日本における貴族の発祥は4世紀といわれています。

大和朝廷の成立とともに皇族・豪族を中心として形成されたそうです。その後、平安時代初期にそれらの氏族を始祖とする藤原氏・橘氏・平氏・源氏といった一族が誕生し、歴代の政権に関与していきます。以降近代に至るまで、これらの貴族は政治や経済・文化に大きな影響力を持ちました。

さて、こうした貴族がなぜ大きな権力を持ったかといいますと、政治力・経済力もさることながら、長く続いてきた系譜だったことも理由に挙げられます。

古墳時代の豪族は日本神話に出自が由来します。神話に登場する神々の末裔として、有史以来天照大御神や天皇に仕えてきたことを根拠に支配層としての正当性を誇示したのです。著名な一族だと、物部氏や大伴氏といった教科書でも馴染みのある名があります。そうして長い歴史の中で有力な一族(=貴族)は上流階級として実権を握ってきました。


こうした貴族誕生の流れは、実は欧州でも同じです。

現在の欧州貴族が形成されたのは中世ですが、その源流は古代ローマ時代に遡ります。ローマの建国神話に登場する初代王・ロームルスが創設した元老院の議員(パトリキ)がそのまま力を持ち、代々支配層として影響力を持ったのが起源だそうです。神話を起源とする統治者の側近=貴族、と捉えると日本も欧州も同じですね。


ただ、古代以降の欧州貴族の成立は我が国とは異なります。

ローマが共和制へ移行すると被支配層だった平民階級が力を付け、やがて元老院議員になる者も出てきました。そうした王政ローマから代々続いてきた家系とは違う実力者は、新貴族(ノビレス)と呼ばれます。こうして現在目にするNOBLESSE(貴族、ノブレス)という言葉が生まれました。もっとも平民といえども元老院議員になるには有力な家系との縁故関係が必要でしたので、こうした一族も世襲制に近いものだったのは致し方ないところでしょうか。


しかし、歴史的に大きな貢献をしてきた一族でも、現代においてはそれだけで特権を持つことは理解されません。ましてや怠惰な生活やスキャンダルに見舞われようなら社会が許さないのが一般的な通念です。

貴族は社会に貢献し模範として振舞うべき、とする「ノブレス・オブリージュ」という言葉は19世紀のフランスが発祥ですが、現在は大きな力を持つ家系や企業・資本家の社会的責任を意味する概念として用いられています。力を持つ者がその立場を維持するには道徳的な行動も求められるのです。


さて、シャドーハウスも貴族を標榜する一族の物語ですが、その実態は既に第1話の1ページ目で明かされています。貴族そのものではなく「貴族のまねごとをしている者たち」、それがシャドー家なのです。

ですから厳密に言えばシャドー家は貴族ではありません。貴族のような支配者、とでも言えば良いでしょうか。とにかく正当性を持たない「貴族」なのです。


但し、それでも前述の新貴族(ノビレス)の話ではないですが、代々続く血筋でなくとも貴族になることは可能です。また、たとえ貴族でなくとも、貴族のような行動と心がけを持つことは誰にも咎められるものではありません。

今回のエピソードでは、そんな崇高な精神を持った主従が描かれました。

奇しくも読者から「パトリキ」と呼称されるあのソウルメイトです。
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此度のパトリックの決断には驚かせられました。

なぜなら、今回のラストで彼は自身の初恋を捨てる決意をしたからです。


思えば、現在のパニックホラー編の始まりは、ケイトがパトリックに星つきになるようお願いしたタイミングでした。

そしてパニックホラー編が始まってからというもの、パトリックにスポットライトが当たる形で物語が進んでいき、そうした中で彼は様々な場面で「弱い者を守る」ために奮闘してきました。

第22話で「シャドーハウスのお荷物は早めに捨てないとな」と言っていたキャラクターが、お披露目や同期、バーバラとの交流を経て、そして辿り着いた現在位置が描かれていたわけです。


つまり、パニックホラー編とはパトリックの成長譚としての側面を孕んでいたと言えるでしょう。

「星つき」として、「無能力者」として自らがどう振る舞い行動していくか。

パトリックという一人の少年の生き様が試されていたということです。さながら無能力者狩りにおいてジョンが全身全霊を注いだのと同じように、パトリックの存在証明を賭けた戦いの場でもあったわけです。


しかし、パトリックが「星つき」や「無能力者」という立場でどうやってこの事態を収めるのかと読者が注目していたところで、まさかエミリコへの恋心に言及されるとは完全に予想外でした。

パトリックとエミリコの関係にはいつか触れられるだろうとは思ってはいましたが、正直まさかという気分ですね。当分先だと思っていた出来事に直面し、読んでいて非常に驚きました。


それにしても、マーガレットを救うため、そしてこどもたちの棟を守るためにマーガレットへの婚姻申請を決断するとはパトリックの決意に頭が上がりません。本人は「ノブレス・オブリージュの精神」「この精神こそが俺の存在理由だ」と自らを奮い立たせていますが、この決断はもはやそれを超越した自己犠牲に達しているのではないでしょうか?

パトリックとエミリコの関係は第30話にまで遡りますが、お披露目からエミリコとの関係が始まり、第66話で恋心を自覚し、第134話でとうとうエミリコの手を取るまでになっていたわけです。

そんな風にして膨れ上がった感情を押し殺してまで「弱き者」を助けたいとするパトリックを形容するとすれば、貴族どころか「聖者」です。現実世界において「パトリック」という名はアイルランドの聖人に由来するそうですが、それに相応しい精神が彼には宿ったと言えるかもしれませんね。(元々はリッキーの名前だけれども……)


ただ、今回のパトリックの決断には心配な面もあるのは否定できないでしょう。私も最初読んだ時は様々な思いが頭を駆け巡りました。


キラキラ輝いて見えるほどにエミリコを好いていたのにその想いを捨てて良いのか、本当はエミリコが好きなのに嘘をついてまでマーガレットに婚姻申請するのか、後々それをマーガレットが知ったらどうするのか、それどころかその場でマーガレットに見抜かれてしまったら手の打ちようがなくなってしまう、正体不明のハート型の煤をきっかけにマーガレット本人やリディアに嘘が露呈してしまう可能性だってある、その決断はリッキーまでもを巻き込んでしまっているではないか……


特に最後のリッキーに関しては重要な点といえるかと思います。第157話でリッキーがルウのことを好きだと気付いているのに、それを承知でマーガレットに婚姻申請すると言っているのですから。パトリックは知らないので仕方ないですが、読者からしたらリッキーは選別会前夜にルウとある約束をしているのを見ているので少し戸惑うところでもあります。(私はあの時のルウの耳打ちは、結婚を約束するものだったのかなと想像しています)

そして私欲ですが、シャドーと生き人形という別種族同士の恋愛関係は物語上とても希少なので、もう少し長く見ていたかったなあというのも本音です。(そうした意味でパトリックとエミリコは唯一無二の関係でしたし)


ただ、読み込んでいく内にこうした感想はパトリックの表面しか見ていなかったことに気が付きました。

パトリックがお披露目でエミリコから優しさを受け取っていたように(第30話)、私は彼女から「見えないから想像したいんです」(第35話)という言葉に感銘を受けましたが、そうした観点から見ていくと少し見方が変わってきたのです。


多分ですが、パトリックはもう初恋を克服したのではないでしょうか?


私たち読者から見れば今回のパトリックの決断は唐突な気がします。

しかし、リッキーから思いを寄せている人がいるのではないかと尋ねられたパトリックはこう返していました。


「あの『お花畑』とは咲く場所が違った」


なんと奥ゆかしい言い回しでしょうか。そしてなんと切ない悟りでしょうか。パトリックの繊細な本質が見て取れるかのようです。

ですが、彼が花の咲く様子を恋と重ねて語った経緯を想像すると、パトリックは温室で花を育てていく中で精神的に成長していたように思えるのです。そもそも物事を「花」に例えて表現すること自体が、常に花に触れていなければ思いつかないでしょう。

パトリックが花に興味があると自覚したのは第66話です。エミリコへの恋心を自覚したのと同じエピソードでした。そして、その後パトリックは温室に度々通っている様子が描かれています。

例えば第97話や第120・121話です。

第97話ではケイトに問いだされるリッキーを庇っていました。

第121話ではマーガレットから守ってくれるかどうか尋ねられて、当たり前だろうと返しています。

この二つのエピソードを見ると、パトリックにとってエミリコだけが特別な存在ではないという風に変わっていったように見て取れないでしょうか?


第134話では再びエミリコと会いチューリップを渡しています。その後パトリックはソファに腰かけて考え事をしていましたが、揺れる少年の恋心が良く描かれたシーンです。同時に、この時のパトリックはエミリコと二人きりでいたことで乱れてしまった、諸々の感情を整理しているようにも見えます。

これらのエピソードをパトリック目線で見ていくと、こうした出来事を通じて、徐々に自分の心に向かい合い、冷静になっていたように思えてきました。

温室で花を育てていくうちに、自分自身を見つめ、やがてパトリックの心も成長していったのではないでしょうか。


「それだけだ」


人生最大の出会いと錯覚してもおかしくないエミリコへの恋心を、「それだけ」と切り捨てるに至ったパトリック。此度のエピソードでパトリックが下した決断は、こういった背景があったからと私は考えています。読者の見えないところでパトリックは大きく成長したということです。

シャドーの掟に反して生き人形を愛し、従者たる生き人形に対しソウルメイトと誓った彼なら、そうした考えがあっての行動だったと思えてなりません。

ならば私は彼の考えを尊重したいと思います。


さて、物語の後半(むしろ終盤)にしか触れないのも少し重いので、前半部分と絡めて今後のパトリックについて想像していきます。

先程はパトリックの決断について長々と述べましたが、現時点で彼がここまで考えていたかどうかは分かりません。それに本当にパトリックがエミリコへの初恋を克服していたとしても、マーガレットへの婚姻申請が成功するとは限らないでしょう。成功したとしても、現在の惨状を止められる保証はありません。


ただ、私はその点については楽観視しています。なぜならパトリックは既に「星つき」として相応しい活躍をしているからです。それは研究班の面々やラムがパトリックの背中を叩いている場面に集約されるでしょう。

オリバーはわざわざ「星つき」と言いながら背中を叩き、アンナもそれに続きます。

ラムはシャーリーに促されたのでしょうか。指にシャーリーが巻き付いている状態ですので、ラムの脳内に「ラムもやっちゃいなよ!」とか「私の代わりにヨロシク!」みたいな感じでラムにやって貰ったのかも知れませんね。想像するだけでほっこりします。

極めつけはリディアです。当初はパトリックが「星つき」になったと聞いて「マジか」と言っていたのに、このシーンでは実にいい顔で思い切りパトリックの背中をはたいています。

彼ら彼女らの顔を見ると、多分パトリックの決意が空振りに終わったとしても、これからも頼りになる味方としてサポートしてくれるように思えてなりません。

ケイトもルイーズもジョンもいない中、研究班からの信頼を得られたのはパトリックの「気高い心」がもたらした何よりの成果だと私は信じています。


ケイトは第115話で「自分が何者かを決めるのは今の私」と言っていました。

今回のパトリックにも同じような台詞があります。


「大事なものは生まれでも立場でもない」
「この精神こそが俺の存在理由だ」


初恋破れて人は大人になると言います。

もしかしたらエミリコへの恋心を断ち切ったことで、パトリックは大人への道(=すす能力の開花)へと進んでいくのかも知れませんね。