1か月半の休載期間を終え、とうとう今夜シャドーハウスが再開しますね。
非常に気になるところで終わった上に、連載以来初の長期休載とあってかネット上では“珈琲切れ”で耐えられないという声が相次いでいました。アニメ第8話の「“特殊ED”=“特殊エドワード”」ではないですが、ネット上でのこういう洒落た言い回しも現代ならではですね。作品の世界観とは裏腹に、シャドーハウスとデジタルは相性がいいようです。
さて、ところで今回の休載期間中にいくつか考察記事を上げましたが、肝心の第106話についてはほとんど触れずじまいでした。
これについては、他にも上げる記事が色々あったからというのもありましたが、私自身あの106話について少し考えたいことがありましたので、冷静になってから記事にしようと思っておりました。
ところがそうこうしているうちに、あっという間にひと月半が経ってしまいました。当初は先が見えないほど長いと感じていたのに、今日を迎えた今は「もう!?」という気分です。
ただ最近のエピソードを見る限りですと、ぼさっとしているうちに次々と種明かしが行われそうな勢いです。
そこで本記事では、第106話を読んだ直後に私が感じたことと、それに伴い思い出したことを書いていきたいと思います。
では最新話のネタバレになりますので、続きよりお願い致します。
非常に気になるところで終わった上に、連載以来初の長期休載とあってかネット上では“珈琲切れ”で耐えられないという声が相次いでいました。アニメ第8話の「“特殊ED”=“特殊エドワード”」ではないですが、ネット上でのこういう洒落た言い回しも現代ならではですね。作品の世界観とは裏腹に、シャドーハウスとデジタルは相性がいいようです。
さて、ところで今回の休載期間中にいくつか考察記事を上げましたが、肝心の第106話についてはほとんど触れずじまいでした。
これについては、他にも上げる記事が色々あったからというのもありましたが、私自身あの106話について少し考えたいことがありましたので、冷静になってから記事にしようと思っておりました。
ところがそうこうしているうちに、あっという間にひと月半が経ってしまいました。当初は先が見えないほど長いと感じていたのに、今日を迎えた今は「もう!?」という気分です。
ただ最近のエピソードを見る限りですと、ぼさっとしているうちに次々と種明かしが行われそうな勢いです。
そこで本記事では、第106話を読んだ直後に私が感じたことと、それに伴い思い出したことを書いていきたいと思います。
では最新話のネタバレになりますので、続きよりお願い致します。
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(となりのヤングジャンプ・第42話サムネイル画像より引用)
このシーンを皆様は覚えていらっしゃるでしょうか?
これは第42話で、お披露目の制限時間内にゴールできないことを察したケイトが、エミリコをそっと抱き締めていた時の場面です。
第106話を読み終えた後に私が真っ先に思ったのは、この時のケイトの心情でした。
あの時ケイトは、エミリコがエミリコらしくいてくれた、それだけで満足だと言っていました。
当時もこのシーンを読んだ時、ケイトのエミリコへ寄せる愛情を感じて切なくなりましたが、第106話を読んだ後だとまた違った読み味となりました。
なぜなら、ケイトには「ミラーハウスを取り戻す」という重大な使命があったからです。
にも拘らず、その覚悟を胸に抑え込み、目の前の従者を思いやるケイト……。
自分を救うために傷つき、そして汚れたエミリコの身体を慈しむ様に拭うその姿は、第106話を読んだ今となっては、余計に胸が締め付けられる感動の場面ではないですか!!
いや~、あの時のケイトの仕草には何か思うところがありそうだとは感じていましたが、まさか「ミラーハウスを取り戻す」という壮大な決意があるとは思いもしませんでした。
第42話のケイトの台詞ではないですが「ほんとに…どこまで奥が深いのかしらこの漫画…」なんて呟きたくなりますよ、いやはや本当に凄いです。
ただ、同時に心配になるシーンも思い浮かびました。
それはお披露目序盤の第24話のあるシーンです。
エミリコは前話にルイーズから、主人と名前が似ていないことを聞かされて、自分は愛されていないんだと思い込んで落ち込んでいました。
それをきっかけにエドワードは容赦なくケイト組のランクを一段下げたわけですが、そのやり取りの直後にケイトは、彼女らしくない振る舞いをしていました。
シャドーの掟を唱えながら(口にはしていませんが)、大量の煤を出していたあの場面です。
(第24話の3ページ目、単行本で言えば第2巻145ページのことです。)
一見、お披露目で失格になりそうになったことでケイトが混乱したとも捉えられますが、どうにも以前からこのケイトの姿が、彼女らしくないなあなんて思っていたんですよね。
第61話のジョンのように、生き人形が洗脳され切っていて影響を受けたとすれば納得できますが、この時のエミリコはそんな感じではないですしね。
そもそもケイトはエミリコを写し取っていないのですから影響を受ける筈はないですし、今読んでみても違和感しかないです。
しかしそうすると、ケイトの身体は既にシャドーハウスに侵されていてもう戻らないんじゃないか、なんていう怖い想像もできてしまいますね。
よく作中では、シャドーに偉大なるおじい様のすす珈琲は効かない、と言及されていますが、実はもっとマズい効果でもあったりなんかして……。
でもそれだとシャドー全てが不可逆的な疾患を負っている可能性も出てきますし、ますますハッピーエンドが見えてこなくなりますね。一体どうすればいいのか……!
まあここでそれを考えても仕方ないので、これらについては物語の進行を待ちましょう。
ところで1か月間黙っていたのですが、第107話公開直前のどさくさに紛れて負け惜しみをしたいと思います。
滅茶苦茶後出しじゃんけんになりますが、実は「ミラーハウス」という展開、私は予想していました。
……いや、これを読んで呆れられるのは十分承知ですが、本当にそうだったんです!!信じて下さい!今回みたいに長期休載があったら記事に書こうと思っていたのに、よりによって直前のエピソードで公開されてしまっただけなんです!!
まあもっとも、予想できていたとはいえ、まさかこれまで読者と一緒にいたケイトがミラーハウス出身とは全く想定外でしたけどね。
私が夢想していたのは、シャドーハウス以外にも村を支配している「ミラーハウス」という館があって、そこにはキャサリンとキャシーという少女ペアやジャックとジャンという少年ペアがいて、シャドーハウスと敵対しているが故に、偉大なるおじい様はすす能力に長けた者を欲している……。
なんていうストーリーでした。
でもやっぱりこういう考察(いや妄想か)は早めに出しておくべきでしたね。もっと早く文章が書ける能力を得るために、今後は精進したいと思います。
ただシャドーハウス以外にも、似た館があるんじゃないかという推測はSNSを眺めていますと結構多くの方が予想されていました。これもソウマトウ先生の巧みな情報操作によるものでしょう。
ぱっと見、突飛とも思える「ミラーハウス」を読者に違和感なく馴染ませるテクニックは素晴らしいどころではなく、もはや恐ろしい位です。
ああ、やっぱり先生方の手のひらで転がされてるぜ……。
しかし、悪あがきではないですが醜態を晒しているのですから、もっと踏み込んで私の考えたことを書きたいと思います。
それは何かといいますと、既に「ミラーハウス」は描かれていたのではないかという推測です。
但しそれは、作中ではありません。全然違う場所です。
その場所とは、平成31年に単行本第1巻の発売を祝して開催されていた、ジュンク堂池袋本店の複製原画展です。(本ブログでは写真等の画像はないですが、『ジュンク堂 複製原画展』という記事で当時の様子を書いています)
この原画展では写真撮影はできませんでしたが、その時の様子は現在もジュンク堂池袋本店の公式アカウントから一枚だけ見ることができます。
それがこちらです↓
※ジュンク堂池袋本店ツイッター【複製原画展】「シャドーハウス1巻」(集英社)
さて、こちらの写真を見て、額に入った漫画原稿の下に不揃いに貼られた原稿があるのがお分かりでしょうか?
横書きの小さい文字と、挿絵らしき絵が描いてある紙のことです。
実はこれ、上記の過去記事を読んで頂けると助かるのですが、シャドーらしき人々の暮らしが描かれている原稿なのです。
当時私は、複製原画よりもこちらの原稿を読んで衝撃を受けました。これほどまでに丁寧に世界観が作り上げられた作品ならば、どれだけの傑作なのだろうかと肌で感じることができたからです。
しかし悲しいかな、当日シャドーハウスの原画を足を止めて見ていたのは、私以外には外国の老婦人だけでした。
アイコンタクトで「これってどんな漫画なの?」みたいに訴える彼女に対し、「とにかく面白いので見てみて!」とアイコンタクトで返すしかなった、語学能力ゼロの無力なファン。
何はともあれ、それがブログを書き始めるきっかけになったのですから人生分からないものです。
さて、思い出話はここまでにして本題に戻りましょう。
このシャドーらしき人物たちが描かれた原稿。
これを見た時、当時ふと疑問に思ったことがありました。
それは、シャドーらしき黒塗りの人々がいるにも関わらず、生き人形らしき存在が見当たらなかったことです。
もしも大人だけであれば、「一体化」しているので生き人形がいなくても問題ありません。
ところが、ケイトと同じくらいの少女(原稿では手紙を書いていました)や井戸の周りで泥団子を作っている子供達(シャドーハウス風に書けば「こどもたち」?)も、生き人形を伴っていません。シャドーらしき存在のみです。
これらの描写については、シャドーハウスの設定が固まっていない頃に先生方が描いた原稿とも推測できます。
しかし第106話を読んで考えたのは、ひょっとすると「ミラーハウス」は、人型のモーフが平和に暮らしていた屋敷だったのではないでしょうか?
当然これは私の妄想です。
ただこう考えると、ケイトがシャドーハウスを「牢獄」、偉大なるおじい様を「元凶」と断じる理由も分かる気がしてきました。
例えば、こんなストーリーはどうでしょうか?
平和に暮らしていた人型モーフの集団の中から、ある日突然負の感情から煤を出す個体が出て来て「すす能力」なるものに目覚めた結果、「ミラーハウス」はその人型モーフに制圧された。
この最初の人型モーフが、偉大なるおじい様だった……。
まあ何度も申し上げている通り、これは完全に私の想像です。
ただ第106話の衝撃は、現実世界での過去の記憶を呼び覚まし、荒唐無稽な妄想を生み出すくらいのインパクトを私に与えました。
果たしてあと2時間で公開される第107話では、どんな「シャドーハウス」が描かれているのでしょうか。
ケイトの口から「ミラーハウス」が語られるのか、はたまた過去の幸せだった「ミラーハウス」がドキュメントのように描写されるのか。
もしかしたら、その中で当時の幼いケイトが描かれているかも知れません。また、ケイトが模した人物の正体も気になりますね。
或いは、すっかり忘れていましたが、エドワードの手先となったサラ組とダグラス組のその後が描かれるのも想像に難しくありません。
いや、それだけではなく喜びの会を失敗した星つき達の様子も見逃せません。彼らの反応はどうだったのでしょうか。
それどころか、以前も書きましたが、題名が「シャドーハウス」から「ミラーハウス」になっていても全然驚きませんよ。
本当に第10巻から「ミラーハウス」になったらどうしよう……。
こうなってはもう、全く予想不能です!
さあ、あと1時間半。
急き立てられる心をどうにか落ち着けて、連載以来の長期休載明けを待ちたいと思います。

(となりのヤングジャンプ・第42話サムネイル画像より引用)
このシーンを皆様は覚えていらっしゃるでしょうか?
これは第42話で、お披露目の制限時間内にゴールできないことを察したケイトが、エミリコをそっと抱き締めていた時の場面です。
第106話を読み終えた後に私が真っ先に思ったのは、この時のケイトの心情でした。
あの時ケイトは、エミリコがエミリコらしくいてくれた、それだけで満足だと言っていました。
当時もこのシーンを読んだ時、ケイトのエミリコへ寄せる愛情を感じて切なくなりましたが、第106話を読んだ後だとまた違った読み味となりました。
なぜなら、ケイトには「ミラーハウスを取り戻す」という重大な使命があったからです。
にも拘らず、その覚悟を胸に抑え込み、目の前の従者を思いやるケイト……。
自分を救うために傷つき、そして汚れたエミリコの身体を慈しむ様に拭うその姿は、第106話を読んだ今となっては、余計に胸が締め付けられる感動の場面ではないですか!!
いや~、あの時のケイトの仕草には何か思うところがありそうだとは感じていましたが、まさか「ミラーハウスを取り戻す」という壮大な決意があるとは思いもしませんでした。
第42話のケイトの台詞ではないですが「ほんとに…どこまで奥が深いのかしらこの漫画…」なんて呟きたくなりますよ、いやはや本当に凄いです。
ただ、同時に心配になるシーンも思い浮かびました。
それはお披露目序盤の第24話のあるシーンです。
エミリコは前話にルイーズから、主人と名前が似ていないことを聞かされて、自分は愛されていないんだと思い込んで落ち込んでいました。
それをきっかけにエドワードは容赦なくケイト組のランクを一段下げたわけですが、そのやり取りの直後にケイトは、彼女らしくない振る舞いをしていました。
シャドーの掟を唱えながら(口にはしていませんが)、大量の煤を出していたあの場面です。
(第24話の3ページ目、単行本で言えば第2巻145ページのことです。)
一見、お披露目で失格になりそうになったことでケイトが混乱したとも捉えられますが、どうにも以前からこのケイトの姿が、彼女らしくないなあなんて思っていたんですよね。
第61話のジョンのように、生き人形が洗脳され切っていて影響を受けたとすれば納得できますが、この時のエミリコはそんな感じではないですしね。
そもそもケイトはエミリコを写し取っていないのですから影響を受ける筈はないですし、今読んでみても違和感しかないです。
しかしそうすると、ケイトの身体は既にシャドーハウスに侵されていてもう戻らないんじゃないか、なんていう怖い想像もできてしまいますね。
よく作中では、シャドーに偉大なるおじい様のすす珈琲は効かない、と言及されていますが、実はもっとマズい効果でもあったりなんかして……。
でもそれだとシャドー全てが不可逆的な疾患を負っている可能性も出てきますし、ますますハッピーエンドが見えてこなくなりますね。一体どうすればいいのか……!
まあここでそれを考えても仕方ないので、これらについては物語の進行を待ちましょう。
ところで1か月間黙っていたのですが、第107話公開直前のどさくさに紛れて負け惜しみをしたいと思います。
滅茶苦茶後出しじゃんけんになりますが、実は「ミラーハウス」という展開、私は予想していました。
……いや、これを読んで呆れられるのは十分承知ですが、本当にそうだったんです!!信じて下さい!今回みたいに長期休載があったら記事に書こうと思っていたのに、よりによって直前のエピソードで公開されてしまっただけなんです!!
まあもっとも、予想できていたとはいえ、まさかこれまで読者と一緒にいたケイトがミラーハウス出身とは全く想定外でしたけどね。
私が夢想していたのは、シャドーハウス以外にも村を支配している「ミラーハウス」という館があって、そこにはキャサリンとキャシーという少女ペアやジャックとジャンという少年ペアがいて、シャドーハウスと敵対しているが故に、偉大なるおじい様はすす能力に長けた者を欲している……。
なんていうストーリーでした。
でもやっぱりこういう考察(いや妄想か)は早めに出しておくべきでしたね。もっと早く文章が書ける能力を得るために、今後は精進したいと思います。
ただシャドーハウス以外にも、似た館があるんじゃないかという推測はSNSを眺めていますと結構多くの方が予想されていました。これもソウマトウ先生の巧みな情報操作によるものでしょう。
ぱっと見、突飛とも思える「ミラーハウス」を読者に違和感なく馴染ませるテクニックは素晴らしいどころではなく、もはや恐ろしい位です。
ああ、やっぱり先生方の手のひらで転がされてるぜ……。
しかし、悪あがきではないですが醜態を晒しているのですから、もっと踏み込んで私の考えたことを書きたいと思います。
それは何かといいますと、既に「ミラーハウス」は描かれていたのではないかという推測です。
但しそれは、作中ではありません。全然違う場所です。
その場所とは、平成31年に単行本第1巻の発売を祝して開催されていた、ジュンク堂池袋本店の複製原画展です。(本ブログでは写真等の画像はないですが、『ジュンク堂 複製原画展』という記事で当時の様子を書いています)
この原画展では写真撮影はできませんでしたが、その時の様子は現在もジュンク堂池袋本店の公式アカウントから一枚だけ見ることができます。
それがこちらです↓
※ジュンク堂池袋本店ツイッター【複製原画展】「シャドーハウス1巻」(集英社)
さて、こちらの写真を見て、額に入った漫画原稿の下に不揃いに貼られた原稿があるのがお分かりでしょうか?
横書きの小さい文字と、挿絵らしき絵が描いてある紙のことです。
実はこれ、上記の過去記事を読んで頂けると助かるのですが、シャドーらしき人々の暮らしが描かれている原稿なのです。
当時私は、複製原画よりもこちらの原稿を読んで衝撃を受けました。これほどまでに丁寧に世界観が作り上げられた作品ならば、どれだけの傑作なのだろうかと肌で感じることができたからです。
しかし悲しいかな、当日シャドーハウスの原画を足を止めて見ていたのは、私以外には外国の老婦人だけでした。
アイコンタクトで「これってどんな漫画なの?」みたいに訴える彼女に対し、「とにかく面白いので見てみて!」とアイコンタクトで返すしかなった、語学能力ゼロの無力なファン。
何はともあれ、それがブログを書き始めるきっかけになったのですから人生分からないものです。
さて、思い出話はここまでにして本題に戻りましょう。
このシャドーらしき人物たちが描かれた原稿。
これを見た時、当時ふと疑問に思ったことがありました。
それは、シャドーらしき黒塗りの人々がいるにも関わらず、生き人形らしき存在が見当たらなかったことです。
もしも大人だけであれば、「一体化」しているので生き人形がいなくても問題ありません。
ところが、ケイトと同じくらいの少女(原稿では手紙を書いていました)や井戸の周りで泥団子を作っている子供達(シャドーハウス風に書けば「こどもたち」?)も、生き人形を伴っていません。シャドーらしき存在のみです。
これらの描写については、シャドーハウスの設定が固まっていない頃に先生方が描いた原稿とも推測できます。
しかし第106話を読んで考えたのは、ひょっとすると「ミラーハウス」は、人型のモーフが平和に暮らしていた屋敷だったのではないでしょうか?
当然これは私の妄想です。
ただこう考えると、ケイトがシャドーハウスを「牢獄」、偉大なるおじい様を「元凶」と断じる理由も分かる気がしてきました。
例えば、こんなストーリーはどうでしょうか?
平和に暮らしていた人型モーフの集団の中から、ある日突然負の感情から煤を出す個体が出て来て「すす能力」なるものに目覚めた結果、「ミラーハウス」はその人型モーフに制圧された。
この最初の人型モーフが、偉大なるおじい様だった……。
まあ何度も申し上げている通り、これは完全に私の想像です。
ただ第106話の衝撃は、現実世界での過去の記憶を呼び覚まし、荒唐無稽な妄想を生み出すくらいのインパクトを私に与えました。
果たしてあと2時間で公開される第107話では、どんな「シャドーハウス」が描かれているのでしょうか。
ケイトの口から「ミラーハウス」が語られるのか、はたまた過去の幸せだった「ミラーハウス」がドキュメントのように描写されるのか。
もしかしたら、その中で当時の幼いケイトが描かれているかも知れません。また、ケイトが模した人物の正体も気になりますね。
或いは、すっかり忘れていましたが、エドワードの手先となったサラ組とダグラス組のその後が描かれるのも想像に難しくありません。
いや、それだけではなく喜びの会を失敗した星つき達の様子も見逃せません。彼らの反応はどうだったのでしょうか。
それどころか、以前も書きましたが、題名が「シャドーハウス」から「ミラーハウス」になっていても全然驚きませんよ。
本当に第10巻から「ミラーハウス」になったらどうしよう……。
こうなってはもう、全く予想不能です!
さあ、あと1時間半。
急き立てられる心をどうにか落ち着けて、連載以来の長期休載明けを待ちたいと思います。
