“マンホールの蓋はなぜ丸いのか?”というトリビアがあります。
皆様は答えをご存じでしょうか?
因みに私がこの問いかけを初めて知ったのは、小学生の頃の国語の教科書でした。その時初めて、そんなことが話題になるのかと思うと同時に、確かに気になるなあと思ったものでした。
早速答えを言いますと、“蓋が外れても穴に落ちないから”というのが正解だそうです。それともう一つ、教科書には“転がせば運ぶのが楽”というのも理由に挙げられていました。
ただそうは言っても、世の中には四角形のマンホールの蓋もあります。それらはなぜ丸くないのだろうかと疑問は湧きますが、それについては教科書には書いてありませんでした。なぜなら、その話題のテーマはマンホールの蓋ではなかったからです。
実は、マンホール蓋の話題は書き出しのネタであり、本当の主題は“「丸」という図形は身近で活用されている”ということを伝えるための小論文でした。今思うと、小学生向けの割には随分手の込んだ小論文を載せていたなあと感じます。
では、例えば「丸」はどんな風に使われているのか。
教科書にはローマのコロッセオがその一例として載っていました。
ローマのコロッセオは古代に闘技場として用いられていましたが、その競技場が「丸い」のは“観客席のどこからでも見世物が見やすい”という理由だったそうです。
等距離かつ、障害物もなく360度から闘技を見ることができる「丸」という構造は、まさにコロッセオにとってうってつけの図形だったのです。
また、教科書には最後に類例として「サーカス」が挙げられていました。
「サーカス」というと現代では曲芸やショーといった催しごとを連想しますが、この「サーカス」の語源は「丸い」という意味だそうです。言われてみれば、丸い図形のことを“サークル”といいますので納得です。
やがてそれは、舞台を中心に置いた丸いテントの中で行われていたことから「サーカス」と称されるようになった、という訳です。なんとも興味深い話です。
さて、一見シャドーハウスとは関係なさそうなこの話題。
ところが、物語のラストで我々が目にしたのは、舞台の中心で微笑むエミリコの姿でした。
皆様は答えをご存じでしょうか?
因みに私がこの問いかけを初めて知ったのは、小学生の頃の国語の教科書でした。その時初めて、そんなことが話題になるのかと思うと同時に、確かに気になるなあと思ったものでした。
早速答えを言いますと、“蓋が外れても穴に落ちないから”というのが正解だそうです。それともう一つ、教科書には“転がせば運ぶのが楽”というのも理由に挙げられていました。
ただそうは言っても、世の中には四角形のマンホールの蓋もあります。それらはなぜ丸くないのだろうかと疑問は湧きますが、それについては教科書には書いてありませんでした。なぜなら、その話題のテーマはマンホールの蓋ではなかったからです。
実は、マンホール蓋の話題は書き出しのネタであり、本当の主題は“「丸」という図形は身近で活用されている”ということを伝えるための小論文でした。今思うと、小学生向けの割には随分手の込んだ小論文を載せていたなあと感じます。
では、例えば「丸」はどんな風に使われているのか。
教科書にはローマのコロッセオがその一例として載っていました。
ローマのコロッセオは古代に闘技場として用いられていましたが、その競技場が「丸い」のは“観客席のどこからでも見世物が見やすい”という理由だったそうです。
等距離かつ、障害物もなく360度から闘技を見ることができる「丸」という構造は、まさにコロッセオにとってうってつけの図形だったのです。
また、教科書には最後に類例として「サーカス」が挙げられていました。
「サーカス」というと現代では曲芸やショーといった催しごとを連想しますが、この「サーカス」の語源は「丸い」という意味だそうです。言われてみれば、丸い図形のことを“サークル”といいますので納得です。
やがてそれは、舞台を中心に置いた丸いテントの中で行われていたことから「サーカス」と称されるようになった、という訳です。なんとも興味深い話です。
さて、一見シャドーハウスとは関係なさそうなこの話題。
ところが、物語のラストで我々が目にしたのは、舞台の中心で微笑むエミリコの姿でした。
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前回、エミリコを除く4人の同期が「ミラーサイド」出身と判明しました。
しかしそれは同時に、“エミリコがどこから来たのか”という謎も生み出しました。
今回のお話はその直後のシーンから始まります。
まずは当事者のエミリコ。
「ミラーサイド」のことを思い出せず、そして皆の記憶の中に自身がいないことに対して彼女は困惑します。自らに向けられた視線を前に当惑を隠せていません。
そしてショーン・ラム・ルウ・リッキー。彼らも動揺を隠すことはできませんでした。
そこでまず、ショーンが自分達の記憶とエミリコの記憶をすり合わせるために一つの質問をしました。
「選別会」についてです。
第46話でドロシーとライアンが麓の村を訪れた際、とある建物でこどもたちは並ばされていました。そして二人のお眼鏡に適った3人の少年と少女は珈琲を飲ませられていました。あの儀式のことを、ミラーサイドでは「選別会」と称していたようです。
しかしその言葉を聞いてもエミリコはピンときません。
曖昧な返事をするだけです。
エミリコの様子を見て、ますますショーン達はエミリコの出自に違和感を覚えました。
なぜなら、ミラーサイドでは「選別会」に出ることがこどもにとっての誉れであり、それを知らないことはあり得ないからです。
ここに至り、とうとうショーンは、エミリコは村以外の場所からやって来たのではないかと口にしました。こうなってはもう、それ以外の答えはありません。
ショーンはもう一度皆の記憶を整理しようと、「選別会」に出るために学校に行っていたこと、シャドーハウスに行くことこそが幸せだと教えられていたこと、「選別会」の参加だけでも嬉しかったことなど、過去について振り返ります。
ショーンはそれを思い出しながら、当時既に自分達は洗脳されていたのかも知れないと空を見上げました。
彼の視線の先には厚い雲が立ち込めています。それはまるで、過去の記憶がまだ覆い隠されていることを示唆しているかのようでした。
ここから、村にいた頃のショーン・ラム・ルウ・リッキーの生活が描かれます。
まずはショーン。いや、この頃はジョンです。
学校に行くのが楽しみだったと語る彼は、駆け足で校舎へと向かいます。教室に入ると級友と挨拶を交わしました。
次はルウとリッキー。ではなく、ルイーズとパトリックです。
二人も笑顔で目を合わせます。この頃から仲が良かったようです。
そして最後にラム。……ではなく、彼女はシャーリーです。
何となく想像はしていましたが、後ろの席に慎ましく座っています。
同じ村・同じ学校だけではなく、4人とも同じクラスだったようです。
シャドーハウス以外での彼らの姿を見るというのも不思議な気分ですが、それはきっと我々がバレットやメイド姿の“こどもたち”に見慣れているからでしょう。本当の彼らは、これから描かれているように個性豊かなこどもでした。
例えば、眼鏡を掛けたショーン(ジョン)は見た目でも分かる通り優等生でした。
皆の前でシャドーハウスを称える作文を堂々と読み上げ、クラスメイトだけでなく「校長先生」からも褒められます。
この男性が前回ルウの言っていた「校長先生」でしょう。
彼の発言を聞く限りでは、やはりこの村は完全にシャドーハウスの支配下に置かれているようです。まるでそれが当たり前かのように、シャドーハウスの素晴らしさはもっと広まるべきとリッキーに語り掛けます。
このやり取りを見ていると、最も村の風習に染まっていたショーン(ジョン)がエミリコの次に洗脳が解けたのは、凄く運が良かったのだなと感じます。同時に、そんなショーン(ジョン)を模倣したのが、“キャパオーバー”してしまったジョンモーフだったのは不幸中の幸いだったのでしょう。
もしもショーン(ジョン)を模倣したモーフが、優秀さも模倣可能なモーフだったとしたら、今でも彼らは洗脳されたままだったのかも知れません。
そう考えるとジョンの規格外さが分かろうというものです。流石ジョンです。
しかしこの「校長先生」の話で見逃してはいけないのは、シャドーハウスへの盲信だけではありません。もう一つ、「外部から来る者を受け入れることも大切」という意味深長な発言にも注目したいところです。
実際に、彼は具体的な行動として「チケット」を上級生に渡していきました。
このチケットがあれば、外部から来た珍しい催し事が見られるそうです。真面目なリッキー(パトリック)が少しだけ異議を唱えるものの、こどもたちは嬉しそうにチケットを受け取っていきました。
学校の様子はここまでです。
教室から出る上級生たちに下級生が駆け寄ります。ショーン(ジョン)のように優秀になりたい、ルウ(ルイーズ)みたいになりたいと、皆が憧れを口にしました。やはり選別会を控えた上級生は、羨望の対象のようです。
また、ショーン(ジョン)の弟と妹も駆け寄ります。笑顔で幼い弟と妹を迎える彼の姿は、良いお兄ちゃんオーラが満載です。ツインテールの妹のシルエットを見るからに、館でエミリコを気に掛けているのは妹に重ね合わせているのではと思えてきますが、これについてはまた今度考えましょう。
それよりも問題は、そんな誰もが憧れる「選別会」を迎えるというのに、浮かない顔をした少女がいることです。
その少女とは、ラム(シャーリー)のことです。
彼女は窓越しにドレス工房を見ながら、シャドーハウスではなくここで働きたいと呟きます。
また、それだけではなく、彼女は外の世界も気になるとショーン(ジョン)に語り掛けました。
ミラーサイドでは異端ともいえる考えを口にするラム(シャーリー)に対し、どっぷりと洗脳されているショーン(ジョン)は何とか彼女を説得しようとします。
こんな両極端な二人が、やがてエミリコと行動を共にすることになろうとは、やはり運命は不思議なものです。
ショーン(ジョン)は外部を知るいい機会だろうと語りながら、ラム(シャーリー)が落としたチケットを渡しました。
しかし、ここまで村での生活を詳細に思い出しても、ショーン達の記憶の中にエミリコはいません。
今思い出した記憶が「選別会」の前日の出来事であるにも関わらず、そこにエミリコはいないのです。
ショーンは、一瞬妹がエミリコではないかと思ったと語りますが、それも違います。読者も全く同じことを考えましたが、彼の妹はもっと幼く、それに黒髪です。やはり何度振り返っても皆エミリコのことを思い出せませんでした。
落ち込むエミリコを見て、もっと思い出そうぜと声を上げたのはリッキーです。
リッキーがエミリコのために行動を起こすのは不思議な気がしますが、よくよく考えるとリッキーの洗脳が解けたきっかけは、大広間での「にがーーーーーーいっ!!」というエミリコの絶叫でした。
それのお返しというのも考えすぎかも知れませんが、頭のいいリッキーのことですからそんな思いがあったということにしておきましょう。とにかくリッキーの呼びかけで、皆必死に記憶を辿りました。
そして暫し思案すると、またもや全員が同時に記憶を呼び起こしました。
それは「外部から来た楽しい催し物」です。これこそが、エミリコが何者だったかの鍵を握っていました。
デートのように手を繋ぎながら「催し物」へと駆け出すルウ(ルイーズ)とリッキー(パトリック)。
弟と妹と一緒に「催し物」へと歩くショーン(ジョン)。
チケットを握りしめて「催し物」へと向かうラム(シャーリー)。
彼らが向かう先には、旗の立てられた巨大なテントがありました。
これは間違いなく、現実世界でもよく見られるあの「催し物」です。
そしてそれを確信させるかのように、一人の少女が舞台に現れました。
綱渡りを難なくこなすカラフルな服装の女の子。
それは、作中でいつも「エミリコ」と呼ばれてきた少女に酷似したエンターテイナーでした。
これまで述べられてきた「催し物」とはサーカスのことだったのです。
もちろん、この少女がエミリコと決まったわけではありません。
しかし、これまでのエミリコの特異な行動を僅か一ページ一コマで納得させられるとは、息を吞むばかりです。
果たしてエミリコが選別会に参加するまでにどんな紆余曲折があったのか。
また、仮にこの少女が「エミリコ」でないならば、どんな経緯があってエミリコはシャドーハウスに来たのか。
謎に包まれた主人公の過去が、ようやく明らかにされようとしています。
前回、エミリコを除く4人の同期が「ミラーサイド」出身と判明しました。
しかしそれは同時に、“エミリコがどこから来たのか”という謎も生み出しました。
今回のお話はその直後のシーンから始まります。
まずは当事者のエミリコ。
「ミラーサイド」のことを思い出せず、そして皆の記憶の中に自身がいないことに対して彼女は困惑します。自らに向けられた視線を前に当惑を隠せていません。
そしてショーン・ラム・ルウ・リッキー。彼らも動揺を隠すことはできませんでした。
そこでまず、ショーンが自分達の記憶とエミリコの記憶をすり合わせるために一つの質問をしました。
「選別会」についてです。
第46話でドロシーとライアンが麓の村を訪れた際、とある建物でこどもたちは並ばされていました。そして二人のお眼鏡に適った3人の少年と少女は珈琲を飲ませられていました。あの儀式のことを、ミラーサイドでは「選別会」と称していたようです。
しかしその言葉を聞いてもエミリコはピンときません。
曖昧な返事をするだけです。
エミリコの様子を見て、ますますショーン達はエミリコの出自に違和感を覚えました。
なぜなら、ミラーサイドでは「選別会」に出ることがこどもにとっての誉れであり、それを知らないことはあり得ないからです。
ここに至り、とうとうショーンは、エミリコは村以外の場所からやって来たのではないかと口にしました。こうなってはもう、それ以外の答えはありません。
ショーンはもう一度皆の記憶を整理しようと、「選別会」に出るために学校に行っていたこと、シャドーハウスに行くことこそが幸せだと教えられていたこと、「選別会」の参加だけでも嬉しかったことなど、過去について振り返ります。
ショーンはそれを思い出しながら、当時既に自分達は洗脳されていたのかも知れないと空を見上げました。
彼の視線の先には厚い雲が立ち込めています。それはまるで、過去の記憶がまだ覆い隠されていることを示唆しているかのようでした。
ここから、村にいた頃のショーン・ラム・ルウ・リッキーの生活が描かれます。
まずはショーン。いや、この頃はジョンです。
学校に行くのが楽しみだったと語る彼は、駆け足で校舎へと向かいます。教室に入ると級友と挨拶を交わしました。
次はルウとリッキー。ではなく、ルイーズとパトリックです。
二人も笑顔で目を合わせます。この頃から仲が良かったようです。
そして最後にラム。……ではなく、彼女はシャーリーです。
何となく想像はしていましたが、後ろの席に慎ましく座っています。
同じ村・同じ学校だけではなく、4人とも同じクラスだったようです。
シャドーハウス以外での彼らの姿を見るというのも不思議な気分ですが、それはきっと我々がバレットやメイド姿の“こどもたち”に見慣れているからでしょう。本当の彼らは、これから描かれているように個性豊かなこどもでした。
例えば、眼鏡を掛けたショーン(ジョン)は見た目でも分かる通り優等生でした。
皆の前でシャドーハウスを称える作文を堂々と読み上げ、クラスメイトだけでなく「校長先生」からも褒められます。
この男性が前回ルウの言っていた「校長先生」でしょう。
彼の発言を聞く限りでは、やはりこの村は完全にシャドーハウスの支配下に置かれているようです。まるでそれが当たり前かのように、シャドーハウスの素晴らしさはもっと広まるべきとリッキーに語り掛けます。
このやり取りを見ていると、最も村の風習に染まっていたショーン(ジョン)がエミリコの次に洗脳が解けたのは、凄く運が良かったのだなと感じます。同時に、そんなショーン(ジョン)を模倣したのが、“キャパオーバー”してしまったジョンモーフだったのは不幸中の幸いだったのでしょう。
もしもショーン(ジョン)を模倣したモーフが、優秀さも模倣可能なモーフだったとしたら、今でも彼らは洗脳されたままだったのかも知れません。
そう考えるとジョンの規格外さが分かろうというものです。流石ジョンです。
しかしこの「校長先生」の話で見逃してはいけないのは、シャドーハウスへの盲信だけではありません。もう一つ、「外部から来る者を受け入れることも大切」という意味深長な発言にも注目したいところです。
実際に、彼は具体的な行動として「チケット」を上級生に渡していきました。
このチケットがあれば、外部から来た珍しい催し事が見られるそうです。真面目なリッキー(パトリック)が少しだけ異議を唱えるものの、こどもたちは嬉しそうにチケットを受け取っていきました。
学校の様子はここまでです。
教室から出る上級生たちに下級生が駆け寄ります。ショーン(ジョン)のように優秀になりたい、ルウ(ルイーズ)みたいになりたいと、皆が憧れを口にしました。やはり選別会を控えた上級生は、羨望の対象のようです。
また、ショーン(ジョン)の弟と妹も駆け寄ります。笑顔で幼い弟と妹を迎える彼の姿は、良いお兄ちゃんオーラが満載です。ツインテールの妹のシルエットを見るからに、館でエミリコを気に掛けているのは妹に重ね合わせているのではと思えてきますが、これについてはまた今度考えましょう。
それよりも問題は、そんな誰もが憧れる「選別会」を迎えるというのに、浮かない顔をした少女がいることです。
その少女とは、ラム(シャーリー)のことです。
彼女は窓越しにドレス工房を見ながら、シャドーハウスではなくここで働きたいと呟きます。
また、それだけではなく、彼女は外の世界も気になるとショーン(ジョン)に語り掛けました。
ミラーサイドでは異端ともいえる考えを口にするラム(シャーリー)に対し、どっぷりと洗脳されているショーン(ジョン)は何とか彼女を説得しようとします。
こんな両極端な二人が、やがてエミリコと行動を共にすることになろうとは、やはり運命は不思議なものです。
ショーン(ジョン)は外部を知るいい機会だろうと語りながら、ラム(シャーリー)が落としたチケットを渡しました。
しかし、ここまで村での生活を詳細に思い出しても、ショーン達の記憶の中にエミリコはいません。
今思い出した記憶が「選別会」の前日の出来事であるにも関わらず、そこにエミリコはいないのです。
ショーンは、一瞬妹がエミリコではないかと思ったと語りますが、それも違います。読者も全く同じことを考えましたが、彼の妹はもっと幼く、それに黒髪です。やはり何度振り返っても皆エミリコのことを思い出せませんでした。
落ち込むエミリコを見て、もっと思い出そうぜと声を上げたのはリッキーです。
リッキーがエミリコのために行動を起こすのは不思議な気がしますが、よくよく考えるとリッキーの洗脳が解けたきっかけは、大広間での「にがーーーーーーいっ!!」というエミリコの絶叫でした。
それのお返しというのも考えすぎかも知れませんが、頭のいいリッキーのことですからそんな思いがあったということにしておきましょう。とにかくリッキーの呼びかけで、皆必死に記憶を辿りました。
そして暫し思案すると、またもや全員が同時に記憶を呼び起こしました。
それは「外部から来た楽しい催し物」です。これこそが、エミリコが何者だったかの鍵を握っていました。
デートのように手を繋ぎながら「催し物」へと駆け出すルウ(ルイーズ)とリッキー(パトリック)。
弟と妹と一緒に「催し物」へと歩くショーン(ジョン)。
チケットを握りしめて「催し物」へと向かうラム(シャーリー)。
彼らが向かう先には、旗の立てられた巨大なテントがありました。
これは間違いなく、現実世界でもよく見られるあの「催し物」です。
そしてそれを確信させるかのように、一人の少女が舞台に現れました。
綱渡りを難なくこなすカラフルな服装の女の子。
それは、作中でいつも「エミリコ」と呼ばれてきた少女に酷似したエンターテイナーでした。
これまで述べられてきた「催し物」とはサーカスのことだったのです。
もちろん、この少女がエミリコと決まったわけではありません。
しかし、これまでのエミリコの特異な行動を僅か一ページ一コマで納得させられるとは、息を吞むばかりです。
果たしてエミリコが選別会に参加するまでにどんな紆余曲折があったのか。
また、仮にこの少女が「エミリコ」でないならば、どんな経緯があってエミリコはシャドーハウスに来たのか。
謎に包まれた主人公の過去が、ようやく明らかにされようとしています。

しかし同期の4人が同じ村で育ったというのに、これまで何も気づかなかったのは、最初の洗脳がかなり強いからなのでしょう。
それでもこれまでの同期も同じ村から集められた顔見知りならば、同期会というのは館にとってあまり好ましくない集まりでしょうね。
記憶がさらに戻れば年上組にも知っている人物がいるかもしれませんね。
そしてこれまで身体能力の高いエミリコとバービーが同じ出身かと考えていましたが、まさにサーカスの動きをしていたエミリコとは違うような気がしてきました。
バービーのパルクールや小さい身体とは思えない暴力からは、サーカスよりもっと暗い背景を想像してしまいます。
決して捕まってはいけない誰かに追われる日常を過ごしてきたような。
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が
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