表題は、「映画けいおん!」のエンディングテーマから拝借しました。
けいおん!といえば今月頭にも「映画けいおん!の公開から10周年」という記事でも取り上げたので、またかと思われるかも知れませんが、その通りです。性懲りもないですがまた語らせて下さい。
さて、なぜこの曲を今回取り上げたのかといいますと、この曲がけいおん!シリーズ最後の楽曲にして、最高の名曲だからです。
けいおん!は以前にも述べた通り、日常系アニメの代表格です。
ただ、アニメも漫画も、実は成長物語としての側面もあるんですよね。実際に主人公達は、アニメの劇中において高校生活の三年間を送り、映画では卒業旅行の様子を中心に描かれました。
そして、その最後の最後に制作されたのがエンディングテーマの「Singing!」という楽曲です。この曲の中でボーカルは、過去の思い出(日常)を手に、未来へと進む決意を歌い上げています。
もし機会があれば一度聴いてみて下さい。
少女(少年)時代にしか許されない純粋な希望とひたむきさ、そして世間の汚らわしさを打ち払う力強さに圧倒されるはずです。
さて、ところで主人公たちは映画の中でロンドンを訪れます。次の画像を見て頂ければ分かりますが、こんな風にビートルズを彷彿とさせる看板も公開直前に設置されていました。
ちなみにこの巨大看板は、新宿駅東口です。深夜アニメとは思えない大規模な宣伝は、当時大きな話題となりました。

映画の中では活気あるロンドンの街が描かれていますが、それは翌年の2012年にロンドンオリンピックが控えていたからです。
実は翌年夏、私もロンドンに行っていました。これは当時のタワーブリッジの写真です。

そういえば、今年は東京オリンピックの年でしたね。
本来であれば重なり合うはずのない「映画けいおん!」の10周年と東京オリンピックの年が一致したのを見て、世間の喧騒とは裏腹になんだか不思議な心持になりました。
さて、では丁度本年の話題が出たところで、これよりシャドーハウスの令和3年を振り返っていきましょう。
相変わらず長くなりますので、続きよりどうぞ。
けいおん!といえば今月頭にも「映画けいおん!の公開から10周年」という記事でも取り上げたので、またかと思われるかも知れませんが、その通りです。性懲りもないですがまた語らせて下さい。
さて、なぜこの曲を今回取り上げたのかといいますと、この曲がけいおん!シリーズ最後の楽曲にして、最高の名曲だからです。
けいおん!は以前にも述べた通り、日常系アニメの代表格です。
ただ、アニメも漫画も、実は成長物語としての側面もあるんですよね。実際に主人公達は、アニメの劇中において高校生活の三年間を送り、映画では卒業旅行の様子を中心に描かれました。
そして、その最後の最後に制作されたのがエンディングテーマの「Singing!」という楽曲です。この曲の中でボーカルは、過去の思い出(日常)を手に、未来へと進む決意を歌い上げています。
もし機会があれば一度聴いてみて下さい。
少女(少年)時代にしか許されない純粋な希望とひたむきさ、そして世間の汚らわしさを打ち払う力強さに圧倒されるはずです。
さて、ところで主人公たちは映画の中でロンドンを訪れます。次の画像を見て頂ければ分かりますが、こんな風にビートルズを彷彿とさせる看板も公開直前に設置されていました。
ちなみにこの巨大看板は、新宿駅東口です。深夜アニメとは思えない大規模な宣伝は、当時大きな話題となりました。

映画の中では活気あるロンドンの街が描かれていますが、それは翌年の2012年にロンドンオリンピックが控えていたからです。
実は翌年夏、私もロンドンに行っていました。これは当時のタワーブリッジの写真です。

そういえば、今年は東京オリンピックの年でしたね。
本来であれば重なり合うはずのない「映画けいおん!」の10周年と東京オリンピックの年が一致したのを見て、世間の喧騒とは裏腹になんだか不思議な心持になりました。
さて、では丁度本年の話題が出たところで、これよりシャドーハウスの令和3年を振り返っていきましょう。
相変わらず長くなりますので、続きよりどうぞ。
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シャドーハウスにとっての令和3年は、とにかくアニメが盛り上がった年といって間違いないでしょう。
昨年の10月16日にアニメ化が発表されて以来、12月20日のメインキャスト公開など徐々に情報が解禁されつつありましたが、年が明けると怒涛ともいえるニュースラッシュがシャドーハウスファンを襲いました。
ここで思い出せるだけでも、サブキャラクターのキャスト発表、ED曲とアーティストの発表、放映日の確定、挿入歌の担当者の発表、キャラクタービジュアルの公開などなど……。
毎日がシャドーハウスのニュースに追われる日々でした。
また、様々なコラボがあったことも印象深いですね。
アニメ放映前は、Vtuberの名取さなさんが誕生日を迎えるということで、川崎市で行われていたコラボカフェにソウマトウ先生がイラストを寄稿していました。
また、映像ディスク発売企画として、全国のアニメショップで「シャドーハウスの秘密」というこびりつきのPOPを写真に撮ってツイッターで投稿するイベントもありました。この時は、札幌でパトリック組・仙台でシャーリー組・池袋でケイト組・名古屋でジョン組・三宮でルイーズ組の等身大ディスプレイが展示されていました。(仙台、池袋、名古屋は私も行きました)
時を同じくして、新宿マルイメンではシャドーハウスの限定ショップが行われていました。
この限定ショップでは煌びやかな衣装に包まれたエミリコ達が新鮮でしたが、何よりも現地にいた人々を見て感動したことを覚えています。「ここにいる人達はみんなシャドーハウスが好きなんだ!」と思うと、すごく嬉しかったのです。
今秋に開催されたmottoカフェとのコラボカフェも記憶に新しいです。
同期組をイメージしたメニューはとてもおいしく、これまで散々ささやかれてきた「おじいさまのすす入り珈琲」を飲んだときは、とうとう現実がファンの想像に追いついたと感じました。
ただ、漫画の方だって負けてはいません。
シャドーハウスのアニメ化に伴い「原作」と呼ばれることの多くなった漫画シャドーハウスですが、まさにアニメ放映中の5月20日に第100回を迎えます。この時の扉絵の表題は、それを祝うかのようにきらめいた色に彩色されていました。
また、直後の24日はソウマトウ先生の代表作「黒」の連載10周年でした。
アニメと漫画の記念すべき日々が何度も交錯するとは、なんとも不思議な一年でした。
加えて、シャドーハウスに関係する方々の活躍も目覚ましかったです。
俳優の高杉真宙氏はアニメ放映にあたって、コミックナタリーのインタビューでシャドーハウスについて語るなど、昨年に引き続いて「親善大使」として宣伝下さいました。
また、先日発表されたばかりの「令和アニソン大賞」において、ReoNa氏は作詞賞を「ないない」で受賞しています。
さらに、直接の関係はないですが、東京オリンピックの閉会式で鎮魂の舞を披露したヤマダアオイ氏は「ないない」のカップリング曲「まっさら」に出演しております。
「まっさら」といえば、ソウマトウ先生がED曲を選ぶ際に「ないない」と最後まで迷っていた楽曲です。
ヤマダアオイ氏がシャドーハウスの関係者、と言って良いかどうかは人によって見解は分かれるでしょうが、それでもシャドーハウスを通じて知った人物が世界の舞台で活躍するのを見て、ただの一ファンなのに何だか嬉しくなりました。
こうやって見てみると、本当に今年はシャドーハウスにとって大きな足跡を残した一年といえましょう。
来年6月に英語版シャドーハウスも発売されますし、これからももっとシャドーハウスの名は世界中に知れ渡るのは確実です。
しかし、正直に申し上げますとシャドーハウスにとって明るい話題ばかりでなかったのは事実です。作品の知名度が上がることでトラブルに巻き込まれることも増えてきたからです。
例えば、公式ツイッターでも警告されていましたが、公式アカウントを騙る人物がファンの個人情報を狙っているということで、春と秋にそれぞれ複数の偽アカウントが報告されました。
また、ツイッターやpixivに掲載されているファンアートを無断使用して、グッズを売る業者も現れました。
これらはシャドーハウスが広まることによって、作品がならず者に狙われてしまったということです。やはり知名度が向上するのは良いことばかりではないということでしょう。なんとも残念な出来事でした。
ただ、私がもっとも記憶に残っているのは、アニメ第4話が公開された直後の「ローブ様」の件です。
この件は、アニメのオリジナルストーリーを見た一部の視聴者が『原作改悪』と騒いだことがきっかけでしたが、数十分前まで「シャドーハウスが好き」と言っていた人々が怒りを露わにするのを見て、ゾッとする思いでした。
翌昼にソウマトウ先生のツイートによって騒動は収まりましたが、僅か数時間とはいえ、シャドーハウスを応援し始めてからあれほど先の見通せない思いを強いられたのはあの時だけです。いや、できればもうこりごりです。
しかしこの騒動を通じて、一つ考えたことがありました。
それは、何も過去に囚われてシャドーハウスを見る必要はないじゃないか、という考えです。
シャドーハウスは様々な場所で言われている通り「類似不在作品」です。
もしそうであれば、何も過去の多くの作品をあげつらってあーだこーだいう必要はないのではないでしょうか?
実際にシャドーハウスは、作風も描写も何もかもが類例がありません。唯一無二の存在です。
ということは、即ちシャドーハウスが歩く道のりも、他の作品が辿ってきたどの道のりとも違う歩みだと私は思うのです。
ならば、僅かな自分たちの偏見を以ってシャドーハウスを評価するなど不可能です。そんなことはしないで、どっしりと構えていれば良いじゃないか。
あの騒動を通じて、そう感じたのです。
「前例の中には前例がないにもかかわらずなされたものもあります。」
これは、ある高貴な方の御言葉です。
このブログで名を出すにはあまりに高貴な方ですので、あえて名は述べません。ただ、平成時代において我が国で最も重要な伝統を体現された方、とだけ書いておきます。
しかし私のような庶民から見ても、この言葉は示唆に富んでいます。
確かに、今では当たり前になっている前例や伝統と呼ばれている多くの事柄も、一番最初は前例がないに決まっているからです。必ず名も知らぬ誰かが、先駆者としてタブーを乗り越えてきたのが現在でいう「常識」なのです。
ならば、多くの不可能を成し遂げ、タブーと呼ばれる描写を堂々と掲載し、そしてディスクの売り上げという指標をも打ち崩して第二期へと歩みを進めるシャドーハウスこそが、これからの漫画とアニメのパイオニアたる存在になることでしょう。
いや、シャドーハウスはそうやって「道なき道へと進む」作品だと私は信じています。
来年もまた、シャドーハウスの明るい話題の中で、わずかな暗い出来事が起こらないとは言い切れません。
それでも、そんな時こそシャドーハウスという作品の持つ力を信じ、『類似作品不在なのだから絶対大丈夫だ』といった姿勢で私はいようと思います。
さて、相変わらず堅苦しくなってしまいましたね。私の悪い癖です。
来年の今頃はどうなっているかなんて偉大なるおじい様だって知らないわけですから、常に12月はシャドーハウスにとって巡りあわせがいい月ですし、とにかく「終わり良ければ総て良し」の精神で楽しんでいきたいです。
今回の記事で令和3年の本ブログの終わりとしたいと思います。
本年は年末に更新が滞る中、それでもご来館頂きましてどうもありがとうございました。
また来年もどうぞ宜しくお願い致します。
令和3年12月31日 来客のない奇妙な館管理人 影野知高
シャドーハウスにとっての令和3年は、とにかくアニメが盛り上がった年といって間違いないでしょう。
昨年の10月16日にアニメ化が発表されて以来、12月20日のメインキャスト公開など徐々に情報が解禁されつつありましたが、年が明けると怒涛ともいえるニュースラッシュがシャドーハウスファンを襲いました。
ここで思い出せるだけでも、サブキャラクターのキャスト発表、ED曲とアーティストの発表、放映日の確定、挿入歌の担当者の発表、キャラクタービジュアルの公開などなど……。
毎日がシャドーハウスのニュースに追われる日々でした。
また、様々なコラボがあったことも印象深いですね。
アニメ放映前は、Vtuberの名取さなさんが誕生日を迎えるということで、川崎市で行われていたコラボカフェにソウマトウ先生がイラストを寄稿していました。
また、映像ディスク発売企画として、全国のアニメショップで「シャドーハウスの秘密」というこびりつきのPOPを写真に撮ってツイッターで投稿するイベントもありました。この時は、札幌でパトリック組・仙台でシャーリー組・池袋でケイト組・名古屋でジョン組・三宮でルイーズ組の等身大ディスプレイが展示されていました。(仙台、池袋、名古屋は私も行きました)
時を同じくして、新宿マルイメンではシャドーハウスの限定ショップが行われていました。
この限定ショップでは煌びやかな衣装に包まれたエミリコ達が新鮮でしたが、何よりも現地にいた人々を見て感動したことを覚えています。「ここにいる人達はみんなシャドーハウスが好きなんだ!」と思うと、すごく嬉しかったのです。
今秋に開催されたmottoカフェとのコラボカフェも記憶に新しいです。
同期組をイメージしたメニューはとてもおいしく、これまで散々ささやかれてきた「おじいさまのすす入り珈琲」を飲んだときは、とうとう現実がファンの想像に追いついたと感じました。
ただ、漫画の方だって負けてはいません。
シャドーハウスのアニメ化に伴い「原作」と呼ばれることの多くなった漫画シャドーハウスですが、まさにアニメ放映中の5月20日に第100回を迎えます。この時の扉絵の表題は、それを祝うかのようにきらめいた色に彩色されていました。
また、直後の24日はソウマトウ先生の代表作「黒」の連載10周年でした。
アニメと漫画の記念すべき日々が何度も交錯するとは、なんとも不思議な一年でした。
加えて、シャドーハウスに関係する方々の活躍も目覚ましかったです。
俳優の高杉真宙氏はアニメ放映にあたって、コミックナタリーのインタビューでシャドーハウスについて語るなど、昨年に引き続いて「親善大使」として宣伝下さいました。
また、先日発表されたばかりの「令和アニソン大賞」において、ReoNa氏は作詞賞を「ないない」で受賞しています。
さらに、直接の関係はないですが、東京オリンピックの閉会式で鎮魂の舞を披露したヤマダアオイ氏は「ないない」のカップリング曲「まっさら」に出演しております。
「まっさら」といえば、ソウマトウ先生がED曲を選ぶ際に「ないない」と最後まで迷っていた楽曲です。
ヤマダアオイ氏がシャドーハウスの関係者、と言って良いかどうかは人によって見解は分かれるでしょうが、それでもシャドーハウスを通じて知った人物が世界の舞台で活躍するのを見て、ただの一ファンなのに何だか嬉しくなりました。
こうやって見てみると、本当に今年はシャドーハウスにとって大きな足跡を残した一年といえましょう。
来年6月に英語版シャドーハウスも発売されますし、これからももっとシャドーハウスの名は世界中に知れ渡るのは確実です。
しかし、正直に申し上げますとシャドーハウスにとって明るい話題ばかりでなかったのは事実です。作品の知名度が上がることでトラブルに巻き込まれることも増えてきたからです。
例えば、公式ツイッターでも警告されていましたが、公式アカウントを騙る人物がファンの個人情報を狙っているということで、春と秋にそれぞれ複数の偽アカウントが報告されました。
また、ツイッターやpixivに掲載されているファンアートを無断使用して、グッズを売る業者も現れました。
これらはシャドーハウスが広まることによって、作品がならず者に狙われてしまったということです。やはり知名度が向上するのは良いことばかりではないということでしょう。なんとも残念な出来事でした。
ただ、私がもっとも記憶に残っているのは、アニメ第4話が公開された直後の「ローブ様」の件です。
この件は、アニメのオリジナルストーリーを見た一部の視聴者が『原作改悪』と騒いだことがきっかけでしたが、数十分前まで「シャドーハウスが好き」と言っていた人々が怒りを露わにするのを見て、ゾッとする思いでした。
翌昼にソウマトウ先生のツイートによって騒動は収まりましたが、僅か数時間とはいえ、シャドーハウスを応援し始めてからあれほど先の見通せない思いを強いられたのはあの時だけです。いや、できればもうこりごりです。
しかしこの騒動を通じて、一つ考えたことがありました。
それは、何も過去に囚われてシャドーハウスを見る必要はないじゃないか、という考えです。
シャドーハウスは様々な場所で言われている通り「類似不在作品」です。
もしそうであれば、何も過去の多くの作品をあげつらってあーだこーだいう必要はないのではないでしょうか?
実際にシャドーハウスは、作風も描写も何もかもが類例がありません。唯一無二の存在です。
ということは、即ちシャドーハウスが歩く道のりも、他の作品が辿ってきたどの道のりとも違う歩みだと私は思うのです。
ならば、僅かな自分たちの偏見を以ってシャドーハウスを評価するなど不可能です。そんなことはしないで、どっしりと構えていれば良いじゃないか。
あの騒動を通じて、そう感じたのです。
「前例の中には前例がないにもかかわらずなされたものもあります。」
これは、ある高貴な方の御言葉です。
このブログで名を出すにはあまりに高貴な方ですので、あえて名は述べません。ただ、平成時代において我が国で最も重要な伝統を体現された方、とだけ書いておきます。
しかし私のような庶民から見ても、この言葉は示唆に富んでいます。
確かに、今では当たり前になっている前例や伝統と呼ばれている多くの事柄も、一番最初は前例がないに決まっているからです。必ず名も知らぬ誰かが、先駆者としてタブーを乗り越えてきたのが現在でいう「常識」なのです。
ならば、多くの不可能を成し遂げ、タブーと呼ばれる描写を堂々と掲載し、そしてディスクの売り上げという指標をも打ち崩して第二期へと歩みを進めるシャドーハウスこそが、これからの漫画とアニメのパイオニアたる存在になることでしょう。
いや、シャドーハウスはそうやって「道なき道へと進む」作品だと私は信じています。
来年もまた、シャドーハウスの明るい話題の中で、わずかな暗い出来事が起こらないとは言い切れません。
それでも、そんな時こそシャドーハウスという作品の持つ力を信じ、『類似作品不在なのだから絶対大丈夫だ』といった姿勢で私はいようと思います。
さて、相変わらず堅苦しくなってしまいましたね。私の悪い癖です。
来年の今頃はどうなっているかなんて偉大なるおじい様だって知らないわけですから、常に12月はシャドーハウスにとって巡りあわせがいい月ですし、とにかく「終わり良ければ総て良し」の精神で楽しんでいきたいです。
今回の記事で令和3年の本ブログの終わりとしたいと思います。
本年は年末に更新が滞る中、それでもご来館頂きましてどうもありがとうございました。
また来年もどうぞ宜しくお願い致します。
令和3年12月31日 来客のない奇妙な館管理人 影野知高
