写真は、ローマにある「真実の口」という彫刻です。以前イタリアへ旅行に行った時に撮りました。

元々はローマ市内にあった寺院の集水器の蓋(=マンホール蓋)だったそうですが、それが紆余曲折あって教会内の外回廊に安置されるようになったらしいです。(詳細分からずですみません)
モデルとなった顔は、海神・オーケアノス。言われてみるとギリシャ神話らしい荒々しい見た目ですね。
余談ですが、私が幼い頃は東武動物公園にこの彫刻のレプリカがあり、壁に厳つい男性が埋まっているという構図から気味悪くて近づかなかった記憶があります。一口100円の占い器だったんですが、なんか低音で喋ってくるんですよね。子供から見たら怖いよ……。
さらに余談ですが、上の写真がなぜ正面から撮られていないかと言いますと、スケジュール通りにローマ市内を観光できなかった結果、「真実の口」があるサンタ・マリア・イン・コスメディン教会に着いたのが夜になってしまったからです。なんかこの彫刻、つくづく良い思い出がないなあ……。
さて、ところでこの彫刻がなぜ「真実の口」と名付けられているのかと言いますと、偽りの心を持つ者が真ん中の口に手を入れると嚙み千切られてしまう、という伝説があるからだそうです。
こんな伝説がなぜ生まれたのか詳細は分からずじまいで申し訳ないのですが、この伝説が広く知れ渡るきっかけになったのは名画「ローマの休日」で間違いないでしょう。
この映画では、新聞記者を演じるグレゴリー・ペックが「真実の口」に手を入れるシーンがあるのですが、彼は撮影中に本当に手がちぎられた振りをして、王女役のオードリー・ヘプバーンが素で驚いた、なんていう微笑ましいエピソードがあります。
東武動物公園の占い器も、その伝説に関連したアトラクションだったのかも知れませんね。
それはともかくとして、シャドーハウスに話を戻しましょう。
「真実の口」は偽りの心を持つ者を成敗する彫刻ですが、現実世界では逆に「真実」こそが人を傷つけることがあります。だからといって嘘をついてばかりではいけませんが、「嘘も方便」なんていう諺があるくらいに人間の生活において「嘘」は多いです。
悲しいことですが、建前と本音、それらを使い分けてようやく成り立つのがこの世界なのです。
しかし。
建前、とりわけ「嘘」をつくのであれば、それを以て幸福や安定に繋げるのが嘘をついた者の責務と言えましょう。誰かの心の安寧のために嘘をついたのであれば、それを貫き通し、生涯かけて決して悟られないよう努めるのが筋というものです。
そんな「優しい嘘」ならば、積極的に賛成はできませんが理解はできるところであります。
ですが此度のエピソードでは、ある少女が「真実」を告げられたが故に心の支えを失い、またもや絶望に突き落とされました。
癒えかけていた傷は空しくも、再び惨禍をもたらしました。

元々はローマ市内にあった寺院の集水器の蓋(=マンホール蓋)だったそうですが、それが紆余曲折あって教会内の外回廊に安置されるようになったらしいです。(詳細分からずですみません)
モデルとなった顔は、海神・オーケアノス。言われてみるとギリシャ神話らしい荒々しい見た目ですね。
余談ですが、私が幼い頃は東武動物公園にこの彫刻のレプリカがあり、壁に厳つい男性が埋まっているという構図から気味悪くて近づかなかった記憶があります。一口100円の占い器だったんですが、なんか低音で喋ってくるんですよね。子供から見たら怖いよ……。
さらに余談ですが、上の写真がなぜ正面から撮られていないかと言いますと、スケジュール通りにローマ市内を観光できなかった結果、「真実の口」があるサンタ・マリア・イン・コスメディン教会に着いたのが夜になってしまったからです。なんかこの彫刻、つくづく良い思い出がないなあ……。
さて、ところでこの彫刻がなぜ「真実の口」と名付けられているのかと言いますと、偽りの心を持つ者が真ん中の口に手を入れると嚙み千切られてしまう、という伝説があるからだそうです。
こんな伝説がなぜ生まれたのか詳細は分からずじまいで申し訳ないのですが、この伝説が広く知れ渡るきっかけになったのは名画「ローマの休日」で間違いないでしょう。
この映画では、新聞記者を演じるグレゴリー・ペックが「真実の口」に手を入れるシーンがあるのですが、彼は撮影中に本当に手がちぎられた振りをして、王女役のオードリー・ヘプバーンが素で驚いた、なんていう微笑ましいエピソードがあります。
東武動物公園の占い器も、その伝説に関連したアトラクションだったのかも知れませんね。
それはともかくとして、シャドーハウスに話を戻しましょう。
「真実の口」は偽りの心を持つ者を成敗する彫刻ですが、現実世界では逆に「真実」こそが人を傷つけることがあります。だからといって嘘をついてばかりではいけませんが、「嘘も方便」なんていう諺があるくらいに人間の生活において「嘘」は多いです。
悲しいことですが、建前と本音、それらを使い分けてようやく成り立つのがこの世界なのです。
しかし。
建前、とりわけ「嘘」をつくのであれば、それを以て幸福や安定に繋げるのが嘘をついた者の責務と言えましょう。誰かの心の安寧のために嘘をついたのであれば、それを貫き通し、生涯かけて決して悟られないよう努めるのが筋というものです。
そんな「優しい嘘」ならば、積極的に賛成はできませんが理解はできるところであります。
ですが此度のエピソードでは、ある少女が「真実」を告げられたが故に心の支えを失い、またもや絶望に突き落とされました。
癒えかけていた傷は空しくも、再び惨禍をもたらしました。
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昨年末は、トマスがこどもたちの棟に来訪していましたね。
セダンチェアに乗ったエドワードかルイスが姿を現すのかと思いきや、予想外過ぎる人物が登場したとあって、こどもたちの棟だけではなく読者までもが混乱に陥っておりました。あれで年越しだったのですから、ソウマトウ先生も中々に厳しいお方だなあと思ったのが懐かしいです。(良い意味で)
ついでに懐かしいと言えば、ツイッター界隈では『トマス、葡萄持ったまま年越しかよ』なんていうツッコミも多かったです。ああ確かに……。
ですが、今年も負けず劣らず個性の強い大人が姿を見せました。
エドワードです。
目下、ケイトのライバルと言える中ボス的存在。
物語とは関係ありませんが、彼はアニメ1期で特殊エンディングを獲得し、8月の「シャドーハウス×黒」の特別読切では美味しい役どころを掴んでいました。なんだかんだで不動の人気を得ている、それがエドワードなのです。
そんな人物がお遣いを終えて館に戻ってきたのですから、何もない筈がありません。
早速ルイスの策略もあり、バーバラとエドワードは直接対面することとなりました。
ルイスがアンソニーと接触していると知っている読者からすれば、ルイスの行動は怪しさ満点です。汗を流しいかにも焦っている表情ですが、胸の内では何を考えているのか分かったものではありません。
第149話のやりとりを見るからに、こどもたちの棟の「生徒」を集めるための一手ということでしょう。
対してバーバラは、つい最近まで同じ「こども」だったルイスを疑うそぶりもありません。一応直前に「事がうまく運びすぎて少し気掛かり」と言っているものの、ほぼ無警戒です。後の展開を知る我々からすると、この時の懸念を軽く見ないでもう少し慎重になっていればと思わずにはいられません。
それにしても、話を一気にラストに飛ばしますが、バーバラの暴発ってアンソニーとルイスの計算内だったのでしょうかね?
バーバラにトマスとの面談を促す手紙を送ったのはルイス本人で間違いないですが、恐らく彼が想定した流れとは全く違う方向へ事が進んだ気がするんですよね。
まず、トマスがどうなったかは話が長くなるのでひとまず置いておきましょう。
以前考察したように「追放」されたか、もしくはエドワードが視察中に「子供たちの棟の管理人」という立場を利用して、館外のトマス派を一気に崩したのかも知れません。エドワードがどう立ち回ったかは後の楽しみに取っておきます。
それはともかくとして、多分ルイス的には、
エドワードとバーバラが直接対面する。
↓
エドワードがネチネチとバーバラに詰め寄る。
↓
バーバラがサラとの密談を持ち出してエドワードに詰め寄る。
↓
両者決裂
といった構想を描いていたのではないでしょうか?
そうすればこどもたちの棟の管理人も星つきも機能不全に陥り、結果こどもたちの棟はコントロールを失います。そこにクリストファー(inアンソニー)が現れれば、一気にこどもたちが皆「生徒」になることでしょう。
流石のケイトも、そうなったら流れに抗えないと思います。
そうしてクリストファー(inアンソニー)が「救世主」としてこどもたちの棟を導き、やがて大人達に対抗する……
なんていう寸法なのかと思いました。
ですので、バーバラがサラを売らなかったこと、それどころか「自らの意志で勲章を外した」ことでエドワードをあと一歩まで追い詰めたこと、それに逆上してエドワードがバーバラに「真実」(クリストファーが亡くなっていること)を告げたことは、読み切れていなかったかと思います。
ルイスからすれば、エドワードは何やってるんだというところでしょう。因みに、ヤンジャンアプリのカラー版のコメント欄は1~9番目まで怒涛の9連続「エドワードさあ……」のみでした。江夏豊もびっくりです。
冗談はともかく、こうなってしまったからにはアンソニーもルイスも計画を練り直すかと思います。
言い方は悪いですが、バーバラの暴発を時間稼ぎとして、ケイトにはバーバラの「彼女たちならうまくやってくれるでしょう」という信頼通り、うまくこどもたちの棟を導いて欲しいものです。
(バーバラの言う「彼女」がケイトではなくスザンナの可能性もありますが)
ただ、若干気になるのが、ルイスはどこまでこどもたちの棟の現状を把握していたのかという点です。
先ほどは、バーバラが星つきを下りたことをルイスが知らないという前提でお話ししましたが、もしもルイスが現在のこどもたちの棟の状況を知っており、バーバラが星つきを辞めたこととこどもたち自らがリーダーを決めている、という動きを知っていたならば、それを見逃す筈がないとも思えます。
それを分かっていた上で、バーバラを直接エドワードに会わせたとすれば、ひょっとしたらエドワードがクリストファーが亡き者であることをバーバラに伝える事も、バーバラがその結果暴発することも、全部想定し得ていた可能性は高いです。
むしろ、あのアンソニーのことですからそれくらいのことはやってもおかしくありません。
第77話でマリーローズは「バーバラではこの秘密が重荷になる」といって、洗脳の件はクリストファーと相談して、バーバラには伝えないと決めたと話していました。
この取り決めの際にはアンソニーも関わっていたのは確実です。となれば、洗脳どころか大人に対抗するなどといった重大な秘密をバーバラと共有するとは考え難いです。
つまり、アンソニーにとってバーバラは「仲間」でも「生徒」でもなく、「駒」としてしか考えていない可能性もあるのです。彼のマリーローズ達に対する冷めた態度を鑑みれば、それくらいのことは平気でしでかしそうな高慢さがアンソニーからは感じられます。
つまり、ラストページのバーバラの暴発も計算内だったということです。
エドワードの言葉を借りるなら、こどもたちの棟は全てアンソニーの「手のひらの上」といったところでしょうか。うーん、いけ好かないなあ……。
いけ好かないと言えば、エドワードがバーバラとの面談を終えて立ち去る時の姿も腹ただしい光景であります。お披露目の時(第42話)を彷彿とさせる格好で、ポーズを決めてドアを閉めていたからです。
ご満悦といった表情ですが、口論に負けそうになったからといって論戦とは全く関係のない話題で相手を追い詰め、その姿を見て悦に浸るとは、果たしてこれが憧れの「大人」でしょうか?
敢えて第78話のマリーローズの言葉を持ち出しますが、「大人の世界…?全然羨ましくないね!」と言ってやりたくなります。一体化以前の問題です。
できることなら、ラストページの煤の暴発と思しきシーンが、バーバラのすす能力開花であることを願いたいところです。
最後に、エドワードのドア閉めのシーンから思い出したこと、そしてバービーに伝えたいことを語って記事を終えたいと思います。
バービーに伝えたいこと。
それは、どんなことが起ころうとも主人と「手を繋ぎ続け」て欲しい、ということです。
この言葉を見て、どこかで聞いたことがあるという方もいらっしゃるかと思います。これは第45話の冒頭のラムのモノローグから引用しました。
あの時のシャーリーとラムは、お披露目のゴールに間に合わず不合格となり、それどころかシャーリーは崩れ去りました。その後第95話にて彼女達の生存が判明しますが、それでもあのページを見る度に当時の記憶が蘇り、今もまだ辛くなることしばしばです。
ですが、読者でさえ正視に耐えない光景を前にしても、ラムは最後の最後までシャーリーと手を繋ぎ続けていました。
お披露目を経て心が近づき、そして主人を罠から助け出したことで、とうとう心通わせたシャーリーとラム。
お影様としての姿は保てなかったものの、それらの試練を乗り越えてシャーリーに宿った「人格」が「想定外」の事態を起こし、遂に奇跡の復活を引き寄せたのです。
であるならば、本音で語り合い、既に心通わせているバーバラとバービーならばこの事態を乗り切れると信じたいです。
ラムが主人の手を決して離さなかったことによって、もたらされた奇跡。
バービーにも主人の手を握り続け、そして抱きしめ続けることで、同じような奇跡を再び起こして欲しいと思います。
昨年末は、トマスがこどもたちの棟に来訪していましたね。
セダンチェアに乗ったエドワードかルイスが姿を現すのかと思いきや、予想外過ぎる人物が登場したとあって、こどもたちの棟だけではなく読者までもが混乱に陥っておりました。あれで年越しだったのですから、ソウマトウ先生も中々に厳しいお方だなあと思ったのが懐かしいです。(良い意味で)
ついでに懐かしいと言えば、ツイッター界隈では『トマス、葡萄持ったまま年越しかよ』なんていうツッコミも多かったです。ああ確かに……。
ですが、今年も負けず劣らず個性の強い大人が姿を見せました。
エドワードです。
目下、ケイトのライバルと言える中ボス的存在。
物語とは関係ありませんが、彼はアニメ1期で特殊エンディングを獲得し、8月の「シャドーハウス×黒」の特別読切では美味しい役どころを掴んでいました。なんだかんだで不動の人気を得ている、それがエドワードなのです。
そんな人物がお遣いを終えて館に戻ってきたのですから、何もない筈がありません。
早速ルイスの策略もあり、バーバラとエドワードは直接対面することとなりました。
ルイスがアンソニーと接触していると知っている読者からすれば、ルイスの行動は怪しさ満点です。汗を流しいかにも焦っている表情ですが、胸の内では何を考えているのか分かったものではありません。
第149話のやりとりを見るからに、こどもたちの棟の「生徒」を集めるための一手ということでしょう。
対してバーバラは、つい最近まで同じ「こども」だったルイスを疑うそぶりもありません。一応直前に「事がうまく運びすぎて少し気掛かり」と言っているものの、ほぼ無警戒です。後の展開を知る我々からすると、この時の懸念を軽く見ないでもう少し慎重になっていればと思わずにはいられません。
それにしても、話を一気にラストに飛ばしますが、バーバラの暴発ってアンソニーとルイスの計算内だったのでしょうかね?
バーバラにトマスとの面談を促す手紙を送ったのはルイス本人で間違いないですが、恐らく彼が想定した流れとは全く違う方向へ事が進んだ気がするんですよね。
まず、トマスがどうなったかは話が長くなるのでひとまず置いておきましょう。
以前考察したように「追放」されたか、もしくはエドワードが視察中に「子供たちの棟の管理人」という立場を利用して、館外のトマス派を一気に崩したのかも知れません。エドワードがどう立ち回ったかは後の楽しみに取っておきます。
それはともかくとして、多分ルイス的には、
エドワードとバーバラが直接対面する。
↓
エドワードがネチネチとバーバラに詰め寄る。
↓
バーバラがサラとの密談を持ち出してエドワードに詰め寄る。
↓
両者決裂
といった構想を描いていたのではないでしょうか?
そうすればこどもたちの棟の管理人も星つきも機能不全に陥り、結果こどもたちの棟はコントロールを失います。そこにクリストファー(inアンソニー)が現れれば、一気にこどもたちが皆「生徒」になることでしょう。
流石のケイトも、そうなったら流れに抗えないと思います。
そうしてクリストファー(inアンソニー)が「救世主」としてこどもたちの棟を導き、やがて大人達に対抗する……
なんていう寸法なのかと思いました。
ですので、バーバラがサラを売らなかったこと、それどころか「自らの意志で勲章を外した」ことでエドワードをあと一歩まで追い詰めたこと、それに逆上してエドワードがバーバラに「真実」(クリストファーが亡くなっていること)を告げたことは、読み切れていなかったかと思います。
ルイスからすれば、エドワードは何やってるんだというところでしょう。因みに、ヤンジャンアプリのカラー版のコメント欄は1~9番目まで怒涛の9連続「エドワードさあ……」のみでした。江夏豊もびっくりです。
冗談はともかく、こうなってしまったからにはアンソニーもルイスも計画を練り直すかと思います。
言い方は悪いですが、バーバラの暴発を時間稼ぎとして、ケイトにはバーバラの「彼女たちならうまくやってくれるでしょう」という信頼通り、うまくこどもたちの棟を導いて欲しいものです。
(バーバラの言う「彼女」がケイトではなくスザンナの可能性もありますが)
ただ、若干気になるのが、ルイスはどこまでこどもたちの棟の現状を把握していたのかという点です。
先ほどは、バーバラが星つきを下りたことをルイスが知らないという前提でお話ししましたが、もしもルイスが現在のこどもたちの棟の状況を知っており、バーバラが星つきを辞めたこととこどもたち自らがリーダーを決めている、という動きを知っていたならば、それを見逃す筈がないとも思えます。
それを分かっていた上で、バーバラを直接エドワードに会わせたとすれば、ひょっとしたらエドワードがクリストファーが亡き者であることをバーバラに伝える事も、バーバラがその結果暴発することも、全部想定し得ていた可能性は高いです。
むしろ、あのアンソニーのことですからそれくらいのことはやってもおかしくありません。
第77話でマリーローズは「バーバラではこの秘密が重荷になる」といって、洗脳の件はクリストファーと相談して、バーバラには伝えないと決めたと話していました。
この取り決めの際にはアンソニーも関わっていたのは確実です。となれば、洗脳どころか大人に対抗するなどといった重大な秘密をバーバラと共有するとは考え難いです。
つまり、アンソニーにとってバーバラは「仲間」でも「生徒」でもなく、「駒」としてしか考えていない可能性もあるのです。彼のマリーローズ達に対する冷めた態度を鑑みれば、それくらいのことは平気でしでかしそうな高慢さがアンソニーからは感じられます。
つまり、ラストページのバーバラの暴発も計算内だったということです。
エドワードの言葉を借りるなら、こどもたちの棟は全てアンソニーの「手のひらの上」といったところでしょうか。うーん、いけ好かないなあ……。
いけ好かないと言えば、エドワードがバーバラとの面談を終えて立ち去る時の姿も腹ただしい光景であります。お披露目の時(第42話)を彷彿とさせる格好で、ポーズを決めてドアを閉めていたからです。
ご満悦といった表情ですが、口論に負けそうになったからといって論戦とは全く関係のない話題で相手を追い詰め、その姿を見て悦に浸るとは、果たしてこれが憧れの「大人」でしょうか?
敢えて第78話のマリーローズの言葉を持ち出しますが、「大人の世界…?全然羨ましくないね!」と言ってやりたくなります。一体化以前の問題です。
できることなら、ラストページの煤の暴発と思しきシーンが、バーバラのすす能力開花であることを願いたいところです。
最後に、エドワードのドア閉めのシーンから思い出したこと、そしてバービーに伝えたいことを語って記事を終えたいと思います。
バービーに伝えたいこと。
それは、どんなことが起ころうとも主人と「手を繋ぎ続け」て欲しい、ということです。
この言葉を見て、どこかで聞いたことがあるという方もいらっしゃるかと思います。これは第45話の冒頭のラムのモノローグから引用しました。
あの時のシャーリーとラムは、お披露目のゴールに間に合わず不合格となり、それどころかシャーリーは崩れ去りました。その後第95話にて彼女達の生存が判明しますが、それでもあのページを見る度に当時の記憶が蘇り、今もまだ辛くなることしばしばです。
ですが、読者でさえ正視に耐えない光景を前にしても、ラムは最後の最後までシャーリーと手を繋ぎ続けていました。
お披露目を経て心が近づき、そして主人を罠から助け出したことで、とうとう心通わせたシャーリーとラム。
お影様としての姿は保てなかったものの、それらの試練を乗り越えてシャーリーに宿った「人格」が「想定外」の事態を起こし、遂に奇跡の復活を引き寄せたのです。
であるならば、本音で語り合い、既に心通わせているバーバラとバービーならばこの事態を乗り切れると信じたいです。
ラムが主人の手を決して離さなかったことによって、もたらされた奇跡。
バービーにも主人の手を握り続け、そして抱きしめ続けることで、同じような奇跡を再び起こして欲しいと思います。

たぶん偵察向きの能力かと思います。
クリストファーがルイスを生徒に選んだのも自身への信奉ぶりとその能力にあるのかもしれません。
ルイスがクリストファー側についたのはいつからなんでしょうね。
ルイスが一体化してからなのか、クリストファーのお呼ばれからなのか。
いくらクリストファーに憧れがあったとしても現在の立ち位置は明らかに館の秩序を乱す側ですからね。
ルイスはどこまで知っているのか、クリストファーの目的はこちらもまだわからないのですが、「生徒」という呼び方には何がこめられているのか。
ローズがそうでなかったように、「仲間」ではないのかもしれません。
shadowsblog
が
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