これほどまでに、次のページをめくる手が重かったことはありません。

物語の中で、幾つもの天真爛漫な笑顔を見せてきたエミリコ。
彼女の裏表ない明るい性格は、主人のケイトが度々語ってきたように多くの登場人物を救い、そして変えてきました。

それはシャドーハウスという作品の根幹の一つと言っても過言ではないでしょう。

ところが、この第44話ではその笑顔が消えました。
いや、正確に言えば描写されませんでした。


今までエミリコの表情が意図的に隠されたシーンは、2回あったと記憶しています。

一つ目は、第32話でショーンやラム・ジョンに感謝の言葉を述べたシーン。
この後彼女は、力強い表情で、ショーンは自身の主人を救うべきだと語っていました。

二つ目は、第39話のラストシーン。
ケイトの檻の前でこぶしを握り締め、そして堂々と佇む姿を覚えている方は多いと思います。

この二つのシーンは、台詞や直前までのシーンから、ある程度エミリコがどんな顔をしているのかは分かりました。少なくとも、憂いを覚えるようなことは全くありません。

しかし今回のお話の後半は、これまで繰り広げられてきた勇気と絆の熱い展開から、一気に不穏の谷へと転がり始めました。

徐々に明かされる、狂気の館の一端。
その狂騒は、容赦なく生き人形に襲い掛かります。

そしてそれは、我らが主人公・エミリコも、また例外ではありませんでした。


米国の絵本作家、エドワード・ゴーリーは、その緻密なタッチと不条理な世界観によって高い評価を得ています。そのナンセンスかつ芸術的な作品は、今もなお多くの人々を魅了するほどです。

その彼は、このような言葉を残しています。

「どういうわけか、人生におけるわたしの使命は、人をできるだけ不安にさせることなんですよ。人はみんなできるだけ不安になるべきだと思うんです。世界というのは不安なものだから。」

先日のツイッターで、ソウマトウ先生はこの考えに共鳴してやまないと語っていました。

今思えば、これは読者に対して、覚悟しておくようにという警告だったのかも知れません。
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衝撃の結末を迎えた前回から一転、物語は再び“お披露目”の間へと移ります。

ほんの数時間前までは、新人生き人形五人がお菓子をほおばっていた、格式高い広間。

今はもう、その面影は残っていません。
あの時とは一変したざわめきが、部屋を支配していました。

もうここにはシャーリーもラムも居ないと思うと、いたたまれません。
しかし悲しいかな、ケイトとエミリコはまだそのことを知らされていませんでした。

彼女達を案内したのは、4対のシャドーと生き人形です。
前回の題名にも用いられていましたが、シャドーと生き人形を合わせて数える場合は、『対』を使うみたいですね。
これから当ブログでもこの数え方を使用したいと思います。

その4対とは、優しくケイトとエミリコを案内する「スザンナ」、猫背で眼鏡の学者のような「オリバー」、第17話でバービーのお立ち台を用意していた生き人形の主人「ベンジャミン」、そしてバービーの主人「バーバラ」です。

ちなみに“バービー”という名前は“バーバラ”の愛称として、英語圏ではよく呼ばれています。
この辺の名前の考察に関しては、また記事を改めて検証していきましょう。

『最後の合格者』、という絶妙な紹介をされるケイトとエミリコペア。
これではシャーリーとラムがどうなったのか、まだ彼女達には知る術はありません。
それもあってか、まだエミリコは平静です。

いえ、それどころかケイトの正式な『顔』になった喜びもそこそこに、早速ケイトの仕草を真似て仕事に励みます。

その姿に、エミリコの成長した様子が見て取れます。
正真正銘、立派なケイトの『顔』です。

そんな彼女達にウェルカムドリンクの如く、ある飲み物が渡されました。

エスプレッソカップのような、小さいコップに入った黒い飲み物。
どうやら、成人のシャドーになったら初めて振る舞われる飲み物のようです。

まるで本物のエスプレッソを飲んだかのように、「苦っ」と反応する二人。
子供が初めてコーヒーを飲んだ時のような反応です。

しかしスザンナのこの飲み物の説明を聞いていると、コーヒーというよりは、お酒に近いかもしれません。いや、ケイトとエミリコが飲んだ直後の間といい、「飲めば不安もなくなる」という台詞といい、本当はもっと危ない飲み物なのでは、という疑惑が頭をもたげてきます。

ところが、そんなことは微塵にも思わないエミリコ。
一口飲んだだけで紅茶に切り替えたケイトの残りを、苦い顔をしながら飲み干していきます。

その姿にくすくす笑うケイト。久々の和やかな二人のやり取りです。

そんな二人をめがけて、今度は遠くから1対のシャドーと生き人形が接近してきました。

奇天烈な動きで徐々に距離を縮める二人の少女。


なんと、ローズマリーとその主人です!
とうとう気になっていた二人組が、ようやく登場しました!!
なんか変な踊り方で登場だけども!!!

決めポーズのまま、エミリコにウインクするローズマリー。
その姿にエミリコも笑顔です。

いいなあ、エミリコ……

さて、これまで長らく謎だったローズマリーの主人ですが、その名は『マリーローズ』でした。

薔薇の品種の名前です。
なるほど、全くノーマークでした。
これなら生き人形の名が『ローズマリー』でも全然おかしくありません。
以前の考察は外れてしまいましたが、これなら納得です。

ですが、やはりユニークなお影様ではあったようです。

宝塚歌劇団のように、はきはきした口調で自己紹介するマリーローズ。
彼女は男装の麗人でした。(男装と言えるかは微妙ですが)

そして、なんとケイトに対し、知らないことは何でも教えてあげると語り始めます。
ローズマリーがエミリコに色々教えてあげていたのは、この主人の姿を見ていたからなのかも知れませんね。優しい性格の持ち主のようで、ホッとしました。

そうすると、当然あのペアも登場です。
サラとミアです。

以前会った時と同じように、嫌みたっぷりに話しかけるサラ。
しかし合格したケイトのことを、一応は認めたのでしょう。

とりあえず、おめでとうと声を掛けました。

彼女のミアに対する態度は別として、何だかんだでケイトのことを気にしていた感じはあります。
さり気なくルイーズを指さしながら、努力するようケイトにアドバイスをします。実は案外、“星つき”になりたい欲求に忠実なだけで、そこまで性悪ではないのかも知れません。

それよりも気になるのが、ミアです。
何だか前の時に比べて、目に輝きがありません。
生気を失っているようです。
一体何があったのでしょうか?

それはこの直後に分かります。


いよいよ宴もたけなわ、今回合格した4対がステージに上がります。

そう、『4対』です。
シャーリーとラムの運命は、残念ながら覆りませんでした。

その事実に、俯くケイト。
エミリコを思いやります。

この時ケイトが俯いたのは、ケイト自身もそうだったのかも知れませんが、多分落ち込んでいるであろうエミリコに、少しでも合わせてあげようとしていたのではないかと思っています。

思慮深いケイトのことです。
ケイトの胸には、あのダンスの前にエミリコを励ましていた、ラムの姿が思い浮かんでいたことと思います。それと同じ場所に立っているという事実に、何も感じないわけがありません。

そして、恐らくエミリコも同じだろうと……


ですが、ここから歯車が狂い始めます。
いや、既にその種は蒔かれていました。

顔の見えない人形が格付け台を持ってきました。
台の一番下に、無造作に置かれたシャーリーの人形。
おもむろにそれを掴むと、バーバラはそれを地面に叩きつけました。

大声で「処分!!」と宣言するバーバラ。
広間に歓声が沸き起こります。

過去に自分たちも同じような運命を辿るかも知れなかったのに、そんなことはお構いなしに、失格となったシャーリーとラムを笑いものにしていきます。

その光景を見て、パトリックとジョンは戸惑いました。

もともと普通のシャドーとは違う考えを持っているジョン。
エミリコとの交流を通じて今までとは違う考えを持ったパトリック。

そしてこの二人に共通するのは、どちらも生き人形を信頼しているという事実です。

二人は揃って、各々の生き人形の様子を伺いました。


しかしそこに居たのは、広間のこどもたちと同じように嘲笑する、ショーンとリッキーでした。

その表情は、これまでの彼らからは想像もできない『顔』でした。

ところがこの異様な雰囲気に呑まれているのか、それで良いのだと無理矢理自身を納得させる二人。
これまで最も近くで見てきたはずなのに、生き人形が直面している異常事態に、二人は気が付くことはありませんでした。

ルイーズは相変わらず平常運転です。
この場この限りでは、一番ダメージが少ないのはルイーズでした。
これぞまさに、この館が求めるシャドーの姿です。

ステージでの拍手喝采が終わると、スザンナが全員を庭へと促します。

謁見です。

『謁見』とは、身分の高いものに会う行為を指します。
すなわち、「偉大なるおじい様」の登場です。

庭に並び、その時を待つ『こどもたち』。
間もなく、3階の窓にその姿が現れました。


異様なほどに、巨大な体躯。
そして、窓の隙間から手を振る異質な存在。
かすかに見えた紋章は、第28話や第37話で描かれてきたものと同じです。

顔をはじめ、その姿は判然としません。
しかし、『こどもたち』にはそれだけで十分過ぎるほどでした。

一斉に湧き起こる歓声と、称賛の嵐。
狂ったようにその存在を崇め奉る姿は、まさしく絶対的権力者に対する、服従の表出でした。


涙を流すもの、手を合わせる者、のけ反りかえる者、手を振りかざす者……


バーバラとベンジャミンは拍手を、スザンナは万歳までしています。
どの生き人形も表情は恍惚としていて、狂わんばかりにその偉大なる存在を称えます。

まさしく、狂気一色です。

ルイーズも同じです。
先程は戸惑っていたパトリックも、念願のおじい様を見られて我を忘れているかのようです。
『シャドーハウスの王』を目指すジョンは、一体何を考えているのか読み取れません。

しかしその中で、一人だけぶれない少女がいました。

ケイトです。

宿年の敵の如く、溢れる感情を抑えるように、胸に手をやるケイト。
周りの『こどもたち』とは一線を画しています。

一体、何が彼女をそこまで駆り立てているのでしょうか?
彼女が胸に秘めている考え。
これこそが、何度も“お披露目”が終わったらエミリコに話したい、と語っていた秘密なのでしょうか。


ただ、残念ながら、その前にケイトにはやらねばならないことができました。

この狂騒の中でぶれなかったのは、ケイトただ一人だけだったのです。

ステージの上で、ジョンとパトリックが目にした光景を、ケイトはとうとう見てしまいました。


そこには、瞳から輝きを失い、涙を流しながら絶対的権力者を崇拝する、エミリコの姿がありました。


これまで幾つもの試練があった“お披露目”。
もちろんそれが終わったからといって、シャドーと生き人形を取り巻く環境は一変するわけですから、全てが元通りという訳にはいかないことは分かっていました。

しかし、悲しい出来事こそありましたが、暫くの間はケイトとエミリコの平穏な日々がまた続くと期待していたのも事実です。
たとえ、それがほんの束の間だったとしても。

しかしその見通しは、甘過ぎました。
この尋常ならざる館は、筋金入りだったのです。


救いは、ジョンやパトリックと違い、ケイトが冷静だったことです。
そして、エミリコが最終ページのような表情をするはずがないと、ケイトが固くエミリコを信頼していたことです。

これにより、ケイトは判断を間違えることはありませんでした。

恐らくあの怪しいコーヒーの効果は、一過性のものだと思います。
ですが、煽り文を見る限りでは、部屋に戻ったからと言って何もかもが元通りというわけにはいかなそうです。


“お披露目”において、エミリコは見事にケイトを茨の檻から救い出しました。
今度は、ケイトの番です。

奇妙な館の罠に捕らえられた、エミリコの心。

我々がこれまで見てきたあの天真爛漫な笑顔を取り戻せるのは、ケイト嬢ただ一人だけです。