来客のない奇妙な館 ~シャドーハウス考察ブログ~

ヤングジャンプで連載中のソウマトウ先生作、“シャドーハウス”の考察ブログです。

2020年12月

12月13日は『シャドーハウスの大ブレイク記念日』

なんの変哲のないように見える日でも、調べてみると様々なエピソードがあったりします。

本日12月13日もそうです。
一見シャドーハウスとは関係がないように思えるこの日ですが、実はかなり重要な意味を持つ日です。


なぜなら、題名にも書いた通り今日は『シャドーハウスの大ブレイク記念日』だからです!!


昨年の12月12日。
この日は第50話が公開されると同時に、あるキャンペーンが開催されました。

そのキャンペーンとは、過去に掲載された49話分をすべて無料Web公開するという前代未聞の大盤振舞いです。


当時のシャドーハウスは登場人物の増加に伴って人気は上昇しつつありましたが、作品の質とは裏腹に単行本の売上は芳しくない状況でした。

そこで購読者の拡大を目的に行われたのが、過去話を全部公開するという大胆なPRです。
この豪快な企画を仕掛けたのは集英社の前担当者の方でした。


幾らクオリティの高い作品でも人の目に触れなければ読者を獲得できません。
大胆すぎる企画ではありますが、誰にも知られずに終わるより、いっそのこと無料でも多くの人に読んで貰う方が遥かに合理的と言えます。


その結果は、一夜明けた翌13日に“Twitterトレンド入り”という形で実を結びました。前日にシャドーハウスを読んだ方々が大挙してツイッターに投稿したのです。

実は当ブログでも大きな動きがありました。
それが下のグラフです。


バズりグラフ1.

矢印で示した赤い丸が12月12日のアクセス数、黄色い丸が訪問者数です。
12日と13日の増加具合は一目瞭然ですね。ツイッターでの反響は当ブログでも目に見える形で反映されていました。


そして肝心の感想はと言いますと、絶賛の嵐でした。
読んだ人は皆、凄い作品に出会えたと、寝不足になったと語るほどの高評価でした。私が見つけた限りでは、ネガティブな感想はたったの2件です。
それもただの言いがかりでしかありませんでした。


この年は『次にくるマンガ大賞』のノミネートや名取さなさんの紹介と度々話題になることはありましたし、今年に入ってからもTV番組での紹介やアニメ化の決定などで作品がトレンド入りすることはしばしばありました。

しかしそれまでのシャドーハウスの転換期という意味では、この12月13日は作品史に特筆される一日だと私は思っています。



本日は多くの方々にとってシャドーハウスと出会った“記念日”であることと思いますし、その記憶はまだ新しいと推察しています。

そして、もちろんこの日以前からファンだったという方もいるでしょうし、この日以降にシャドーハウスを読み始めたという方も多いでしょう。


シャドーハウスとの出会いは十人十色・千差万別です。

だからこそ、シャドーハウスと出会った日の事をこれを機会に思い出してみてはいかがでしょうか?


アニメ化発表と同時に新章がスタートし、今もなお目が離せない展開が続くシャドーハウス。

これから先、作中だけではなく作品そのものも果たしてどう動いていくのか非常に楽しみです。




第84話 ルール違反

ルールとマナーは似て非なるものです。

ルールとは“決まり事”、マナーは“気遣い”と私は解釈しているのですが、英語の意味を調べていると概ね合っているようです。

スポーツで言えば、競技規定がルールで、スポーツマンシップや『暗黙のルール』といったものがマナーにあたるかと思います。


ところで、“ルール”は日本語としても浸透していますが、英語の“rule”は宗教の規定や制約も指すそうです。

日本語だとスポーツ競技において頻繁に使用されるため、ビジネスや宗教といった分野で「ルール」という言葉をあまり見かけませんが、英語ではどんな分野でも“rule”で通用します。
こうなると「ルール」も1種の和製英語と言えそうですね。


さて、この「ルール」は我々の日常生活に身近な存在ですが、運用していく上での一番の難点は“判定の是非”ではないでしょうか。

社会生活でもスポーツでも、その結果を巡って諍いが起こることは日常茶飯事です。

現実社会であれば司法、スポーツであれば審判が権限を行使してその判断を行うわけですが、誤審となると試合結果だけではなく、歴史が変わっていたのではないかという事例は数知れません。

先日亡くなったマラドーナ氏の「神の手ゴール」はその代表といえます。
(全然関係ないですが、ソウマトウ先生が影響を受けたという“ウォレスとグルミット”が2018年ワールドカップ招致のPVとして用いられた際に、「神の手ゴール」のパロディが作中で描かれたそうです)

そうした事態を招かないようにするため、テニスならチャレンジ、野球はリクエスト、相撲は物言いがあります。現実社会では警察による権限行使の後、三審制の裁判制度があります。


ただそういった制度があったとしても、なかなか万人が納得する結果が出るわけではありません。
これらの制度が円滑に運用されるには、ジャッジを下す者や団体に権威と正当性が必要だからです。そうでなければ、誰も言うことを聞く筈がありません。

先日相撲に関する記事を読んでいたのですが、横綱審議委員会が抱える問題は委員会の行動ではなく、委員会の権威の失墜こそが迷走の原因であるという意見がありました。
軽くあしらわれる、言い方を変えれば「舐められている」状況では、何を言っても相手には伝わらないのです。


シャドーハウス、特にこどもたちの棟においてルールの運用を行っているのは星つきです。

バーバラを筆頭に腫れもの扱いされる立場ですが、内情を知った読者にとっては危なっかしくて仕方がない存在です。
なんといっても、バーバラ自身がナイーブな性格ですからね。いつ見ても心配でたまりません。


ですが今回のお話では、こどもたちの棟の秩序を守る者として彼女は堂々と適切な判断を下しました。

立場が人を作る、なんて言葉がありますが、バーバラがリーダーとして冷静に振る舞う場面は私のお気に入りだったりします。こういったシーンを見るたびに、「バーバラは煤量だけじゃないんだぞ!」と心の中で応援しています。
彼女の大変さは知っていますが、これからもこういったシーンが見てみたいですね。


第84話は、こどもたちの様々な表情を見ることができました。


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第83話 難題

“左利き双子説”という説があります。

一卵性・二卵性に関わらず、双子は単生児に比べて左利きの出現割合が多いことから提唱された説です。
つまり単生児の左利きは、もともと胎内で双子だった筈が、右利きの胎児が何らかの理由で消滅した結果生まれたということです。

しかし、これだけではなぜ左利きが生まれるのかその理由は判然としません。
現在の研究では脳の構造や遺伝子も関係している可能性があると考えられていますが、まだこれといった説はないそうです。

結局のところは、左利きが生まれる理由は複合的な要因が絡んだ結果、偶発的に出現すると考えた方が自然なのかも知れません。


ところで、実は私管理人も左利きです。

左利きというとまあ珍しがられることもあるのですが、これまでその恩恵を受けたことはほとんどありません。初対面の人とちょっとした話のきっかけになったとか、その程度でしょうか。(右腕に時計をしていると、ちょくちょく気付く人がいたりします)


私が先に挙げた“左利き双子説”を知ったのは、幼い頃にあるテレビ番組を観ていた時でした。その番組でも、単生児の左利きは双子の片方が消失した結果誕生したと解説されていました。

当時、それを聞いて奇妙な気分に襲われたのをよく覚えています。


私は双子ではありません。

ということは、本来であれば双子の兄弟あるいは姉妹がいたかも知れません。
もしそうだとしたら、果たしてどんな存在で、どんな人間だったのか…。

あるいは、ひょっとしたら消失していたのは片割れの方ではなく、自身の方だったかも知れません。
もしそうだとしたら、今の自分は生まれてこなかったということになるのか…。


幼いながらもそんなことを考えて、背筋がぞっとしました。
そして暫くの間、そのことが頭から離れませんでした。

今でも時々、そのことを思い出しては不思議な気分になります。


ただ私の場合は、ただの幻想と言ってしまえばそれまでです。
存在したか分からない双子の相方に思い馳せたところで、所詮は想像の産物でしかありません。

もしも実際に、生まれた時からずっと傍にいた自分と同じ顔・同じ体・同じ考えを持つ人間が突如消え失せたとすれば、それは考えもつかない困惑をもたらすことでしょう。


今回のお話では、「ふたりでひとり」と刷り込まれたが故に戸惑う、“ひとり”の少女がいました。


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