前記事の続きです。

そういえば、既にもう45話目なんですよね。
ということは、これまで通りであれば48話までが4巻に収録されます。

ソウマトウ先生は、これから数話は怒涛のネタバラシが続くと言っていました。もしかしたらあと3話でキリよく情報を開示して、5巻収録分以降から新しい展開に移るのかも知れません。

さて、本題です。

シャドーと生き人形はどのように出会ったか?

この疑問について考えていくうちに、ケイトがエミリコに話したい秘密とは、この初めて出会ったきっかけにあるのではないかと思い始めてきました。


今回も第45話の内容を含みますので、続きからでお願い致します。
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第45話では、モーフ(=シャドー)が複数の生き人形を眺めながら、選んでいるような描写がありました。

はっきりと明言されていませんが、シャドーは生き人形を自由に選ぶことができるという前提で話を進めていきます。


さて、そうだった場合気になるケイトとエミリコの出逢い。

主要人物同士の出会いとあれば、どの作品においても重要なイベントです。
シャドーハウスの重要キャラクター二人の出逢いならば、驚きのストーリーがあることでしょう。

では、それは一体どんなドラマだったのでしょうか?

前回の記事では、生き人形が人形であると仮定して考察しました。
今回は角度を変えて、『生き人形=人間』という観点から見ていきたいと思います。



まずその前に一つ。
私自身は結構最近まで、『生き人形=人形』だと思っていました。

痛みを感じれば血も出るし、お腹が減っては動けなくなる……

このように人間と疑う要素は幾つもありましたが、シャドーという謎の存在が貴族として暮らしている世界であれば、『生き人形』という精巧な存在がいても何らおかしくはありません。

ましてや、「すす病」や「こびりつき」、「亡霊」なんていう超常現象を目の当たりにすれば、シャドーハウスという場所は、我々の常識の範疇外にあると考える方が自然です。


しかし第45話では、『生き人形』は実は人間なのではないかと匂わす描写が幾つもありました。

一つは、これまで劇中ではシャドーを模して生き人形が作られていたとされていたのに、実は逆だったこと。
二つ目は、おじい様の煤入り珈琲を飲ませることで『生き人形』の記憶を操作できることが明らかになったこと。
三つ目は、落第だったラムが即『処分』とならずに、顔の見えない人形として再利用することになったこと。


以上の描写を分析すると、
①『生き人形』はシャドーに先立って存在している。
②場合によっては思想をコントロールしなければいけない。
③落第したからといっても、安易な『処分』がためらわれる理由がある。

このように考えられます。


もちろん、現代においては人工知能にも自我が芽生える可能性が指摘されているわけですから、作り物の『生き人形』にも自我が芽生えても何の問題もありません。
その場合は思想のコントロールも必要でしょう。

ですが、血が出たり痛みを感じる機能までは要らないと思います。

偉大なるおじい様が、『シャドーを極限まで人間に近い存在にする』ことを目指しているのなら納得出来ますが、エドワードの説明では「人間を超える存在」が究極目標として語られています。

そしたら『生き人形』は人間を模す必要性はないですし、何ならもっとハイスペックな生命体を製造した方が早いと思うんですよね。

以前の記事で “エミリコは頑丈過ぎるので人間ではない”、と考察しましたが、そんな彼女も普段はポンコツ主人公(ソウマトウ先生談)です。

造り物なら、もっとミアみたいに優秀な子を作った方が館にとっては好都合ではないでしょうか?

もっとも、モーフに人格を与えるために千差万別色々な性格の『生き人形』を造っているとも思えますし、あるいは『生き人形』の製造方法はまだ完全に確立されていないだけかも知れません。

ですが状況証拠としては、『生き人形=人間』説の方が有力な気がしてきました。


しかしそうすると今度は、じゃあどこから子供を連れてきたのかが問題になってきます。

攫ってきたのか、捨てられたのか、売られたのか、親ごと幽閉されているのか……

少なくとも合法的な手段ではないでしょう。

もしくは、配管に繋がれた棺から『生き人形』が出てくる描写(第1話)があるので、死者を蘇生させている可能性もあります。

ただ、いずれにせよ関係者全員が納得していても、倫理的な問題は避けられないと思います。


この辺の複雑な事情が、ケイトの偉大なるおじい様への感情に繋がっているのかも知れません。

ケイトが第44話で偉大なるおじい様に向けていた感情は、敵意そのものでした。本来だったら崇拝すべき偉大なるおじい様を「あいつ」呼ばわりした挙句、「元凶」とまで言い切っていますからね。

普通に生活していれば、そこまでの激しい敵意を相手に向けることは滅多にありません。
過去に余程のことがない限り、人を「元凶」とまで断じることは少ないのではないでしょうか?


さて、では一体何があったのか?

そう考えた時、ある仮説が思い浮かびました。


それは、モーフ時代のケイトは、人間時代のエミリコと接点があったという説です。
それどころか、ドロシーがモーフをペットにしていたように、エミリコはモーフケイトを飼っていたとも考えられます。

飼っているとまではいかなくても、友達がいないエミリコにケイトモーフが遊び相手として一緒にいたとか……

それがある日を境に、突然仲を引き裂かれ、エミリコがどこかに連れ去られた挙句、モーフの総大将(偉大なるおじい様)の何だかよく分からない欲望のために、目を覚まさないかつての遊び相手が目の前にいたとしたら……

ケイトの怒りは如何程だったでしょうか?
これなら迷わずにエミリコを『生き人形』として第一指名したでしょうし、並ならない憎悪を偉大なるおじい様に向けても致し方ないと思います。


もっともこの仮説も、憶測のもとで出来上がった仮定を前提にしていますので、見当違いの公算が強そうです。

大体にして、ケイトはエミリコを人間だとは思っていなさそうですしね。

ただ、ケイトがここまでの復讐心ともとれるような感情を秘めているということは、これくらいインパクトのある過去があったからこそだと思います。

果たして彼女が胸に秘しているものとは何なのでしょうか?

ケイトは十分承知でしょうが、その憎しみに惑わされて足元を掬われないよう、慎重に事を進めていって欲しいです。