来客のない奇妙な館 ~シャドーハウス考察ブログ~

ヤングジャンプで連載中のソウマトウ先生作、“シャドーハウス”の考察ブログです。

2019年06月

第31話 失敗

今回の見所はなんといっても、コロコロ変わるエミリコの表情ではないでしょうか。

パンちゃんを心配して首を傾ける仕草は愛らしく、オブジェから泥水が出て驚く表情は可笑しく、顔の汚れたショーンを見てショックを受ける泣き顔は、勘違いも相まってユーモラスです。

他にも、動物と生き人形の推理が見当違いと気付いた場面や、オレンジを膝に乗せてラムとショーンを待っている時の笑顔、ベンチの推理が外れた時の驚愕の顔や、ラムの謝罪を遮って訝し気にショーンにツッコむシーン、『亡霊が出た!』と騒ぐ顔や、木登りをしている時の元気な顔など、挙げればきりがありません。
ラストで上を見上げながら(読者から見るとこちらを見ながら)ケイトについて尋ねるシーンは、不思議と美人さんに見えます。

またエミリコだけではなく、ベンチで身を寄せ合って三人で景色を眺めている場面は、三人の仲の良さが良く現れていて、読んでいるこちらも思わずくすりとさせられます。
この格好のまま記念写真を撮りたい位ですね。
“お披露目”の記録係がもし居るのなら、ぜひ立候補したいところです。

あ、でも明るい写真ばっか撮ってライアンに怒られるのは嫌だなあ。
「オマエ、こんな面白くない写真ばっか撮ってくんじゃねえよ!(怒)」とか絶対言いそう…。

それはともかくとして、今回はやや骨休め的な感じのお話でしたが、これまたかなり気になる引きで終わっています。
しかも来週は休載。

ですが落胆することはありません。
シャドーハウスが待ち遠しい日々が続きますが、その分掲載時の喜びは2倍にも3倍にもなります。

次回のお話を楽しむためにも、これまでのストーリーを読み込んで期待を膨らませていきましょう!

ということでまずは今回第31話のおさらいです。
ネタバレを含むため、いつも通り続きからでお願い致します。
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綱渡りの合流劇

合流劇と書きましたが、第30話の話ではありません。
ここで取り上げるのはもっと前、第27話の出来事です。

深夜の見廻りを経て、今現在も苦難を共にするエミリコとラム。

この二人が再び行動を共にしたきっかけは、互いが互いに会いたいと思って歩いていたからでした。

なんと素晴らしい関係でしょうか。
例え“お披露目”という舞台でも、彼女達には『蹴落とし合い』などという言葉は似合いません。
“お披露目” が終わった暁には、友達どころか『戦友』と呼ぶ間柄になっていることでしょう。

まるで運命を思わせるような、エミリコとラムの合流劇。
ところが、よくよくこのシーンを見てみると、実はかなり危うい綱渡りだったことが分かりました。


※この記事は連載時の情報をもとにした記事のため、単行本第3巻で描き直しされている内容を含みます。
あくまで、『当時はこんな見解があった』といった風に見て頂けますと、幸いです。
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第30話 黒い点

見返りを求めずに誰かのために尽くすことは、なかなか難しいものです。
ましてやそれが、自身に関係のない他人のためなら尚更です。

世の中には無償の奉仕というものもあるにはありますが、その場合も奉仕者自身の立場が確立されていなければほぼ成り立ちえません。

夏目漱石は小説『三四郎』で、
「人間はね、自分が困らない程度内で、なるべく人に親切がしてみたいものだ。」
と書いていますが、裏を返せば、人は自身の心身に余裕がなければ親切もままならないということをよく表しています。

身を削る献身とはそもそも、生物としては『余計な』行動とも考えられます。
ならば漱石の言葉は、百年前、いやそれ以上前から変わらない人間の本質なのかも知れません。


今回のお話は、そんな当たり前のことが当たり前ではない、しかし誰もが心のどこかで願っている理想像が描かれていました。
もしもこれを明治の文豪が目にしたなら、果たしてどのような感想を抱いたでしょうか。
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