開始した年ですね。

この写真のセイタカシギも羽色から若鳥と思われますが、当時のシャドーハウスも知る人ぞ知る漫画作品でありました。

今ではアニメ3期も期待されるヒット作となったシャドーハウス。このセイタカシギもきっと、今頃は立派に成長して大空を飛んでいるに違いありません。

セイタカシギ

ところでこのセイタカシギ。

上の写真だとごく普通の水鳥に見えますが、彼らが“セイタカ”(背高)と呼ばれる秘密は「水面下」にあります。

ということで、地上にいるセイタカシギの姿をどうぞ!

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セイタカシギ2

脚長っ!!

この脚の長さがセイタカシギの大きな特徴です。彼らの生息する干潟は潮の満ち引きによって水深が変わりますが、セイタカシギはこの長い脚のお陰で浅瀬から深いところまで広範囲に動き、効率的に餌をとることが可能となっています。

なお、英名のStilt(スティルト)も「竹馬」の意味だったりします。考えることはみんな変わりませんね……


さて、サブタイトルにも「水面下」とあるわけですが、これの意味は「ものごとの表面に出てこない部分」を指す言葉です。セイタカシギの脚の長さのように、水の下にあるものはなかなか認識することが出来ないのと同じですね。

今回のエピソードでは、まさにそんな「水面下」で蠢く様々な出来事が描かれました。

館で暮らす全ての者たちが、それぞれの思いを胸に動き始めます。
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第193話 作戦の結末【感想】

先日、仕事の研修で京都を訪れた際に八坂神社へ参拝しに行きました。

なぜこんなポピュラーな場所に行ったのかと言いますと、一度も足を運んだことがなかったからです。

京都には何度か旅行したことはありますが、八坂神社はあまりにも有名ですので「いつでも行けるからいいや」と毎度後回しにしがちだったんですよね。ですので長期休暇などで京都に行った際は、あまり観光客がいないような場所を選ぶことが多かったのです。

しかし研修当日は午前中だけ自由時間があったので、それなら普段はまず行かない場所、そして京都駅から近い場所ということで、東本願寺・京都護国神社・八坂神社へと向かったわけです。特に八坂神社は祇園という京都の中心地に位置していることもあってか、修学旅行生や外国人観光客でごった返しておりました。


それともう一つ、こちらの絵馬が有名と聞き見てきました。

京都 八坂神社

なんとも珍しいハート形の絵馬です!

八坂神社は境内に、縁結びの神様として知られる大国主命(出雲大社と同じ)、美の神様として知られる宗像三女神(厳島神社と同じ)を祀る祠があることから、恋愛成就を祈願する参拝者が多いのだそうです。私が訪れた時も多くの女学生がハート形の絵馬を前にして、真剣な顔つきで筆を運んでおりました。(直前に参拝した護国神社では国を憂う内容が多かったのとは対照的だったのが印象深いです)


ただ、私がハート形の絵馬を見ようと思ったのは恋愛成就のためではなく、第193話で「ハート」が描写されたことが動機でした。そしてこの「ハート」こそが、長きに亘ったとある作戦の成功を呼び寄せる決定打となりました。


では本題に入りましょう。

今回の記事では第193話だけではなく、大阪で開催中のシャドーハウス原画展のネタバレも一部に含みますのでご注意下さい。

続きよりどうぞ。続きを読む

第192話 怪物【感想】

こちらの文庫本はフランツ・カフカの「変身」です。1915年に発表されたこの作品は、現在カフカの代表作として知られています。(断食芸人という短編も収録されています)

変身(フランツ・カフカ)

ところでこちらの小説。

実は2年前のあらすじ紹介「第108話 生い立ち」でもざっと解説しております。もしかしたら見覚えがある方もいらっしゃるかも知れません。


第108話の記事でなぜこの小説を持ち出したのかと言いますと、それは「変身」の主人公を襲った出来事が関わっています。

第108話のあらすじ紹介の繰り返しになりますが、平凡な日々を送っていた男がある日突然数奇な運命に見舞われ、そして苦悩に苛まれる様子が、第108話で登場した少女に重なったからでした。

詳細を書くとネタバレになりますのでここでは書きません。ただ、どんな内容だったか気になる方は単行本10巻をぜひご覧下さい。私の言っていることが少しは伝わるかと存じます。

そして、この画像を再び持ち出してきたということは、またもや似たような運命に翻弄される人物が出てきたからに他なりません。現実世界ではまずお目にかかれない、「自分」という存在が「自分」ではなくなる、そんな事態がまた起きてしまったのです。


ですが、今回のエピソードを語るには「アイデンティティの崩壊」という言葉さえも生易しいと言えるでしょう。

人間社会における最高級に位置する「貴族」という地位。

それが揺らいだのみならず、自身が人間でさえもないとしたら、果たしてその現実を直視できる生物が存在しえるでしょうか?

それほどまでに凄惨で、物悲しい描写が繰り広げられました。
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