我が国の歴史において、もっとも有名な「忠臣」といえばこの武将をおいてほかにないでしょう。

鎌倉時代から南北朝時代にかけて名を馳せた、楠木正成公です。
楠木正成は後醍醐天皇に仕えていた武士で、元寇をきっかけに求心力を失っていた鎌倉幕府を倒し、天皇親政(建武の新政)への道を切り開いたことで知られています。
上の銅像は、幕府に捕らえられ流罪となっていた後醍醐天皇が隠岐からの脱出に成功した際、兵庫にて出迎えた勇姿を象ったものだそうです。ここで主君と合流した楠木正成は京都まで後醍醐天皇を護衛し、天皇からの絶大な信頼を経て政治の中枢に携わることとなりました。
ところが、後醍醐天皇が理想とした天皇親政は僅か2年で崩壊します。
新制度の導入に伴う混乱や失政、権力地盤の脆弱さを原因とした相次ぐ反乱などによって統治がままならなかったからです。やがて、鎌倉幕府倒幕に大きく貢献し、その後も後醍醐天皇の命を受けて各地の鎮圧に当たっていた足利尊氏までもが、混乱続きの天皇親政から距離を置き反旗を翻します。そうして後醍醐天皇側の勢力は徐々に劣勢となっていきました。
そんな中、楠木正成は変わらず後醍醐天皇に付き従います。正成自身は尊氏の実力と人望を高く評価しており、後醍醐天皇に尊氏との和睦を薦めていましたが、主君の答えは「尊氏を追討せよ」というものでした。
そして迎えた「湊川の戦い」
既に民衆からの支持を失っている後醍醐天皇。翻って、各地の武将や寺社の支援、民の人心を掴んでいる足利勢。
そうした風聞を見ていた正成は、戦いの前から敗北は必至と考えていたそうです。その予感通り、彼は敗色濃厚となった建武3年5月25日に自刃しました。その最期は弟の楠木正季との差し違えだったと伝えられています。建武の夢はこうして儚く消え去りました。
ところが、敗者にも関わらず彼の名は今でもよく知られています。
楠木正成の名を知らなくても、上の写真の銅像を見たことがあるという方も多いでしょう。高齢者の方ならば「大楠公」の名で覚えている方もいらっしゃることと思います。ウェブで検索すると「日本三忠臣」などどいう言葉もあるようで、当然ながら楠木正成は忠臣の筆頭に挙げられています。
これは、強き者に付き勝ち馬に乗るのが当然とされる戦乱の世において、身が果てることを知ってなお主君のために尽くした楠木正成を、後世の人々が称えたためです。
現在、彼を顕彰する像や碑は全国各地に見受けられますが、もっとも著名なのは上でも掲載した皇居外苑の「楠公像」です。
主君のために忠義を守り通した当時の楠木正成と同じく、銅像へと姿を変えた令和時代でもなお、皇統を見守るかのように彼の姿は皇居の側に鎮座し続けています。
さて、長くなりましたが、こうした「忠臣」を題材にした史実やフィクションは高い人気を誇ります。
古くから和気清麻呂や「忠臣蔵」は有名ですし、近年では高橋紹運の岩屋城の戦いや大戦末期のペリリューの戦いも知られるようになってきました。
これはきっと、心揺れ動き定まりのない出来事の多い世の中において、ブレず媚びず引かぬ人生を歩む忠臣たちの姿に心を打たれる人々が多いからではないでしょうか。そして、そんな「忠臣」が忠義を貫くにあたっての苦悩に思い馳せ、それでも筋を通した人生に拍手を送ろうという、純朴な感情がそこにはあるからだと私は考えています。
此度のエピソードで描かれた「忠臣」は、残念ながら長い道のりの中で挫折してしまい、生きる意味を失っていました。生き方を定められた苦悩、人生の意味を失った喪失感、目的を果たせぬと悟った時の悲しみは、通常の人生を歩む私には計り知れない辛さだったと想像します。
しかし、そんな彼の前に主君の血を引く存在が姿を現し、再び生きる意味を与えてくれました。
主君の後継者に頭を垂れた彼の瞳は、麗しの薔薇の前でついに輝きを取り戻します。

鎌倉時代から南北朝時代にかけて名を馳せた、楠木正成公です。
楠木正成は後醍醐天皇に仕えていた武士で、元寇をきっかけに求心力を失っていた鎌倉幕府を倒し、天皇親政(建武の新政)への道を切り開いたことで知られています。
上の銅像は、幕府に捕らえられ流罪となっていた後醍醐天皇が隠岐からの脱出に成功した際、兵庫にて出迎えた勇姿を象ったものだそうです。ここで主君と合流した楠木正成は京都まで後醍醐天皇を護衛し、天皇からの絶大な信頼を経て政治の中枢に携わることとなりました。
ところが、後醍醐天皇が理想とした天皇親政は僅か2年で崩壊します。
新制度の導入に伴う混乱や失政、権力地盤の脆弱さを原因とした相次ぐ反乱などによって統治がままならなかったからです。やがて、鎌倉幕府倒幕に大きく貢献し、その後も後醍醐天皇の命を受けて各地の鎮圧に当たっていた足利尊氏までもが、混乱続きの天皇親政から距離を置き反旗を翻します。そうして後醍醐天皇側の勢力は徐々に劣勢となっていきました。
そんな中、楠木正成は変わらず後醍醐天皇に付き従います。正成自身は尊氏の実力と人望を高く評価しており、後醍醐天皇に尊氏との和睦を薦めていましたが、主君の答えは「尊氏を追討せよ」というものでした。
そして迎えた「湊川の戦い」
既に民衆からの支持を失っている後醍醐天皇。翻って、各地の武将や寺社の支援、民の人心を掴んでいる足利勢。
そうした風聞を見ていた正成は、戦いの前から敗北は必至と考えていたそうです。その予感通り、彼は敗色濃厚となった建武3年5月25日に自刃しました。その最期は弟の楠木正季との差し違えだったと伝えられています。建武の夢はこうして儚く消え去りました。
ところが、敗者にも関わらず彼の名は今でもよく知られています。
楠木正成の名を知らなくても、上の写真の銅像を見たことがあるという方も多いでしょう。高齢者の方ならば「大楠公」の名で覚えている方もいらっしゃることと思います。ウェブで検索すると「日本三忠臣」などどいう言葉もあるようで、当然ながら楠木正成は忠臣の筆頭に挙げられています。
これは、強き者に付き勝ち馬に乗るのが当然とされる戦乱の世において、身が果てることを知ってなお主君のために尽くした楠木正成を、後世の人々が称えたためです。
現在、彼を顕彰する像や碑は全国各地に見受けられますが、もっとも著名なのは上でも掲載した皇居外苑の「楠公像」です。
主君のために忠義を守り通した当時の楠木正成と同じく、銅像へと姿を変えた令和時代でもなお、皇統を見守るかのように彼の姿は皇居の側に鎮座し続けています。
さて、長くなりましたが、こうした「忠臣」を題材にした史実やフィクションは高い人気を誇ります。
古くから和気清麻呂や「忠臣蔵」は有名ですし、近年では高橋紹運の岩屋城の戦いや大戦末期のペリリューの戦いも知られるようになってきました。
これはきっと、心揺れ動き定まりのない出来事の多い世の中において、ブレず媚びず引かぬ人生を歩む忠臣たちの姿に心を打たれる人々が多いからではないでしょうか。そして、そんな「忠臣」が忠義を貫くにあたっての苦悩に思い馳せ、それでも筋を通した人生に拍手を送ろうという、純朴な感情がそこにはあるからだと私は考えています。
此度のエピソードで描かれた「忠臣」は、残念ながら長い道のりの中で挫折してしまい、生きる意味を失っていました。生き方を定められた苦悩、人生の意味を失った喪失感、目的を果たせぬと悟った時の悲しみは、通常の人生を歩む私には計り知れない辛さだったと想像します。
しかし、そんな彼の前に主君の血を引く存在が姿を現し、再び生きる意味を与えてくれました。
主君の後継者に頭を垂れた彼の瞳は、麗しの薔薇の前でついに輝きを取り戻します。
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ジェレマイアの従者・ジェレミが、なんとミラーファミリーの一員だったという事実が明かされた今回のエピソード。
ジェレミの生い立ちから語られたミラーファミリーの様子は実に興味深いものでしたね。
アンソニーのカリスマ性は当時から発揮されていたようで、当時のジェレミは「心の拠り所はアンソニーのみ」とまで言い切っています。過酷な訓練に明け暮れる日々の中、アンソニーの存在そのものがミラーファミリーにとっての「希望」だったということでしょう。まさに第198話でアルフレッドが言っていたように「希望の子」だったというわけです。
しかし、「希望」も裏返れば「失望」です。
それを決定づけたのは「親殺し」という名のアンソニーの凶行でした。運悪くジェレミはアンソニーの犯行現場を見てしまったのです。そのことについて彼は、「裏切り」「忘れもしない」と語りました。
さて、個人的に今回のお話を読んでいて一番興味深かったのは、アルフレッド刺殺事件当時のアンソニーとジェレミの違いです。
恐らくジェレミもアルフレッドとアンソニーの会話を聞いていたと思いますが、もしそうだとしたらアルフレッドの「もう島も館も諦めよう」という発言も聞こえていたはずです。見た感じですと部屋は狭いですから、物置か何かに隠れていたジェレミにもはっきり聞こえていたことでしょう。
そしてそれが引き金となってアンソニーは実の父親を手に掛けたわけですが、面白いのがアンソニーがアルフレッドの発言に反発しているのに対し、ジェレミはそうしたアンソニーの行動・言動を「裏切り」と述べているんですよね。ここにアンソニーとジェレミの立場の違いというものが明確に描写されていると感じました。
彼らの身になって考えると、ここでの二人の立場の違いがよく分かります。
説明すると、アンソニーからすればアルフレッドの血を引く自分はアルフレッドの揺るぎない後継者であり、アルフレッドは館の主なのだから、当然それを継ぐのも自分自身だという自負があります。アルフレッドの子はアンソニーしかいないのですから一理あります。
しかし、ジェレミにしてみればアルフレッドが存命しているうちは、仕えるべき主人はアルフレッド唯一人です。アンソニーが唯一の後継者候補だったとしても、それは「候補」であってまだそう確定しているわけではありません。そして、いつしか正式にミラーファミリーのリーダーとなった暁には、アンソニーを生涯支えていこうと思っていたに違いありません。
すると、ジェレミにとって目の前で起こった惨劇は権力の簒奪でしかなかったんじゃないかと思うんですよね。
アルフレッドからの正式な地位の譲渡、或いはアルフレッドの死去によってミラーファミリーの総意でリーダーになったのならともかく、アンソニーの起こした行動はそうした穏当な権力移譲ではありません。一種の暴力革命です。
ジェレミの語った「裏切り」とは、仕えていた主人を奪われたという意味での台詞だったのだと私は考えています。
ただ、だからといってジェレミがアルフレッドのために仇討ちなどできようはずもありません。相手はアンソニーという、旧知の相手であり、そして「誰よりも強い」人物です。そしてさらに言えば、シャドーハウスという異質な世界でも順調に出世していく人間です。まず太刀打ちできるわけもありません。
ジェレミは今回の第204話でアンソニーについて「正統な後継者」と数度語っていますが、その直後に「主人の不在」と述べるなど、僅かながらにアンソニーに対する評価が揺れていることが見て取れます。
「生き方はそうそう変えられるものではありません」と零すジェレミにとって、アンソニーという存在を認めることも、認めないことも葛藤だったと思われます。そうした時間が長く続き、生きる目的さえも失うに至ったとすれば、彼が直面した無力感、悲哀というものがより深く感じられました。
しかし、シャドーハウスはケイトとエミリコが織りなす希望の物語です。ジェレミのような好青年が無力感に苛まれて終わるわけがありません!
生きる意味を失った彼のもとに現れたのは、まさしく正式な館の後継者でした。しかも主人・アルフレッドの正妻の娘です。
こうとなったら考えるまでもありません。
血筋だけではなく、生き方の悩みを吐露したジェレミの意を酌むかのように「人生を預けてくれる?」と持ち掛け、さらに「館を取り戻す日まで」という期限付きの条件を提示することで、直前に発した「みんな自由で幸せになる権利がある」という台詞は本気だと意思表明する、類まれなリーダーシップを持つお嬢様。
洗脳ではなく、自らの意思で忠誠を誓うジェレミの瞳は実に澄んでいました。濁った瞳で狂気の忠誠を叫ぶシャドーハウスと全くの好対照と言えましょう。
今後彼が主人のために尽くす「サポート」がどんな風に描かれていくのか非常に楽しみです。
ところで、本筋から外れますが、第108話でエミリーがケイトに言い聞かせていた「ミラー家の誰かが迎えに来てくれる」という台詞って、今思うとあながち見当外れではなかった気がしますね。
もしもミラーファミリーにジェレミのようなメンバーが他にもいて、アンソニーよりもキャサリンの子こそが後継者に相応しいと感じ、キャサリンとエミリーの足取りを追い、船漕いでエミリーの隠れ家に辿り着く……。
ひょっとしたら、こんなことだってあり得たんじゃないかと思います。
もっとも、そうではなかったというのが、身一つでシャドーハウスに乗り込んだケイトの凄さっぷりとでもいえましょうか。今話ラストの台詞も然り、実に豪胆なお嬢様ですねケイトは。
ジェレマイアの従者・ジェレミが、なんとミラーファミリーの一員だったという事実が明かされた今回のエピソード。
ジェレミの生い立ちから語られたミラーファミリーの様子は実に興味深いものでしたね。
アンソニーのカリスマ性は当時から発揮されていたようで、当時のジェレミは「心の拠り所はアンソニーのみ」とまで言い切っています。過酷な訓練に明け暮れる日々の中、アンソニーの存在そのものがミラーファミリーにとっての「希望」だったということでしょう。まさに第198話でアルフレッドが言っていたように「希望の子」だったというわけです。
しかし、「希望」も裏返れば「失望」です。
それを決定づけたのは「親殺し」という名のアンソニーの凶行でした。運悪くジェレミはアンソニーの犯行現場を見てしまったのです。そのことについて彼は、「裏切り」「忘れもしない」と語りました。
さて、個人的に今回のお話を読んでいて一番興味深かったのは、アルフレッド刺殺事件当時のアンソニーとジェレミの違いです。
恐らくジェレミもアルフレッドとアンソニーの会話を聞いていたと思いますが、もしそうだとしたらアルフレッドの「もう島も館も諦めよう」という発言も聞こえていたはずです。見た感じですと部屋は狭いですから、物置か何かに隠れていたジェレミにもはっきり聞こえていたことでしょう。
そしてそれが引き金となってアンソニーは実の父親を手に掛けたわけですが、面白いのがアンソニーがアルフレッドの発言に反発しているのに対し、ジェレミはそうしたアンソニーの行動・言動を「裏切り」と述べているんですよね。ここにアンソニーとジェレミの立場の違いというものが明確に描写されていると感じました。
彼らの身になって考えると、ここでの二人の立場の違いがよく分かります。
説明すると、アンソニーからすればアルフレッドの血を引く自分はアルフレッドの揺るぎない後継者であり、アルフレッドは館の主なのだから、当然それを継ぐのも自分自身だという自負があります。アルフレッドの子はアンソニーしかいないのですから一理あります。
しかし、ジェレミにしてみればアルフレッドが存命しているうちは、仕えるべき主人はアルフレッド唯一人です。アンソニーが唯一の後継者候補だったとしても、それは「候補」であってまだそう確定しているわけではありません。そして、いつしか正式にミラーファミリーのリーダーとなった暁には、アンソニーを生涯支えていこうと思っていたに違いありません。
すると、ジェレミにとって目の前で起こった惨劇は権力の簒奪でしかなかったんじゃないかと思うんですよね。
アルフレッドからの正式な地位の譲渡、或いはアルフレッドの死去によってミラーファミリーの総意でリーダーになったのならともかく、アンソニーの起こした行動はそうした穏当な権力移譲ではありません。一種の暴力革命です。
ジェレミの語った「裏切り」とは、仕えていた主人を奪われたという意味での台詞だったのだと私は考えています。
ただ、だからといってジェレミがアルフレッドのために仇討ちなどできようはずもありません。相手はアンソニーという、旧知の相手であり、そして「誰よりも強い」人物です。そしてさらに言えば、シャドーハウスという異質な世界でも順調に出世していく人間です。まず太刀打ちできるわけもありません。
ジェレミは今回の第204話でアンソニーについて「正統な後継者」と数度語っていますが、その直後に「主人の不在」と述べるなど、僅かながらにアンソニーに対する評価が揺れていることが見て取れます。
「生き方はそうそう変えられるものではありません」と零すジェレミにとって、アンソニーという存在を認めることも、認めないことも葛藤だったと思われます。そうした時間が長く続き、生きる目的さえも失うに至ったとすれば、彼が直面した無力感、悲哀というものがより深く感じられました。
しかし、シャドーハウスはケイトとエミリコが織りなす希望の物語です。ジェレミのような好青年が無力感に苛まれて終わるわけがありません!
生きる意味を失った彼のもとに現れたのは、まさしく正式な館の後継者でした。しかも主人・アルフレッドの正妻の娘です。
こうとなったら考えるまでもありません。
血筋だけではなく、生き方の悩みを吐露したジェレミの意を酌むかのように「人生を預けてくれる?」と持ち掛け、さらに「館を取り戻す日まで」という期限付きの条件を提示することで、直前に発した「みんな自由で幸せになる権利がある」という台詞は本気だと意思表明する、類まれなリーダーシップを持つお嬢様。
洗脳ではなく、自らの意思で忠誠を誓うジェレミの瞳は実に澄んでいました。濁った瞳で狂気の忠誠を叫ぶシャドーハウスと全くの好対照と言えましょう。
今後彼が主人のために尽くす「サポート」がどんな風に描かれていくのか非常に楽しみです。
ところで、本筋から外れますが、第108話でエミリーがケイトに言い聞かせていた「ミラー家の誰かが迎えに来てくれる」という台詞って、今思うとあながち見当外れではなかった気がしますね。
もしもミラーファミリーにジェレミのようなメンバーが他にもいて、アンソニーよりもキャサリンの子こそが後継者に相応しいと感じ、キャサリンとエミリーの足取りを追い、船漕いでエミリーの隠れ家に辿り着く……。
ひょっとしたら、こんなことだってあり得たんじゃないかと思います。
もっとも、そうではなかったというのが、身一つでシャドーハウスに乗り込んだケイトの凄さっぷりとでもいえましょうか。今話ラストの台詞も然り、実に豪胆なお嬢様ですねケイトは。
