ブログの趣旨とは異なる記事となってしまいますが、御容赦下さい。
昨日で東日本大震災の発生から、8年が経ちました。
はじめに、亡くられた方々のご冥福をお祈りするとともに、今もなお震災により被害に遭われている方々にお見舞い申し上げます。
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私事ですが、当時私管理人はいくつかある震源の一つに近い場所にいて、この地震に被災しました。
被災とはいっても、東北地方や関東地方の沿岸部の方々に比べましたら何も失うことはありませんでしたし、たまたまその場所にいただけで特別被害を被ることはありませんでした。
強いて言えば、暫く職場から家に戻れなかったくらいでしょうか。
でもそれにしたって、未だ家に帰れない方々からみれば取るに足らないことでしょう。
ですが時が経ってあの当時のことを振り返ってみると、 “現在” という答えを知らずに過ごしていたあの期間は、我が国の毎日が綱渡りのようだったなあと今でも思います。
あの日、日本に住まう人すべてが被災者でした。
心から親族や友人、その他多くの人々の安否を同時に案じ、生きていたことに喜びを感じたのは後にも先にもあの時だけです。
悲惨な事件や事故は毎日のように起こりますし、その中には社会に大きく問題を投げかける出来事も多いですが、しかし一方でそんなことは関係ないさという人も一定数は存在します。
ですが東日本大震災は違いました。
誰もが刻一刻と変わる情勢に身構え、息をひそめ、そして行動を起こしました。
戦後60年以上を経て、この国が初めて体験した国難。
3.11とはそういう災害でした。
あれから8年が経ち、社会はだいぶ平静を取り戻してきました。
ですが、今のなお震災の傷跡は残っていますし、これからも消えることはないでしょう。
いよいよ今年、新しい時代が幕を開けます。
叶うならば新時代は今よりもずっとより良い時代になってほしいと祈ると同時に、これからを生きていく身として、より一層社会建設に責任を持って精進せねばと考えています。
以上、平成31年3月11日を迎えての、私の雑感でした。
失礼します。
私事ですが、当時私管理人はいくつかある震源の一つに近い場所にいて、この地震に被災しました。
被災とはいっても、東北地方や関東地方の沿岸部の方々に比べましたら何も失うことはありませんでしたし、たまたまその場所にいただけで特別被害を被ることはありませんでした。
強いて言えば、暫く職場から家に戻れなかったくらいでしょうか。
でもそれにしたって、未だ家に帰れない方々からみれば取るに足らないことでしょう。
ですが時が経ってあの当時のことを振り返ってみると、 “現在” という答えを知らずに過ごしていたあの期間は、我が国の毎日が綱渡りのようだったなあと今でも思います。
あの日、日本に住まう人すべてが被災者でした。
心から親族や友人、その他多くの人々の安否を同時に案じ、生きていたことに喜びを感じたのは後にも先にもあの時だけです。
悲惨な事件や事故は毎日のように起こりますし、その中には社会に大きく問題を投げかける出来事も多いですが、しかし一方でそんなことは関係ないさという人も一定数は存在します。
ですが東日本大震災は違いました。
誰もが刻一刻と変わる情勢に身構え、息をひそめ、そして行動を起こしました。
戦後60年以上を経て、この国が初めて体験した国難。
3.11とはそういう災害でした。
あれから8年が経ち、社会はだいぶ平静を取り戻してきました。
ですが、今のなお震災の傷跡は残っていますし、これからも消えることはないでしょう。
いよいよ今年、新しい時代が幕を開けます。
叶うならば新時代は今よりもずっとより良い時代になってほしいと祈ると同時に、これからを生きていく身として、より一層社会建設に責任を持って精進せねばと考えています。
以上、平成31年3月11日を迎えての、私の雑感でした。
失礼します。
