「天與正義神感至誠」

書き下し文にすると「天は正義に与(くみ)し、神は至誠に感ず」と読みます。

大まかに言うと「物事に誠心誠意取り組めば、天も運命も味方してくれる」といったニュアンスです。この言葉は帝国海軍の軍人・東郷平八郎の造語ですが、現代では彼の名言として知られています。

ただ、もちろん闇雲に物事に取り組むだけで神様の助けがあるわけではありません。「正義に与し」とあるように、その行動が正義かどうか、誠意があるかどうかも問われます。上記の解釈をもう少し正確に書くとすれば、“天祐も神助も、正義や誠意があればこそ起こりうる”といったところでしょうか。

東郷平八郎といえば日本海海戦での勝利が最も有名ですが、かの戦いでは用意周到に準備を重ねた日本海軍が圧倒的優位に立ちます。また、祖国防衛という「大義」を共有していた総員の士気は相当高かったそうです。

反して、地球を半周して極東に辿り着いたバルチック艦隊は、疲労困憊の上に遠く離れた地での戦いに意義を見出すことができなかったのか、なす術もなく大敗します。結局、この海戦は我が国の勝利を決定づけるとともに、冒頭の東郷平八郎の言葉を証明したと言えましょう。

横須賀港には、当時の旗艦・三笠が今も残っています。

私も6年前に訪れたことがあるのですが、度重なる苦難を乗り越えたその姿は実に力強いものでした。

現在でも艦首を北方へと向け、かつての相手国に睨みを利かせながら護国の象徴として佇んでいます。

戦艦三笠

さて、そうは言っても人間常に誠実ではいられません。

ましてや、閉鎖空間で我先にと出世争いをするシャドーハウスでは尚更です。実際に、こどもたちの棟もおじい様と共にある棟も、そして麓のミラーサイドでもそんな様子が描写されています。一歩間違えれば「死」が待ち受けているのですから当然でしょう。

この館で正直さを貫くのは、並大抵では不可能なのです。

ただ、それは常人の話です。

もしもそんな普通の考えさえ及ばない存在がいたとしたら…
そして、その人物が裏表のないまっさらな心を持っていたとしたら…

それは不可能ではないでしょう。


此度のエピソードでは、不器用ながらも誠意を最後まで貫き通したあの漢が、見事勝利を手にします。

第124話はジョンのメイン回でした。
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第125話が今夜更新だというのに遅くなって申し訳ありません。
ちょっとこの二週間色々あったものでそちらに手を取られておりました…。

さて、では124話の感想へとまいりましょう。


まず冒頭はケイトの部屋です。前回の大広間での様子について話していますね。

内容は、
①風紀班がうまく機能しているが自作自演の可能性がある
②リッキーがバービーに怒られた

この二点です。

ケイトは①について、聞いたそばから納得していますね。別にショーンの推理だからというわけではないでしょうけども。(でもジョンの発言だとしたら半信半疑になってそう)

また、②については手助けしたいと言うエミリコに対し、ケイトの判断は静観しようというものでした。確かにリッキーは助けを求めていないですし、彼の内面を知る読者から見てもそれで良いと思います。リッキーにはぜひ、汚名返上を期待したいですね。


ところで、この直後にケイトはエミリコの両腕を抱いていますが、随分と距離が近くなったものです。

単行本1巻の時点では「見ないで!」(1話)「変な子ね」(3話)「抱きつくのはやめて!」(9話)とかやっていたのに、最近ではケイトの方からスキンシップをとることが増えてきた気がします(本ブログ調べ)

特にこのシーンでは、座っていた主人が掃除している自分のところに来たと思ったら、両腕を抱いて正面に立って相対した状態ですから、そりゃエミリコもびっくりした顔になるよ!、なんて思ってしまいました。

ケイト嬢お悪い方ですなあ……。


まあそれは置いておきまして、その後ケイトは「“星つき”の中ですす能力の解明に最も近そうなのは…」と言っています。恐らくケイトも、“星つき”との接触が事態の打破に有効と気付いたのでしょう。

この思考の道筋は前回のショーンと同じです。流石ジョンとエミリコの「体力班」に振り回される二人です。こちらはさしずめ「頭脳班」といったところでしょうか。もしも今後、ケイトとショーンがタッグ組む展開があったら面白そうですね。
(何を隠そう実はこのコンビが一番好きだったりします)
(マイノリティなのは自覚してますよ?)


場面は変わって、次は修練の間です。「修練の間」といえば、すす能力を持ったケイトとジョンとルイーズが第48話で案内されていた部屋です。

そして、それを案内していたのはスザンナでした。

すす能力に長けた彼女は、第49話のラストで大きなインパクトを残していましたね。余談ですが、第50話記念でシャドーハウスが大きな反響を呼んだ理由の一つとして、無料公開された最後のエピソードが第49話だったからだと私は思っています。主人公のあんな大ピンチシーン見せられたら、確かに続き読みたくなっても仕方ありません。


しかし、作品の大ピンチを救った星つきの威光が消えてしまったのが残念です。主従ともに役割を風紀班に奪われるのを見て、少し切なくなりました。

この時、スージーを無言で見るショーンが描かれていますが、もしショーンがポートレートを着てなかったならば(=発言出来る状況)一体どんな言葉を掛けていただろうかと、少し気になりました。


ただ、この後の展開はショーンとスージーではなく、残念ながらジョンとスザンナの会話になりました。

残念ながら、という表現は適切ではないかも知れませんね。しかし、いずれにせよ予想の範囲外の展開が繰り広げられたのは間違いないでしょう。


いやですね、既に読んだ方なら分かるかと思いますが、あんな漫才みたいなの見せられるとは思わないじゃないですか!?
しかも相手はケイトではなくスザンナですよ!?

それも同じネタを繰り返しつつ、
・カンペ(しかもショーンが書いたやつ)
・床にカンペ(一見するとお辞儀してて騙されやすいからタチ悪い)
・腹話術(それも気付いたのがスージー)

という絶妙な三段構えです。

昨年末のМIグランプリでは決勝で"天丼"を演じきった錦鯉コンビが優勝していましたが、まさかシャドーハウスでもこんなネタが繰り広げられるとは想定外です。

スザンナがすす能力でジョンの顔覆っていましたが『ほう、これが顔のない一族か……』なんて読んでいるこちらまでボケかますところでした。危ない危ない…(汗)


ただ、こんなコントのような状況でもめげないのがジョンの良いところでしょう。

ツイッターやアプリのコメント欄では、スザンナの付き合いの良さに言及する意見が多数見受けられましたが、それはジョンが打算で動いていないからこそスザンナはちゃんと対応してくれたのだと思います。

即ち、それはジョンの「誠意」がスザンナに伝わったからでしょう。第122話ラストでパトリックがバーバラを庇っていたように、この時のジョンには“薔薇の集い”のことなど頭になかったはずです。


そして、最後の「ただスザンナに笑ってほしかったんだ!」に至っては、ケイトへの下心さえもないことが伝わってきました。

これこそがジョンです。
流石、将来のシャドーハウスの王です。


ジョンには力による支配や覇道は似合いません。


『もし本当にジョンがシャドーハウスの王になったとしたら』


覇道を歩む偉大なるおじい様は、第37話で「シャドーハウスにはまだまだいくつもの可能性がある」と言っていました。

しかし、ジョンという王道を歩む者が存在していることこそが、本当のシャドーハウスの“可能性”なのではないか。

そんなことを読後につい夢想してしまいました。