ましてやそれが、自身に関係のない他人のためなら尚更です。
世の中には無償の奉仕というものもあるにはありますが、その場合も奉仕者自身の立場が確立されていなければほぼ成り立ちえません。
夏目漱石は小説『三四郎』で、
「人間はね、自分が困らない程度内で、なるべく人に親切がしてみたいものだ。」
と書いていますが、裏を返せば、人は自身の心身に余裕がなければ親切もままならないということをよく表しています。
身を削る献身とはそもそも、生物としては『余計な』行動とも考えられます。
ならば漱石の言葉は、百年前、いやそれ以上前から変わらない人間の本質なのかも知れません。
今回のお話は、そんな当たり前のことが当たり前ではない、しかし誰もが心のどこかで願っている理想像が描かれていました。
もしもこれを明治の文豪が目にしたなら、果たしてどのような感想を抱いたでしょうか。
暗闇に閉じ込められたパトリック。
彼に語りかけた声の主は、やはりエミリコでした。
ところがつい先程の泣き声を聞かれたのが気恥ずかしかったのか、狭い箱の中で地団駄を踏み暴れだします。
しかもその最中に、「出来損ない」とまで口走る有様。
エミリコの立場ならば、普通は気を悪くして立ち去るでしょう。
しかし彼女の口から出た言葉は、ただの憐憫の情だけではありませんでした。
シャドーがまさか閉じ込められているなどと予想だにしなかったこと、それに伴いケイトのことが心配であること、リッキーも同じようにきっとパトリックのことを心配していること。
それらを一つ一つ噛みしめるように語りかけます。
主人のケイトに対する心配だけではなく、シャドー家に仕える生き人形として、本心からパトリックの今の境遇に悲しみを覚えていることが、その表情から伝わってきます。
また、同時に同じ生き人形として、主人を想うリッキーにも同情を寄せています。
暗闇の中で自我を見失っていたのかは分かりません。
しかし、リッキーの名が出たことで自身の立場を思い出したのでしょう。
パトリックは、シャドーに対するエミリコの言葉に偽りがないことを悟ると、自身に構わずケイトを探しに行けと命じます。
一応はリッキーに対する信頼を第一に掲げて、エミリコ達を送り出すパトリック。
ですが、彼の中ではパトリックを心配するリッキーと、ケイトを心配するエミリコの姿が重なったのかも知れません。エミリコ達にリッキーへの信頼を語るパトリックの口調はやや乱暴ですが、暗闇とはいえその姿は立派な貴族のようです。
前回のリッキーの台詞もそうでしたが、パトリックとリッキーの関係から見えるシャドーと生き人形の在り方には、普段の言動とは違う誠実さが良く表れています。
ルウの怪我を手当てしたリッキー。
エミリコに主人の元へ行けと命じたパトリック。
この二人はいつも、他人のことなどどうでも良いというような態度・言動が目立ちますが、自身達と同じ哲学を持つ者に対しては、真摯でいようとする美学があるのかも知れません。
その彼らの美学に対し、エミリコはできる限りの献身でパトリックに向き合います。
ケイトのためにと取ってきたオレンジを与え、途中で摘んできた花を贈り、相手からは見えないのに、箱の外からそっと頬を寄せ、そして手を添えるエミリコ。
もちろん、そこで語り掛ける言葉は穏やかで、そして温かい台詞です。
優しく箱にもたれかかる姿はまるで、閉じ込められたパトリックの苦痛さえも一緒に包み込みながら抱き締めているように見えます。
その時のエミリコの表情は、言葉では言い表せません。
言葉では言い表せない、という言葉さえも陳腐に感じられる、そんな描写です。
こうまで人は、相手を思いやることができるものなのでしょうか。
それともこれは、彼女が生き人形だからこその行動なのでしょうか。
まさしく人智を超えた、という言葉が相応しい場面です。
箱の中にいるのだから見える筈がないのに、パトリックに向かって手を振るエミリコ。
その姿を見ていると、これこそが彼女の自然体なのだと改めて感じます。
さて、今回のお話ですが、後半より大分趣が変わります。
ここで登場するのは、ショーンです。前回の登場は落とし穴に落ちた時でしたので、まともな出番は結構久し振りですね。
しかしここでも、エドワードの仕掛けに苦労しています。
重そうな扉を開け、外に這い出るショーン。
彼が遭遇した小屋は、重い扉があるだけの小屋でした。
地図に描いてある小屋は、温室だけではないようですね。
他の場所の小屋もどう描かれるのか注目したいところです。
さて、その意味があるのかないのか分からない小屋を抜け出た彼に、少女の呼び声が聞こえてきました。
エミリコです。
思いがけず、合流する三人。
深夜の見廻り組再結成です。
ここで一旦、互いの近況報告と情報交換を行い、これから行くべき目標を定めます。
黒い点のこと、落とし穴のこと、パトリックのこと、爆発音のこと…
これらを総合的に鑑みて、地図を反時計回りに巡ることが決まりました。
ところが、その先にはそれを阻むかのように鉄格子が立ち塞がります。
鍵穴はなく、いかにも謎解きをせよとばかりに設置された動物のオブジェ。
エドワードと見廻り三人組の知恵比べの始まりです。
この怪しげなオブジェは何を意味しているのでしょうか。
そして今回、上位のシャドーの内、
“ミセス・コルセット” =“ドロシー” 、
“パーマネント男爵”=“ライアン”
の二人の名前が判明しました。
また、彼らの会話から、この四人にも年齢差または位の違いがあるように見えます。
更には、つい先日の出来事なのに、エミリコ・ラム・ショーンの仲が良いということを把握している情報網もまた謎です。
もしかして、バービーまたは他のシャドーや生き人形に諜報員がいるのでしょうか。
この四人のシャドー達の謎もまだまだ深まるばかりです。
庭園迷路の冒険、“お披露目”の行方。
どちらからも目を離すことができません。
