扉絵にある「誰何」とは、何者か分からない人物を指す言葉だそうです。
私も調べてみて初めて知りました。

シャドーハウスの扉絵では、稀に難しい熟語が使われることがあります。
第3話の「胡乱」や、第27話の「十年一日」などがその代表例です。
普段見かけない言葉があることで、シャドーハウスという謎多き作品の非日常さを、より一層引き立てています。
西洋風の世界観なのに、漢字熟語が似合うとは不思議なものです。

さて、今回の作品タイトルは金色で書かれています。
多分第3巻発売の記念だと思いますが、作者名も金色で書かれているのは初めてですね。第1話の時でさえ、タイトルは金色でしたが作者名は赤でした。
そういえば、2巻発売時の第28話と3巻の最後に収録された第36話の作品名はシルバーでした。こんなところにも少し遊び心があるのが面白いです。

それにしても今回の扉絵は、少々ホラーですね。
ケイトの手を取るエミリコに、黒い手が幾つもまとわりついています。
まるで一昔前の心霊写真のようです。

この絵を見て、思わず『もし複数のシャドーが、秀逸な“顔”を取り合う事態になったらどうなるんだろうか?』と考えてしまいました。
今までそんなことが起こったとは考えたくないですが、隣の芝は青いと言いますし、絶対になかったとは言い切れませんよね。

もしエミリコが人気ナンバー1の“顔”になってしまったら、あの手この手で彼女を欲しがるシャドーが出てきてもおかしくはなさそうです。
その時ケイトは、絶対にエミリコを手放さないよう奔走するんだろうなあ…

前置きが長くなりました、本題に入りましょう。

ようやく再会したケイトとエミリコですが、彼女達を隔てる茨の城は堅牢のようです。

ところが、この難攻不落と思われた仕掛けに挑むエミリコに、救いの手が差し伸べられました。
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ケイトが見た影の正体は、パトリックとリッキーでした。

ケイトとは真逆の位置で再会したはずの二人が、何故ここにいるのか?
お披露目の間で見たこのコンビの登場に、ケイトは悪い予感を感じます。

そして、ケイトの「誰か来る」という指摘に振り向いたエミリコ。
ショーンと同じく、リッキーの背中の鋏に気が付ます。

よせばいいのに、ここでも意味深げな表情を浮かべ、にたりと笑うリッキー。
やはり本当のことは言いたくないようです。

リッキーは何かにつけ、あえて尊大な態度をとって非情に徹しようとしているように見えます。この場面でも、エミリコに隙を見せない様に振る舞っていることは一目瞭然です。彼の生来からの性格も多分に作用していますが、同時にパトリックを守るための行動であることは間違いないでしょう。

ところが、エミリコの反応は予想外のものでした。

全くリッキーに猜疑心を向けず、それどころかルウのことを助けてあげたに違いない、と語るエミリコ。

それを見て、リッキーは驚きの表情です。
ケイトはあっという間に煤が消えました。
パトリックの表情はここでは読み取れません。

しかし、パトリックがこの時どんな表情をしていたのかは、この後すぐに分かります。

ケイトとエミリコが置かれている状況が深刻なものだと知ったリッキー。
ひそかに心の中で同情を寄せます。
ですが、背中の鋏を渡すわけにはいきません。
なぜなら、主人を守るためには、まずこの“お披露目”を乗り越えてライバルを減らす必要があるからです。主人の望みを叶えるため、リッキーはリッキーなりに生き人形としての役目を果たそうとしました。

しかし、ここでリッキーは主人の願いを読み違えます。

多くの新人達が、この庭園迷路で心身共に大きく成長しました。
それと同じように、パトリックもまた、これまでとは違う思想が芽生えていたのです。


突然、リッキーに頭を下げるシャドー。
それは、彼の主人であるパトリックでした。

驚愕の行動です。
ショーンは回転扉でリッキーと遭遇した時、ジョンに『命令さえすればリッキーも言うことを聞く』と話していました。
第13話でも、ミアが似たようなことを言っています。
自らの主人だけではなく、他のシャドーに対しても生き人形は絶対服従が鉄則なのです。

ましてや、自身の主人であればなおさらです。
ところが、その主人があろうことか生き人形に頭を下げたのです。

過去の話では第10話でケイトがエミリコに謝ったことがありますが、これは例外中の例外です。
しかもこの時は、ケイトの部屋の中でした。

他のシャドーや生き人形が見ている前でこのような行動をとるのは、まさしくあり得ない光景と言っても過言ではないでしょう。

しかし、そうまでしてパトリックにはリッキーに頼みたいことがあったのです。

エミリコにルウの鋏を渡してやって欲しいというパトリック。
そう、パトリックはエミリコに借りを返しに来たのです。

リッキーは以前、パトリックは「繊細な方」と言っていました。
尊大な態度とは裏腹に、パトリックは子供らしい臆病さを抱えたシャドーなのです。
だからこそ、リッキーは離れ離れになってからずっと彼を案じていました。

酷く狭く、暗闇に閉じ込められた少年。

そんな彼の心を癒したのは、紛れもなくエミリコの献身でした。

パトリックにとってあの一輪の水仙の花は、何よりも勇気づけられるものだったのです。

エミリコが差し出した花の名は、ラッパスイセン。
英国での名は「daffodil」、“早く来る者”の意です。
春の早い時期に咲くことから付けられました。

その名前の通り、パトリックにとってエミリコは、いち早く春のぬくもりを届ける使者のように見えたことでしょう。
そしてリッキーが訪れるまでの間、そのエミリコの優しさを思い出すことで暗闇を耐え忍ぶことができたのです。

頭を下げた相手こそはリッキーでしたが、同時にエミリコに対して向けられた最大級の敬意であったと思います。

与えられた鋏を抱き、手を振るエミリコ。
そのエミリコの姿は、前回と違ってちゃんとパトリックの瞼に焼き付いた筈です。


大鋏を手に、毅然と立つエミリコ。
こうなるともう、目指す場所は一つだけです。

主人の元へとはせ参じようと、エミリコは鋏を振りかざしました。
彼女の背中を、庭園迷路で苦難を分かち合った仲間たちが後押しをします。

ショーン、ラム、リッキー、そして鋏を渡したルウ。
ここには描かれていませんが、ジョンもその一員に入っていることでしょう。

それを見て、ケイトは自身の過ちに気付きました。
パトリックとリッキーを見て、信用できないと考えた不明を恥じたのです。

ただ、ケイトは心の中でエミリコを称賛していますが、ケイトには恥ずべきところは全くないと私は思います。

エミリコが何故、エミリコでいられるのか。
それは、ケイトの存在なくしては語れません。

エミリコは第6話で、自身はケイトの鏡だと言っていました。
それに対し、ケイトは後に「エミリコはエミリコという“個”でいて欲しい」と語っていました。
そして、ジョンはエミリコを見て、ケイトの気高さと愛らしさに思いを馳せています。

天真爛漫で誰にでも分け隔てなく接するエミリコの原点は、ケイトにこそあるのです。

もちろん、絶対に諦めることはない、エミリコの不屈の精神もです。

ようやくケイトの檻を操縦する制御盤まで辿り着いたエミリコでしたが、またもやケージに鍵が掛かっています。

そのエミリコの報告に、煤を出すケイト。
檻の鎖はもう、限界を迎えました。

ケイトの恐怖に震える足に、彼女もまだ幼い少女であることを嫌でも実感させられます。

しかし彼女もまた、エミリコの主人でした。
なんと、籠の天井にぶら下がったのです。

およそ貴族らしくない行動。
しかし背に腹は代えられません。

そしてそれは、エミリコも同じでした。

ケイトの檻をぶら下げていた鉄塔に上ると、勢いよく宙を舞い、両手を広げて主人を自身の元へいざないました。

乙女のようにエミリコに飛び込むケイト。

その光景は、ロマンチックの一言に尽きます。

果たして、地面に落ちたエミリコ達の下には、あの荷車がありました。

そういえば、エミリコは以前にも窓から外に落ちたことがありましたね。
あの時部屋の外で会ったのは、サラとミアです。

そのことを思い出したのか分かりませんが、ミアが生まれつき『優秀』だったのを引き合いに、自分のことを生まれつき『丈夫』と評したエミリコ。

見たところ、どこも壊れてはいなさそうです。

見事、救出に成功しました!

花で敷き詰められた荷車に、笑顔で横たわる二人の少女。
エミリコの笑顔は、まるで花咲き乱れる大地に降り注ぐ太陽のようでした。