いやあ、直球のサブタイトルがきましたね。
ズバリ「狂信者」
第11話で「偉大なるおじい様」なる語句が登場して以来、館に住む全てのシャドーと生き人形が崇拝する絶対的な存在として「シャドー家を統率するシャドー家の王 (私たち)生き人形の生みの親 偉大なる創造主様」は描かれてきました。
その様子はまさに「狂信」「妄信」と言っても言い過ぎではないでしょう。第44話ではすす珈琲の影響もあって、おじい様の姿を見たこどもたちが狂喜乱舞しておりました。常軌を逸したあの光景はまさに「狂信者」そのものです。(それにしてもおじい様の本名、長いなあ……)
しかし、そうした集団から抜け出すことのできた人物がいます。
物語の主人公・ケイトです。
彼女が館における“おじい様絶対主義”に染まっていない理由はネタバレになるので触れませんが、とにかくケイトは第1話から館に反意を持っているのは周知の通りであります。シャドーハウスという物語は、ケイトの館に対する抵抗の物語ともいえるでしょう。
ただ、そんな孤独な闘いも今では大分様相が変わりました。エミリコを始めとして多くの心強い味方がケイトに付いたからです。
まだまだ対等とは言えませんが、偉大なるおじい様が支配する勢力にとって、ケイトの率いる仲間達は決して無視できない存在になりつつあります。今後どうなっていくのかまだまだ先の読めない展開が続きそうですね。
ところが、そのどちらにも与しない第三勢力の一端が此度発覚しました。しかもその派閥のリーダーは既に世に存在しないというのですから驚くべきことです。普通ならそんな組織は形を保つことさえ危ういでしょう。
ただ裏を返せば、それでも組織として成り立っているのは、亡きリーダーに強烈なカリスマがあったことと今を支える「狂信者」がいるからに他なりません。
シャドーハウスにも、ついにそんな怪しげな「教団」が姿を見せました。
ズバリ「狂信者」
第11話で「偉大なるおじい様」なる語句が登場して以来、館に住む全てのシャドーと生き人形が崇拝する絶対的な存在として「シャドー家を統率するシャドー家の王 (私たち)生き人形の生みの親 偉大なる創造主様」は描かれてきました。
その様子はまさに「狂信」「妄信」と言っても言い過ぎではないでしょう。第44話ではすす珈琲の影響もあって、おじい様の姿を見たこどもたちが狂喜乱舞しておりました。常軌を逸したあの光景はまさに「狂信者」そのものです。(それにしてもおじい様の本名、長いなあ……)
しかし、そうした集団から抜け出すことのできた人物がいます。
物語の主人公・ケイトです。
彼女が館における“おじい様絶対主義”に染まっていない理由はネタバレになるので触れませんが、とにかくケイトは第1話から館に反意を持っているのは周知の通りであります。シャドーハウスという物語は、ケイトの館に対する抵抗の物語ともいえるでしょう。
ただ、そんな孤独な闘いも今では大分様相が変わりました。エミリコを始めとして多くの心強い味方がケイトに付いたからです。
まだまだ対等とは言えませんが、偉大なるおじい様が支配する勢力にとって、ケイトの率いる仲間達は決して無視できない存在になりつつあります。今後どうなっていくのかまだまだ先の読めない展開が続きそうですね。
ところが、そのどちらにも与しない第三勢力の一端が此度発覚しました。しかもその派閥のリーダーは既に世に存在しないというのですから驚くべきことです。普通ならそんな組織は形を保つことさえ危ういでしょう。
ただ裏を返せば、それでも組織として成り立っているのは、亡きリーダーに強烈なカリスマがあったことと今を支える「狂信者」がいるからに他なりません。
シャドーハウスにも、ついにそんな怪しげな「教団」が姿を見せました。
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前回の各話感想で、ルイスの背後にはアンソニーがいるに違いないと書きましたがその通りでしたね。
この点は、第149話を読めばルイスはクリストファーを崇拝しているのは明らかだったので簡単に予想できました。むしろアンソニーの指示なくしてルイスが単独行動をしている、と考える方が難しかったです。
ただ、それでも考察しにくい点もありました。
アンソニーがルイスに正体を明かしていたか否かです。
アンソニーは第79話で「僕は人間だ」とケイトに語っていますが、やりようによってはアンソニーはクリストファーの振りをすることは可能なんですよね。実際に第155話では危篤状態のバーバラの前に「クリストファー」として姿を見せ、間一髪でバーバラを救っていました。
アンソニーが語っていたクリストファーの「自害」は本当なのか、アンソニーは本当に「人間」なのか、などなどアンソニーの言動や行動がどこまで事実なのかは不明ですが、とりあえずは『顔を出している大人』の振りでしたら幾らでも騙ることは可能です。
ですので、第149話のラストでルイスが「クリストファー様のために」という台詞を発した時は混乱しました。
この時ルイスが言った「クリストファー」という言葉が、目の前のアンソニーに向けられているのか、そうではないのかによって様々な解釈ができてしまうからです。
例えば、ルイスがアンソニーに「クリストファー」と語り掛けたとしたら、アンソニーはルイスに嘘を付いている可能性があります。ルイスに対して、アンソニーは「クリストファー」の振りをして接触しているということになるためです。
しかし、もしもアンソニーがルイスに嘘をついてないとしたら、我々が「アンソニー」だと認識している人物は「クリストファー」ということになります。それはそれで衝撃です。謎が深まるばかりです。
ただ逆に、ルイスが投げ掛けた「クリストファー様」という台詞が、文面通りクリストファー本人に向けたものだとしたら、クリストファーはどこかで生きていると考えることもできます。
そして、それでもなおクリストファーが既に生きていないとしたら、ルイスは亡きクリストファーに忠誠を誓っていたことになります。
そんな風に4通りの解釈が可能だった第149話のラスト。
今回明かされたのは、ルイスにとってアンソニーが「教師」という真実でした。
ルイスが「生き人形」でしかないアンソニーを「教師」として敬っているのは中々に奇妙な光景であります。通常の館のシステムからは考えられないですね。
ルイスはルイーズに「一体化したあとの洗脳を解くことは難しいからね」とさり気に重大な情報を喋っていますが、この前後の会話から考えると、偉大なるおじい様よりもクリストファーを崇める思想はルイスの一体化以前に吹き込まれたとみるべきでしょう。それほどまでに星つき時代のクリストファーはカリスマ性に溢れていた、ということです。
しかし本来であれば「偉大なるおじい様」「シャドーハウス」をシャドーが否定するのは困難です。第113話のエミリコを例に挙げるまでもなく、洗脳された生き人形によって簡単にシャドーは影響を受けてしまうからです。第128話のサラはそれであっという間に再洗脳されてしまいました。
となれば、ルイスの生き人形・ルウも珈琲を飲んでいなかったということでしょうか?それによって洗脳が薄れ、クリストファーを信仰したまま一体化したのかも知れませんね。
ここまで書いて気付いたのですが、クリストファー、というよりもアンソニーがルイスに吹き込んだのはクリストファーの教えだけではなく『一体化に対する罪悪感を軽減する思想』もあるのかなと感じました。
なぜかと言いますと、ルイーズがルウとの一体化を悩む言動を聞いたルイスは「生徒になれば救われる」と述べているからです。ひょっとしたらルウとの一体化を後悔したルイスは、こども時代に過ごしたルウとの「楽しい生活」が忘れられない罪悪感から、アンソニーが語る「救済」にすがってしまったとも考えられるのです。
ルイーズは今回のエピソードでルウとの一体化について「私が大切なルウで…いなくなったらつまんないかもしれなくてっ…」と叫んでいます。
この台詞を読む度にルイーズの辛い胸中が感じられて胸が締め付けられそうになりますが、少なくとも一体化してしまったらその後悔から逃れることはできないでしょう。
ルイーズにはどうか、アンソニーの甘い口車には乗らないで欲しいと切に願います。
前回の各話感想で、ルイスの背後にはアンソニーがいるに違いないと書きましたがその通りでしたね。
この点は、第149話を読めばルイスはクリストファーを崇拝しているのは明らかだったので簡単に予想できました。むしろアンソニーの指示なくしてルイスが単独行動をしている、と考える方が難しかったです。
ただ、それでも考察しにくい点もありました。
アンソニーがルイスに正体を明かしていたか否かです。
アンソニーは第79話で「僕は人間だ」とケイトに語っていますが、やりようによってはアンソニーはクリストファーの振りをすることは可能なんですよね。実際に第155話では危篤状態のバーバラの前に「クリストファー」として姿を見せ、間一髪でバーバラを救っていました。
アンソニーが語っていたクリストファーの「自害」は本当なのか、アンソニーは本当に「人間」なのか、などなどアンソニーの言動や行動がどこまで事実なのかは不明ですが、とりあえずは『顔を出している大人』の振りでしたら幾らでも騙ることは可能です。
ですので、第149話のラストでルイスが「クリストファー様のために」という台詞を発した時は混乱しました。
この時ルイスが言った「クリストファー」という言葉が、目の前のアンソニーに向けられているのか、そうではないのかによって様々な解釈ができてしまうからです。
例えば、ルイスがアンソニーに「クリストファー」と語り掛けたとしたら、アンソニーはルイスに嘘を付いている可能性があります。ルイスに対して、アンソニーは「クリストファー」の振りをして接触しているということになるためです。
しかし、もしもアンソニーがルイスに嘘をついてないとしたら、我々が「アンソニー」だと認識している人物は「クリストファー」ということになります。それはそれで衝撃です。謎が深まるばかりです。
ただ逆に、ルイスが投げ掛けた「クリストファー様」という台詞が、文面通りクリストファー本人に向けたものだとしたら、クリストファーはどこかで生きていると考えることもできます。
そして、それでもなおクリストファーが既に生きていないとしたら、ルイスは亡きクリストファーに忠誠を誓っていたことになります。
そんな風に4通りの解釈が可能だった第149話のラスト。
今回明かされたのは、ルイスにとってアンソニーが「教師」という真実でした。
ルイスが「生き人形」でしかないアンソニーを「教師」として敬っているのは中々に奇妙な光景であります。通常の館のシステムからは考えられないですね。
ルイスはルイーズに「一体化したあとの洗脳を解くことは難しいからね」とさり気に重大な情報を喋っていますが、この前後の会話から考えると、偉大なるおじい様よりもクリストファーを崇める思想はルイスの一体化以前に吹き込まれたとみるべきでしょう。それほどまでに星つき時代のクリストファーはカリスマ性に溢れていた、ということです。
しかし本来であれば「偉大なるおじい様」「シャドーハウス」をシャドーが否定するのは困難です。第113話のエミリコを例に挙げるまでもなく、洗脳された生き人形によって簡単にシャドーは影響を受けてしまうからです。第128話のサラはそれであっという間に再洗脳されてしまいました。
となれば、ルイスの生き人形・ルウも珈琲を飲んでいなかったということでしょうか?それによって洗脳が薄れ、クリストファーを信仰したまま一体化したのかも知れませんね。
ここまで書いて気付いたのですが、クリストファー、というよりもアンソニーがルイスに吹き込んだのはクリストファーの教えだけではなく『一体化に対する罪悪感を軽減する思想』もあるのかなと感じました。
なぜかと言いますと、ルイーズがルウとの一体化を悩む言動を聞いたルイスは「生徒になれば救われる」と述べているからです。ひょっとしたらルウとの一体化を後悔したルイスは、こども時代に過ごしたルウとの「楽しい生活」が忘れられない罪悪感から、アンソニーが語る「救済」にすがってしまったとも考えられるのです。
ルイーズは今回のエピソードでルウとの一体化について「私が大切なルウで…いなくなったらつまんないかもしれなくてっ…」と叫んでいます。
この台詞を読む度にルイーズの辛い胸中が感じられて胸が締め付けられそうになりますが、少なくとも一体化してしまったらその後悔から逃れることはできないでしょう。
ルイーズにはどうか、アンソニーの甘い口車には乗らないで欲しいと切に願います。
