シャドーハウスといえば、誰もが目を引かれるのが単行本の“箔押し”です。

凹凸のある立体的な題字は、見てよし・触ってよしの贅沢な装飾です。

単行本の装飾はデザイナーの芥先生が手掛けたものですが、毎巻その美しさには驚かされます。
もし興味があるという方は是非買ってみて下さい。電子版とは一味違った楽しみ方ができますので、損はしない筈です。


さて、その題字の魅力を更に大きくしているのが、題名のデザインです。

こちらはソウマトウ先生自らが作成したものでしょうか。詳細は分かりませんが、連載当初から用いられていますので作者制作と考えた方が無難かと思います。

初めて見た時、まるで洋画の題字みたいだと感じましたが、いざアニメ化されてテレビ画面で見ると映像映えするなあと思う今日この頃です。

ちなみにカラー扉の際は題字も様々な色になりますが、私が個人的に好きなのは第36話です。

当時、単行本2巻の発売とタイミングが被っていたためシルバー色で載っていましたが、それがエミリコの眩しい笑顔と調和していました。(あまりに眩しい笑顔だったので、初めて見た時最終回と勘違いしました。今となっては笑い話です)


さて、そんなカラフルな色合いが楽しめる題字ですが、記念すべき第100回はなんと極彩色です!

今までこんなカラーリングはなかったのでびっくりしました。ついでにセンターカラーですし、アニメ放映中&黒10周年という記念ラッシュに相応しい扉絵です。


そして本編はといいますと、おめでたい雰囲気に押されるかのように、とうとうケイト陣営の役者が揃い踏みしました。

「最後の一対」から「五対の同期会」へ。

題字の色の如く、赤・青・黄・緑・紫の衣装を纏ったキャラクター達の闘いが、今始まります。


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扉絵はシャーリー&ラムです。

記念すべきこのエピソードに彼女達が姿を見せるなど、誰が想像できたでしょうか。

そして、彼女達がケイトの計画の重要な鍵を握っているなどとは、エドワードはおろかおじい様と共にある棟の住人は一人も気付いていないことでしょう。

実際に、アニメで絶賛能力発揮中のラムと変身能力を身に付けたシャーリーは、館の情報を得るにはもってこいのコンビです。

今回のお話では、彼女達が命がけで手に入れたシャドーハウスの闇が、同期達、ひいては読者の前に明るみに出されました。


冒頭は、前回のラストの続きから始まりました。

突然のラムの登場に驚く一同。

特にリッキーとルウは、生き人形の掟など関係なしに声を出してしまっています。シャドーハウスの常識では考えられない人物の登場は、それだけ二組にとって大きな衝撃でした。
(そしてラムの名前を笑顔で呼ぶショーン。流石ナイスガイ!)


しかし驚きよりも、疑問よりも、大きな感情でこの場を迎えた人物がいました。


エミリコです。


お披露目の間での助け舟、庭園での再会の約束、洗脳から解放された後の涙、星空の下の誓い、班長会議での決意……。

いつもエミリコの心の中にはラムがいました。

たった一週間、されど一週間。ラムと過ごしたこの日々は、エミリコにとってかけがえのない仲間と過ごした、忘れ得ぬ時間だったのです。


そんな風にして膨れ上がった感情を、エミリコが抑えられるわけがありません。

戸惑いと驚愕に満ちた空間を金髪のたなびきが引き裂いたかと思うと、エミリコは勢いよくラムに飛び込みました。

エミリコの持ち前の体力のせいか、それとも喜びが爆発したのか分かりませんが、そのままローリングハグ(?)したまま床を転がる二人。頬を寄せ合って再会を喜び合いました。

「今度はケイト様とシャーリー様の“顔”として会えますよね」

そう第35話で誓い合ったエミリコとラムですが、遠回りしたものの“顔”としてではない、更に理想的な形で再会を果たすことができました。


エミリコはともかくとして、沢山話したいことがあるという言葉に対し「私も…」と返すラムの笑顔は本当に嬉しそうです。

ラムの話したいこととは何なのでしょうか。それが明かされる日が来るのかは分かりませんが、楽しみに待っておくこととします。


さて、従者同士の尊き再会シーンはここまでとしまして本題に入りましょう。

本題とは、シャーリーのこと、そして彼女が偵察で得た情報です。


ラムの脇を動くシャーリーを見ながら、何が何やらわからないパトリックと、「ごみ」「こびりつき」とのたまうルイーズ。

無理もありません。二人とも生き人形の正体どころか、自分達自身のことも知らないのですから妥当な反応といえます。


二人のその様子を見て、ケイトはとうとう秘密の開陳をします。

シャーリーの変身を見せながら、ルイーズとパトリックに館の真実を話し始めました。


シャーリーの現状、
シャドーの正体である「モーフ」、
「モーフ」の特性を利用するための「人間」、
「人間」を「生き人形」と呼称していること、
「シャドー」が作られる過程……。

それらを順を追ってケイトはルイーズ組とパトリック組に説明します。

その内容にルイーズとルウ、パトリックは驚きます。
自分の正体に気付いていたリッキーは冷や汗を浮かべています。


各々がこれまでの生活を振り返り、ようやくシャドー家という一族がどう形作られているのか把握しました。

唯一、ルウが何を考えているのか分からないのが不穏ですが、もともと台詞も少なく、モノローグもない彼女については今後なんらかの掘り下げがあるでしょう。

それが良い方向へと向かうことを今は祈るのみです。


一通りケイトが説明を終えると、ジョンがとある疑問を口にしました。

元々「モーフ」だった同期のシャドーが、果たして「生き人形」の性格を写し取っているのか不思議だというのです。


その点に関して、ケイトは一人づつ評していきました。
(括弧書きは私の感想です)

「ショーンは冷静に見えて直情的」(第51話を見れば納得)
「ルウの可愛らしいところはルイーズに写っている」(むしろ小悪魔?)
「リッキーは強がっているけど結構優しい」(主従共々大正解)
「ラムは意外とおちゃめだったり」(35話のエミリコも似た台詞言ってた)


ケイトは本当によくものを見ていますね。上記の私の感想の中には、ケイトが見ていない部分も含まれます。それでも生き人形達の性格を把握しているとは凄いです。アンソニーではないですが、人の上に立つ素質があると言っても過言ではないことが分かりました。


しかしそんなケイトも、自分のこととなると勝手が違ってきます。

ケイトの4人への評価を聞き、自分にも上品で素敵なところがあるのかも知れないと、にへにへ笑うエミリコ。


ところが、そのエミリコの幻想を打ち砕くかのようにジョンの正直さが炸裂しました。

「話を聞かないで突っ走るところかな?」

一応「そこがいいな!」と直後に言っているものの、もはやケイトとエミリコの耳には届いていなかったことでしょう。


ジョンの発言に愕然とする二人。


エミリコはがっかり、ケイトは心外といった様子です。

ケイトは得意の「すす先」でジョンをひっぱたきました。ケイトのすす能力を見て驚くパトリックが実にシュールです。


衝撃とコミカルさが交互に訪れる秘密の開陳。

しかし、シャドーハウスの「闇」を語るにあたっては、それで終わるわけがありません。

これより、より悲惨なこの館の真実がラムによって告げられました。


“顔の見えない人形”になってからの経緯を語るラム。


まずは、“お披露目”に落ちた生き人形は“顔の見えない人形”として働かせられることを説明すると、重厚なベルトのようなものを取り出しました。

口枷です。

食事と睡眠時以外は話ができないよう、口枷をして働かせられるというのです。


最悪、口が縫い合わせられているんじゃないかと私は想像していたのですが、いくらそれよりマシとはいえ、やはり人間としての尊厳はありません。

お披露目に受かろうが落ちようが、「生き人形」としてシャドーハウスに連れられてきたらもうお終いです。人間としての扱いは望めないのです。

エミリコもその酷さに、一言「ひどいです」と言って絶句しました。


そしてさらに、これまで全く明かされてこなかった『“お披露目”で落ちたシャドーはどうなるのか』という話へと進みました。

この件に関しては、今まで“顔の見えない人形”などといったヒントがあった生き人形とは違い、シャドーについてはほとんどそれらしい情報はありませんでした。私も今話を読んだ後に全編読み返しましたが、それを伺わせる描写は見受けられません。


しかし、それもその筈です。

なぜなら、それが明るみに出た場合のリスクを考えると、館側にとっては最優先の機密事項だと考えられるからです。


ラムから語られる、処分されたシャドーを待ち受ける運命。

それは、「すす出し部屋」という場所に監禁され、死ぬまで煤を出し続けねばならぬという、貴族とは程遠い陰惨な仕打ちでした。


涙ながらに事のすべてを伝えたラムに、寄り添うエミリコ。

それを前にして、さっきまで生き人形の正体さえ知らなかったルイーズもパトリックも、シャドーハウスに対して明確に疑問を口にしました。


ルイーズ「貴族でもなんでもないっ」
パトリック「まるで牢獄じゃないか…!!」


奇しくも二人は、第47話ラストのケイトと同じ結論に達しました。


それを見てケイトはシャドーハウス、とりわけ“こどもたたちの棟”の現状を整理し語り始めます。


疑問に思うことを許されず、ただただ館の餌でしかない“こどもたち”と呼ばれる階級。


つまり、シャドーハウスは“こどもたち”の命を犠牲に存続する場所です。
「貴族の真似事」のために人間も同族も道具扱いされているのです。

ケイトは語気を強めて、シャドーハウスはこどもたちの命を養分にしていると明言しました。やはり、これまでのケイトの推測は間違っていなかったのです。


同じシャドー(モーフ)までもを踏み台にするとは、想像外どころか、それを知った今でさえ理解不能です。

一体何がそこまで“2階”や“重鎮達”を駆り立てるのでしょうか。

そして、「貴族の真似事」などということを始めた偉大なるおじい様の目的とは何なのでしょうか。


一つの謎が解けたと思いきや、また新たなる謎が噴出するシャドーハウス。


これまで“処分”されたシャドーの煤がまとわりつくかのように、この尋常ならざる館は闇に覆われ、今も佇んでいます。