普段から、世のため人のために粛々と業務に携わる医療従事者の方々には頭が上がりません。
それはここ数年の出来事だけではなく、どの時代においても医療とは高度な知見と技術を以って社会に貢献しているのですから当然と言えましょう。
中には、その道から外れた例も散見されることから手放しで称賛するつもりはありませんが、大半の関係者の方々は自らの使命を果たさんと、常に誠実に職務を遂行しています。いつもありがとうございます。
さて、弊ツイッターのアカウントを覗いている方はご存知かと思いますが、実は私管理人は今月上旬に流行り病で二週間ほど休養しておりました。
休養と言っても体調が優れなかったのは最初の数日間だけで、後半はほぼ健康体でしたけどもね。
しかし、検査のために10年ぶりくらいに病院に行ったのですが(コンタクトの検診を除いて)、市内のどの病院も空いていないのを目の当たりにして驚きました。頭で想像していた以上に、流行り病の影響がこうまで深刻に及んでいることを初めて肌で感じました。これまでほとんど健康体だった自分の身体に感謝するとともに、改めてこのような情勢の中で「私」を押し殺して「公」のために尽力する方々にも感謝致します。
ところで、「医療」とは人の健康や体の診察・治療等の行為を指す語彙ですが、医療従事者の仕事とはそれだけではなく、残念ながら手を尽くしても救えない命に直面することも多々あるかと存じます。
私自身、時には命を奪わざるを得ない判断をしなければいけない仕事をしていますが、直接人間の生死に触れる医療従事者の心労は私の仕事の比ではないでしょう。それを思う時「医は仁術なり」とは言いますけれども、なんと過酷な世界なのだろうと感じます。だからこそ、普段から本記事の冒頭の感を抱いております。
さて、ところでシャドーハウスにも医療従事者が描かれていますね。
こどもたちの棟の特別班・救護班です。
その棟での発言力と権限は大きく、ケイトの言葉を借りるなら「エリート」です。現実社会でもこの辺は同じですね。こどもたちの招集の呼びかけをしたり、大広間での整列の際に最前列に並ぶなど、救護班員の活動は詳細に描かれてはこなかったものの、重要な役職であることはこれまでの描写からも明らかです。次期星つき候補とみて間違いはないでしょう。
しかし、「慈善活動」を目的とした救護班ですが、現実の医療従事者と同じくその仕事は実に過酷でした。いや、この過酷さは救護班というよりは、棟の実力者として担わざるをえなかった責務がもたらした悲劇です。人を救いたいと志していたはずなのに、いつの間にか真逆の「死神」呼ばわりされた彼の胸中を思うと言葉もありません。
では各話感想にまいりましょう。
今回のお話は、こどもたちの棟屈指の実力者・ギルバートの胸の内が明かされました。
それはここ数年の出来事だけではなく、どの時代においても医療とは高度な知見と技術を以って社会に貢献しているのですから当然と言えましょう。
中には、その道から外れた例も散見されることから手放しで称賛するつもりはありませんが、大半の関係者の方々は自らの使命を果たさんと、常に誠実に職務を遂行しています。いつもありがとうございます。
さて、弊ツイッターのアカウントを覗いている方はご存知かと思いますが、実は私管理人は今月上旬に流行り病で二週間ほど休養しておりました。
休養と言っても体調が優れなかったのは最初の数日間だけで、後半はほぼ健康体でしたけどもね。
しかし、検査のために10年ぶりくらいに病院に行ったのですが(コンタクトの検診を除いて)、市内のどの病院も空いていないのを目の当たりにして驚きました。頭で想像していた以上に、流行り病の影響がこうまで深刻に及んでいることを初めて肌で感じました。これまでほとんど健康体だった自分の身体に感謝するとともに、改めてこのような情勢の中で「私」を押し殺して「公」のために尽力する方々にも感謝致します。
ところで、「医療」とは人の健康や体の診察・治療等の行為を指す語彙ですが、医療従事者の仕事とはそれだけではなく、残念ながら手を尽くしても救えない命に直面することも多々あるかと存じます。
私自身、時には命を奪わざるを得ない判断をしなければいけない仕事をしていますが、直接人間の生死に触れる医療従事者の心労は私の仕事の比ではないでしょう。それを思う時「医は仁術なり」とは言いますけれども、なんと過酷な世界なのだろうと感じます。だからこそ、普段から本記事の冒頭の感を抱いております。
さて、ところでシャドーハウスにも医療従事者が描かれていますね。
こどもたちの棟の特別班・救護班です。
その棟での発言力と権限は大きく、ケイトの言葉を借りるなら「エリート」です。現実社会でもこの辺は同じですね。こどもたちの招集の呼びかけをしたり、大広間での整列の際に最前列に並ぶなど、救護班員の活動は詳細に描かれてはこなかったものの、重要な役職であることはこれまでの描写からも明らかです。次期星つき候補とみて間違いはないでしょう。
しかし、「慈善活動」を目的とした救護班ですが、現実の医療従事者と同じくその仕事は実に過酷でした。いや、この過酷さは救護班というよりは、棟の実力者として担わざるをえなかった責務がもたらした悲劇です。人を救いたいと志していたはずなのに、いつの間にか真逆の「死神」呼ばわりされた彼の胸中を思うと言葉もありません。
では各話感想にまいりましょう。
今回のお話は、こどもたちの棟屈指の実力者・ギルバートの胸の内が明かされました。
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なんとも驚きました。
「無能力者狩り」における一連の風紀班の結成はダグラスが主導していたのかと思いきや、実はギルバートの企みだったとのことです。
これを聞くエミリコも驚き顔です。ちゃんとケイトの「顔」ができていますね。
ただ、前回ダグラスが白目剥いていた時(白目剥いていたのはダグですが)、彼の独白ではギルバートの名は出ていませんでした。
ダグラスの性格からすれば、もしもケイトから問い詰められたらギルバートに罪を擦り付けるといった考えになる方が自然な気がします。
物語の進行上あのような表現になったのかも知れませんが、あの時ダグラスがギルバートに言及しなかったということは、風紀班結成はギルバートとダグラスとの共謀の可能性もあります。もしかしたら、ギルバートは一人で責任を背負い込もうとしているのかもしれませんね。
ちなみに、なぜこんな風に考えたのかといいますと、此度のエピソードではギルバートの生真面目な性格が描かれたからです。
以前ソウマトウ先生は、ギルバート組についてのファンの感想に対し「救護班の役目に使命感を持っているペアなのでそう言ってもらえると嬉しいです。」と返していました。
2019年12月の大ブレイク以降、先生がファンの感想に返答したのは数回しかありません。アニメ化以降はほぼ0です。するとこのギルバートに関するツイートは、ソウマトウ先生が是非とも読者に伝えたかった設定とみて間違いないかと思います。つまり、「慈善活動」という救護班の目的を果たす使命感に燃える熱い真面目な漢。それがギルバートとギルなのです。
しかし、彼の救護班生活は平穏なものではありませんでした。
なぜなら、何らかの原因で罰を命じられたこどもたちへの刑の執行は、ギルバートが行っていたからです。
この件に関しては、『すす管送りになったシャドーと生き人形に対応していたのはギルバート一組だけだったのか?』とか、『これらの刑の執行はエヴリンやバートラムもしていたのか?』といった疑問が浮かびますが、ひとまず置いておきましょう。
取り敢えずこれまでの描写から分かっているのは、過酷な刑罰故に、すす病になった生き人形の対応をするのは救護班員が相応しいこと。そして受刑者のシャドーからすす能力で対抗される恐れがあることから、煤量が多く屈強なすす能力を持ったギルバードが適任だった。
以上の二つの推測が成り立つことです。
しかし、いくら自身が適任とはいえ、嫌がるシャドーや生き人形を押さえつけてすす管送りにするのは普通の精神だったら気が引けます。それを好むとしたら余程の異常者です。
そんな誰もやりたがらない仕事を全うするギルバードを支えていたのはただ一つ。
大人からこどもたちの棟の管理を任せられた星つきに逆らうことは、大人への反抗となる。
その一点だけでした。
ためらいなく処分を繰り返す星つきに常日頃不満がたまっていたギルバード。真面目な彼からすれば、大人への反抗とは即ち、偉大なるおじい様への反抗であると考えていたことでしょう。だからこそ「死神」と呼ばれようとも粛々と刑の執行を務めていたのだと思います。
ただ、それが故にトマスの訪問が「無能力者狩り」への引き金になってしまいました。
大人とこどもたちを繋ぐ「星つき」という役職が、あの時有名無実化してしまっていたからです。それを聡明なギルバードが気が付かない筈がありません。
これまでの募らしてきた星つきへの不満を原動力として、ギルバートは“風紀班結成”というクーデターをあと一歩のところまで成功へと導いた。
それが「無能力者狩り」事件の顛末だったのです。
しかし、一連のギルバートの激白を聞いていると、彼は決して私利私欲や自暴自棄ではなく自分なりの正義感で動いていた感じはします。
例えば、話し始めの際にケイトのことを評価していたり、ベルのことを忘れていなかったり、それこそダグラスが前々回に呟いた「誰かが責任を取ればいい」という風潮を嘆いていたり、などです。
これらのギルバートの台詞は、ケイトにとって身に覚えがあることばかりでしょう。むしろ、ケイトが目指している「すべてのこどもたちを救いたい」(第101話)に繋がる試みを、ギルバートが先駆けて実践したともいえます。
それどころか、ケイトの様子を見ているといつものような覇気がありません。有効な反論ができていないということは、ある程度ケイトもギルバートの意見に賛同している可能性があります。
ギルバートの目的を理解しつつ、方法が間違っていることを証明することが、今のケイトにとって最善の手でしょう。
果たしてギルバートをうまくなだめることができるのか、ケイトの手腕に期待したいところです。
さて、冷静に第141話のギルバートの激白を振り返りましたが、今話を語るにあたって見逃せない重要シーンがありますね。
それはもちろん、ラストで拳をクロスさせるジョン&ショーンです!!
今までの推理ミステリーな空気から一変、やはりこの男が出てくると一気に雰囲気大チェンジです。不思議とあっという間に少年ジャンプの世界へと様変わりしました。
一体、何人がこんなラストシーンを想像しえたでしょうか?
如何にも、ジョンにとって相性が悪いすす能力を持ったギルバード。
ジョンは一体全体どう戦うつもりなのでしょうか。
もしやケイトから貰ったパンを懐に忍ばせて、ジョンパンチを連打するとかでしょうか?
いや、しかしジョンなら何かやってくれるという根拠のない期待が膨らむのもまた事実です。
実はジョンパンチ強化型を「できるだけ能力は隠しておくものだ」というマリーローズの「最後の授業」に則り、ここぞという場面で繰り出す、なんて熱い展開だってあり得そうなのがジョンです。
ロレッタではないですが、見ているこちらも次回での決闘を煽りたくなる最高の引きでした。
なんとも驚きました。
「無能力者狩り」における一連の風紀班の結成はダグラスが主導していたのかと思いきや、実はギルバートの企みだったとのことです。
これを聞くエミリコも驚き顔です。ちゃんとケイトの「顔」ができていますね。
ただ、前回ダグラスが白目剥いていた時(白目剥いていたのはダグですが)、彼の独白ではギルバートの名は出ていませんでした。
ダグラスの性格からすれば、もしもケイトから問い詰められたらギルバートに罪を擦り付けるといった考えになる方が自然な気がします。
物語の進行上あのような表現になったのかも知れませんが、あの時ダグラスがギルバートに言及しなかったということは、風紀班結成はギルバートとダグラスとの共謀の可能性もあります。もしかしたら、ギルバートは一人で責任を背負い込もうとしているのかもしれませんね。
ちなみに、なぜこんな風に考えたのかといいますと、此度のエピソードではギルバートの生真面目な性格が描かれたからです。
以前ソウマトウ先生は、ギルバート組についてのファンの感想に対し「救護班の役目に使命感を持っているペアなのでそう言ってもらえると嬉しいです。」と返していました。
2019年12月の大ブレイク以降、先生がファンの感想に返答したのは数回しかありません。アニメ化以降はほぼ0です。するとこのギルバートに関するツイートは、ソウマトウ先生が是非とも読者に伝えたかった設定とみて間違いないかと思います。つまり、「慈善活動」という救護班の目的を果たす使命感に燃える熱い真面目な漢。それがギルバートとギルなのです。
しかし、彼の救護班生活は平穏なものではありませんでした。
なぜなら、何らかの原因で罰を命じられたこどもたちへの刑の執行は、ギルバートが行っていたからです。
この件に関しては、『すす管送りになったシャドーと生き人形に対応していたのはギルバート一組だけだったのか?』とか、『これらの刑の執行はエヴリンやバートラムもしていたのか?』といった疑問が浮かびますが、ひとまず置いておきましょう。
取り敢えずこれまでの描写から分かっているのは、過酷な刑罰故に、すす病になった生き人形の対応をするのは救護班員が相応しいこと。そして受刑者のシャドーからすす能力で対抗される恐れがあることから、煤量が多く屈強なすす能力を持ったギルバードが適任だった。
以上の二つの推測が成り立つことです。
しかし、いくら自身が適任とはいえ、嫌がるシャドーや生き人形を押さえつけてすす管送りにするのは普通の精神だったら気が引けます。それを好むとしたら余程の異常者です。
そんな誰もやりたがらない仕事を全うするギルバードを支えていたのはただ一つ。
大人からこどもたちの棟の管理を任せられた星つきに逆らうことは、大人への反抗となる。
その一点だけでした。
ためらいなく処分を繰り返す星つきに常日頃不満がたまっていたギルバード。真面目な彼からすれば、大人への反抗とは即ち、偉大なるおじい様への反抗であると考えていたことでしょう。だからこそ「死神」と呼ばれようとも粛々と刑の執行を務めていたのだと思います。
ただ、それが故にトマスの訪問が「無能力者狩り」への引き金になってしまいました。
大人とこどもたちを繋ぐ「星つき」という役職が、あの時有名無実化してしまっていたからです。それを聡明なギルバードが気が付かない筈がありません。
これまでの募らしてきた星つきへの不満を原動力として、ギルバートは“風紀班結成”というクーデターをあと一歩のところまで成功へと導いた。
それが「無能力者狩り」事件の顛末だったのです。
しかし、一連のギルバートの激白を聞いていると、彼は決して私利私欲や自暴自棄ではなく自分なりの正義感で動いていた感じはします。
例えば、話し始めの際にケイトのことを評価していたり、ベルのことを忘れていなかったり、それこそダグラスが前々回に呟いた「誰かが責任を取ればいい」という風潮を嘆いていたり、などです。
これらのギルバートの台詞は、ケイトにとって身に覚えがあることばかりでしょう。むしろ、ケイトが目指している「すべてのこどもたちを救いたい」(第101話)に繋がる試みを、ギルバートが先駆けて実践したともいえます。
それどころか、ケイトの様子を見ているといつものような覇気がありません。有効な反論ができていないということは、ある程度ケイトもギルバートの意見に賛同している可能性があります。
ギルバートの目的を理解しつつ、方法が間違っていることを証明することが、今のケイトにとって最善の手でしょう。
果たしてギルバートをうまくなだめることができるのか、ケイトの手腕に期待したいところです。
さて、冷静に第141話のギルバートの激白を振り返りましたが、今話を語るにあたって見逃せない重要シーンがありますね。
それはもちろん、ラストで拳をクロスさせるジョン&ショーンです!!
今までの推理ミステリーな空気から一変、やはりこの男が出てくると一気に雰囲気大チェンジです。不思議とあっという間に少年ジャンプの世界へと様変わりしました。
一体、何人がこんなラストシーンを想像しえたでしょうか?
如何にも、ジョンにとって相性が悪いすす能力を持ったギルバード。
ジョンは一体全体どう戦うつもりなのでしょうか。
もしやケイトから貰ったパンを懐に忍ばせて、ジョンパンチを連打するとかでしょうか?
いや、しかしジョンなら何かやってくれるという根拠のない期待が膨らむのもまた事実です。
実はジョンパンチ強化型を「できるだけ能力は隠しておくものだ」というマリーローズの「最後の授業」に則り、ここぞという場面で繰り出す、なんて熱い展開だってあり得そうなのがジョンです。
ロレッタではないですが、見ているこちらも次回での決闘を煽りたくなる最高の引きでした。
