既に何度も繰り返しておりますが、シャドーハウスの連載回数が200回となりました!おめでたい!!

第200回扉絵

こちらは第200話掲載号のヤングジャンプの扉絵です。うん何度見てもいいですね!

シルエットなので二人の表情は見て取れませんが、シャドーハウスを読んできたファンなら二人の満面の笑みが見えていることでしょう。いや、絶対そうに決まってます!(断言)

さらに言わせて貰うなら、抱き合ってピョンピョン飛び跳ねている二人の姿だって私には見えますよ。第114話ラストのケイトとエミリコもそうでしたが、静止画なのにこうも躍動感ある描写を生み出せるのはソウマトウ先生の技術があってこそです。そして、ケイトとエミリコが手を携えてここまで歩いてきた道のりを、読者が知らず知らずのうちに想起しているからにほかなりません。

となれば、この扉絵はシャドーハウスという作品が築いてきた200のエピソードそのものを象徴しているといっても過言ではないでしょう。

ケイトとエミリコのシルエットの周囲には過去の単行本の表紙が鮮やかに散りばめられておりますが、それとは逆に、二人の黒塗られたシルエットの中には読者一人一人が思い描くシャドーハウスの思い出が写っているのではないかと勝手に想像しています。さあ、皆様の目には漆黒のシルエットの中に何が見えておりますでしょうか?


ところで、なぜ唐突にこんなことを書いたかと言いますと、鋭い方は想像つくかと存じますが第35話のエミリコの台詞「見えないからこそ私は想像したいんです」を念頭に置いた問いかけです。

原画展のソウマトウ先生のご挨拶でも引用されていたように、この台詞はシャドーハウスという作品を象徴する台詞です。pixivFANBOXにて、“今回の扉絵はあまり見かけない構成”といった旨の記述がございましたが、そうした大胆な構成になった理由として上述のように読者の想像に委ねる部分もあったのかなと思っています。

まあ、ここまでくると想像ではなく夢想、さらに言うなら妄想に近いですけどね。でもせっかくの記念回ですから大目に見てやって下さい。これが私の平常運転です。


ただ、それは物語を外側から見ている人間だからこそ許される行為です。想像を重ねてああだこうだと語り、それが外れていても何の危険もありません。神の視座の特権です。

しかし、登場人物からすればそれではいけません。想像、或いは推測を積み重ねながら、着実に真実に近づくよう慎重に事に当たらねば命を落とすことだってあり得るからです。そうした中で、直接的な確証を得られればそれに勝るものはありません。「情報」という力が古今東西重宝されてきたように、時としてそれは運命を左右します。


此度のエピソードでは、これまで語られてきた核心的な「情報」の多くを自らの手で得てきた、並大抵ならぬ人物の実像が明かされました。

煤煙によって覆われた館でさえも、彼にとっては野望を叶えるための舞台でしかありません。続きを読む