未だ取り上げられることの多い新型コロナのニュースですが、そういえば昨年の今頃にこんな話題がありました。

それは、“欧米でマスクに抵抗のある人が多いのは口元で表情を認識しているからだ”という風説です。

風説と書いた通り、この論に根拠はありません。ただこのことを聞いた時、そういった見方もできるなと思ったものでした。

ちなみに、アジアでマスクに抵抗がないのは目で表情を認識するからだそうです。欧米で言うマスク=アジアにとってのサングラス、といったところでしょうか。何となく腑に落ちる気がします。まあ与太話の類でしょうけどもね。


ただ、表情が認識できないと不安に思う気持ちは世界共通かと思われます。シャドーハウスはまさにその感情を逆手に取った作品といえましょう。当ブログでも書きましたが、第89話のラストでは、全く表情の見えないサラの姿に戦慄する方が多く見受けられました。あのシーンはシャドーハウスという作品の真骨頂の好例です。(第89話 甘言)

もちろん、表情が見えないと怖いのはシャドーだけではありません。生き人形も同じです。第50話ではエミリコの表情が隠された、ホラー作品のような扉絵が描かれました。


第97話もそれを彷彿とさせる扉絵です。

温室の奥に佇む、パトリックとケイトとエミリコ。いずれの表情も伺うことができず、その影は見ている者を捕らえるかのように伸びています。見ているだけで得体の知れない恐怖心がこみ上げてきました。

もしも私がシャドーハウスに迷い込んでこの光景に遭遇したなら、その場から動けなくなることでしょう。この館の不気味さを改めて思い知りました。


そして今回。

このシャドーハウスという館の真実に手を掛けた人物が、また一人現れました。

第97話。此度の主役は、「パトリック」です。



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