サブタイトルの「昔語り」に乗じて、私からも少し昔語りをさせて下さい。


シャドーハウスの単行本1巻が発売された当時、池袋のジュンク堂書店池袋本店で「複製原画展」が行われていました。

「複製原画展」といっても、渋谷で一昨年行われたシャドーハウス原画展とは違い、コミックスフロアの一角にポスターと数枚の複製原画、そして作品の世界観を反映した幾つかのイラストが掲示された小規模な展示です。

しかしながら、この「複製原画展」を見たことで、私はさらにシャドーハウスの魅力に取りつかれました。

ソウマトウ先生が手掛けた精細な原稿に惚れ惚れした、というのも大きいですが、何よりもその周りに貼られていたイラストが、実に謎で作品の奥深さを感じさせるものだったからです。


その内容は過去記事の「ジュンク堂 複製原画展」で簡単に触れていますが、残念ながら写真撮影は禁止でしたので、公式ツイートから大体の雰囲気を感じていただければと思います。

→【複製原画展】「シャドーハウス1巻」


お分かりでしょうか?

額に入った原稿の下に貼られている、顔が黒塗られたシャドーと思しき少年少女が描かれ、英文が綴られた紙々がそれです。


これらのイラストを見た当初は、本編には関係のない、複製原画展用に描き下ろされた装飾だろうと考えていました。

ところが、そこに描かれている人形を携えた少女や、井戸の脇で遊ぶ児童、草むらの中で迷子になる女の子を見ていくうちに、これはシャドーハウスという場所がどんな館なのかを示したイラストではないかと思えてきたのです。

そして、ケイトという不思議な少女と、エミリコという少し抜けた“生き人形”が日常を過ごすシャドーハウスという作品は、単調な物語に留まらない、奥深い魅力と壮大な世界観を有した漫画なのではないかと直感しました。


そこからはもう、シャドーハウスをもっと見たい、ソウマトウ先生が手掛ける設定を余すことなく知りたい、という欲求は留まることを知りませんでした。ブログを書くことで少しでも応援になれば、と本ブログを着想したのはその二週間後です。

あれから7年、今でもケイトとエミリコとともに、不可思議な館の謎を追っています。思い返すとシャドーハウスを読んでいく上でのターニングポイントだったなあと思っています。


さて、なぜこんな昔話を語ったかと言いますと、「複製原画展」を見た当時のことを思い出す、とある謎が第221話で明かされたからです。

からくり屋敷を思わせる、多くの罠が張り巡らされた奇妙な館。

その正体は、時代に翻弄され青春を失った男性と女性が、未来の「こどもたち」のために残した夢の跡でした。
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先ほども申し上げましたが、今回のエピソードで最も印象的だったのが、シャドーハウスという館がどう出来上がったのかが判明したことです。

正確に言いますと、"こどもたちの棟"の成り立ちが明かされました。


ジョゼフの「昔語り」によると、今現在「おじい様とともにある棟」と呼ばれる建物はミラー家の貴族が住まう場所で、「こどもたちの棟」と呼ばれる区域は村人が自由に訪れることができる、テーマパークになる予定だったそうです。

何だかこれだけ聞くと、水戸藩の「偕楽園」を彷彿とさせられます。

三名園として有名な偕楽園は、江戸時代後期に藩主の徳川斉昭が作った大名庭園ですが、「領民と偕(とも)に楽しむ」ために造成されたことから、他の大名庭園と異なり広く解放された公園でした。

現実世界とフィクションという違いはあれど、領主が民を想って作ったという意味ではなんだか似ていますね。因みに、偕楽園は梅が有名ですが、万が一の際は梅の実を非常食にして困窮に備えたという話も残っています。


さて、話が逸れました。シャドーハウスの話題に戻りましょう。

ジョゼフの話から、更にこどもたちの棟の詳細が明かされました。

まずは設営の動機です。

私たち読者からすれば、隠し部屋や回転扉がある怪しい建物にしか見えない「こどもたちの棟」ですが、これはアルフレッドとキャサリンの「こどもはこどもらしく過ごせる場所」という夢が具現化されたものだったようです。


なるほど、ジョゼフは「二人には子供時代への未練や憧れがあったのだろう」と語っていますがアルフレッドの気持ちも分かります。

戦争によって兄弟を失い、若年ながら領地を守るために当主となったアルフレッドからすれば、未来を担うこどもたちのために居場所を作ることは自分自身への慰めになっていたことでしょう。

第198話でキャサリンに向けて語っていたという「突拍子もない夢物語」とはそのことだったのかも知れません。

加えて、第207話でジェレミは過去のミラーハウスについて解説していましたが、アルフレッドの思想を「ままごとのよう」とやや辛口で語っていたものの、このあたりの経緯について具体的に説明していました。すると、ジェレミはミラーファミリーでアルフレッドの考えを見聞きしたことがあったのかも知れませんね。そうであれば、あれだけ詳しく事情を把握していたのも納得であります。


そして、ジョゼフからこどもたちの棟の組織についても言及されました。

オリバーを見て思い出したかのように明かされたのは、救護班と研究班が、ミラーハウス時代からあるという事実でした。


あー!これ何度か本ブログで書いてたやつです!やっぱりそうだったとは!

さすがソウマトウ先生ですね。明言せずとも読者にそう思わせるような描写を散りばめるとはなんという伏線、描写力、テクニック。

全く読者冥利に尽きるの一言です。


ただ。

星つきと結託してこどもたちの棟の管理人にキングを据え、「ミラーハウス時代の名残がそこかしこにある」「アルフレッドとキャサリンの夢はケイトやその仲間が育ったことで叶ったのかもしれん」「こどもたちの棟は聖域だ」とジョゼフは感慨深そうにしていますが、まあジョゼフについてはもう疑うことなく彼を信じましょう。

ケイトを油断させて実は敵、なんてことを考えていましたが、今話の描写を見る限りでは嘘はついていないと思います。


しかし、アルフレッドとキャサリンの夢は叶ったかも知れませんが、そのためにどれだけのこどもたちが今まで犠牲になったのか。

「聖域」だからといって干渉しなかった結果、どれだけの惨劇が起こったのか。

今目の前にいるケイトでさえ、シャドーハウスのせいでどれだけ苦しみ、悲しんできたのか。

それを思うと、感傷に浸っている場合ではないと言いたくなります。

冒頭で、顔が元に戻るかも知れないとジョゼフに言われたケイトが「今はわたしのことはいいわ」、そして感慨深そうにするジョゼフに対し「水を差して悪いけれど」と、返したのも、恐らくケイトもそう思っているからかも知れません。

ケイトにとってしてみれば、まだまだやらねばならないことがあるのです。


ラストでケイトは、遂にジョゼフにアンソニーの存在を切り出しました。

現在進行形で続くこどもたちの惨劇。

それが自らの孫が原因だと知ったら、ジョゼフは果たしてどう出るのでしょうか。

こどもたちの棟がアルフレッドとキャサリンが描いた理想郷になるには、まだまだ遥かな時間が掛かりそうです。