福島県いわき市の「ハワイアンズ」

行ったことはなくとも、名は聞いたことがあるでしょう。
私はといいますと、今年1月に茨城県北部で会合があった際に「滅多にこの辺り来ないのに日帰りは勿体ないなあ」と地図を見ていたら目に入り、詳細も知らないのに泊ってきました。
半ば勢いで予約したためどんな風に楽しめばいいのか分かりませんでしたが、温泉や食事が充実していた上に、フラダンスショーやファイヤーダンスが見応えあって凄く楽しかったです。
一人だけでハワイアンズ行ってもなー、と思ってましたが良い意味で裏切られました。スタッフの皆様も親切でしたし都合が付けばまた行きたいですね。
ところで、ハワイアンズがなぜ福島県に誕生したのかご存知でしょうか?
因みに私は知りませんでした!
恥ずかしいことに、映画「フラガール」をはじめとして様々な媒体でそのエピソードが語られているというのに、私ときたら「なんで福島県の海でも山奥でもないこんな場所(失礼!)にリゾートがあるんだろう?」と半年前まで思っていました。
しかし、誕生に至るいきさつは施設内の展示スペースでちゃんとPRされてます。



3枚目の写真のキャプションにある「炭鉱夫」
実は、元々ハワイアンズがあった土地は炭鉱だったそうです。
こうした展示を見て、ようやく「常磐炭鉱か!?」「昭和天皇が坑内に入られた写真が資料集に載ってたっけ」と思い出しました。
燃料革命まで我が国のエネルギーを支えた誇りある場所。
石炭が必要とされない時代に移り変わりゆく中で、常磐炭礦株式会社と地元の方々が再起を賭けて造り上げたのが、この一大リゾート地・ハワイアンズだったということです。
現在でも、新施設建設や新イベントの開催などによってハワイアンズは賑わっており、私のような人間でも楽しめる福島県下随一の観光地となっています。ぜひとも機会があれば足を運んでみてはいかがでしょうか?
さて、ハワイアンズの話を持ち出したのは、何も福島観光のPRをしたかっただけではありません。(ないと言えば嘘にはなるけど)
なんと、信じられないことにシャドーハウスでも酷似したリゾート計画が進行中なのです。
いや、「シャドーハウス」というよりは「すす島で」と言った方が正確でしょうかね。
それでは参りましょう。
かつてのケイトのライバルにして、失脚した挙句辺境へと追いやられたピアノマン。
派手なスーツがトレードマークだったあの男が立ち上げたのは、「失われゆくエネルギー石炭を偲ぶ!炭鉱の村コールマイン!!」プロジェクトでした。

行ったことはなくとも、名は聞いたことがあるでしょう。
私はといいますと、今年1月に茨城県北部で会合があった際に「滅多にこの辺り来ないのに日帰りは勿体ないなあ」と地図を見ていたら目に入り、詳細も知らないのに泊ってきました。
半ば勢いで予約したためどんな風に楽しめばいいのか分かりませんでしたが、温泉や食事が充実していた上に、フラダンスショーやファイヤーダンスが見応えあって凄く楽しかったです。
一人だけでハワイアンズ行ってもなー、と思ってましたが良い意味で裏切られました。スタッフの皆様も親切でしたし都合が付けばまた行きたいですね。
ところで、ハワイアンズがなぜ福島県に誕生したのかご存知でしょうか?
因みに私は知りませんでした!
恥ずかしいことに、映画「フラガール」をはじめとして様々な媒体でそのエピソードが語られているというのに、私ときたら「なんで福島県の海でも山奥でもないこんな場所(失礼!)にリゾートがあるんだろう?」と半年前まで思っていました。
しかし、誕生に至るいきさつは施設内の展示スペースでちゃんとPRされてます。



3枚目の写真のキャプションにある「炭鉱夫」
実は、元々ハワイアンズがあった土地は炭鉱だったそうです。
こうした展示を見て、ようやく「常磐炭鉱か!?」「昭和天皇が坑内に入られた写真が資料集に載ってたっけ」と思い出しました。
燃料革命まで我が国のエネルギーを支えた誇りある場所。
石炭が必要とされない時代に移り変わりゆく中で、常磐炭礦株式会社と地元の方々が再起を賭けて造り上げたのが、この一大リゾート地・ハワイアンズだったということです。
現在でも、新施設建設や新イベントの開催などによってハワイアンズは賑わっており、私のような人間でも楽しめる福島県下随一の観光地となっています。ぜひとも機会があれば足を運んでみてはいかがでしょうか?
さて、ハワイアンズの話を持ち出したのは、何も福島観光のPRをしたかっただけではありません。(ないと言えば嘘にはなるけど)
なんと、信じられないことにシャドーハウスでも酷似したリゾート計画が進行中なのです。
いや、「シャドーハウス」というよりは「すす島で」と言った方が正確でしょうかね。
それでは参りましょう。
かつてのケイトのライバルにして、失脚した挙句辺境へと追いやられたピアノマン。
派手なスーツがトレードマークだったあの男が立ち上げたのは、「失われゆくエネルギー石炭を偲ぶ!炭鉱の村コールマイン!!」プロジェクトでした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
記事の冒頭でコールマインやエドワードのことを匂わせておいて難ですが、ちょっと今私もリゾートで羽を伸ばしていて気分がいいので勝手気ままに語らせて下さい。
何と!
序盤シャドーハウスの主要キャラクターで!!
当人はエミリコの、主人はケイトの心の支えとなっていた!!
かつアニメ第二期の目覚ましい活躍が超クローズアップされていた!!!
私の「推し」が100話以上の時を経て遂に、遂に再登場しました!!!!
満を持してローズマリーが復っっ活です!!!!!
いやあ、いやあ。
最後の生出演(?)から指折り数えて146話目。
各キャラの回想で度々描かれてはいたものの、こうやって現実の存在として姿を現すのに掛った時間は5年弱です。具体的には2020年の9月以来。
そもそも翌々第80話がアニメ化発表回だったわけですが、そう考えるとアニメ化してから一度も生身の姿として描かれていなかったんですよね。実に長かった、長かったなあ……(感慨)
私事ですが昨日、大雪山旭岳を登った際にローズマリーの缶バッジを伴って山頂まで行ったのですが、彼女の姿を見ながら次回の更新が楽しみで仕方ありませんでした。線状降水帯が上川・日高地方を覆っていた最中の登山を支えたのは、ローズマリーの笑顔と言っても過言ではありますまい。早く第225話を読むのが楽しみです。
さて。
ラストたった一コマしか描かれていないキャラクターについて延々と語ると依怙贔屓になりますので、本編の主線に話を戻しましょう。
なぜマリーローズとローズマリーが姿を現したのか。
それは潜伏先がコールマインだったからです。
奇しくもエドワードが左遷されたのが同じくコールマインだったことで、縁深い彼ら彼女らは、闇の中で邂逅を果たしたのです。
思えば、辺境に追いやられても腐らずに復権を伺っていたエドワード。
彼の強靭な執念深さがなければ、この邂逅もなかったことでしょう。何がどう繋がるのか分からないものですね。
しかしそれにしても、エドワードに地域おこしコンサルティング・プランニングの才能があるとは驚きでした。
ケイトやステラのお披露目のように、エドワードは人手と時間さえあれば、ああいったイベントの企画はお手の物なのは容易に想像できます。
ただそれは、偉大なおじい様のため、出世のためというモチベーションがあり、そして顔の見えない人形を動員したからできたことです。
それ比べて今回描かれたコールマインの復興計画は、ジョゼフから左遷を言い渡された場所での事業です。まずはモチベーションを保つのでさえ大変ですし、実際に動くのは顔の見えない人形ではなくコールマインの住人達です。
以前と変わらないことと言えば、傍にアイリーンとジェラルドがいることぐらいでしょうか。
それでも第205話の二人の様子を見ると、どうにも厳しそうです。アイリーンの性格では、辺鄙な田舎で暮らすなどとんでもないことと思います。
ところが、意外や意外。
エドワードは住人達とうまくやっていました。
それどころかすっかりコールマインでの生活に馴染んでいますね。
身支度をしっかりとやっているのは相変わらずですが、その場所はというと庭先です。鳥が飛んできて頭にとまるくらいの自然の中です。
(第80話でエミリコから飛んで行ったコマドリが、エドワードの頭にとまっているというのも不思議な妙ですね)
おまけに、その最中にやってきたアイリーンとジェラルドの表情も心なしか柔和です。一体全体この1か月で何があったんだと聞きたいくらいの変化を彼らは遂げていました。
もっとも、読み進めていくとエドワードらが変わったというよりは、元々の資質があったと言った方が適切かも知れませんね。
エドワードは館にいた頃と同様に常時仕事のことを考えていますが、こうなるとエドワードの性格そのものが「仕事人間」(シャドーだけど)なのでしょう。
コールマインでの自分の立ち位置を使い、再び偉大なるおじい様のために何ができるかを考えた結果が、住人達との協力の下でのコールマイン復興計画「失われゆくエネルギー石炭を偲ぶ!炭鉱の村コールマイン!!」だったということです。館にいた頃、出世のため常に手を打ってきた姿が重なります。今度こそ失脚しないよう気を付けて欲しいものです。
ジェラルドは通常運転でしょうか。
ただ、描かれていないだけでエドワードのサポートに徹している姿が思い浮かびます。
アイリーンはエドワードから褒められている村人に対して「最初は猛烈に嫌がらせしてきたくせに」といかにも彼女らしい面を見せていますが、それでもエドワードのために協力してくれています。
そうそう、この後3人で飲み会しているシーンがあるのですが、この場面でアイリーンが「エドに付いていくのは退屈しなくていいわ」と言ったのが個人的に凄く嬉しかったです。
アニメの話になりますが、第1期の最終回で偉大なるおじい様から厳重注意されたエドワードが「私は諦めていない」と出世への執念を見せていた際、アイリーンとジェラルドが顔を合わせて微笑むシーンがあったのですが、あの時の表情がいかにも“しょうがないなあ”とか“懲りないなあ”といった感じの顔だったんですよね。
アイリーンとジェラルドがなぜエドワードと行動を共にしているのか、同期というだけでそこまでするのかとやや疑問ではあったのですが、今回のアイリーンの台詞でその答え合わせがされた気がしました。第116話の「共に進むぞ3階への道を…!」というエドワードの台詞もこんな意味が隠されていたのでしょうね。
余談ですが、その次の第117話でエドワードは扉絵を飾っていましたが、今回の4ページ目の一番下の石炭を持っているエドワードの写真と構図が一緒です。まさかあの時のポーズが今になって再び描かれようとは思いもしませんでした。
ところで、答え合わせと言えばエドワードら3人の呼称問題も真相が明かされましたね。
どうやら、生き人形の名前だからということは関係なく、単に愛称は愛称として用いていただけだったそうです。
今回そうはっきりと説明されたわけではないですが、アイリーンから最近愛称で呼ばないことを問われたエドワードが「この名前は生き人形のものだっただろう」「敬意を払うべきなのではと思ってしまって」「この村に来て考え方が変わった」と述べていることから、概ねそう解釈するのが適当でしょう。
アイリーンが言っているように、「体も名前も全部自分のものになった」からこそ、特に意味はなく愛称は愛称として使用していた。それが真相でした。
ということで、以前書いた私の考察は外れでした。
実は生き人形の意識が残っているのでは、と回りくどいことを考えていましたが真相は簡潔でした。
確かにエドワード達からすればそういう風に考えるのが自然だなあと、考察においてはキャラクター視点に立つことの必要性を感じた次第でした。
さて。
途中で帽子を被っていた中年男性がジェレミの父親っぽい、といったように気になる点はまだまだ沢山ありますがそろそろ記事を締めくくりましょう。
今回、エドワードがかつての生き人形「エド」に思い馳せるシーンがありましたが、そんな第224話のラストで現れたのがマリーローズとローズマリーでした。
マリーローズといえば、ルイーズに「顔は大切に扱うんだよ」と助言し、何よりもローズマリーを犠牲にしたくないがあまりに身を投げたシャドーです。
そのマリーローズは第78話でエドワードにこう問うています。
「エドのことを私が忘れている訳ないだろう!!」
「エドの体を乗っ取り生きること…」
「本当に何も思わないのか?エドワード」
エドワードは当時、その質問に答えることはありませんでした。
苛烈に疑問を突き付けたマリーローズと、ようやく今になってその答えを言葉にしたエドワード。
この二人が再会して最初に何を語るのか。
栄光の廊下とは一転、暗い地下室で相容れない二者が遂に相まみえます。
記事の冒頭でコールマインやエドワードのことを匂わせておいて難ですが、ちょっと今私もリゾートで羽を伸ばしていて気分がいいので勝手気ままに語らせて下さい。
何と!
序盤シャドーハウスの主要キャラクターで!!
当人はエミリコの、主人はケイトの心の支えとなっていた!!
かつアニメ第二期の目覚ましい活躍が超クローズアップされていた!!!
私の「推し」が100話以上の時を経て遂に、遂に再登場しました!!!!
満を持してローズマリーが復っっ活です!!!!!
いやあ、いやあ。
最後の生出演(?)から指折り数えて146話目。
各キャラの回想で度々描かれてはいたものの、こうやって現実の存在として姿を現すのに掛った時間は5年弱です。具体的には2020年の9月以来。
そもそも翌々第80話がアニメ化発表回だったわけですが、そう考えるとアニメ化してから一度も生身の姿として描かれていなかったんですよね。実に長かった、長かったなあ……(感慨)
私事ですが昨日、大雪山旭岳を登った際にローズマリーの缶バッジを伴って山頂まで行ったのですが、彼女の姿を見ながら次回の更新が楽しみで仕方ありませんでした。線状降水帯が上川・日高地方を覆っていた最中の登山を支えたのは、ローズマリーの笑顔と言っても過言ではありますまい。早く第225話を読むのが楽しみです。
さて。
ラストたった一コマしか描かれていないキャラクターについて延々と語ると依怙贔屓になりますので、本編の主線に話を戻しましょう。
なぜマリーローズとローズマリーが姿を現したのか。
それは潜伏先がコールマインだったからです。
奇しくもエドワードが左遷されたのが同じくコールマインだったことで、縁深い彼ら彼女らは、闇の中で邂逅を果たしたのです。
思えば、辺境に追いやられても腐らずに復権を伺っていたエドワード。
彼の強靭な執念深さがなければ、この邂逅もなかったことでしょう。何がどう繋がるのか分からないものですね。
しかしそれにしても、エドワードに地域おこしコンサルティング・プランニングの才能があるとは驚きでした。
ケイトやステラのお披露目のように、エドワードは人手と時間さえあれば、ああいったイベントの企画はお手の物なのは容易に想像できます。
ただそれは、偉大なおじい様のため、出世のためというモチベーションがあり、そして顔の見えない人形を動員したからできたことです。
それ比べて今回描かれたコールマインの復興計画は、ジョゼフから左遷を言い渡された場所での事業です。まずはモチベーションを保つのでさえ大変ですし、実際に動くのは顔の見えない人形ではなくコールマインの住人達です。
以前と変わらないことと言えば、傍にアイリーンとジェラルドがいることぐらいでしょうか。
それでも第205話の二人の様子を見ると、どうにも厳しそうです。アイリーンの性格では、辺鄙な田舎で暮らすなどとんでもないことと思います。
ところが、意外や意外。
エドワードは住人達とうまくやっていました。
それどころかすっかりコールマインでの生活に馴染んでいますね。
身支度をしっかりとやっているのは相変わらずですが、その場所はというと庭先です。鳥が飛んできて頭にとまるくらいの自然の中です。
(第80話でエミリコから飛んで行ったコマドリが、エドワードの頭にとまっているというのも不思議な妙ですね)
おまけに、その最中にやってきたアイリーンとジェラルドの表情も心なしか柔和です。一体全体この1か月で何があったんだと聞きたいくらいの変化を彼らは遂げていました。
もっとも、読み進めていくとエドワードらが変わったというよりは、元々の資質があったと言った方が適切かも知れませんね。
エドワードは館にいた頃と同様に常時仕事のことを考えていますが、こうなるとエドワードの性格そのものが「仕事人間」(シャドーだけど)なのでしょう。
コールマインでの自分の立ち位置を使い、再び偉大なるおじい様のために何ができるかを考えた結果が、住人達との協力の下でのコールマイン復興計画「失われゆくエネルギー石炭を偲ぶ!炭鉱の村コールマイン!!」だったということです。館にいた頃、出世のため常に手を打ってきた姿が重なります。今度こそ失脚しないよう気を付けて欲しいものです。
ジェラルドは通常運転でしょうか。
ただ、描かれていないだけでエドワードのサポートに徹している姿が思い浮かびます。
アイリーンはエドワードから褒められている村人に対して「最初は猛烈に嫌がらせしてきたくせに」といかにも彼女らしい面を見せていますが、それでもエドワードのために協力してくれています。
そうそう、この後3人で飲み会しているシーンがあるのですが、この場面でアイリーンが「エドに付いていくのは退屈しなくていいわ」と言ったのが個人的に凄く嬉しかったです。
アニメの話になりますが、第1期の最終回で偉大なるおじい様から厳重注意されたエドワードが「私は諦めていない」と出世への執念を見せていた際、アイリーンとジェラルドが顔を合わせて微笑むシーンがあったのですが、あの時の表情がいかにも“しょうがないなあ”とか“懲りないなあ”といった感じの顔だったんですよね。
アイリーンとジェラルドがなぜエドワードと行動を共にしているのか、同期というだけでそこまでするのかとやや疑問ではあったのですが、今回のアイリーンの台詞でその答え合わせがされた気がしました。第116話の「共に進むぞ3階への道を…!」というエドワードの台詞もこんな意味が隠されていたのでしょうね。
余談ですが、その次の第117話でエドワードは扉絵を飾っていましたが、今回の4ページ目の一番下の石炭を持っているエドワードの写真と構図が一緒です。まさかあの時のポーズが今になって再び描かれようとは思いもしませんでした。
ところで、答え合わせと言えばエドワードら3人の呼称問題も真相が明かされましたね。
どうやら、生き人形の名前だからということは関係なく、単に愛称は愛称として用いていただけだったそうです。
今回そうはっきりと説明されたわけではないですが、アイリーンから最近愛称で呼ばないことを問われたエドワードが「この名前は生き人形のものだっただろう」「敬意を払うべきなのではと思ってしまって」「この村に来て考え方が変わった」と述べていることから、概ねそう解釈するのが適当でしょう。
アイリーンが言っているように、「体も名前も全部自分のものになった」からこそ、特に意味はなく愛称は愛称として使用していた。それが真相でした。
ということで、以前書いた私の考察は外れでした。
実は生き人形の意識が残っているのでは、と回りくどいことを考えていましたが真相は簡潔でした。
確かにエドワード達からすればそういう風に考えるのが自然だなあと、考察においてはキャラクター視点に立つことの必要性を感じた次第でした。
さて。
途中で帽子を被っていた中年男性がジェレミの父親っぽい、といったように気になる点はまだまだ沢山ありますがそろそろ記事を締めくくりましょう。
今回、エドワードがかつての生き人形「エド」に思い馳せるシーンがありましたが、そんな第224話のラストで現れたのがマリーローズとローズマリーでした。
マリーローズといえば、ルイーズに「顔は大切に扱うんだよ」と助言し、何よりもローズマリーを犠牲にしたくないがあまりに身を投げたシャドーです。
そのマリーローズは第78話でエドワードにこう問うています。
「エドのことを私が忘れている訳ないだろう!!」
「エドの体を乗っ取り生きること…」
「本当に何も思わないのか?エドワード」
エドワードは当時、その質問に答えることはありませんでした。
苛烈に疑問を突き付けたマリーローズと、ようやく今になってその答えを言葉にしたエドワード。
この二人が再会して最初に何を語るのか。
栄光の廊下とは一転、暗い地下室で相容れない二者が遂に相まみえます。
