ツイッターでの更新告知と被るのですが、週末に知人の結婚式に出席するために遠出していました。

だから何なんだ、と言われたらそれまでなのですが、「結婚」について考えてみると避けて通れないのが「幸せ」の二文字です。

ブログ開始以降初めての結婚式出席だったのですが、此度私は何を考えていたのかといいますと、「シャドーと生き人形にとっての幸せってなんだろう?」という疑問でした。(←オイっ!)

いや、ちゃんと知人にはお祝いしましたよ!!
かなり世話になった友人ですからね。

式を終え、帰る道中に思索していただけですので、どうか誤解なきよう……。


ただ、シャドーと生き人形の謎が明らかになりつつある中で、どうしても気になってくるのが彼女達の『これから』です。

もちろん、全ての登場人物が幸せになって欲しいと願ってはいますが、その『幸せ』の形は人それぞれです。
よって、多くの人の幸福を同時に叶えることは不可能でしょう。
歴史上、皮肉にもそれが悲劇に至った事例は数多いです。

かつて、「『幸せ』の形は様々だが『不幸』は多くの人にとってほぼ共通だ。なのでこれからは『最小不幸社会』を作っていく」なんていう指針をぶちあげた宰相がいましたが、確かに考え方は正しかったと思います。
(提唱した人物の評価はさておき)

『幸福』というものは、多様な考え方を内包する概念なのです。


しかし、ここで一つ問題が出てきます。
『幸福』が、『倫理としての正しさ』に繋がらない場合があるからです。

他者から見たら理不尽な『不幸』に思えることでも、当人たちが『幸福』と感じているケースがそれにあたります。

全ての人の『幸福』が同時に達成できないのは、育ってきた環境や教育・宗教・当人の個性などによって「幸せ」の受け止め方が違うからです。
だからこそ、それを追求していくのは困難を伴ってしまうのです。

第48話を読んでみて、私はそれが一番気にかかりました。

ケイトのやろうとしていることが、少しだけ心配です。
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前回のラストで、シャドーハウスに対する抵抗姿勢を明確に宣言したケイト。
いよいよレジスタンス活動の始動です。

ただ、ケイトがエミリコに話したいと言っていた話はまだ終わっていませんでした。
ケイトは更に、『生き人形』の核心に迫る真相を明かします。

「全ての“生き人形”は人間」

なんと、ケイトはここまで真実に近づいていたのです!!

しかも驚きなのが、第46話でドロシーとライアンが訪れた村以外にも、複数の村があるらしいこと。
シャドーハウスの抱える領地はかなり広いということですね。

おまけに、エミリコが混乱するといけないので、まだ全部の真相は明かさないと彼女は語ります。
一体全体、ケイトはどこでこれほどの情報を得たのか、気になって仕方ありません。


しかしそんな衝撃的な話の内容よりも、エミリコにとって重要なことがありました。

それは、人間を一目見ることです。

ケイトに鏡を借りるや否や、顔を押し付けてしげしげと眺めるエミリコ。
勘違いか天然なのか分かりませんが、感銘を受けているエミリコが可愛いので、とりあえず問題ないです。
それに読者が思ったことを、ケイト嬢がツッコんでくれました。
やっぱり良いコンビです。

ケイトに言われて、初めて自身が人間と気付いたエミリコもまた愛らしいです。

しかしそれよりも可愛らしいのが、ケイトを信頼しきっている彼女の笑顔です。そのエミリコの表情に、これまでの生活を通じて育まれてきた絆を、ケイトも感じたようです。

きっと、二人の関係はこれからも安心でしょう。

ただ、記事冒頭でも書きましたが、エミリコが『生き人形』全員を村に帰したいと言った時に私が感じたのは、一種の危惧でした。


第46話で麓の村人は、すす炭に侵されていたとはいえ、子供が館に引き取られるのを喜んでいました。

また、村が幾つあるのか分かりませんが、すべての生活水準が一緒とは限りません。
一応、先日ドロシー達が訪れた村はすす炭頼りではあるものの、一定の産業と雇用があるように見えました。

しかし、もしかしたらそれよりも貧しい村があってもおかしくないですし、中には長い年月を経て事情が変わった家もあるかも知れません。

そう考えると、全ての『生き人形』が無事元の村に帰ったからといって、めでたしめでたしで終わることはないのではないでしょうか?
それどころか、


「なんで帰ってきた!?」
「ウチはこれ以上養えないよ」
「オマエの親はもうこの家にはいねえよ!」
「どうしても置いて欲しいなら金持ってこい!!」
「高く売れそうなガキが来やがったぜ…」
「へへへ、嬢ちゃんなら一番人気になれるぞ。」
「それなら、これから一生タダ働きだ!」


ってならないかなー、と思ってしまうんですよね。

更に状況が悪化すると、


「文句あるならあの『お花畑』の主人に言いな!」
「へっ、余計なことしやがってよ」


なんていうことになり、ケイトとエミリコが逆恨みされかねません。

一応かなりの知識を持っているであろうケイトですが、人間社会のこういったドロドロとした部分を、果たしてどの程度理解しているのかは分かりません。

よく少年漫画とかで見かける、正義一辺倒の純粋真っすぐな主人公でなければ良いのですが……

シャドーハウスを『牢獄』と言い切ったケイトですから、最低でも『生き人形』とシャドーの解放は視野に入れていると思います。

ケイトの本当の手腕は、最終局面をどう軟着陸させられるかで決まってきそうですね。


さて、ところで本来のこのお話の主題は、『シャドーの日常生活』についてです。題名の『影』は、きっと『シャドー』と読ませるのではないかと勝手に推測しておきます。

その表題どおり、あの頼りがいのある班長・マリーローズが屋敷での生活を説明してくれました。

図書館、温室、音楽室、ダンスホール……

それらを踊りながらローズマリーと共に案内していきます。

以前言っていた通り、ちゃんとケイトを気に掛けていてくれます。
シャドーハウスについて欠片ほども疑問を抱いていないのが残念ですが、悪い人物ではなさそうです。とりあえず安心してよさそうですね。
きっと、さっぱりとした性格なのでしょう。
(付き合わせられるローズマリーは凄い大変そうですが……)

しかしシャドーハウスという館は、全然さっぱりしていません。
マリーローズの説明を聞いて、この『こどもたち』の生活は、巧妙に仕組まれた相互監視システムだとケイトは気付きます。
そして、多数配置されている『顔の見えない人形』もその一部だと……


ケイトは部屋に来る前に、同志を募るために手紙を用意していました。
しかしこの状況では下策です。あっという間に『処分』されるでしょう。

それだけではなく、今のこどもたちの棟の管理権限はエドワードが握っています。幸いエドワード自身が乗り込むことはなさそうですが、彼は直前に正体不明のスパイを放っています。

更に更に、部屋で“お披露目”での出来事を話す二人を偵察するかのように、怪しげな煤が廊下に出ていく描写もありました。
(この時のエミリコの姿に要注目です。荷車を持って駆ける姿をケイトに見せているのでしょうね。きっと、ラムとあの坂を登ったことも……)

しかもその煤の動きを見ていると、廊下と部屋は密封されておらず、下手したら筒抜けです。
プライバシーもへったくれもありません。


要するに、旧共産圏もビックリの超監視社会です。
一挙一動油断できません。

あのエミリコでさえ緊張する、重い空気。


しかしそれを突き破ったのは、あの型破りなお影様・ジョンでした。

空気を読まず、ケイトにプロポーズの返答を要求するジョン。
ショーンまでもが、『顔』でいるのを止めてしまっています。

この堂々とした様子は、まさしく違う意味で緊張しているジョン様です。

馬鹿(すなお)な彼の性格が功を奏しました。
ここから生き生きとしたシャドー達のやり取りが始まります。

蚊帳の外に置かれて猛抗議するルイーズ、考えなしに彼女を馬鹿呼ばわりするジョン、ジョンの突然の申し出に呆れるケイト、色恋話に割り込んで嫌みを言うパトリック…

ジョンのお陰でみんな緊張が解けたようです。やっぱり良い性格してますね。

ところでこの時、パトリックはエミリコを一瞥してそっぽ向いています。
あの庭園迷路での出来事を思い出しているのでしょうか?

いつもお世話になっている白灰猫様(@hakkainya)にご指摘頂いたのですが、エミリコは第30話でパトリックに対して、次はケイトと一緒に会うのを楽しみにしていると語っていました。
その約束が、今回のお話でようやく果たされたわけです。

パトリックの胸にはどんな想いが去来していたのでしょうか。決して、悪い感情ではないことは確かな筈ですが……。


そんなこんなで賑やかになってきたところで、スザンナが登場します。
彼女は『星つき』です。

ラストページでケイトを凝視するスザンナ。

エドワードが寄越した怪しい人影は、彼女なのでしょうか。
それとも、それとは関係なく『星つき』として当たり前の仕事をしているだけなのでしょうか。
はたまた、そのどれにも属さない別の階級からの指令とも考えられます。


ケイトに向けられた視線の意図とは、一体!?


……。
もしかして、『優秀だった』新成人を招いたのであって最下位のケイトは門前払い、とかいうオチではないですよね?