あまり聞き慣れない「誰がために」という言葉。
現代風に言えば「誰のために」という意味ですが、私が真っ先に想起したのは石森章太郎氏の名作「サイボーグ009」のアニメ主題歌の題名です。
「サイボーグ009」は、悪の組織に攫われてサイボーグに改造された九人の戦士が、組織に対して造反した博士と共に世界の平和のために闘う少年漫画です。
組織に攫われて改造された人間がその組織に対して抵抗する、というとどことなくシャドーハウスを彷彿とさせますね。
ちなみに先程「少年漫画」と書きましたが、主人公の島村ジョーのナイーヴな性格が世の少女達の支持を得たことから、少女漫画誌にも掲載されたこともあります。
この辺りも男女問わない人気があるシャドーハウスに似てますね。
さて、件の「誰がために」という曲はサイボーグ戦士たちの悲哀が綴られており、今なおサイボーグ009を代表する楽曲とされています。
望まぬ改造を受けた哀しみ、普通の人間には戻れない絶望、平和のために自身が戦わざるを得ない現実、繰り返される愚かな人類の所業、否応なしに翻弄される運命……。
彼らの境遇がありったけ詰め込まれた歌詞を書いたのは、原作者の石森章太郎氏でした。すぎやまこういち氏の壮大な編曲もさることながら、この楽曲が今日でも語り継がれているのは、人生における苦しみの一つ一つを身に覚えのある出来事として、聞いた人々の心に響いているからなのかも知れません。
ところで、そうすると此度のサブタイトル「誰がために」は誰の心情を示しているのか気になるところです。
シャドーハウスでは、シャドーは偉大なるおじい様のため、生き人形は主人のシャドーのために存在しているからです。ケイト達を除けば、従来のシャドーハウスではそれが常識です。
しかし、それはあくまで表面上のことです。
今回のエピソードでは、かつて主人の心情を汲み取り間違えていた生き人形と、そのことについて気付きを得た生き人形が登場しました。
現代風に言えば「誰のために」という意味ですが、私が真っ先に想起したのは石森章太郎氏の名作「サイボーグ009」のアニメ主題歌の題名です。
「サイボーグ009」は、悪の組織に攫われてサイボーグに改造された九人の戦士が、組織に対して造反した博士と共に世界の平和のために闘う少年漫画です。
組織に攫われて改造された人間がその組織に対して抵抗する、というとどことなくシャドーハウスを彷彿とさせますね。
ちなみに先程「少年漫画」と書きましたが、主人公の島村ジョーのナイーヴな性格が世の少女達の支持を得たことから、少女漫画誌にも掲載されたこともあります。
この辺りも男女問わない人気があるシャドーハウスに似てますね。
さて、件の「誰がために」という曲はサイボーグ戦士たちの悲哀が綴られており、今なおサイボーグ009を代表する楽曲とされています。
望まぬ改造を受けた哀しみ、普通の人間には戻れない絶望、平和のために自身が戦わざるを得ない現実、繰り返される愚かな人類の所業、否応なしに翻弄される運命……。
彼らの境遇がありったけ詰め込まれた歌詞を書いたのは、原作者の石森章太郎氏でした。すぎやまこういち氏の壮大な編曲もさることながら、この楽曲が今日でも語り継がれているのは、人生における苦しみの一つ一つを身に覚えのある出来事として、聞いた人々の心に響いているからなのかも知れません。
ところで、そうすると此度のサブタイトル「誰がために」は誰の心情を示しているのか気になるところです。
シャドーハウスでは、シャドーは偉大なるおじい様のため、生き人形は主人のシャドーのために存在しているからです。ケイト達を除けば、従来のシャドーハウスではそれが常識です。
しかし、それはあくまで表面上のことです。
今回のエピソードでは、かつて主人の心情を汲み取り間違えていた生き人形と、そのことについて気付きを得た生き人形が登場しました。
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さて、今回は次回の第137話の公開が差し迫っているため手短に書いていきます。(いつもギリギリですみません!)
今回のエピソードも色々語りたいところは多々ありますが、一番印象に残ったのはラストのトマスでしょうか。
彼はバーバラのクリストファーへの慕情を良いように利用し、星つきとしてこどもたちの棟をまとめさせています。つまり、棟の管理人の仕事を肩代わりさせているわけです。
この時点でトマスの卑劣さが分かろうものですが、それにとどまらず、いやそれ以上の仕打ちをバーバラ達にしでかしていました。
バービーの額の傷を治すためと偽って毒を渡していたというのです。
これにはトマスの話相手のルイスも驚きの表情です。というより、少し引いている感じでしょうか?
考えてみれば、大人になれば素晴らしい生活が待っていると、偉大なるおじい様に仕えることができると教育されていたのに、いきなりこんな汚い現実を見せられたら混乱するのは当然です。
ましてや、トマスはルイスにとってお披露目を合格させてくれた試験官です。(多分)
そんな憧れの大人が卑怯な手を使ってこどもたちを利用していると知ったら普通は失望するでしょう。エドワード達のように大人になって暫く経っていればともかく、こどもから大人になったばかりのルイスには少々刺激が強すぎる激白だったかと思います。
未だにルイスが何を以ってエドワードから期待をかけられていたのか不明ですが、もしかしたらトマスの先の発言をきっかけに何かアクションを起こすかも知れませんね。
さて、そんな大人の事情など知らぬバービーとリッキー。
物語は前回ラストの続きから始まります。
パトリックが第134話で言っていたように、バービーは発作で苦しむ主人のためにリッキーを連れ出しました。やはり、パトリックの渡した薔薇が発作に効いたようです。
薔薇の名は「ロサ・ガリカ・オフィキナリス」
これは実在する薔薇の品種です。
ウェブで検索すると様々なページがヒットしますが、本ブログでは姫野ばら園八ヶ岳農場のHPをご紹介致します。→ロサ ガリカ オフィキナリスRosa gallica officinalis
ソウマトウ先生は第66話・67話で登場したピオニーでも実在する品種を登場させていました。
シャドーハウスには多くの花が描かれており、各キャラクターにも大きく関わっている場合もあるほどです。細かく見ていけばラッパスイセンのように考察の余地が潜んでいることでしょう。もしも花卉の専門家の方がいらっしゃいましたら協力願いたいところですが、どなたか読者の方で自分が、と思う方はご教授頂けますと幸いです。
ただ、今回のエピソードの本題はトマスの謀略よりも花のことよりも、バービーの心情が動いたことに尽きると思います。
前回のお話を振り返るまでもないですが、パトリックとリッキーは互いを思うがあまりにすれ違いを起こしていました。とりわけ、それは第41話での庭園迷路でのやり取りに特筆されます。
当時のパトリックはリッキーに申し訳ないと思いながらエミリコに協力してくれと頭を下げ、リッキーはケイトを助けたいと思いながらもパトリックのためにエミリコを見捨てるべきと考えていたからです。
それは今回のリッキーの言葉を借りれば、「近すぎて…見えなくなっていたんですね」という一言に尽きます。互いのことを分かっているようで、どんどん心が離れていってしまったのです。
こう言われる直前、バービーはリッキーの主人を「強く見せようとしていた」という発言にハッとしたような顔をしています。
身に覚えがあったのでしょう。そういえば第122話のラストでバービーは「貴様に何が分かる!」と激高していました。自分こそがバーバラに最も近く、主人のことを理解していると考えていたから出た台詞かと思います。
思えば、バービーは元々天真爛漫な性格だったのに「消えない傷」を負って以来、自分を押し殺していたような描写がかなり多くあります。そんな彼女だからこそ、本音をぶつけ合って「魂の友」(ソウルメイト)となったリッキーの姿が眩しく見えたのかも知れませんね。
ところで、バービーがリッキーの発言を聞いてハッとしたシーンについて、実は過去に似た場面があることにお気付きになった方もいるかと存じます。
それは、第82話で「もう仲間を失うのは…絶対に嫌です!!」とエミリコが叫んだ直後の描写です。
あの時もバービーはバーバラのために行動していると伺わせる台詞がありました。
エミリコは仲間、リッキーは主人のことを語っており、それぞれ対象は違いますが、いずれもバービーにとっては星つきになって以来の価値観を打ち破る言霊だったのは間違いありません。
次にバービーが同じ瞳をした時、それは彼女自身の洗脳が解けると同時に、「消えない傷」がようやく癒される場面だと私は信じたいです。
さて、今回は次回の第137話の公開が差し迫っているため手短に書いていきます。(いつもギリギリですみません!)
今回のエピソードも色々語りたいところは多々ありますが、一番印象に残ったのはラストのトマスでしょうか。
彼はバーバラのクリストファーへの慕情を良いように利用し、星つきとしてこどもたちの棟をまとめさせています。つまり、棟の管理人の仕事を肩代わりさせているわけです。
この時点でトマスの卑劣さが分かろうものですが、それにとどまらず、いやそれ以上の仕打ちをバーバラ達にしでかしていました。
バービーの額の傷を治すためと偽って毒を渡していたというのです。
これにはトマスの話相手のルイスも驚きの表情です。というより、少し引いている感じでしょうか?
考えてみれば、大人になれば素晴らしい生活が待っていると、偉大なるおじい様に仕えることができると教育されていたのに、いきなりこんな汚い現実を見せられたら混乱するのは当然です。
ましてや、トマスはルイスにとってお披露目を合格させてくれた試験官です。(多分)
そんな憧れの大人が卑怯な手を使ってこどもたちを利用していると知ったら普通は失望するでしょう。エドワード達のように大人になって暫く経っていればともかく、こどもから大人になったばかりのルイスには少々刺激が強すぎる激白だったかと思います。
未だにルイスが何を以ってエドワードから期待をかけられていたのか不明ですが、もしかしたらトマスの先の発言をきっかけに何かアクションを起こすかも知れませんね。
さて、そんな大人の事情など知らぬバービーとリッキー。
物語は前回ラストの続きから始まります。
パトリックが第134話で言っていたように、バービーは発作で苦しむ主人のためにリッキーを連れ出しました。やはり、パトリックの渡した薔薇が発作に効いたようです。
薔薇の名は「ロサ・ガリカ・オフィキナリス」
これは実在する薔薇の品種です。
ウェブで検索すると様々なページがヒットしますが、本ブログでは姫野ばら園八ヶ岳農場のHPをご紹介致します。→ロサ ガリカ オフィキナリスRosa gallica officinalis
ソウマトウ先生は第66話・67話で登場したピオニーでも実在する品種を登場させていました。
シャドーハウスには多くの花が描かれており、各キャラクターにも大きく関わっている場合もあるほどです。細かく見ていけばラッパスイセンのように考察の余地が潜んでいることでしょう。もしも花卉の専門家の方がいらっしゃいましたら協力願いたいところですが、どなたか読者の方で自分が、と思う方はご教授頂けますと幸いです。
ただ、今回のエピソードの本題はトマスの謀略よりも花のことよりも、バービーの心情が動いたことに尽きると思います。
前回のお話を振り返るまでもないですが、パトリックとリッキーは互いを思うがあまりにすれ違いを起こしていました。とりわけ、それは第41話での庭園迷路でのやり取りに特筆されます。
当時のパトリックはリッキーに申し訳ないと思いながらエミリコに協力してくれと頭を下げ、リッキーはケイトを助けたいと思いながらもパトリックのためにエミリコを見捨てるべきと考えていたからです。
それは今回のリッキーの言葉を借りれば、「近すぎて…見えなくなっていたんですね」という一言に尽きます。互いのことを分かっているようで、どんどん心が離れていってしまったのです。
こう言われる直前、バービーはリッキーの主人を「強く見せようとしていた」という発言にハッとしたような顔をしています。
身に覚えがあったのでしょう。そういえば第122話のラストでバービーは「貴様に何が分かる!」と激高していました。自分こそがバーバラに最も近く、主人のことを理解していると考えていたから出た台詞かと思います。
思えば、バービーは元々天真爛漫な性格だったのに「消えない傷」を負って以来、自分を押し殺していたような描写がかなり多くあります。そんな彼女だからこそ、本音をぶつけ合って「魂の友」(ソウルメイト)となったリッキーの姿が眩しく見えたのかも知れませんね。
ところで、バービーがリッキーの発言を聞いてハッとしたシーンについて、実は過去に似た場面があることにお気付きになった方もいるかと存じます。
それは、第82話で「もう仲間を失うのは…絶対に嫌です!!」とエミリコが叫んだ直後の描写です。
あの時もバービーはバーバラのために行動していると伺わせる台詞がありました。
エミリコは仲間、リッキーは主人のことを語っており、それぞれ対象は違いますが、いずれもバービーにとっては星つきになって以来の価値観を打ち破る言霊だったのは間違いありません。
次にバービーが同じ瞳をした時、それは彼女自身の洗脳が解けると同時に、「消えない傷」がようやく癒される場面だと私は信じたいです。
