こちらの絵は「1814年、フランス戦役」という作品です。19世紀の画家、エルネスト・メソエニの代表作としてパリのオルセー美術館に展示されています。ナポレオン

ところで、こちらの絵の中に有名な人物が描かれているのがお分かりになりますでしょうか?

絵画に詳しい方ならすぐに分かるかも知れませんね。或いは、そうでなくとも題名で察した方もいらっしゃるかも知れません。


先頭に立つ白馬に跨る人物。彼こそがかの有名な、ナポレオン・ボナパルトです。


歴史に興味ない方も名前は聞いたことがあるかと存じます。それくらいに現代に与えた影響は大きく、今現在の社会システムの根幹を形作った、またはそのきっかけになったと言っても過言ではない功績を残しました。その詳細は割愛しますが、改めて説明するまでもない程に彼は今でも英雄視されています。


しかし、ナポレオンの生涯は輝かしいものばかりではありませんでした。いや、むしろその栄華と凋落の落差は凄まじいです。

それは先ほどご紹介した絵画にも表れています。なぜならこの絵は、彼が英雄から転落するきっかけとなった1914年のプロイセンとの戦いに赴く様子が描かれているからです。

皆様はナポレオンといいますと、思い浮かべるのは白馬に跨って片手を掲げるあの有名な絵かと思います。「サン=ベルナール峠を越えるボナパルト」(Wikipedia)と名付けられたこの作品は、彼が栄光へと進んでいく始まりを象徴する絵画として広く知られています。

反面、上の「1814年、フランス戦役」はそういった勇ましさとは無縁の寒々しい構図となっています。

この戦いに敗れたナポレオンは失脚し、一時的に復権を果たしたものの間もなくワーテルローの戦いで完敗、南大西洋の孤島・セントヘレナ島に幽閉され病死しました。

享年51歳。フランス皇帝として欧州の覇権を手にしてから17年後のことでした。


さて、現実世界において栄光と凋落の両方を味わった人物を紹介しましたが、今回のシャドーハウスでも権力のある地位から一転、「島流し」とでも言うべき罰を与えられたキャラクターが描かれました。

第205話「没落」

こどもたちの棟を翻弄した末路は、実に惨めなものでした。
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こどもたちの棟を翻弄した人物と言えばこの男しかいません。

エドワードです。

遂に彼は、これまで行ってきた所業が重鎮たちに知られ、結果左遷させられました。


まあ、実際はそれらの「所業」に関してアンソニーが結構関わっているんですけどね。そういった意味ではアンソニーこそが黒幕とも言えなくはありません。

ただ、エドワードがアンソニーの指示に従って行動していたわけでもないのも事実です。

ここで今一度、エドワードが試験官として、こどもたちの棟の管理人として、2階の実力者としてどんなことをしてきたのか列挙していきましょう。


・斬新なお披露目(ケイト達の時の)を企画(偉大なるおじい様から評価)
・ケイトを反乱分子としてマーク
・マリーローズとローズマリーの身投げを隠蔽
・こどもたちの棟に「視察」と称して偵察(前例はないがジョゼフの許可済)
・こどもたちが煤入り珈琲を飲んでいないのを隠蔽
・サラとダグラスを手下にする
・サラを煤出し要員として提案(恐らく第115話ラストのやり取り)
・島内を「お遣い」(館からの指示)
・ルイスをこどもたちの棟の管理人代行にする
・バーバラを再起不能にする(再起不能の理由は捏造)
・トマスを失脚させる
・ケイトに事後通達でルイーズを「お呼ばれ」
・新人たちのお披露目で侵入者がいると重鎮に告発
・トマスに脱獄される
・しかもそれを獄中死として虚偽の報告


加えて、
・「お呼ばれ」成功1回(ルイス)
・名目上「お呼ばれ」失敗3回(第71話、マリーローズ、ルイーズ)


とまあ、今回明らかになったのを含めてこんなところでしょうか。なお、太字はジョゼフの台詞から明言されたエドワードが左遷になった理由です。


……なんというか、正直判断に困りますね。

確かに左遷される理由にはなりますが、シャドーハウスという館なら許容範囲と言いますか、もう少しうまく立ち回っていれば問題なかった気もします。トマスだって管理人だった頃はこのくらいのことはしていたんじゃないでしょうかね?(テイラーがうまい汁吸っていたと伺わせる描写もありましたし)


だとしたら、エドワードもすす列車の中で考えていますが、直接的な理由は新人たちのお披露目での推理ショーでしょう。

あの時のジョゼフは明らかに怪しい言動・行動をしていましたし、エドワードが見つけた鞄(ケイトが持っていたもの)に至ってはお任せ下さいと言いながら手中に収めています。それどころかケイトに見せびらかすなど怪しげな行動を繰り返していますから、ジョゼフには何らかの理由でエドワードや他の重鎮たちに話せない真相があると考える方が自然でしょう。

つまりは、ケイトを反乱分子とマークし、偉大なるおじい様のためにと意気揚々と侵入者がいると表明してしまったエドワードの脇の甘さが招いた結果です。さらに、上の太文字で示した部分を重要視せずにジョゼフに付け入る隙を見せたエドワードの失態ともいえます。

冒頭で触れたナポレオンは一時的に「百日天下」と呼ばれる94日間の復権を果たしていますが、果たしてエドワードのこどもたちの棟の管理人の期間はどれだけあったのでしょうか。時間があれば検証したいものです。


それにしても、館からコールマインへと左遷させられたエドワード・アイリーン・ジェラルドの様子は悲惨ですね。

列車の終点からさらに半日、ろくに舗装もされていない道を馬車で走り、着いた先は迎えもない寂れた住居です。しかもクモの巣は張っているわ、ネズミが住み着いているわ、物置のような部屋しかないという、これまでの優雅な暮らしとは雲泥の差の待遇です。

まさに、絵にかいたような「没落」。エドワードのこれまでの行動を考えれば当然すぎる末路でした。


ところで、今回のお話を読んでいて気付いたことが二点ありました。

一つ目が、此度エドワードに下された「左遷」という罰が、アニメ1期の「追放」と似てるなと思った点です。

アニメ未視聴の方にはネタバレになり申し訳ありませんが、1期のアニメ最終回ではこどもたちの棟でやりたい放題(こどもたちの棟に侵入、エミリコを誘拐)したエドワードに対してライアンはこう言っていました。


「追放だ」


当時はまだ館の外の世界が断片的にしか描かれていなかったため、「追放」されるような土地がどこにあるのだろうかと考えたものでしたが、アニメはソウマトウ先生が監修していると仰っていましたので、それはこれから描かれるのだなと楽しみになったことをよく覚えています。

もっともその「追放」は偉大なるおじい様の判断で「厳重注意」に減刑されましたけどね。しかし、それでも以降のシャドーハウスという作品の広がりを想像させる貴重な台詞だったと思います。

そして、それから島内の各地の様子や、テイラーといった館の外にいるシャドーの存在が描かれるにつれてアニメと漫画の世界観が近くなり、「追放」という言葉に真実味が増していきました。

それがとうとう、エドワードに「左遷」という形で罰が下されたのを見て、アニメの「追放」とは島流しに近い、辺境の地への放逐だったのかも知れないなあと勝手ながらに感じました。

思い返せば、アニメでは「追放」をすんでのところで回避したばかりだというのに、エドワードはケイトへの執念を隠そうとせず、それを見てアイリーンとジェラルドが困ったようで少し嬉しそうな表情をしていました。

今話でも同じようにエドワードは復権への執念を見せていますが、「左遷」を回避できなかった漫画本編ではアイリーンとジェラルドは果たしてどんな表情を見せるのか。これから先に描かれるであろうコールマインでの3人の生活を是非とも見てみたいです。


そして二つ目の気になった点は、エドワードが今回下された罰が「左遷」なのに、トマスは第156話でソフィやライアンから致命傷に近い拷問が加えられていることです。

ジョゼフは「こどもたちの棟ですす能力を解禁」「ルール違反は許しがたい」と述べていますが、エドワードの虚偽報告や「お呼ばれ」の失敗が左遷なのに対して、トマスは拷問後の投獄とはだいぶ差があります。

この違いは、シャドーハウスにおいて「こどもたちの棟ですす能力を解禁」するということが重大な禁忌であることの間接的な証拠に見えます。

以前より本ブログでも疑問を呈してきましたが、なぜこどもたちにそこまでしてすす能力を隠す必要があるのでしょうか。それほどまでのタブーがあるというのでしょうか。


今回のラストで、アンソニーはこんなことを言っています。


「こどもたちの育成を始めなければ」


この「育成」にすす能力の鍛錬・向上が含まれていて、そしてそれがまだ明かされていない禁忌に触れてしまったとしたら……

ひょっとしたらすすツタ事件のような惨禍が起こらないとも限りません。そしてアンソニーのことですからそんなことお構いなしに事を進めていくでしょう。


館の屋上から朝日を眺めるアンソニー。


彼に翻弄されるこどもたちの棟の一日が、また始まろうとしています。