扉絵を見て、一瞬最終回かと思って焦りました。

エミリコが笑顔でこちら側に手を伸ばしている絵です。
まるで「大団円!」みたいな煽り文句が書いてあってもおかしくはないくらい、眩しい表情です。

でももちろん、そんなことはないですよね。
もしこれが最後ならば、彼女達の日常の象徴である制式メイド服を着用しているべきでしょうから。

冷静に見てみれば、彼女が着ているのはお手製のエプロン。
シロツメクサで飾り付けられた、エミリコ特製・即席メイド服です。

これは庭園迷路にいるエミリコの姿だとすると、ケイト視点から見た、迎えに来たエミリコの姿でしょうか。
それとも、不安に苛まれるケイトの願望が生み出した幻覚なのでしょうか。
今はまだ、誰も知る由はありません。

さて、まばゆいばかりの今回の扉絵ですが、ヤングジャンプ本誌でもカラー絵ですので是非御覧下さい。
光を背負って笑顔を向けるエミリコの神々しさに、心奪われるのは必至です。

私は普段、荷物が重たくなるため帰宅時に本誌を購入しているのですが、このエミリコのあまりの美しさに惹かれてしまい、朝立ち寄ったコンビニで思わず買ってしまいました。

一昨日からたまに眺めては、ため息をつくことの繰り返しです。
単行本ではどうせ白黒になってしまうのですから、電子版といわず、是が非でも雑誌を手に取って、皆々様も御購入されてはいかがでしょうか?
多分この絵には、それだけの価値があると思います(当ブログ比)。

さて、いよいよお披露目も佳境かと思ったのですが、どうやらそうではないようです。
今回のお話では、あの“特別な生き人形”、エドワードに再びスポットライトが当てられました。

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前回までは、いよいよケイトとエミリコの再会に向けてヒートアップ!みたいな展開でしたが、今回はややクールダウンして、小休止といった感じでした。

確かに、あんな厳重に囚われているケイトをエミリコがあっという間に救出するというのも味気ないですし、そもそもエミリコの装備だけでどこまでやれるのか、という疑問もあります。
今暫くケイト嬢には我慢して頂きましょう。


では今回のお話のメインは何かというと、エドワードの同期の登場とそれに伴う“お披露目”の舞台裏です。
5組の新人達が試練に挑む中前、なんと庭園の中心では一大工事が施工されていました。

庭園内で黙々と働くは、顔の見えない人形達。
やはり彼らの協力なくしては、この庭園迷路での試験はなりえなかったようですね。
荷車に材料を載せて運ぶ姿は、工事現場の作業員です。

そして、すすコートを羽織って広場の中心に佇むのは、“特別な生き人形”ことエドワードです。
やはりすすコートは汚れ防止だったようですね。
このままヘルメットを被せれば、現場代理人そのものです。

ということは、主任技術者や監理技術者的な存在もいる筈です。
(※あくまで現実世界の話です。)

その役割を担っていたのは、ジェイとエリーと呼ばれる生き人形でした。

シルエットと名前から察するに、以前登場したジェラルドとアイリーンの生き人形でしょう。

人間と見まごうばかりの生き人形が多い中、エリーはその華奢な手足と首や腰を曲げる仕草から、最も人形らしい挙動が目立つ生き人形です。

対してジェイは、慎重かつ思慮深いと思いきや、一部エドワードの考えることに追いついていないなど、少し人間臭い部分がある生き人形です。

ただここで注目すべきは、彼ら3人の関係です。

実は、エドワード・ジェイ・エリーは同期でした。

ここでいう“同期”とは、同じ“お披露目”を卒業した生き人形同士のことです。
しかもジェイの語り口から推測するに、既に処分されたメンバーもいるようです。

“お披露目”に落ちて処分されたのか、それともその後何らかの失態を犯してしまったのかは不明ですが、文脈的には後者だと思われます。
“お披露目”を終えてもなお、シャドーと生き人形は安泰という訳にはいかないようです。

今回のお話はかなり情報量が多いため、新情報に関する考察の一部は別記事に譲ります。

ただ、館についての新情報をまとめると、

・今回の“お披露目”は珍しいくらい大規模なものである。
・エドワード達よりも高い身分の者を楽しませるために催した。
・身分の高い者は3階、エドワード達は2階に居る。
・2階のままでも十分な権力を有している。
・“おじい様と共にある棟”に来るまでは、その権力争いは知らされていない。
・2,3階だけではなく、1階もある。
・“お披露目”は「偉大なるおじい様」も気に掛けている。
・3階の者たちは重鎮であり、“顔”を出さない。

といったところでしょうか。

また、エドワードにとってはこの“お披露目”は、あくまで3階の重鎮達へ提供する娯楽であり、そして5組の新人達はその舞台の中で動く役者といった位置づけのようです。
事前に収集した資料と、“お披露目”の合否基準から予め配役を決め、計画通りに動いて貰おうという算段です。

つまりエドワードは、この“お披露目”を標榜した演劇のプロデューサーだったわけですね。

いやはや驚きました。
てっきり“試験官”という大仕事を担うにあたって、その重責からシャーリーやケイトを落とそうと目論んでいた小心者だと思っていました。
ところが、こういった裏があったからこそ、思い通りに事が進まないと苛立っていたのです。

エリーとジェイによれば、元々のエドワードの性格もあったのでしょうけども、実はかなり計算高い生き人形だったのですね。
以前私が書いた、“エドワード低能力説” は撤回したいと思います。
彼は同期の中で、十分な指導的立ち位置を確立していたのです。


さて、この大掛かりな舞台を演出するためには役者のオーディションが必須の筈ですが、当然そんなことを行っている筈がありません。
では何に基づいて役割を決めていたのかというと、ちゃんと事前調査が行われていました。

“星つき”からの報告はもちろん、なんと部屋から出る煤やごみの情報から5組の素性を調べ上げていたのです。
まさかそんなことまで監視しているとは予想だにしていませんでした。
これではまるで監獄です。

ここまで詳細に調査しているということは、ジェイが言っていたように、
「広間の判断のみで終わらせることもあります」
というのも納得です。
通常の試験官であればそれでおしまいでしょう。

よってこの庭園迷路で行われていることは、完全純粋確実に、ただただ“重鎮”を楽しませるための娯楽だということです。
そしてその目的は、エドワードの野望を達成することです。

見ている限りですと、エドワードと他2人の関係は良好のようで、エリーとジェイは良き理解者のようです。
なぜ二人がサポートという地位に甘んじるのを良しとしているのかは不明ですが、ここではどちらのお影様も無欲だからということにしておきましょう。
そしてこの三人は、これまでもこうして権力争いを乗り越えてきたようです。
この重大事業でもそれが変わらないというのは、かなり強固な関係といえます。
これからは便宜上、彼達をまとめて呼ぶ時は、“試験官三人組”と呼ぶことにします。

それにしてもエドワードの綿密な計画には驚くばかりです。
「俺の完璧な世界に狂いは許さん」なんていう、格闘漫画にありそうな台詞をシャドーハウスで聞くことになるとは思いませんでした。

ですが新人達の資料を見ていて、少し気にかかることがあったようです。

それは、一人だけ不自然なほど普通の生活を送り、まるで監視されているのを察知しているかのように振る舞うシャドーがいたことです。
恐らくこれは、冷静沈着慎重なケイト嬢でしょう。
なぜそう考えたのかについては別記事で書いていきますので、暫くお待ち下さい。

しかし今回は新情報がありすぎて、記事がかなり長くなってしまいましたね。
読んだ感想をツイッターで簡潔に書くことの出来る方が羨ましいです。

本編を読んだけで、毎回のように盛り沢山の情報や考察が出てくる本作品が凄まじいだけかも知れませんけども。


しかし、この第36話の終盤は、別の意味で凄まじいシーンが描写されていました。

広場の中にピアノを搬入させたエドワード。
ジェイは意味不明だったようですが、エリーはエドワードらしいと苦笑していることから、恐らくこれがエドワードのスタイルなのでしょう。

広場の入り口を塞ぐよう指示を出したドロシーに、「景観が悪くなる」と不快感を抱いていることから、ここでピアノを奏でることも一つの演出だったのかも知れません。

ナルシシズム、ここに極まれりです。

ただここで自己陶酔しているエドワードの“自己”とは、果たして何なのでしょうか?

そう思わざるを得ないシーンがここから続きます。

目を瞑り、ゆっくりとピアノを弾く一人の生き人形。
それだけでは何の変哲もない光景です。

しかし、そこから鍵盤に手を叩きつけるように演奏し始めた時には、もうエドワードの姿はありませんでした。

これまで庭園迷路の中で、10人の新人達が繰り広げてきた冒険。
その中で彼らは、信頼や不安、憎しみや嬉しさ、憐憫や称賛など、幾つもの感情や表情を分かち合いながら試練を乗り越えてきました。
そしてそれはまだ、この庭園内で続いています。

ところが、そこで生まれた尊い絆や固い友情までもが、すべて台本通りだったと嘲笑するシャドーが突如姿を現しました。

煤を天上へと奏でながら、ピアノを弾き狂う姿は、音楽家というよりは舞台俳優です。
まさか、自身がここで煤をまき散らしながらピアノを弾く姿も、舞台の一部だというのでしょうか。

ピアノを弾くエドワードの姿から始まった、庭園迷路の“お披露目”。

彼は一体何者なのでしょうか。

これまで一生懸命試練を乗り越えてきた10人の姿が、全てエドワードの掌の上だったとしたら、これ程虚しいことはありません。

彼の独りよがりな旋律を、エミリコの絶叫が切り裂いてくれるのを祈るばかりです。