来客のない奇妙な館 ~シャドーハウス考察ブログ~

ヤングジャンプで連載中のソウマトウ先生作、“シャドーハウス”の考察ブログです。

お披露目から今何日目?

今週も休載ですが、ソウマトウ先生のツイッターで第62話の一部が公開されましたね。

屋敷のどこかで腰を下ろしてエミリコとショーンが語り合っている画像です。
外の様子は暗いので、もしかしたらケイト達の同期会が行われていたのと同刻かも知れません。

二人の和やかな顔を見ていると、何だかほっこりしますね。

特に注目したいのがショーンです。
初登場時は無愛想だったのに、いつの間にかこんな笑顔を見せるようになるとは感慨深いです。

まあエミリコと最初に関わった経緯を考えると当初から気にしていた感はありますが(第17話にて、バービーに突っかかったエミリコを助けています。)、ジョンと同じくもっと以前からエミリコに関心を持っていたとしたら、それはそれでニヤニヤが止まりませんね。

ジブリ映画の「耳をすませば」ではないですが、エミリコに気付いて貰おうと実はずっと機を窺っていた、なんていう事実が露見したら、ショーンへの見方がまた変わってきそうです。


さて、ところで今はこんなに打ち解けている二人ですが、よくよく考えてみるとまだ出会ってからそれほど時間は経っていないんですよね。

以前にシャドーハウスのいちばん長い日 ~運命のお披露目~という記事でも書きましたが、あれだけ長い期間掲載されていたお披露目は、たった一日の出来事でございます。

それどころか、庭園迷路編に至っては作中では2時間しか経過していないですね。
なんとも驚きです。


そこで今回は、お披露目が終わってから作中では何日間が経過したかを考察していきたいと思います。

そしてそれと同時に、ある登場人物の再登場まであとどのくらいであるのかを推測していきます。


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第61話 深夜の同期会

「火」というものは不思議なものです。

本来は生命を脅かす存在であるにも関わらず、それを見ていると心安らぐという人も多いそうです。

焚き火や蝋燭の炎にリラックス効果があることは実験データからも証明されています。
炎を被験者に見せると脳からアルファ波(癒し効果が得られた時に発せられる脳波)が検出されるそうですが、これは炎の「揺らぎ」が癒しに作用するホルモンを分泌させることが理由として考えられています。

ただもう少し踏み込んで考えてみますと、なぜ火を見ると癒し効果を持つホルモンが分泌されるのかは疑問です。
(被験者が火に対してトラウマを持っている場合は当然除いてです)

これについては、
「太古の人類は外敵に怯えて暮らしていたが、火を手に入れたことによって外敵からの襲撃に警戒する必要がなくなった。だから火を見ると心が落ち着くのだ」
という説明がよくなされます。

その記憶が遺伝子に組み込まれており、だから現代の人間も炎を見ると無意識に安らぎを覚えるのだそうです。


しかしそれに加えて、私はもう一つ理由があると思います。

それは、火の番をしていた仲間がいたという記憶。
それもセットになっているのではないかという仮説です。

フランツ・カフカの「夜に」という短編に、夜の間でも誰かが火の見張り番をしなくてはならない、という描写があります。

いくら野生動物が火を怖がるからと言っても、それを放っておくわけにはいきません。
そこには必ず火の番をする者がいた筈です。

そうすると、眠りについている間でも生命を委ねられる仲間=信頼できる存在がいた、という朧げな記憶も、もしかしたら人間の深層心理の中に残っているのではないでしょうか。


今回のお話では、暖炉の火を一緒に眺める同期4人の姿がありました。

火を見つめながら各々が考えていたこと。

あの短い時間を共有したことこそが、ケイトが何よりも求めていたものだったのかも知れません。
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第60話 研究班

古代ギリシアの哲学者・アリストテレスの名言に、

“すべての人間は、生まれつき知ることを欲する”

という言葉があります。

人によって『知ることを欲する』内容は全然違いますが、高尚な哲学にせよ低俗なゴシップにせよ、人間の営みの中に“知的好奇心”があることは否定できない事実でしょう。

科学の発展も、知的好奇心・探求心が根源的な動機として発達してきたことは疑いようがありません。


当然ながら、時代ごとに科学の役割には違いがあります。

科学の進歩によって自然を制御し「神の御業の模倣」を試みた近世欧州。
産業の科学化によって現代社会の根幹を作り出した19世紀の米国。

あるいは、我が国が先駆けとなった1970年代のメカトロニクス技術や1980年代のオプトエレクトロニクス技術は、“異業種の組み合わせ”という別分野の科学技術を融合させた手法によって、20世紀の科学産業界をリードしてきました。


しかしそういった大きな時代のうねりの中でも、最前線の研究者にとって最も重要だったのは“知への探求”に他ならなかったと思います。

古代のアリストテレス、中世のガリレオ、近世のニュートン、現代のアインシュタイン……。

目的は違えど、目の前にある事象を解き明かそうとする彼らの原動力は、真実を探求しようとする純粋な好奇心と使命感だった筈です。


万有引力を発見したニュートンは、ある日客人から自身の偉業を讃えられた時にこう返したと伝えられています。

「人間の知らないことは海岸の砂粒程に多く、知っていることはその一握りに過ぎない。そして私は浜辺で綺麗な貝殻を見て無邪気にはしゃぐ子供である」

当時の物理学・数学の大権威であったニュートンの発言を、人々は謙遜と受け取りました。
しかし自然科学を誰よりも深く研究していたニュートンだからこそ、目の前に広がる科学という大海原の広さを、実感を持ってこう例えたのだと思います。


しかしそういったニュートンの考えを当時の多くの人が理解できなかったように、科学者と一般人の考えには隔たりがあります。大抵の科学者が変人だと言われるのも、ある分野を追求するがあまりに、普通の人とは違う光景を見ているからなのでしょう。

今回のお話では、そんな期待に違わない超強烈な個性派集団・研究班の素顔が明かされました。

彼らもまた、先人達と同じくらいに純粋で、変人な科学者たちでした。


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