「思い」と「想い」
どちらも同じ読み方、かつ似た意味を持つ言葉ですが、調べてみると微妙に使い分けがなされているようです。
ざっと検索すると、
「思い」…「考える」ということについて全般的なものを指す
「想い」…感情を伴う「思い」よりも深い思考のことを指す
といった風に用いるのが一般的とのことです。
なるほど、私も本ブログでは無意識に「思う」と「想う」を使い分けていましたが、どうやら間違っていなかったようでホッとしています。これからは自信をもって使えますね(おい……)
ただ、こう言っては身も蓋もないですが、常用漢字の規定だと「想い」を「おもい」と読ませると定められていないため、「おもい」という言葉を漢字で書く時は「思い」が使われている、というケースの方がはるかに多いです。
それに伴って、「想い」を使う場面でも「思い」という字を当てていることも多く、教科書や公文書でも「思い」で統一されています。大手メディアもそれに則っており、ニュースや新聞もほぼ同じ方針となっています。
となれば、私たちが日常生活で「想い」という字を見かけた場合、公的な文書から離れた媒体ということになります。
漫画作品・シャドーハウスもその一つです。
今回のサブタイトルに「想い」とありますが、とあるキャラクターがとある存在へ向けている感情は、まさに「想い」という語句に相応しい精神でした。
その強烈な感情は、物語をまた一つ大きく動かしました。
どちらも同じ読み方、かつ似た意味を持つ言葉ですが、調べてみると微妙に使い分けがなされているようです。
ざっと検索すると、
「思い」…「考える」ということについて全般的なものを指す
「想い」…感情を伴う「思い」よりも深い思考のことを指す
といった風に用いるのが一般的とのことです。
なるほど、私も本ブログでは無意識に「思う」と「想う」を使い分けていましたが、どうやら間違っていなかったようでホッとしています。これからは自信をもって使えますね(おい……)
ただ、こう言っては身も蓋もないですが、常用漢字の規定だと「想い」を「おもい」と読ませると定められていないため、「おもい」という言葉を漢字で書く時は「思い」が使われている、というケースの方がはるかに多いです。
それに伴って、「想い」を使う場面でも「思い」という字を当てていることも多く、教科書や公文書でも「思い」で統一されています。大手メディアもそれに則っており、ニュースや新聞もほぼ同じ方針となっています。
となれば、私たちが日常生活で「想い」という字を見かけた場合、公的な文書から離れた媒体ということになります。
漫画作品・シャドーハウスもその一つです。
今回のサブタイトルに「想い」とありますが、とあるキャラクターがとある存在へ向けている感情は、まさに「想い」という語句に相応しい精神でした。
その強烈な感情は、物語をまた一つ大きく動かしました。
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また性懲りもなく自分語りをさせていただきますが、私がシャドーハウスで一番好きなキャラクターはローズマリーです。
第8話の初登場の時は、当時登場キャラクターが少なかったこともあってか、ローズマリー本人よりも「新キャラクターがたくさん出てきた!これからどんな展開が待っているんだろう?」といった感想が重きを占めていましたが、それが「推し」へと変わったのは第17話です。
第17話と言えば耳にタコかと存じますが、大広間で殺伐とした展開が続いたエピソードでした。
なんせ、バービーがミアに蹴りを入れていたり(懐かしい)、リッキーがショーンを殴っていたり(懐かしい)、ベルがラムをいじめていたり(懐かしい)、ショーンがバービーに反抗していたり(懐かしい)などなど、非常に暗いストーリーが繰り広げられたからです。
そんな中、それでも明るく前向きに振舞っていたのがエミリコなわけですが、そんなエミリコでさえ掃除が始まる頃にはミアの愚痴もあってか戸惑いの表情でした。
しかし、そんなエミリコに優しく声がけをしてくれたのが、班長・ローズマリーでした。
「心配するほどじゃないわぁ」
少し困った風でいながら、物腰柔らかにエミリコに話しかけたローズマリー。
その台詞は、突如展開されたギスギスした空気に戸惑う読者にも向けられていたかのような、気遣いに溢れた言葉でした。
この時のローズマリーを見て、主人公・エミリコに寄り添うキャラクターとして感情移入するとともに、いつの間にか「推し」へと変わっていきました。
アニメでは中原麻衣さんが声を当てられておりましたが、想像していたのと全く同じ声だったことに喜んだのは今でも昨日のことのように思い出せます。
この感情は、きっと「思い」ではなく「想い」なんだろうなあと考える今日この頃です。
ということで前置きが長くなりましたが、今回注目したいのは扉絵です!
マリーローズと踊るローズマリーが、こちらにその大人びつつも愛くるしい表情を向けてくれています!滅茶苦茶可愛いです!!
いやあ、こんな屈託ない表情のローズマリーを見るのはいつぶりでしょうか。
というかよくよく考えてみると、ローズマリーって基本的に目を細めている描写が多いため、こんな風に大きな瞳をこちらに向けて微笑んでいるのはかなり貴重なシーンと言えます。
うーん、叶うならば是非とも単行本の特典で頂きたいくらいですね。
COMIC ZINは既出絵のイラストカードが特典となっていることが多いので、可能であればぜひぜひお願いしたいです(強欲)
さらに今回嬉しかったのは、最終ページではローズマリーの懐かしい「よぉ」という間延びした癒される口調と、かつては珍しくなかったおっとりした表情が見られたことです。
主人のマリーローズが、エドワードとの口論を通じてリラックスしていたのも大きな要因かと思いますが、本当こんなローズマリーを再び見ることができて感謝感激です。何度見返しても見飽きることはありません!
さて、このままローズマリー語りをしたいところですが、流石に本編の内容に触れないわけにはいきませんので短いながらも書いていきます。
前回、マリーローズが提案した「館に戻る手助けをしてくれ」という提案。
紆余曲折あった末に、エドワードの受諾もあって無事交渉成立と相成りました。
エドワードとしてはコールマインでまだまだやりたいことがあった風ですが、ひとまずそれを脇に置いて館へと戻っていきます。
余談ですが、ラスト3ページ目のコールマインを後にする馬車の描写が実にいいです。
お気付きの方もいらっしゃるかと思いますが、これって第205話「没落」の扉絵とそっくり対照的なイラストなんですよね。
二つのページを見比べると、あんなに鬱屈としていたコールマインの街が、エドワードの力によって活気を取り戻した様子がありありと表現されています。
天気の違いはあれど、エドワードの心情やコールマインの住人達の感情をもここには表現されていると思われます。馬車の中からその様子を見ているマリーローズもそりゃ笑顔になろうものです。エドワードのことは完全に許していませんが、私も思わずマリーローズと一緒に笑顔になってしまいました。
ただ、そんな爽やかな読後感に水を差すようで悪いのですが、私はなんだか嫌な予感がしています。
なぜなら、アンソニーの影がちらつくからです。
単行本をお持ちの方は、第205話の扉を確認頂いたついでにラストも見て欲しいのですが、ラスト2ページ目の最後のコマでアンソニーはこう言っています。
「エドワードの出番は一旦終わり」
この「終わり」とは、エドワード達が館から追放されたことを指していると考えられますが、「一旦」と言っているということは、アンソニーとしては再びエドワードを利用したいと企んでいると見做して間違いないでしょう。
すると、エドワードが館に戻って来るという展開も、アンソニーにとっては想定内の可能性が高いんですよね。
そう考えていくと、エドワードはマリーローズとの会話で「アンソニーがおじい様の脅威ならば排除する!」と息巻いていますが、果たしてどうなることやら……
マリーローズはエドワードに「熱意は伝わったよ」と言っていますが、第226話を読んで、私もエドワードのおじい様に対する「想い」は十分に伝わってきました。その崇敬の念は間違いなく本物です。
しかし、アンソニーならそうした強い「想い」を逆手に取って、謀略を仕掛けることも容易に想像できるのです。
再び役者が揃いつつあるシャドーハウスという館。
エドワード・アイリーン・ジェラルドと、マリーローズ・ローズマリーの五人を乗せて館へと向かう馬車。
はっきりとは描かれていませんが、その行く先は第205話の扉絵と同じく、遥かに陰鬱で暗く感じられてなりません。
また性懲りもなく自分語りをさせていただきますが、私がシャドーハウスで一番好きなキャラクターはローズマリーです。
第8話の初登場の時は、当時登場キャラクターが少なかったこともあってか、ローズマリー本人よりも「新キャラクターがたくさん出てきた!これからどんな展開が待っているんだろう?」といった感想が重きを占めていましたが、それが「推し」へと変わったのは第17話です。
第17話と言えば耳にタコかと存じますが、大広間で殺伐とした展開が続いたエピソードでした。
なんせ、バービーがミアに蹴りを入れていたり(懐かしい)、リッキーがショーンを殴っていたり(懐かしい)、ベルがラムをいじめていたり(懐かしい)、ショーンがバービーに反抗していたり(懐かしい)などなど、非常に暗いストーリーが繰り広げられたからです。
そんな中、それでも明るく前向きに振舞っていたのがエミリコなわけですが、そんなエミリコでさえ掃除が始まる頃にはミアの愚痴もあってか戸惑いの表情でした。
しかし、そんなエミリコに優しく声がけをしてくれたのが、班長・ローズマリーでした。
「心配するほどじゃないわぁ」
少し困った風でいながら、物腰柔らかにエミリコに話しかけたローズマリー。
その台詞は、突如展開されたギスギスした空気に戸惑う読者にも向けられていたかのような、気遣いに溢れた言葉でした。
この時のローズマリーを見て、主人公・エミリコに寄り添うキャラクターとして感情移入するとともに、いつの間にか「推し」へと変わっていきました。
アニメでは中原麻衣さんが声を当てられておりましたが、想像していたのと全く同じ声だったことに喜んだのは今でも昨日のことのように思い出せます。
この感情は、きっと「思い」ではなく「想い」なんだろうなあと考える今日この頃です。
ということで前置きが長くなりましたが、今回注目したいのは扉絵です!
マリーローズと踊るローズマリーが、こちらにその大人びつつも愛くるしい表情を向けてくれています!滅茶苦茶可愛いです!!
いやあ、こんな屈託ない表情のローズマリーを見るのはいつぶりでしょうか。
というかよくよく考えてみると、ローズマリーって基本的に目を細めている描写が多いため、こんな風に大きな瞳をこちらに向けて微笑んでいるのはかなり貴重なシーンと言えます。
うーん、叶うならば是非とも単行本の特典で頂きたいくらいですね。
COMIC ZINは既出絵のイラストカードが特典となっていることが多いので、可能であればぜひぜひお願いしたいです(強欲)
さらに今回嬉しかったのは、最終ページではローズマリーの懐かしい「よぉ」という間延びした癒される口調と、かつては珍しくなかったおっとりした表情が見られたことです。
主人のマリーローズが、エドワードとの口論を通じてリラックスしていたのも大きな要因かと思いますが、本当こんなローズマリーを再び見ることができて感謝感激です。何度見返しても見飽きることはありません!
さて、このままローズマリー語りをしたいところですが、流石に本編の内容に触れないわけにはいきませんので短いながらも書いていきます。
前回、マリーローズが提案した「館に戻る手助けをしてくれ」という提案。
紆余曲折あった末に、エドワードの受諾もあって無事交渉成立と相成りました。
エドワードとしてはコールマインでまだまだやりたいことがあった風ですが、ひとまずそれを脇に置いて館へと戻っていきます。
余談ですが、ラスト3ページ目のコールマインを後にする馬車の描写が実にいいです。
お気付きの方もいらっしゃるかと思いますが、これって第205話「没落」の扉絵とそっくり対照的なイラストなんですよね。
二つのページを見比べると、あんなに鬱屈としていたコールマインの街が、エドワードの力によって活気を取り戻した様子がありありと表現されています。
天気の違いはあれど、エドワードの心情やコールマインの住人達の感情をもここには表現されていると思われます。馬車の中からその様子を見ているマリーローズもそりゃ笑顔になろうものです。エドワードのことは完全に許していませんが、私も思わずマリーローズと一緒に笑顔になってしまいました。
ただ、そんな爽やかな読後感に水を差すようで悪いのですが、私はなんだか嫌な予感がしています。
なぜなら、アンソニーの影がちらつくからです。
単行本をお持ちの方は、第205話の扉を確認頂いたついでにラストも見て欲しいのですが、ラスト2ページ目の最後のコマでアンソニーはこう言っています。
「エドワードの出番は一旦終わり」
この「終わり」とは、エドワード達が館から追放されたことを指していると考えられますが、「一旦」と言っているということは、アンソニーとしては再びエドワードを利用したいと企んでいると見做して間違いないでしょう。
すると、エドワードが館に戻って来るという展開も、アンソニーにとっては想定内の可能性が高いんですよね。
そう考えていくと、エドワードはマリーローズとの会話で「アンソニーがおじい様の脅威ならば排除する!」と息巻いていますが、果たしてどうなることやら……
マリーローズはエドワードに「熱意は伝わったよ」と言っていますが、第226話を読んで、私もエドワードのおじい様に対する「想い」は十分に伝わってきました。その崇敬の念は間違いなく本物です。
しかし、アンソニーならそうした強い「想い」を逆手に取って、謀略を仕掛けることも容易に想像できるのです。
再び役者が揃いつつあるシャドーハウスという館。
エドワード・アイリーン・ジェラルドと、マリーローズ・ローズマリーの五人を乗せて館へと向かう馬車。
はっきりとは描かれていませんが、その行く先は第205話の扉絵と同じく、遥かに陰鬱で暗く感じられてなりません。
