「どんなときも どんなときも 僕が僕らしくあるために……」
こんなフレーズが街に流れていたのはもう30年以上前になります。「世界に一つだけの花」の作者で知られる槇原敬之氏の「どんなときも。」は1991年6月10日に発売されました。今も様々なアーティストがカバーする平成の名曲です。
6月10日と言えば、今年ReoNaさんの「ないない」が1000万回再生を記録した日でもありますね。無理矢理シャドーハウスと繋げるわけではないですが、今調べていてこんな偶然があるのだなあと感慨深くなりました。(写真やツイッターで振り返る令和5年のシャドーハウス)
ところで、私が「どんなときも。」を知ったのは小学4年生の頃でした。
とはいってもリアルタイムではありません。もしかしたらそれ以前にも耳にしたことはあったのかも知れませんが、記憶の中に残っているのは発売から何年も経った時でした。
しかし、なぜそんなことを覚えているのかと言われると答えに詰まります。
ただ思い返すと、この曲の歌詞に「教室」や「スニーカー」といった学生生活に身近な語句が入っていたことで印象付けられたことが大きかったのかなと思います。大人向けの作品ではあるものの、キャッチーなメロディですから子供ながらにいい歌だなあと感じたのでしょう。今でもこの曲を聴くとあの頃のことを鮮明に思い出せます。
さて、様々な出来事があった令和5年(2023年)ももうすぐ去ります。今年もシャドーハウス漬けの毎日でした。
最早毎年恒例になっておりますが、本記事では今年感じたとりとめないことを「どんなときも。」と併せて挨拶がてらに語っていこうと思います。
では続きよりどうぞ。
こんなフレーズが街に流れていたのはもう30年以上前になります。「世界に一つだけの花」の作者で知られる槇原敬之氏の「どんなときも。」は1991年6月10日に発売されました。今も様々なアーティストがカバーする平成の名曲です。
6月10日と言えば、今年ReoNaさんの「ないない」が1000万回再生を記録した日でもありますね。無理矢理シャドーハウスと繋げるわけではないですが、今調べていてこんな偶然があるのだなあと感慨深くなりました。(写真やツイッターで振り返る令和5年のシャドーハウス)
ところで、私が「どんなときも。」を知ったのは小学4年生の頃でした。
とはいってもリアルタイムではありません。もしかしたらそれ以前にも耳にしたことはあったのかも知れませんが、記憶の中に残っているのは発売から何年も経った時でした。
しかし、なぜそんなことを覚えているのかと言われると答えに詰まります。
ただ思い返すと、この曲の歌詞に「教室」や「スニーカー」といった学生生活に身近な語句が入っていたことで印象付けられたことが大きかったのかなと思います。大人向けの作品ではあるものの、キャッチーなメロディですから子供ながらにいい歌だなあと感じたのでしょう。今でもこの曲を聴くとあの頃のことを鮮明に思い出せます。
さて、様々な出来事があった令和5年(2023年)ももうすぐ去ります。今年もシャドーハウス漬けの毎日でした。
最早毎年恒例になっておりますが、本記事では今年感じたとりとめないことを「どんなときも。」と併せて挨拶がてらに語っていこうと思います。
では続きよりどうぞ。
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アニメ放映によって嵐のような毎日が続いた2021年~2022年。
この2年間はシャドーハウスが歩んだ五年間の中で最も激動だったと思います。様々な催しや企画が行われ、連載当初では考えられないような日々の連続でした。
そんな2年間と比べると、本年はいささか落ち着いた年になったかと存じます。
ですが理由は明白です。シャドーハウスという作品が落ち目になったからではなく、単純にメディアの露出が減ったからです。これは昨年末から分かっていたことです。ですから2023年は、シャドーハウスファンにとって、シャドーハウスの本編に集中し来たる3期に向けて心と体力と財力を蓄えるそんな一年になるだろうと考えていました。(主語が大きくてすみません……)
しかししかし。
そんな風に悠然と構えて半年余り。驚く知らせが舞い込んできました。
6月8日のシャドーハウス原画展開催のニュースです。
これまで小規模な原画展はありました。
例えば、単行本1巻が発売した2019年1月はジュンク堂池袋本店で複製原画展が開催されていました。また、喜久屋書店仙台店ではシャドーハウスのディスプレイが設置されると、数枚だけではありますが複製原画が展示されています。余談ですがジュンク堂池袋本店の複製原画展は私がブログを作ろうと思い立ったきっかけでもありました。
しかし、6月にもたらされた知らせはこれまでとは全く様相が異なっておりました。
「ソウマトウ初の大規模原画展」と銘打たれ、しかも開催地は西武渋谷という流行の一大発信地だったからです。
さらにそのニュースが駆け巡るや否や公式HPも公開されました。その中にはソウマトウ先生の名作「黒-kuro-」の文字も並んでいます。なんとシャドーハウス以外の集英社関連作品も対象となったのです。この日の報を受けファンの間では喜びの声が多く見受けられました。中には予想を的中させた方がいたのも懐かしいです。
開催期間中の盛り上がりについてはもう語るまでもないでしょう。
前記事の「写真やツイッターで振り返る令和5年のシャドーハウス」を読んでいただければ分かりますが、多くのファンが詰めかけ、さらにはキャストの皆様も訪問されるなど大きな反響を呼びました。
アニメがないから控え目な年になるだろうというファンの予想を良い意味で裏切って下さった公式様、そしてソウマトウ先生には感謝してもしきれません。まるで夢のような2週間でした。本当にこの作品を追い続けられて幸せです。
ところで、2019年の複製原画展について「ブログ設立のきっかけになった」と先程申し上げましたが、今年のシャドーハウス原画展も違う意味で、私のシャドーハウス生活に大きな影響を与えてくれました。
実を言いますと、この原画展によってこれまでの私のシャドーハウス生活が救われたからです。
いささか愚痴のようになってしまうので申し訳ないですが、私にとってシャドーハウスとは趣味の一つです。それ以上でもそれ以下でもありません。
こんな風に書くと「毎年『シャドーハウス第一宣言』だなんて言ってるじゃないか!」とお𠮟りを受けるのは重々承知ですが、しかしあくまで私はこのスタンスです。
そもそも冷静に考えるまでもなく、読者でしかない者が漫画作品を趣味以上の存在にしてしまうのは問題ですからね。今まで言う機会がなかったのでここで述べますが、そのくらいの距離を置いて私はシャドーハウスと付き合っています。しかしだからこそ長く作品を追い続けられているのかなとも思います。(それでもかなりのめり込んでますけどね!)(オタク界隈で言うと「頭までどっぷり沼に嵌っている」状態)
じゃあなぜ、毎回のようにこうやって記事を書いたりイベントに参加しているんだという話にもなりますが、それは趣味を充実させることは日々の生活に潤いを与えることと同義だからです。
仕事だけの人生では息が詰まりますし、人生を生きる上でのオアシスとして趣味は重要です。楽しい人生を送るための原動力として趣味に打ち込む、その対象が私にとってシャドーハウスだったということです。この作品に出会えて幸運でした。もし連載開始日にシャドーハウスと出会えてなかったら今の自分は何してたんだろうなあとふと思うほど、シャドーハウスという趣味は大きな位置を占めています。
しかし、そうは言っても長く続けていくと上手くいかないこともあります。そうした距離を測りかねて勇み足で失敗したこともありました。
一番私が後悔していることは、pixiv百科事典のシャドーハウスのページをどなたかが大規模に編集し直して下さったのを、良かれと思って差し戻してしまったことです。
当時はトラブル防止のため、と思ってはいましたが、後々になってから一方的すぎる行動でしたし、相手に対して失礼だったのではないかと悔やんでいます。
今更になってもう遅いですが、もしこの記事をその方が読んでいらっしゃるのでしたら謝りたいです。その節は大変失礼いたしました。
あと、このブログのタイトルは「来客のない奇妙な館」ですがこの名付けも迂闊でした。
長らくシャドーハウスを応援している方は知っていらっしゃると思いますが、これは連載当初のシャドーハウスのキャッチコピーだったからです。
ブログ設立当初は軽い気持ちで付けたタイトルでしたが、よく考えると公式でもない個人ブログのタイトルに公式のキャッチコピーを用いるのは決して好ましいことではないでしょう。
その証拠に現在このコピーが公式で使われることはほぼありません。こういう言い方は厚かましいと思いますが、ひょっとしたら公式の動きを狭めてしまったこともあると思うと非常に心苦しいです。今も時々、本当にこれで良いのかと自問しています。
また、シャドーハウスではなく「黒」について失敗しまったと思ったことがありました。
それはシャドーハウスがアニメ放映中だった2021年の5月のことです。
この年は「黒」が丁度連載10周年ということで、私はウィキペディアのページ作成や高知競馬での協賛レース、ツイッターでのPRを行っていたのですが、結局ソウマトウ先生がこの日「黒」について触れることはありませんでした。
私としてはソウマトウ先生からの反応を期待していたわけではありません。ただ、私の行動とは関係なくとも、10周年という節目なので先生から「黒」の話題が出るのではないかと思っていました。
しかしこの日どころか、ソウマトウ先生から「黒」の話題が出ることはほとんどなくなりました。そのことについては後にpixivFANBOXが公開されたことで判明します。それはこの記事の内容です。
→黒の日
>終わってだいぶ経つので今年はもういいかなと思いつつ一応前回の連載「黒の日」でもあるよとお知らせしておきます。(来年はもういいかな)
この一文を読んで、ああやってしまったと後悔しました。
恐らく、ソウマトウ先生の中では既に「黒」については区切りがついていて、過去作なのでさして取り上げることはないという思いがあったのでしょう。
考えてみれば当然で、先生が執筆しているのはシャドーハウスであって「黒」ではないのです。ましてやアニメ放映中に自分の過去作を宣伝することはできないという事情だってあったかも知れません。
なのに、それに気付かないまま随分と出しゃばったことをしてしまったものです。当時私の呼びかけに反応して下さった方もいたのにこのような結末になってしまって大変申し訳なかったです。思慮不足でした。
ですので、それ以来人目に触れる場所でシャドーハウス以外について触れることはあまりしなくなりました。翌年はギリギリアウトの10周年でしたがこの時のお祝いは控え目に留めています。「推し」の応援とはかくも難しいということを身を以って知ることになりました。
ただ、それもまた一ファンの思い過ごしでしかなかったことを昨年思い知りました。
「シャドーハウス×黒」の公開です。
となりのヤングジャンプの10周年記念としてソウマトウ先生が執筆されたのは、なんとシャドーハウスと「黒」のクロスオーバーでした。しかも「黒」の続編と呼ぶべき内容です。連載終了から8年経って「黒」の新作が誌面に載るとは思いませんでしたので大変驚きました。本編以降のココを見られてとても嬉しかったです。
そして今年。「黒」について更に大きな動きがありました。
何度も申し上げている原画展の開催です。
連載始まって以来の「原作」における最大のイベント。原画展ではシャドーハウスと並んで「黒」も大きく取り上げられました。
それを見て、私は自分が間違っていたことにようやく気が付きます。
やっぱり先生方も「黒」を大切にされているのだと、そんな当たり前のことに今更ながら思い至ったのです。
原画展では、他に「黒」の紹介文がウィキペディアの冒頭と同じだったことにも感動しました。
ウィキペディアは公共物なわけですから、その内容がどう使われようが執筆者に権利があるわけではありません。しかしそれを抜きにしても、自分の書いた文章をシャドーハウスの公式イベントで見ることができて感激致しました。
ここにきて遂に胸のつかえが取れた気がします。
この紹介文は公式パンフレットには載っていないので、代わりに大切な思い出として胸にしまっておくことにします。
以前も申し上げましたが西武渋谷は私にとって馴染みのある場所です。
そんな大切な場所で大好きな作品のイベントが開催され、この日は言葉にできないくらいの思いが胸に去来しました。そしてポスターに「来客のない奇妙な館」という聞いたことのあるフレーズが印字されていたことには本当に胸をなでおろしました。
「迷い探し続ける日々が答えになる」
今まで自分が歩んできた道のりが、ほんの少しではあるもののシャドーハウスと重なったことは望外の喜びでした。そしてその中で、シャドーハウスを応援し続けてきたことが間違っていなかったと気付くことができたのは偶然にせよ、かけがえのない体験でした。
6年目を迎えたシャドーハウス。
先程先生が更新されたpixivFANBOXのご挨拶の中では、既にシャドーハウスは物語の折り返しを過ぎたという旨の内容がございました。(→年末のご挨拶)
ただ先生が仰るように、シャドーハウスにはまだまだ隠された謎、明かされていない真実がごまんとあります。これからも、それらを解き明かすケイトとエミリコの冒険に胸躍らされる日がまだまだ続くことでしょう。
それに何と言っても、アニメ3期も劇場版だって実現していないですからね。
それどころかギリギリアウトや寄生彼女サナを含めた『完全版原画展』だって期待していますし、なんなら「黒」とギリギリアウトのアニメ化だって夢見ています!
「好きなものは 好きと 言える気持ち抱きしめてたい」
本記事で申し上げたように、私だって人間ですからこれからもシャドーハウスを応援していく過程で迷うこともきっとあるでしょう。しかし「どんなときも。」のサビのように、シャドーハウスが好きという気持ちはこれからも変わらない自信が私にはあります。
そうした思いを頼りにこれからもシャドーハウスをもっともっと楽しんで行けたなら、幾つもの煌めく「答え」が見つかるだろうと、そんな風に気楽に考えながら来年もやっていけたらと思っています。
ではいつも通りではありますが長々と語り過ぎましたね。2024年まであと一時間を切りました。
毎年のことながら遅々とした更新を続けている本ブログですが、今年もご訪問下さりどうもありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願い致します。
令和5年12月31日 来客のない奇妙な館管理人 影野知高
アニメ放映によって嵐のような毎日が続いた2021年~2022年。
この2年間はシャドーハウスが歩んだ五年間の中で最も激動だったと思います。様々な催しや企画が行われ、連載当初では考えられないような日々の連続でした。
そんな2年間と比べると、本年はいささか落ち着いた年になったかと存じます。
ですが理由は明白です。シャドーハウスという作品が落ち目になったからではなく、単純にメディアの露出が減ったからです。これは昨年末から分かっていたことです。ですから2023年は、シャドーハウスファンにとって、シャドーハウスの本編に集中し来たる3期に向けて心と体力と財力を蓄えるそんな一年になるだろうと考えていました。(主語が大きくてすみません……)
しかししかし。
そんな風に悠然と構えて半年余り。驚く知らせが舞い込んできました。
6月8日のシャドーハウス原画展開催のニュースです。
これまで小規模な原画展はありました。
例えば、単行本1巻が発売した2019年1月はジュンク堂池袋本店で複製原画展が開催されていました。また、喜久屋書店仙台店ではシャドーハウスのディスプレイが設置されると、数枚だけではありますが複製原画が展示されています。余談ですがジュンク堂池袋本店の複製原画展は私がブログを作ろうと思い立ったきっかけでもありました。
しかし、6月にもたらされた知らせはこれまでとは全く様相が異なっておりました。
「ソウマトウ初の大規模原画展」と銘打たれ、しかも開催地は西武渋谷という流行の一大発信地だったからです。
さらにそのニュースが駆け巡るや否や公式HPも公開されました。その中にはソウマトウ先生の名作「黒-kuro-」の文字も並んでいます。なんとシャドーハウス以外の集英社関連作品も対象となったのです。この日の報を受けファンの間では喜びの声が多く見受けられました。中には予想を的中させた方がいたのも懐かしいです。
開催期間中の盛り上がりについてはもう語るまでもないでしょう。
前記事の「写真やツイッターで振り返る令和5年のシャドーハウス」を読んでいただければ分かりますが、多くのファンが詰めかけ、さらにはキャストの皆様も訪問されるなど大きな反響を呼びました。
アニメがないから控え目な年になるだろうというファンの予想を良い意味で裏切って下さった公式様、そしてソウマトウ先生には感謝してもしきれません。まるで夢のような2週間でした。本当にこの作品を追い続けられて幸せです。
ところで、2019年の複製原画展について「ブログ設立のきっかけになった」と先程申し上げましたが、今年のシャドーハウス原画展も違う意味で、私のシャドーハウス生活に大きな影響を与えてくれました。
実を言いますと、この原画展によってこれまでの私のシャドーハウス生活が救われたからです。
いささか愚痴のようになってしまうので申し訳ないですが、私にとってシャドーハウスとは趣味の一つです。それ以上でもそれ以下でもありません。
こんな風に書くと「毎年『シャドーハウス第一宣言』だなんて言ってるじゃないか!」とお𠮟りを受けるのは重々承知ですが、しかしあくまで私はこのスタンスです。
そもそも冷静に考えるまでもなく、読者でしかない者が漫画作品を趣味以上の存在にしてしまうのは問題ですからね。今まで言う機会がなかったのでここで述べますが、そのくらいの距離を置いて私はシャドーハウスと付き合っています。しかしだからこそ長く作品を追い続けられているのかなとも思います。(それでもかなりのめり込んでますけどね!)(オタク界隈で言うと「頭までどっぷり沼に嵌っている」状態)
じゃあなぜ、毎回のようにこうやって記事を書いたりイベントに参加しているんだという話にもなりますが、それは趣味を充実させることは日々の生活に潤いを与えることと同義だからです。
仕事だけの人生では息が詰まりますし、人生を生きる上でのオアシスとして趣味は重要です。楽しい人生を送るための原動力として趣味に打ち込む、その対象が私にとってシャドーハウスだったということです。この作品に出会えて幸運でした。もし連載開始日にシャドーハウスと出会えてなかったら今の自分は何してたんだろうなあとふと思うほど、シャドーハウスという趣味は大きな位置を占めています。
しかし、そうは言っても長く続けていくと上手くいかないこともあります。そうした距離を測りかねて勇み足で失敗したこともありました。
一番私が後悔していることは、pixiv百科事典のシャドーハウスのページをどなたかが大規模に編集し直して下さったのを、良かれと思って差し戻してしまったことです。
当時はトラブル防止のため、と思ってはいましたが、後々になってから一方的すぎる行動でしたし、相手に対して失礼だったのではないかと悔やんでいます。
今更になってもう遅いですが、もしこの記事をその方が読んでいらっしゃるのでしたら謝りたいです。その節は大変失礼いたしました。
あと、このブログのタイトルは「来客のない奇妙な館」ですがこの名付けも迂闊でした。
長らくシャドーハウスを応援している方は知っていらっしゃると思いますが、これは連載当初のシャドーハウスのキャッチコピーだったからです。
ブログ設立当初は軽い気持ちで付けたタイトルでしたが、よく考えると公式でもない個人ブログのタイトルに公式のキャッチコピーを用いるのは決して好ましいことではないでしょう。
その証拠に現在このコピーが公式で使われることはほぼありません。こういう言い方は厚かましいと思いますが、ひょっとしたら公式の動きを狭めてしまったこともあると思うと非常に心苦しいです。今も時々、本当にこれで良いのかと自問しています。
また、シャドーハウスではなく「黒」について失敗しまったと思ったことがありました。
それはシャドーハウスがアニメ放映中だった2021年の5月のことです。
この年は「黒」が丁度連載10周年ということで、私はウィキペディアのページ作成や高知競馬での協賛レース、ツイッターでのPRを行っていたのですが、結局ソウマトウ先生がこの日「黒」について触れることはありませんでした。
私としてはソウマトウ先生からの反応を期待していたわけではありません。ただ、私の行動とは関係なくとも、10周年という節目なので先生から「黒」の話題が出るのではないかと思っていました。
しかしこの日どころか、ソウマトウ先生から「黒」の話題が出ることはほとんどなくなりました。そのことについては後にpixivFANBOXが公開されたことで判明します。それはこの記事の内容です。
→黒の日
>終わってだいぶ経つので今年はもういいかなと思いつつ一応前回の連載「黒の日」でもあるよとお知らせしておきます。(来年はもういいかな)
この一文を読んで、ああやってしまったと後悔しました。
恐らく、ソウマトウ先生の中では既に「黒」については区切りがついていて、過去作なのでさして取り上げることはないという思いがあったのでしょう。
考えてみれば当然で、先生が執筆しているのはシャドーハウスであって「黒」ではないのです。ましてやアニメ放映中に自分の過去作を宣伝することはできないという事情だってあったかも知れません。
なのに、それに気付かないまま随分と出しゃばったことをしてしまったものです。当時私の呼びかけに反応して下さった方もいたのにこのような結末になってしまって大変申し訳なかったです。思慮不足でした。
ですので、それ以来人目に触れる場所でシャドーハウス以外について触れることはあまりしなくなりました。翌年はギリギリアウトの10周年でしたがこの時のお祝いは控え目に留めています。「推し」の応援とはかくも難しいということを身を以って知ることになりました。
ただ、それもまた一ファンの思い過ごしでしかなかったことを昨年思い知りました。
「シャドーハウス×黒」の公開です。
となりのヤングジャンプの10周年記念としてソウマトウ先生が執筆されたのは、なんとシャドーハウスと「黒」のクロスオーバーでした。しかも「黒」の続編と呼ぶべき内容です。連載終了から8年経って「黒」の新作が誌面に載るとは思いませんでしたので大変驚きました。本編以降のココを見られてとても嬉しかったです。
そして今年。「黒」について更に大きな動きがありました。
何度も申し上げている原画展の開催です。
連載始まって以来の「原作」における最大のイベント。原画展ではシャドーハウスと並んで「黒」も大きく取り上げられました。
それを見て、私は自分が間違っていたことにようやく気が付きます。
やっぱり先生方も「黒」を大切にされているのだと、そんな当たり前のことに今更ながら思い至ったのです。
原画展では、他に「黒」の紹介文がウィキペディアの冒頭と同じだったことにも感動しました。
ウィキペディアは公共物なわけですから、その内容がどう使われようが執筆者に権利があるわけではありません。しかしそれを抜きにしても、自分の書いた文章をシャドーハウスの公式イベントで見ることができて感激致しました。
ここにきて遂に胸のつかえが取れた気がします。
この紹介文は公式パンフレットには載っていないので、代わりに大切な思い出として胸にしまっておくことにします。
以前も申し上げましたが西武渋谷は私にとって馴染みのある場所です。
そんな大切な場所で大好きな作品のイベントが開催され、この日は言葉にできないくらいの思いが胸に去来しました。そしてポスターに「来客のない奇妙な館」という聞いたことのあるフレーズが印字されていたことには本当に胸をなでおろしました。
「迷い探し続ける日々が答えになる」
今まで自分が歩んできた道のりが、ほんの少しではあるもののシャドーハウスと重なったことは望外の喜びでした。そしてその中で、シャドーハウスを応援し続けてきたことが間違っていなかったと気付くことができたのは偶然にせよ、かけがえのない体験でした。
6年目を迎えたシャドーハウス。
先程先生が更新されたpixivFANBOXのご挨拶の中では、既にシャドーハウスは物語の折り返しを過ぎたという旨の内容がございました。(→年末のご挨拶)
ただ先生が仰るように、シャドーハウスにはまだまだ隠された謎、明かされていない真実がごまんとあります。これからも、それらを解き明かすケイトとエミリコの冒険に胸躍らされる日がまだまだ続くことでしょう。
それに何と言っても、アニメ3期も劇場版だって実現していないですからね。
それどころかギリギリアウトや寄生彼女サナを含めた『完全版原画展』だって期待していますし、なんなら「黒」とギリギリアウトのアニメ化だって夢見ています!
「好きなものは 好きと 言える気持ち抱きしめてたい」
本記事で申し上げたように、私だって人間ですからこれからもシャドーハウスを応援していく過程で迷うこともきっとあるでしょう。しかし「どんなときも。」のサビのように、シャドーハウスが好きという気持ちはこれからも変わらない自信が私にはあります。
そうした思いを頼りにこれからもシャドーハウスをもっともっと楽しんで行けたなら、幾つもの煌めく「答え」が見つかるだろうと、そんな風に気楽に考えながら来年もやっていけたらと思っています。
ではいつも通りではありますが長々と語り過ぎましたね。2024年まであと一時間を切りました。
毎年のことながら遅々とした更新を続けている本ブログですが、今年もご訪問下さりどうもありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願い致します。
令和5年12月31日 来客のない奇妙な館管理人 影野知高
