昨夏、東京オリンピックが開催されましたが、やはりオリンピックの花形と言えば陸上競技でしょうか。

現在では趣味の多様化により様々なスポーツを見聞きする機会はあるものの、やはり注目度は段違いだと思います。

特に、トラック競技(100mやリレーとか)は古代オリンピックから行われていることもあってか別格です。由緒ある競技として扱われています。


ところで、陸上と言えば誰もが思い浮かべるのが、スタートの合図に使われるピストルだと思います。スターターピストルと呼ばれるあの銃は、かなり古くから用いられているそうです。

ちなみになぜ陸上のスタートの合図にピストルを使うのか調べてみたのですが、理由どころか起源すら分かりませんでした。1986年のアテネオリンピック(近代オリンピックの1回目)の動画を見てみると当時から使われていることは明らかなんですけどね……。

まあ、古来から「号砲」という言葉があるくらい、銃声や号音は何らかの合図として用いられていたのですから、それらの慣習が引き継がれているということでしょう。

なお、オリンピックでは10年前のロンドンオリンピックからスターターピストルは廃止されましたが、今でも運動会の象徴としてピストル音は親しまれています。


さて、年始からなぜこんな話をしたのかと言いますと、今話では令和4年のシャドーハウスの始まりを告げるが如く、一発の銃声がこどもたちの棟に鳴り響いたからです。

しかし、それは年の始まりだけではなく、歴史に残る幾つもの銃声と同じように混沌を予感させる号砲でもありました。
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突如「視察」と称してこどもたちの棟に乗り込んできた大人シャドー。

あのセダンチェアから出てきたのは、間違いなくこどもたちの棟の前管理者・トマスでした。


しかしトマスの姿を見て、こどもたちは戸惑いの表情です。
エドワードが視察にやってきた時は喜んでいたのに、それとは正反対です。


ただ、それもそうでしょう。
なぜなら、あろうことかトマスは、堂々とこどもたちの前に姿を現したからです。

単身乗り込む、という言葉がありますが、この時のトマスは一人です。生き人形を伴っていません。

つまり彼は、一体化済みの身体をこどもたちの前に晒したのです。
“一体化”を知らないこどもたちが騒ぎ始めるのも当然といえましょう。


その様子を見て、「今までにない不穏な動きのある」こどもたちの棟の実態を知る3者は、すぐさまこれが異常事態だと察知しました。


こどもたちの棟のリーダー・バーバラ組と、第1班班長・ダグラス組、そして第10班班長のケイトとエミリコです。


バーバラは、ルイスが来るとエドワードから聞いていたのに、勝手なことをされて苛立っています。大人が禁忌を犯して姿を晒したのはもうどうでもよさそうです。

ダグラスは、聞いていたこととは全く違う事態に直面して、エドワードへの疑義が生じています。流石すす量が多く、そして覚醒済みのシャドーです。班長は伊達ではありません。

ケイトは星つきの動揺を見て、これは大人が勝手に動いていると瞬時に推理しました。ただ初対面の大人のシャドーを目の前にして、エドワードの策略なのか別の大人が企てた出来事なのか判断しかねています。

いずれにせよ、ケイトが最後に感じた「一体何をするつもりなの…!?」という疑問はバーバラもダグラスも同感だったはずです。


しかし、しかし。

この事態に至っても、全く頓珍漢なことを考えているシャドーがいました。

サラです。

星つきリーダーも1班と10班の班長も、揃ってこの事態を注視し分析しているというのに、こどもたちの棟に怪しい動きがあることを知っているはずのサラは、またも明後日の方向へ思考を巡らせていました。


「年長者も指揮しているなんてさすがエドワード様だわ…」


ここまでくると、もう何と言っていいか分かりません。呆れを通り越して哀れに思えてきました。

救いは、ミアは主人と違って戸惑いを隠せていないところでしょうか。

ミアは他のこどもたちのと違い、本物の珈琲を飲んだばかりなので強く洗脳されている状況ですが、それでも現在起きている事態に疑問を抱いているように見えます。

ここのところサラとシンクロしていることの多かったミアですが、トマスの訪問をきっかけに彼女の境遇も好転して欲しいと願わずにはいられません。


そんな四者の反応が見えたところで、トマスはさっそく今回の訪問の狙いを語りだしました。

こどもたちに向かっては訪問の理由を、そして事の経緯は回想にて明かされていきます。


まず、トマスがなぜこどもたちの棟の代行としてやってきたのか。
それはおじい様と共にある棟の中で、トマスがルイスと会ったのがきっかけでした。

場面は階段の踊り場。

秘密の話をするにはうってつけの場ですね。周りには誰もいません。ルイスとトマスの二人っきりです。

ただこの時のトマスは、ルイスに対して良い印象を持っていませんでした。

何と言っても、自分ではなくエドワードの「お迎え」によって誕生した大人だからです。第71話の様子を見る限りでは、恐らくトマスのことですから失敗を願っていたとしてもおかしくはないでしょう。そんな新入りと出会ったのですから不愉快だったに違いありません。

それもあってか、トマスはルイスにきつく当たり、そしてそのまま立ち去ろうとしていました。


しかし、そんなピリピリした空気の中でルイスは予想外の行動を起こします。

突然涙を流してトマスに感謝していると語ったのです。


確かに、トマスとルイスは顔見知りなのはうなづけます。
この場面でも、お披露目でルイスを選んだのはトマスだったと判明しました。

そんな過去もあってか、ルイスは管理者代行を勤め上げられるのか不安だとトマスに打ち明け始めました。トマスが自身のことを気に食わないと思っているだなんて夢にも思っていないような言動です。


そんなルイスを前にして、トマスは先ほどとは打って変わった態度を取りました。

ルイスは使える。そう思ったのです。


そうとくれば、ルイスが管理者代行をしている今がチャンスです。

トマスはルイスに対し、本当にこどもたちの棟の管理者を遂行できるのかと問い質し、そしてルイスにこんな提案を持ちかけました。

「私が代行を代わってやってもいい」

つまり、こどもたちの棟の管理者の代行の代行です。

突拍子もないトマスの発言にルイスは慌てました。
そんな勝手な真似をしたら、エドワードに対する裏切りです。ましてや今回の代行の件は星つきだって既に知っているのです。今更引くわけにはいきません。


ただ、それはトマスも同じです。ここで引くわけにはいきません。

トマスはルイスの心を見透かしたのか、エドワードに関しては普段の態度とは違い、より柔らかい表現を使って彼の問題点を指摘し、さも心配しているかのように話しました。

こうしてトマスはルイスの警戒を解き、こどもたちの棟の管理者の代行を、横取りすることに成功したのです。


ただ。

それにしてもこの場面、一見トマスがルイスをやり込めたように見えますが、果たして真実はどうなのでしょうか。

トマスはこの会話の中で、ルイスは表情を作るのがうまいと評していますが、そうするとトマスに出会うなり涙を流したルイスの感情表現は、かなり優秀と言えます。

そんな彼が苦渋の表情を浮かべていたり、最後にほっとしたような安心した顔をしているのを見ると、もしかしてそれすらも演技ではないかと思えてきました。

特に、トマスから代行を代わってやると言われた時のシーンは結構意味深です。

この時ルイスの顔は見えませんが、果たしてどんな表情をしていたのか。

もし仮にルイスが計算づくでトマスを誘導していたとすれば、一連の場面が180°違って見えてくるのが面白いですね。


さて、場面は現在のこどもたちの棟に戻ります。

「改革」「隠された秘密」

そんな思わせぶりな台詞を吐いたトマスは、バーバラの質問に対して背を向けると、来たばかりの「栄光の廊下」へと歩き始めました。

このコマでは見えませんが、恐らく左手には葡萄を持っていることでしょう。


果たして次の瞬間、確かに予想通り葡萄が出てきました。

トマスと言えば葡萄、葡萄と言えばトマス。

これがシャドーハウスの常識です。(いや、勝手に私が考えただけです)


ところが第86話の時とは違い、今度は指で葡萄の粒をはじきます。

「むっしゃああっ」に比べればまだマシな食べ方でしょうか。それでも貴族からほど遠い気がしますが、まあそれは置いておきましょう。

注目すべきは、その後の彼の行動です。


葡萄を口に含み、咀嚼し、飲み込むトマス。

「能力者」という言葉を口にしたことで、バーバラもただならぬ雰囲気を察したようです。

まさかと身構えたバーバラの悪い予想は、残念ながらついに当たってしまいました。


トマスの指先から放たれた、銃弾のようなすすの塊。

あろうことかトマスは、全てのこどもたちが見ている前ですす能力を披露したのです。

これまですす能力は、開花したこどもにしか明かされない特別な秘密でした。

にも関わらず、栄光の廊下の甲冑を目掛けて狙撃するというド派手なやり方で、その秘密を公然と破ったのです。こうなってはもう、すす能力を持っていないこどもを誤魔化すこともできません。


ところが、トマスにはそんなこと関係ありませんでした。

むしろ、全てのこどもたちに万遍なくすす能力の存在を知らせることこそが彼の目的だったからです。

掟破りの行為に掟破りのジョンが驚愕するのを気にも留めず、トマスはこれまでのすす能力の口外禁止のルールを説明しながら、それが今日限りであることを宣言しました。

従来のこどもたちの棟のヒエラルキーが、この瞬間崩壊したのです。


さらにトマスは、すす能力を獲得して争い競えとこどもたちを焚きつけます。

そういえばエドワードは、ケイト達のお披露目ですす能力の開花を促進させたことを偉大なるおじい様に評価されていました。

もしかしたら、それをトマスは知っていたのかも知れません。いや、そうでなければこのトマスの行動と独白は説明が付きません。

「下らん策を弄したところで私は越えられん!!」

このトマスの暴走ともいえる独断は、成功するのか。
そして重鎮から評価されるのか。

いずれにせよ、否応なくこどもたちは大人の権力闘争に巻き込まれることになってしまいそうです。


一発の銃声が、一国だけではなく歴史そのものを動かすことは珍しくありません。

1914年にセルビア人青年がバルカン半島で放った銃弾は、大国の王太子の暗殺だけにとどまらず、その後世界を巻き込む大戦となって比類なき犠牲を生みました。

世にいうサラエボ事件です。

時と場所、手段と対象がまかり間違えば、一つの行動が大惨禍を招くことは避けられないのです。


今回、トマス自身はエドワードとの権力争いのために、こどもたちを利用しようとしただけかも知れません。

しかし彼が放った銃弾にも似たすす能力は、こどもたちの棟だけではなくシャドーハウスそのもの、いや、それ以上にすす島や外の世界にも波及する大事件の始まりになるのではないでしょうか。

そんな嫌な予感が頭をよぎっています。