これまで続けてきた本ブログの各話あらすじor各話感想ですが、このところ年度末の多忙&社内トラブル&謎の胃痛が続いており、いつもと同じ形式で書くのが難しい状況となっております。

そのため、第214話の各話感想では従来のような長文ではなく、気づいた点を短文にて綴っていきたいと思います。

第215話公開前夜というギリギリの状況ではありますが、それでも最新話前に書き上げるというマイルールを崩さないため此度こういった策となりました。

それを踏まえて今回の記事をご覧いただければと思います。

では続きよりどうぞ!
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・部屋の俯瞰
今回の扉絵では珈琲保管室の俯瞰が描かれています。

そういえばこの保管室って、第92話でエミリコが潜入していた部屋でしたね。

「珈琲豆すり替え作戦」の時はライバルグループの勢力域への突入、という緊張感の漂う空間だったのに、今となってはそんな雰囲気は微塵も感じられないとは不思議なものです。

しかしパトリック床に寝てるとはなんとも不用心な……

あと確か右の戸棚に隠し扉があったはずですが、あの中にあった「特別な珈琲豆」ってどこにいったんでしょうかね?

スザンナが星つきでないということはもうないのでしょうけども、オリバーが引き継いだのかも知れませんね。
(第92話見返したら拳突き上げるエミリコ可愛いなあ。この頃の無邪気で元気いっぱいなエミリコ懐かしい……)


・ショーンを羨ましがるリッキー
「ジョンが羨ましい!」(パトリック)「パトリックは紳士すぎる!」(ジョン)と謎の言葉の応酬を繰り広げ、面倒くさい酔っ払いと化していた前回のジョンとパトリック。

今回は従者のショーンとリッキーが似たようなやり取りを繰り広げました。

それにしても、リッキーのショーンへの感情として「対抗意識があった」「俺は卑屈になっていた」と第211話で描かれていましたが、それをショーン自身にぶつけるエピソードが描かれるとは予想していませんでした。第211話でリッキーがルウにプロポーズしたことで区切りがついていたと思っていたので、ここで再びリッキーがショーンにそれを露わにしたのは中々興味深かったです。


リッキーの台詞を抜き出すと、

「何不自由なく暮らしていたじゃないか」
「うちと違って祖父母までいる」
「賑やかな家庭だった」
「弟妹と仲良かった」
「家の手伝い率先してやる」
「(でも手伝いを)嫌だと愚痴る」
「勉強も運動も俺よりできる癖に俺を煽る」
「俺の姉たちには無駄に気に入られている」

といったところです。

……直後にショーンも反省していますが、こう書き連ねるとショーン酷いというか、確かに意味不明な少年ですね。


ここから推測されるのは、リッキーには年下の兄弟姉妹はおらず、姉ともやや年が離れた感じなのかなということでしょうか。年が離れているというよりは、やや距離があったのかも知れませんが。いずれにせよリッキーの一家は核家族で、そこまで賑やかなわけではなかったと思われます。

にも拘わらず、賑やかな大家族と不自由なく暮らしている年上の男子が、わざわざ運動や勉強ができないのを煽ってくる上に、姉にまで気に入られているとあれば卑屈になるのもやむなしです。(でも選別会当日に服用意してくれたり、髪型整えてくれる家族なんだよなあ……)

今回のエピソードで感情高ぶってリッキーは泣いていますが、それも仕方ないといえますね。(本当リッキーよく泣くなあ、何回目だろ?)


ただそれもリッキーから見た一側面です。

ショーンにも彼なりの事情があったことが明かされます。



・複雑なショーンの家庭
ここから詳細に語られたショーンの複雑な家庭。

第214話を読んだ方ならご存じかと思いますが、物凄い情報量です!

なるほど、ショーンの両親は離婚していて父親とともに親戚の家に居候していたと……

それもあってリッキーからしたら「賑やかな家庭」だったということですね。しかも肩身が狭い思いをしているが故に「手伝いを率先してやる」くせに「嫌だとか愚痴る」と……

そう考えるとこれまでの描写にも納得です。


私自身の考察ではなく申し訳ありませんが、「家では仕事を手伝わされるから学校が楽しかったんだ」という第201話のショーンの台詞について、ツイッターでとある方が長い期間に亘って疑問を呈していたのを思い出しました。

その方曰く、学校が楽しいと感じられるくらいに家の手伝いをさせられるとはどんな状況なのか、という点が引っ掛かっていらっしゃったようです。

ただ私は全く気に留めておりませんでした。都会とは言い難い郊外の村の経済状況を鑑みれば、家の手伝いよりも学校の方が楽しいというのは当然だろうと考えていたのです。我が国でも100年前はそんなものです。


ところが、そうではなかったですね。

実情は本編でショーンが語っていた通りでした。ほんの少しの疑問をスルーせずに疑い続けたのは凄いと思います。これぞキャラ愛でしょうか。私も反省しなきゃですね、精進だ精進……


さて、しかし一連のショーンの供述で気になったところがあります。それはショーンの母の再婚相手です。

ショーン曰く「名家の人間」だったそうです。

愛すべき人(ショーンの母)の幸せのために身を引いたショーンの父は立派だと思いますが、それほどまでに裕福な「名家」とはどんな家なのか気に掛かります。

すす島で最も大きな一族と言えばもちろん「シャドー家」なわけですが、それ以外にも島内に裕福な一族がいるということか、それともシャドー家の分家か何かか……


アルフレッドが回想で語っていた「戦争」(第198話)で儲けた成金か、エミリコがすす島に来る前に暮らしていた「大都会」(第209話)絡みの資本家か、シャドー家に仕えることで財を成した商人などなど、色々な線が考えられますが、果たしてどういった素性の一家なんでしょうかね。

ただ、「名家」というからには成金や商人ではないかも知れないですし、もしも今後深堀されるとしたら面白そうな設定ですのでちょっと様子見しようと思います。ミラーファミリーとは違う、シャドー家に対抗するグループがいてもおかしくないですからね!(妄想)


・本当の姉弟だったスージーとショーン
この件については前回の各話感想で色々書きましたが、遂に今回明言されました。

やはりスージーとショーンは本物の姉弟でした!

幼い頃に生き別れながらも、それぞれ互いを想い続けての再会。

スージーは弟に会いたいと一縷の望みをかけてシャドーハウスに入館し、ショーンはまだ見ぬ姉が自分に会いに来るかもしれないと、ぎりぎりまで村に留まるというすれ違いを起こしていましたが、とうとうその運命がここに交差しました。

その交差点が、かつてショーンがスージーに「お姉ちゃん」と初めて呼びかけた珈琲保管室とはなんという偶然でしょうか。

あの時の呼びかけは、ショーンが初めて実姉に向かって口にした「お姉ちゃん」でした。

そしてスージーが初めて耳にした、実の弟からの「お姉ちゃん」という言葉でした。

その絆を確かめ合うかのように抱き合う二人の姿こそが今話のクライマックです。「お姉ちゃん」というサブタイトルに相応しい第214話でした。


・肉親との再会が悲劇にならずに安堵
本当は上のラスト一文で綺麗に終わらせたかったのですが、今まで考えていた最悪の展開にならずによかったという安堵があったので続けます。

その「最悪の展開」とは、「一体化した肉親との再会」です。


第44話で「一体化」について明かされた当時から思っていたのですが、シャドーハウスへの入館がすす島という限りある場所での「選別会」で決まるとしたら、同じ家庭の兄弟姉妹が別々に選ばれる可能性だって当然あるんですよね。

というか実際にスージーとショーンがそうでした。別離していたとはいえ、この二人は実の姉弟でした。そして二人とも洗脳から解けたお陰で再会することができました。


でも考えてみるとこれってかなり幸運なんですよね。最悪の場合、どちらか片方が既に「一体化」していた可能性があるわけですから。

しかし想像すればするほど、もしそんな展開があったらたまったもんじゃないなあ……。

これから先、ケイトが率いるこどもたちと、館側の大人達の戦いが起こることは必至な状況ですが、ひょっとしたらその過程でこどもたちの誰かの肉親が、既に大人の中にいるかも知れません。

ですが大人になっているということは、シャドーハウスにおいては「一体化済み」=「生き人形の死」です。

ということは、そこにいるのはシャドーという存在に乗っ取られた、肉親と全く姿形が一緒の怪物です。いやあ、考えれば考えるほど滅入ってしまう……。

本当に今回のスージーとショーンは間に合ってよかったです。タイミングが悪ければ私が想像する「最悪の展開」が現実となってしまうところでした。


しかしながら、それはまだ現段階のお話です。これから先どうなるかは不明です。

そして肉親とは言わずとも、リッキーとルウが永劫の別れになるところだったのは記憶に新しいところです。

スージーとショーンのように真実が明らかになったことで救われるキャラクターがいる一方、真実が明かされることで絶望に突き落とされる可能性があるのも、シャドーハウスという作品です。

例を挙げるならベルはその筆頭でしょうか。

珈琲保管室に漂う緊張感が消えても、作品全体に横たわる緊張感は依然健在であることを改めて感じています。