先日、仕事の研修で京都を訪れた際に八坂神社へ参拝しに行きました。
なぜこんなポピュラーな場所に行ったのかと言いますと、一度も足を運んだことがなかったからです。
京都には何度か旅行したことはありますが、八坂神社はあまりにも有名ですので「いつでも行けるからいいや」と毎度後回しにしがちだったんですよね。ですので長期休暇などで京都に行った際は、あまり観光客がいないような場所を選ぶことが多かったのです。
しかし研修当日は午前中だけ自由時間があったので、それなら普段はまず行かない場所、そして京都駅から近い場所ということで、東本願寺・京都護国神社・八坂神社へと向かったわけです。特に八坂神社は祇園という京都の中心地に位置していることもあってか、修学旅行生や外国人観光客でごった返しておりました。
それともう一つ、こちらの絵馬が有名と聞き見てきました。

なんとも珍しいハート形の絵馬です!
八坂神社は境内に、縁結びの神様として知られる大国主命(出雲大社と同じ)、美の神様として知られる宗像三女神(厳島神社と同じ)を祀る祠があることから、恋愛成就を祈願する参拝者が多いのだそうです。私が訪れた時も多くの女学生がハート形の絵馬を前にして、真剣な顔つきで筆を運んでおりました。(直前に参拝した護国神社では国を憂う内容が多かったのとは対照的だったのが印象深いです)
ただ、私がハート形の絵馬を見ようと思ったのは恋愛成就のためではなく、第193話で「ハート」が描写されたことが動機でした。そしてこの「ハート」こそが、長きに亘ったとある作戦の成功を呼び寄せる決定打となりました。
では本題に入りましょう。
今回の記事では第193話だけではなく、大阪で開催中のシャドーハウス原画展のネタバレも一部に含みますのでご注意下さい。
続きよりどうぞ。
なぜこんなポピュラーな場所に行ったのかと言いますと、一度も足を運んだことがなかったからです。
京都には何度か旅行したことはありますが、八坂神社はあまりにも有名ですので「いつでも行けるからいいや」と毎度後回しにしがちだったんですよね。ですので長期休暇などで京都に行った際は、あまり観光客がいないような場所を選ぶことが多かったのです。
しかし研修当日は午前中だけ自由時間があったので、それなら普段はまず行かない場所、そして京都駅から近い場所ということで、東本願寺・京都護国神社・八坂神社へと向かったわけです。特に八坂神社は祇園という京都の中心地に位置していることもあってか、修学旅行生や外国人観光客でごった返しておりました。
それともう一つ、こちらの絵馬が有名と聞き見てきました。

なんとも珍しいハート形の絵馬です!
八坂神社は境内に、縁結びの神様として知られる大国主命(出雲大社と同じ)、美の神様として知られる宗像三女神(厳島神社と同じ)を祀る祠があることから、恋愛成就を祈願する参拝者が多いのだそうです。私が訪れた時も多くの女学生がハート形の絵馬を前にして、真剣な顔つきで筆を運んでおりました。(直前に参拝した護国神社では国を憂う内容が多かったのとは対照的だったのが印象深いです)
ただ、私がハート形の絵馬を見ようと思ったのは恋愛成就のためではなく、第193話で「ハート」が描写されたことが動機でした。そしてこの「ハート」こそが、長きに亘ったとある作戦の成功を呼び寄せる決定打となりました。
では本題に入りましょう。
今回の記事では第193話だけではなく、大阪で開催中のシャドーハウス原画展のネタバレも一部に含みますのでご注意下さい。
続きよりどうぞ。
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サブタイトルにある「作戦」とはもちろん、ルイーズとルウの奪還作戦です。
今回の第193話ではパトリックのすす能力によってルイーズとルウは一体化を免れ、無事に元通りになりました。
前回までの絶望的な状況からあっさりと解決したこともあって少々拍子抜けではありますが、それでも作戦が成功に終わったのはこれまで描かれてきたパトリックの成長の成果ですし、何よりもルイーズとルウの奪還作戦が形として遂行されたのはケイトがこれまで進めてきた「仲間集め」が功を奏したからこそです。
ケイトは変わり果てたルイーズとルウの姿を見て自責から涙しておりますが、その際にパトリックが語り掛けた「沢山の仲間が希望を繋いでここまで来たんだろう」「いい加減ひとりで何とかしようとする癖を直せ」という台詞は、まさにケイトがこれまで選んできた道筋が間違っていなかったことの証左と言えます。
そんな仲間たちともに作戦の成功を共有できた経験は何物にも代えがたいでしょう。ラストのコマでは奪還作戦に参加したキャラたちが描かれており、この作戦が多くの仲間たちの協力によって成功を収めたことがたった一ページではありますが伝わってきました。ラムの目には光るものが見えますがこれは涙ぐんでいるのでしょうか。ここにダグラス組がいないのがなんとも残念ですが、彼らにもこの報を一刻も早く知らせてあげたいですね。
それと個人的に良いなあと感じたのが、ケイトがパトリックに「命の恩人よ」と感謝した直後の描写です。
この時、パトリックはかぶりを振って「俺のすす能力はマーガレットのおかげで授かったんだ…」と語り、彼女にも感謝しないといけないと述べていました。
今ここにいる仲間だけではなく、命落としたマーガレットも作戦の成功に寄与した。
それをパトリックは忘れるわけにはいかなかったのでしょう。これがパトリックの言うノブレス・オブリージュであり、自分の存在意義を懸けるための義務なのかも知れません。ケイトの「誰一人置き去りにしない」をケイト本人よりも実践するパトリック、やはり彼は気高い少年です。(ケイトはそれよりも先に目指すべきものがありすぎるのでパトリックと比べるのはいささか可哀想ですが)
ところで先程、あっさり解決したと書きましたが、なぜ私がそう感じたのかと言いますと「一体化」したルイーズとルウが簡単に分離して惨禍を免れたからです。
これまでの描写ですと、“お呼ばれ”されたら「一体化」は避けられない、失敗したとしてもいずれにせよ「生き人形」は命を落とす、というのが作中の定説でした。私もそういう認識で読んでおりました。
ですので「恩恵の欠片」を飲んで後戻りのできなくなったルイーズ、「一体化」を覚悟したルウがこんなにも簡単に助かるはずがないと思っていたんですよね。それがどう描かれるのか注目さえしていました。
それもあってか、今話を読んだ時「何があってこんなことになったんだろう?そもそもパトリックのすす能力は他者のすす能力にしか効力がないのに『一体化』の解除まで可能なの?」と余計な考えをしてしまい納得が出来かねました。
しかし、やや反則ではありますがその点に関してとある設定が公開されていました。
現在大阪で絶賛開催中のシャドーハウス原画展でこんな展示があったのです。
表題:「暴走ルイーズ」
解説:「192話に登場の形態。ルイーズの自我の芽生えにより一体化をすることへの迷いが生じ、いわゆる『一体化』とは別の状態になった」
「一体化」とは別の状態!?!?
「一体化」ではないということは、ルイーズの暴走は「恩恵の欠片」を飲んだことによる暴走なわけですから、つまりはマーガレットが起こした「すすツタ事件」と同じと解釈しても良いと思います。つまり暴走したあのルイーズの形態はすす能力だということです。
能力の種類で言えば、ジョンと決闘した時のギルバートが近いでしょうか。それに加えてルウの顔が欲しいという欲求が、ルウを取り込むああいった形態になったのでしょう。
なるほど、それであれば「すす能力カウンター」とでも呼ぶべきパトリックがルイーズとルウを救い出せたのにも説明が付きます。この件に関して今後さらに描写があるのかは分かりませんが、できましたらほんの少しでも触れて貰えたらなと思います。それこそ、マーガレットのお陰で作戦が成功したと語るパトリックはそのことを深く感じていたと思いますので。(少なくとも私よりは)
ただ、めでたしめでたしで終わらないのがやはりシャドーハウスです。
仲間と共に作戦を成功したケイトとは対象に、何もかもを一人でやり遂げようとするあの男が暗躍しているからです。
語るまでもない、アンソニーです。
今回の彼の行動はいつにもまして恐ろしいものでした。
作戦計画の段階では、ルイーズとルウの一体化失敗に見せかけた肉塊を「完成の箱」に入れるという算段だったはずの手筈。
しかしその箱にアンソニーが仕込んだは、正真正銘の人間の死体でした。それを目撃したシャーリーはあまりの恐ろしさに身を潜め、可哀想に完成の箱が安置された部屋に取り残されてしまいました。
あの亡骸が誰なのかは判然としません。
私はあのやせ細った手を見た瞬間、思わず第79話のベルを思い出してしまいました。もしそうなら、肉親が館の中にいるというのに片割れの亡骸を道具のように扱うアンソニーの神経を疑います。
そうではなく、これまで命落としてきた「生き人形」のものだとしたら、亡骸を埋葬もせずに放置するシャドーハウスという館はケイトの言う通り「地獄」です。決して存在が許されるべき場所ではないでしょう。
さらに、もしもマーガレットとマギーの亡骸だとしたら、ケイト達が葬儀をして埋葬した亡骸をアンソニーは掘り起こしたことになります。ケイトをはじめとするこどもたちの思いを踏みにじる蛮行と罵られてもおかしくありません。感動的な「マーガレットにも感謝しないとな」というパトリックの台詞は一気に皮肉めいたものになるでしょう。(しかし考えてみると、シャドーと生き人形の亡骸を一度に手に入れるという点を思えば一番可能性は高いといえます)
いずれにせよ到底人間が行う行動とは思えません。
ケイト達が作戦の成功に喜ぶ裏で、容赦なく行われる尊厳の冒涜。
命落とした後でさえも、シャドーハウスという館では魂が安らぐ日はないのでしょうか?
サブタイトルにある「作戦」とはもちろん、ルイーズとルウの奪還作戦です。
今回の第193話ではパトリックのすす能力によってルイーズとルウは一体化を免れ、無事に元通りになりました。
前回までの絶望的な状況からあっさりと解決したこともあって少々拍子抜けではありますが、それでも作戦が成功に終わったのはこれまで描かれてきたパトリックの成長の成果ですし、何よりもルイーズとルウの奪還作戦が形として遂行されたのはケイトがこれまで進めてきた「仲間集め」が功を奏したからこそです。
ケイトは変わり果てたルイーズとルウの姿を見て自責から涙しておりますが、その際にパトリックが語り掛けた「沢山の仲間が希望を繋いでここまで来たんだろう」「いい加減ひとりで何とかしようとする癖を直せ」という台詞は、まさにケイトがこれまで選んできた道筋が間違っていなかったことの証左と言えます。
そんな仲間たちともに作戦の成功を共有できた経験は何物にも代えがたいでしょう。ラストのコマでは奪還作戦に参加したキャラたちが描かれており、この作戦が多くの仲間たちの協力によって成功を収めたことがたった一ページではありますが伝わってきました。ラムの目には光るものが見えますがこれは涙ぐんでいるのでしょうか。ここにダグラス組がいないのがなんとも残念ですが、彼らにもこの報を一刻も早く知らせてあげたいですね。
それと個人的に良いなあと感じたのが、ケイトがパトリックに「命の恩人よ」と感謝した直後の描写です。
この時、パトリックはかぶりを振って「俺のすす能力はマーガレットのおかげで授かったんだ…」と語り、彼女にも感謝しないといけないと述べていました。
今ここにいる仲間だけではなく、命落としたマーガレットも作戦の成功に寄与した。
それをパトリックは忘れるわけにはいかなかったのでしょう。これがパトリックの言うノブレス・オブリージュであり、自分の存在意義を懸けるための義務なのかも知れません。ケイトの「誰一人置き去りにしない」をケイト本人よりも実践するパトリック、やはり彼は気高い少年です。(ケイトはそれよりも先に目指すべきものがありすぎるのでパトリックと比べるのはいささか可哀想ですが)
ところで先程、あっさり解決したと書きましたが、なぜ私がそう感じたのかと言いますと「一体化」したルイーズとルウが簡単に分離して惨禍を免れたからです。
これまでの描写ですと、“お呼ばれ”されたら「一体化」は避けられない、失敗したとしてもいずれにせよ「生き人形」は命を落とす、というのが作中の定説でした。私もそういう認識で読んでおりました。
ですので「恩恵の欠片」を飲んで後戻りのできなくなったルイーズ、「一体化」を覚悟したルウがこんなにも簡単に助かるはずがないと思っていたんですよね。それがどう描かれるのか注目さえしていました。
それもあってか、今話を読んだ時「何があってこんなことになったんだろう?そもそもパトリックのすす能力は他者のすす能力にしか効力がないのに『一体化』の解除まで可能なの?」と余計な考えをしてしまい納得が出来かねました。
しかし、やや反則ではありますがその点に関してとある設定が公開されていました。
現在大阪で絶賛開催中のシャドーハウス原画展でこんな展示があったのです。
表題:「暴走ルイーズ」
解説:「192話に登場の形態。ルイーズの自我の芽生えにより一体化をすることへの迷いが生じ、いわゆる『一体化』とは別の状態になった」
「一体化」とは別の状態!?!?
「一体化」ではないということは、ルイーズの暴走は「恩恵の欠片」を飲んだことによる暴走なわけですから、つまりはマーガレットが起こした「すすツタ事件」と同じと解釈しても良いと思います。つまり暴走したあのルイーズの形態はすす能力だということです。
能力の種類で言えば、ジョンと決闘した時のギルバートが近いでしょうか。それに加えてルウの顔が欲しいという欲求が、ルウを取り込むああいった形態になったのでしょう。
なるほど、それであれば「すす能力カウンター」とでも呼ぶべきパトリックがルイーズとルウを救い出せたのにも説明が付きます。この件に関して今後さらに描写があるのかは分かりませんが、できましたらほんの少しでも触れて貰えたらなと思います。それこそ、マーガレットのお陰で作戦が成功したと語るパトリックはそのことを深く感じていたと思いますので。(少なくとも私よりは)
ただ、めでたしめでたしで終わらないのがやはりシャドーハウスです。
仲間と共に作戦を成功したケイトとは対象に、何もかもを一人でやり遂げようとするあの男が暗躍しているからです。
語るまでもない、アンソニーです。
今回の彼の行動はいつにもまして恐ろしいものでした。
作戦計画の段階では、ルイーズとルウの一体化失敗に見せかけた肉塊を「完成の箱」に入れるという算段だったはずの手筈。
しかしその箱にアンソニーが仕込んだは、正真正銘の人間の死体でした。それを目撃したシャーリーはあまりの恐ろしさに身を潜め、可哀想に完成の箱が安置された部屋に取り残されてしまいました。
あの亡骸が誰なのかは判然としません。
私はあのやせ細った手を見た瞬間、思わず第79話のベルを思い出してしまいました。もしそうなら、肉親が館の中にいるというのに片割れの亡骸を道具のように扱うアンソニーの神経を疑います。
そうではなく、これまで命落としてきた「生き人形」のものだとしたら、亡骸を埋葬もせずに放置するシャドーハウスという館はケイトの言う通り「地獄」です。決して存在が許されるべき場所ではないでしょう。
さらに、もしもマーガレットとマギーの亡骸だとしたら、ケイト達が葬儀をして埋葬した亡骸をアンソニーは掘り起こしたことになります。ケイトをはじめとするこどもたちの思いを踏みにじる蛮行と罵られてもおかしくありません。感動的な「マーガレットにも感謝しないとな」というパトリックの台詞は一気に皮肉めいたものになるでしょう。(しかし考えてみると、シャドーと生き人形の亡骸を一度に手に入れるという点を思えば一番可能性は高いといえます)
いずれにせよ到底人間が行う行動とは思えません。
ケイト達が作戦の成功に喜ぶ裏で、容赦なく行われる尊厳の冒涜。
命落とした後でさえも、シャドーハウスという館では魂が安らぐ日はないのでしょうか?
