人間は、複数箇所の痛みを同時に感じることができないそうです。

公的な論文や情報源が見つからないので確証はないのですが、「痛み」「同時」「複数」とインターネットで検索してみると、結構多くのサイトやブログがヒットします。

ぱっと眺めると整体やマッサージ関係の記事が目立ちますね。病気とは言えないまでの身体の不調を診ることも多いでしょうから、ある意味外科や内科よりも「痛み」という分野について整体師の方々は詳しいのかも知れません。余談ですが、私も身体が固くしょっちゅう背中や肩が痛くなるので、今度お世話になろうかと考えています。


ところで、最初に書いた「人間は複数箇所の痛みを同時に感じない」の件ですが、私がこのことを知ったのは手塚治虫の「陽だまりの樹」でした。

「陽だまりの樹」をざっと紹介しますと、幕末を舞台とした下級武士と町医者がダブル主人公の物語です。

武士として頑固なまでに実直な伊武谷万次郎と、近所に住む医師の手塚良仙。

時代に翻弄される二人の人物を、実在する歴史上の大物達や大事件と共に描き切った本作は、まるで大河ドラマのような壮大な漫画です。氏の作品としては知名度は低いものの、晩年の代表作の一つと言えましょう。是非ともお勧めしたい傑作の一つであります。


さて、「痛み」について話を戻しましょう。

「痛みを同時に感じない」

これが描写されていたのは、手塚良仙が伊武谷万次郎を治療するシーンです。

このエピソードで刀傷を負った万次郎が良仙の元を訪れるのですが、痛みに喚き暴れる万次郎を前にして良仙は手当てができずにいました。何せ、当時は日本に蘭学が入って来たばかりでエーテルやクロロホルムといった麻酔はまだ一般的ではなかったからです。

で、そこで良仙が何をしたか。
その答えが冒頭の文です。

なんと、手に持っていたひしゃくで「カーン」と万次郎の頭をひっぱたいたのです!

その際に良仙が言ったのが「人間は同時に別々の場所の痛みを感じない」という旨の台詞でした。

私が「陽だまりの樹」を読んでいたのは中学生の時でしたが、そのことを初めて知った時は驚きました。流石は医師免許を持っていた手塚先生なだけあります。ブラックジャック以外にも、手塚作品には氏の医学知識が発揮された作品が山ほどありますので、もしも読む機会があれば探してみると面白いと思います。


そして、今回のシャドーハウス。

偶然にも、とあるシャドーが「痛み」について言及しています。

そのシャドーとは言うまでもありません。未来のシャドーハウスの王・ジョンです。

ギルバードという圧倒的実力差の相手を前に、なす術なく倒れ込んだジョン。もしもこれが格闘技であったなら、


ジョンは?ジョンはサロンで倒れている!?サロンで倒れている!!ジョンピーンチ!!
(参考:某公営競技の今春のTV実況より)


などという実況が聞こえてきそうなほどの大ピンチです。普段はやかましいジョンが無言でいることで、シリアスさが二倍にも三倍にもなっています。

ところが、絶体絶命の戦況の中でジョンを救ったのは、従者の機転と「痛みを同時に感じない」という人体の摩訶不思議な驚異でした。

ジョンらしい過程を経て、待ちわびたあの必殺技が大炸裂です!
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見上げた先は、見知らぬ天井。

……ではないですね。最初のコマに描かれているジョンの視界に写っているのは、こどもたちの社交場・サロンの天井です。


どの建物にも言えることですが、普段天井が描かれることはほとんどありませんから、中々に新鮮な光景ですね。こんな模様だったとは初めて知りました。改めて見ると結構複雑なデザインです。

この模様を何と呼ぶのか分かりませんが、調べてみるとモデルとなった洋館には同じ模様の天井はありませんでしたので、もしかしたらソウマトウ先生のオリジナルデザインなのかも知れません。

実際に現地を訪れることができれば確認できるんだけどなあ…。
あ~、仕事辞めて取材行きたい!!


さて、愚痴はほどほどにして話を戻しましょう。

次のコマでは、思考を巡らせるジョンの周りに黒い物体が蠢いています。話の様子からしてモーフを表した描写でしょうか?何だか人の手のようで不気味ですね。

アニメ一期のオープニングでは、水面を歩くケイトの周りを黒い手が絡みつくという悍ましいシーンがありましたがそれを彷彿とさせる形態です。ちょっとしたホラーを感じさせます。

そう言えば、第41話の扉絵にもエミリコに纏わりつく黒い手が描かれていました。見れば見るほど気味悪く、昔の心霊写真のようです。少し背筋が寒くなってきました。


この時のジョンが考えていたことは、「人間」と「シャドー」の違いという、物語の核となる疑問でした。

確かに、読者から見れば「人間」と「シャドー」は全く違う存在ですが、シャドーであるジョンからすれば当然の疑問です。

初めから人間であるケイトや、モーフ時代の記憶を持っていたマリーローズ、洗脳されているこどもたちの棟のシャドーや、館の真実を知る別棟の大人ならばまず抱くことのない疑問でしょう。

そう考えると、此度のジョンの自問自答は、彼だからこそ抱いた疑問といえなくもありません。


今まで、ジョンの些細な言動や行動が物語の核心を突いていたことは何度もありました。

例えば、第28話ではケイトの前に現れて「ケイトの檻はまるで見世物だな」と発言したり、第32話ではエミリコを見て「ケイトの顔としては少し幼さが気になる」と指摘しています。また、第51話ではケイトを初めて見た時のことを思い返しながら「『シャドーの教え』よりも…ケイトの振る舞いの方がいい!」と堂々と発言していました。

これらは、後々のエピソードから全て正しかったことが判明しています。馬鹿(すなお)そうに見えて実は鋭い男、それがジョンなのです。

その観点から鑑みると、冒頭のジョンの発言も物語の行く末を考えるにあたって、重要な示唆になる独白かも知れませんね。


しかし、そんなことはお構いなしなのもジョンという男です。
真実に迫る思索をしているなどとは露にも思っていないジョンは、腕のあまりの痛さに悶絶です。

大量の煤を出して「痛えぇー!」

まあ、ギルバートのギザギザ付きの拳で思い切り殴られたのですから仕方ありません。ましてやダメージを受けたのは利き手です。ジョンも後悔してますが、切り札となるジョンパンチは右手でしか放てないのですからこの時点で戦闘は継続不可能です。

前に立つギルバートも、ここまでくれば勝利を確信したことでしょう。

直後に焦ってジョンへと駆け寄ろうとするケイトも、この時ばかりは敗北を覚悟したに違いありません。ジェームズに決闘の邪魔はするなと立ち塞がれて煤を出している様子からして、ケイトの焦りも分かろうというものです。


ところで、ここでシャドーハウスにおける「決闘」のルールが幾つか判明しました。やはり「決闘」はシャドーハウスの慣習だったようです。

良かったです。もしも「決闘」がシャドーハウスの慣習でなかったら、第122話で決闘を煽っていたロレッタの生き人形の出身地が、決闘の珍しくない荒れた村だった可能性が出てきてしまいますからね。一安心です。
(余談ですが、昨日アニメ二期3話見返してたらロレッタの生き人形が凄くビジュアル良くてビックリしました。ニコニコ動画のコメント欄でも可愛いと連呼されてて、改めてアニメの作画凄いなあと再認識です)


さて、「決闘」のルールについてジェームズが説明してくれているので、以下に箇条書きします。


・決闘は1対1
・他者は近寄るのもアドバイスも禁止
・「決闘」はその場にいる者も見届ける責任がある
・ルール違反は処罰の対象になる
・処罰はその場にいた全員の連帯責任
・近づいて良いのは「顔」(=生き人形)のみ



おおっ!?結構細かいルールがあるんですね!

要約すれば、『男同士の闘いを邪魔するな!』(意訳)ということです。プラス、生き人形が近づいて良いというのがシャドーハウスらしいですね。


この生き人形の立場に近いのは、ゴルフでプレーヤーにアドバイスするキャディでしょうか。

ただ、シャドーと生き人形の主従関係とは違い、ゴルフプレーヤーにとってキャディはアドバイザーであり、その助言内容には細かい規則があります。禁止されているアドバイスも定められており、あくまでプレー上のドライな関係といえるでしょう。

しかし、シャドーハウスのシャドーと生き人形の関係は一蓮托生です。運命共同体です。主従同士は人生そのもののパートナーと言っても過言ではありません。ここでは描かれていませんが、きっと生き人形に与えられた権限はゴルフのキャディよりも大きいものでしょう。

それを瞬時に察知したのか、ジェームズが説明を終えるや否やショーンは主人の元へ走り出しました。

あっもう行ってる…(第60話リスペクト)


この直後のケイトはといえば、もう諦めムードです。
心の中でジョンに謝り、ショーンに決闘を止めさせるよう心の中で語り掛けます。

対するジョンも、歴然としたギルバートとの実力差に自嘲します。

一人では何もできないと、全然強くないと、自分は馬鹿だと、ジョンらしくない淡い煤を出しながら呟きます。

「まだ戦えるのか…?」と伸ばした左手の拳。それはジョンの気力と連動するかのように、弱々しく床に降ろされます。そんな主人を前に、ショーンは膝をついて身を寄せました。


さあショーンはどうするんだ!?ショーンはどうする!!残り10ページしかありません!
(参考:某公営競技の20世紀最後のTV実況より)


しかし、見届ける観衆も主人も諦観を隠さない中、一人だけ勝負を諦めていない男がいました。

熱き男の「素」となったショーンです。

冒頭でモーフについて触れましたが、通常シャドーは人間を模倣した際に、その内外の形質も写し取ります。第100話でケイトも指摘していましたが、それはジョンも例外ではありません。

ということは、冷静に見えるショーンの中にもジョンと同じ熱き魂があるに決まっています。

この重大な局面において、そんなショーンが取った行動は、ジョンのケイトへの想いを利用した叱咤激励でした。


第128話のサラが。いや、こどもたちの棟の歴史の中で、ほぼ全てのシャドーが乗り越えることのできなかった「生き人形」からシャドーへともたらされる「影響」。

それを唯一打破したのは、第51話のジョンでした。
あの時のジョンは、ケイトの手紙を拠り所としてショーンの洗脳を解いていました。

それを知ってか知らずか(いや確信的でしょう)、ショーンは一か八かの可能性に賭け、主人の恋心を起爆剤に涙ながらに訴えかけます。

それはジョンを立ち上がらせるには十分すぎる鼓舞でした。


「ケイトが何も成していない俺を選ぶわけがない…!」


従者から発破をかけられて、奇しくも第133話のパトリックと同じ結論に達したジョン。

パトリックだってあの後、まだ何も成し遂げていない自分が浮ついている場合ではないと、自身の恋心を押し殺してエミリコに接していました。ならばジョンだって負けてはいられません。


「負けられない理由がある!!」


そう立ち上がるジョンの後ろでは、先程主人が降ろした左手の代わりと言わんばかりに、左手でガッツポーズを取るショーンがいます。これ以上にこの主従の関係を示すシーンはありますまい。これこそがジョンの魅力であり、ジョンとショーンの魅力でもあるのです。


従者の後押しを受けて、気力でギルバートに向かっていくジョン。

しかし、前回のジョンガードとは異なり無謀極まる姿勢です。加えて今のジョンは左手しか使えない状況なのです。そんな態勢で果たしてジョンパンチが撃てるのか……。

その憂いは空しくも現実となり、その左手はギルバートによって粉砕されました。「ベギィ」という明らかに骨の折れた効果音に、『やはりジョンパンチは来ないのか…』という絶望感が場を支配します。


ただ、ここからがジョンの本領発揮です。

不可能と思われた必殺技。

それは愛の成せる業なのか、「複数の痛みを感じない」という人体の不思議がもたらした偶然なのか、はたまたジョンという存在そのものが呼び寄せた奇跡なのか……。

理由はともかくとして、とうとうあの力が発動される時が来ました。振り上げた右拳には誰もが願ったあの黒い塊が描かれています。


ジョンパンチです。


修練の間を除いて、過去三度放たれた必殺技。

それが通用しなかったのは対マリーローズの時だけです。しかし彼女も、結局は二度目のジョンパンチの前に敗れました。

ジョンパンチの発動とは、「勝利確定」を意味するのです。


それは今回も同じでした。

ギルバートの鎧が頑丈ならば、ギルバートごと吹き飛ばせば良いと言わんばかりに発射されたジョンパンチ。ギルバートの身体と共に壁にめり込みます。

果たして、壁に打ち付けられたギルバート意識を失ったのか力なく床に倒れました。彼の身体には、既にご自慢の鎧はありません。あるのはすす能力発動前の姿でした。


相対するように描かれた、愕然とした表情のギルと勝利をほぼ確信した表情のショーン。

これはそのまま生き人形としての主人の「顔」であり、同時に彼ら本心の「顔」でもあることでしょう。

ということは、もうジョンの勝利と言って良いと思います!


ケイトへの愛を咆哮して戦場に立つジョン。

右手は傷だらけの満身創痍の格好です。今の彼は、これまででもっとも痛々しいジョンパンチ後の姿でした。

ただ、それは漢の勲章でもあります。

過去三度のジョンパンチ後とは比較にならないくらいに力強い、堂々とした立ち姿でもありました。