中世の神聖ローマ帝国皇帝・フリードリヒ二世には、有名な逸話があります。

「赤ん坊に教育を施さずに育てたら、どんな言葉を話すのか?」という疑問から生まれた、ある実験にまつわる話です。

カトリック教会が権勢を誇っていた時代。
当時の欧州はキリスト教と密接に関わっていました。

そこで彼は、赤ん坊が生まれながらに持った言葉こそが『人類の言葉の起源=神の世界の言葉』なのではないかと考えたのです。また、フリードリヒ二世自身は多言語を操れたことから、素朴な疑問として実践してみた、とも言われています。

かくして、前代未聞の実験が実施されることになりました。

方法は単純で、赤ん坊に対して最低限の衣食住の世話だけをし、一切話しかけないというやり方です。50人の子供たちがこの実験の対象となりました。いずれも身寄りのない赤ん坊ばかりです。


ところが、満を持して行われたこの実験は1年もしないうちに終わってしまいました。全ての赤ん坊が、1歳の誕生日を待たずに死んでしまったからです。

この実験は、人間の成長には身体的な栄養だけではなく、精神的な愛情や充足感が不可欠である、という教訓を残しました。教育関係者や歴史好きな方なら、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。


ただこの逸話ですが、もう一つの見方として「自意識の形成」も重要な要素だと考えられます。他者と触れ合うことで自分という存在を客観的に認識し、そこから生まれた自我が生死を左右する、ということです。

心理学者のカール・G・ユングは、ロンドンで行った講演で興味深い症例を取り上げています。

彼の提唱した「分析心理学」は、ややオカルティックな思想が混ざっています。
要約すると「人間の意識とは、巨大な無意識から抜け出した一部である。そしてその無意識とは人類が古代から受け継いできた、どの人間にも共通するものである。」という考え方です。
個人の自意識の根底に『全人類に共通する無意識』があり、無意識から表出した『意識』が自己を形成する、ということです。

彼は精神病の療法として『夢分析』を用いました。患者が見る夢は、ありのままの精神状態を表すと考えていたからです。

そんな彼のもとに、10歳の少女を連れた父親が訪れました。
その父親曰く、その少女が見る夢はとても神秘的なものだったそうです。

ユングはこの時、その夢の内容を聞いて「薄気味悪い予後を含んでいたので、私の考えたことを話せませんでした」と語っています。
通常であれば、『神秘的な夢=無意識』は幼少期には薄れていき、成長に伴い『意識=自己』にとって代わられます。ところが、その少女は10歳になっても神秘的な夢を見ていたのです。
残念ながらその悪い予感は的中し、少女は1年後に伝染病で亡くなりました。

ユングはこの事例について「少女は完全に生まれてはいなかったのです」と結論づけています。『自己』が形成されていなかったことで、心も身体も耐え切れなかった、ということです。

『人格の形成』とは、それだけ生きていく上で重要なのでしょう。

ところが、シャドーハウスという館では日常的にそれを試すかのような実験が行われていました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今回のお話は、『説明回』でしたね。

第36話といい、今話といい、どうやらエドワードは狂言回しとしての地位を得たようです。いわゆる便利キャラでしょうか。

ケイト嬢が読者や主人公(エミリコ)に近い立場であるのに対し、エドワードは館側の人物の立場として、今後色々な謎を語ってくれそうであります。

説明キャラといっても、かなり濃いですけどね。一説明キャラとしてだけではなく、重要キャラクターとして活躍してくれることでしょう。


さて、そんな彼が同期のエリー・ジェイとともに訪れたのは、『3階』です。

重苦しい空気の漂う、ひどく暗い部屋。

足を投げ出して寝そべるライアン、怪しいマスコットと遊んでいるドロシー、煙草(すす煙草?)をくゆらせるジョゼフ、一心不乱に煤を舐め取っているソフィ(ジョンの煤じゃないよね?)。

そして奥にひときわ大きく鎮座する、偉大なるおじい様。

此度の“お披露目”の報告のために、拝謁です。

挨拶する時にソフィが少しだけ手を振っているのが可愛いです。
特殊な性癖を持っていることを除けば、重鎮達の中で一番人当たりが良さそうです。


挨拶もそこそこに、エドワードは今回の結果報告をしていきます。

生き人形との相性・煤量ともに〇のルイーズ、相性×煤量◎のジョン、相性〇煤量×のパトリック。

以前ミアは、“お披露目”ではシャドー家に有用な人材かどうかを見る、と言っていました。シャドー家に有用というのは、煤の量が何か関係があるのでしょうか。第20話で出てきた『すす炭』が、ひょっとしたら鍵になっているのかも知れませんね。

さて、次に気になるのが、シャーリーのことです。

エドワード曰く、彼女は『人格の未習得』という致命的な問題がありました。
おまけに、「顔」としてのラムも落第点であり、その原因である「ふれあい(おやすみのキス)」をしていなかったことも見抜いていました。

要するに、彼女達を“お披露目”に参加させたのは余興です。
最初から合格させるつもりがなかったのです。

そしてあわよくば、ケイトとエミリコも不合格とすることで一気に『3階』へと出世しようと企んでいたのでしょう。
弄ばれた格好のシャリーとラムのことを思うと、言葉も出ません。
一体あの庭園迷路での新人達の苦難は何だったのでしょうか?


しかしエドワードの報告は、重鎮達にとっては二の次だったようです。
ここからエドワードに対する査問が始まります。

冒頭で何やら怪しい生き物と戯れていたドロシー。
その生き物を床に放ちながら、エドワードの知識を確認します。

床を駆けまわる、「モーフ」と呼ばれる怪しい黒い生き物。
英語にすると「morph」。“~の形態”、“変形させる”の意を持つ言葉です。

その名の通り、モーフは擬態・模倣を得意とする寄生型の妖精でした。
そして重要なのが、このモーフこそがシャドーの原型だという事実です。

驚きました。
まさかここで、シャドー正体が明かされるとは思いもしませんでした。

第2話でエミリコは、ケイトに人間かどうかを聞いて彼女を怒らせていました。ケイトが話したいこととは、このことだったのかも知れません。
果たして今後ケイトの口から、何が語られるのか要注目です。

更にエドワードの説明は、そのモーフが如何に生き人形を真似て、一体化するのかというところにまで及びます。
シャドーを模って“生き人形”が作られたのではなく、“生き人形”あってこそのシャドーだったのです。

ところでここで描かれている少女についてですが、よく見てみるとエリーに似ています。彼女の少女時代の姿でしょうか?
だとすれば、シャドーと生き人形は成長するということになりますね。

今回のお話では、一か所を除いて『生き人形』という単語に “” が付けられています。
まるで『生き人形』という言葉に何か含みがありそうな書き方です。

果たしてエミリコ達はどこからやってきたのか。
生き人形達の正体も気になるところです。

話はその後、人格の形成と習得が失敗した場合の説明まで来たところで、一旦打ち切られます。
第三段階でいきなり煤の説明があり、なぜモーフが煤を出すことになるのかいまいち分かりませんでしたが、今後の謎として楽しみにしておきましょう。

それよりも重鎮達が問題視したのは、あの第43話でのラストページのような結末を、エドワードが想定していたのかどうかでした。

一番性格に難があるライアンに問い詰められ、慌てて否定するエドワード。
まさか、彼女のあのシーンでここまで怪しまれるとは思っていなかったみたいです。

シャーリーとラムが、“お披露目”において進展させた絆。
結果的にエドワードに対する詰問に使われたので、僅かばかりですが一矢報いた気分です。
彼女達を弄んだ罪は大きいわけですから、これからも地味にその報いを受けていって欲しいものであります。

ライアンの質問に対し自身の考えを述べるエドワードですが、“お披露目”の最中にシャーリーとラムの関係が進展することは想定外だったと言います。
イレギュラーなケースだったのです。

この件については、エドワードも重鎮達も終わったことだとして別の話題に変わりますが、“お披露目”初の事態となれば期待もしてしまいます。
今後果たしてシャーリーとラムはどうなっていくのでしょうか?

1か月の珈琲漬けだけで負けるラムではないと信じたいです。


さて、更に詰問はエドワードの“お披露目”のやり方についても問われました。
この件は、特に懐疑的だったジョゼフとライアンが問い詰めます。

生き人形に自分の考えを持たせて、それにシャドーが影響を受けたらどうするんだ、と言うわけです。
例の珈琲はおじい様の煤入りで、生き人形専用のためシャドーには効かないそうです。

シャドーハウスに疑問を持つシャドーが出たらどうするのかについて、エドワードは淡々と説明していきます。

生き人形に珈琲を飲ませればシャドーもそれに影響される、珈琲は生き人形の記憶に影響を及ぼすのでラムにも飲ませて「顔の見えない生き人形」として再利用……

そして、反乱分子が出ないよう細心の注意を払う―――

ところがここまで言ったところで、ライアンが「そんなことがある筈がない」と激高します。

『名誉あるシャドー家から裏切者が出てくるなどと、この俺が疑ってでもいると思ったか!?』という感じです。
なお、この場面でライアンはすすを操っています。

その後、ドロシーによってケイトの評価に移りますが、あっさり終わりました。
完全に無関心です。

それを聞いて、ネクタイを直しながら思案するエドワード。
『あの女の危険性に気付いていないのか?』とでも言いたげです。

しかしここは言葉を飲み込み、偉大なるおじい様の裁定へと入りました。


結果は、エドワードを評価するというものでした。

理由は“お披露目”をシャドーハウスの可能性を広げる実験場としたことと、シャドーの覚醒を促したことでした。
もしかしたら、この偉大なるおじい様もケイトが覚醒済みだったことに気付いていなかったように見えます。ドロシーもさらっとしか評価しなかったことから、『3階』の重鎮達は誰も気づいていなさそうです。

幸い、エドワードの懸念は誰にも感付かれないまま、最高の評価を得ることができました。
その結果に喜びを見せるエドワード。

しかし、それを邪魔したのはライアンでした。

既に脱落しかけていたシャーリーとラムの不合格だけでは、彼は満足していなかったのです。
これにより、今回の出世は見送られました。


拝謁が終わり、廊下を歩きながら「ざーんねん、3階行きは見送り」と軽い感じで話しかけるエリー(アイリーン)。
全然表情は残念そうではありませんね。
むしろエドワードに、『次はどうすんのさ?』と言っているようにも見えます。

それに対し、今回の“お披露目”は満足する出来ではなかったと返すエドワード。相変わらずの完璧主義です。

ですがその冷静な反応とは裏腹に、腹の中は煮えくり返っていることでしょう。

偉大なるおじい様のお言葉に割り込んできたライアン、煙草に夢中なジョゼフ、特殊性癖のソフィ、贅沢三昧のドロシー……

なぜ、俺ではなく奴らが偉大なるおじい様の側近なのかと、心の中で怨嗟の声をあげます。


このままでは、偉大なるおじい様の身が危ない……!!

エドワードは出世のため、次のターゲットを決定しました。

「俺の完璧な世界」に狂いを生じさせた、ケイトです。

十分な権力を持つ『2階』の住人であり、かつこれから『こどもたちの棟』の管理権限を握ったエドワード。

『特別な生き人形』エドワード VS 『反乱分子』ケイト

という構図で、物語は新たな局面へと入りました。



否応なく始まった、館の権力争い。

その火ぶたが切られた今回の冒頭は、皮肉にも悲しさと美しさが入り混じった、ラムの回想から始まりました。

ラムが庭園迷路で、「私も頑張りたい」と言って坂道を登った時に見据えていたものは、決して第43話のラストシーンのような光景ではなかった筈です。
きっとあの時ラムが思い描いていたのは、シャーリーと共に過ごす幸せな日々だったと思います。

彼女達が目指した、何としてでも欲しかった未来。

そのささやかな願いを踏みにじった館に抵抗すべく、ケイトの静かなる戦いが今、始まろうとしています。