第45話のあらすじ紹介でも取り上げましたが、今回は “ユング心理学” を絡めて書いていきたいと思います。
ユング心理学と一口に言っても、その内容を語るのは簡単ではありません。
専門家でも心理学は難解な分野ですし、カール・G・ユングは何十年も前の学者ですので、現在では通用しない学説もちらほら見受けられるからです。
ところが、彼の講演を記録した「分析心理学」という本を読み進めていくと、興味深い記述を見つけることができました。
物語の謎の一つである『シャドーと生き人形の性格の不一致』。
これを解き明かすヒントになりそうな用語があったのです。
ユング心理学における『シャドー(影)』という概念の解説と共に、今回はその謎に迫りたいと思います。
ユング心理学と一口に言っても、その内容を語るのは簡単ではありません。
専門家でも心理学は難解な分野ですし、カール・G・ユングは何十年も前の学者ですので、現在では通用しない学説もちらほら見受けられるからです。
ところが、彼の講演を記録した「分析心理学」という本を読み進めていくと、興味深い記述を見つけることができました。
物語の謎の一つである『シャドーと生き人形の性格の不一致』。
これを解き明かすヒントになりそうな用語があったのです。
ユング心理学における『シャドー(影)』という概念の解説と共に、今回はその謎に迫りたいと思います。
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今回私が読んだ『分析心理学』とは、この本です。

1935年にロンドンで行われた、ユングの講義を収めたものです。
みすず書房より昭和51年に翻訳・出版されています。(訳者:小川捷之氏)
第46話のあらすじ紹介記事で取り上げた、神秘的な夢を見る少女の話もこの本に書いてあります。
一応ユング心理学の入門書という位置付けらしく、出版社の書籍概要にも
「難解なユング心理学へのもっとも簡潔で、もっとも明快な入門である。」
などという説明があります。
ところが、とんでもございません! 初見ではちんぷんかんぷんです。
恐らく、ある程度心理学と当時の歴史背景を学んだ上での『入門書』ということなのでしょう。
これに騙された私は、僅か300ページの本だというのに、読み終えるのに1か月以上掛かってしまいました。
ちなみにこの本を買ったのは学生の時です。時間が有り余るほどあったにも拘らずこんな有様だったということは、今読んでいたら挫折したことでしょう。
専門分野以外の本を齧っていた過去の自分に、「グッジョブ!」と言いたい気分です。
(手を出した動機は、若い時特有の「キャンパスで難しい本読んでやるぜ」的なやつです。いわば痛い大学生のファッションみたいなもの。)
まさか後々になって、のめり込んだ漫画のブログで取り上げることになろうとは思いもしませんでした。偶然って怖いですね。
では思い出話はこの辺にしておくとして、本題に入ります。
46話の件で久々にこの本を読んでいたところ、『影(シャドー)』という用語が出てきました。
ユング心理学における、『無意識』の領域に属する部分です。
初めから何言ってんだ、と思われるかと存じますので、まずはユング心理学についてざっと説明していきます。
ユングは、20世紀前半に活躍した心理学者です。
スイスの牧師の家に生まれた彼は、少年の頃から内向的で、物事を深く考えるきらいがありました。
やがてそれは後の『心理学者・ユング』となり、とうとう精神医学の草分け・フロイトに仕えます。
しかし、もともと生物学・唯物学的な思想を持つフロイトに対し、神話や宗教・歴史学的観点から人間心理をアプローチするユングは、考えの違いから決別します。
ここでユングが提唱した独自の思想こそが、「分析心理学(ユング心理学)」となったわけです。
その内容は、
『人間の深層心理には、“集合無意識”という人類共通の記憶がある。この無意識から表出したものが個人の“意識”である』
という、一見オカルト的な学説です。
ただ、多くの患者を診てきた上での提唱ですので、荒唐無稽とはいえません。
現在でもユング心理学の考え方を応用した思想や学説もあります。
(でもどちらかといえば、オカルトマニアが自身の主張の正当化に用いる傾向の方が多いです。)
ここで重要なのは、ユングが『意識』よりも『無意識』の方を重視したことです。人間の心理には『無意識』の方が膨大な量があり、重要だと考えたのです。そしてその『無意識』を解き明かすことで、人間の心理を分析できると彼は信じていました。
『無意識』を『意識』からはみ出た余計なもの、としたフロイトとは対照的です。
そしてここでようやく、『シャドー(影)』という概念が出てきます。
かいつまんで言うと、
「『無意識』の領域に属し、当人の『意識』の隠された部分やコンプレックスが反映されている」
らしいです。
この文章を読んだ時、思わず「これだ!」と感じました。
シャドーハウスを読んでいると、ついついシャドーと生き人形は『鏡合わせ』だと思ってしまいます。
ですが、それは違います。
なぜなら、シャドーは「シャドー(影)」であって「コピー(複製)」ではないからです。
ということは、シャドーと生き人形の性格が全然違っても問題はないということです。
それどころか「生き人形」の性格の真逆、あるいはコンプレックスが、シャドーの性格に反映されていると推測した方が辻褄が合っている気がしてきました。
長くなりましたので、一定の結論が出たところで今回は終わりにしましょう。
各ペアの性格の考察については、次の記事にて書いていきます。
今回私が読んだ『分析心理学』とは、この本です。

1935年にロンドンで行われた、ユングの講義を収めたものです。
みすず書房より昭和51年に翻訳・出版されています。(訳者:小川捷之氏)
第46話のあらすじ紹介記事で取り上げた、神秘的な夢を見る少女の話もこの本に書いてあります。
一応ユング心理学の入門書という位置付けらしく、出版社の書籍概要にも
「難解なユング心理学へのもっとも簡潔で、もっとも明快な入門である。」
などという説明があります。
ところが、とんでもございません! 初見ではちんぷんかんぷんです。
恐らく、ある程度心理学と当時の歴史背景を学んだ上での『入門書』ということなのでしょう。
これに騙された私は、僅か300ページの本だというのに、読み終えるのに1か月以上掛かってしまいました。
ちなみにこの本を買ったのは学生の時です。時間が有り余るほどあったにも拘らずこんな有様だったということは、今読んでいたら挫折したことでしょう。
専門分野以外の本を齧っていた過去の自分に、「グッジョブ!」と言いたい気分です。
(手を出した動機は、若い時特有の「キャンパスで難しい本読んでやるぜ」的なやつです。いわば
まさか後々になって、のめり込んだ漫画のブログで取り上げることになろうとは思いもしませんでした。偶然って怖いですね。
では思い出話はこの辺にしておくとして、本題に入ります。
46話の件で久々にこの本を読んでいたところ、『影(シャドー)』という用語が出てきました。
ユング心理学における、『無意識』の領域に属する部分です。
初めから何言ってんだ、と思われるかと存じますので、まずはユング心理学についてざっと説明していきます。
ユングは、20世紀前半に活躍した心理学者です。
スイスの牧師の家に生まれた彼は、少年の頃から内向的で、物事を深く考えるきらいがありました。
やがてそれは後の『心理学者・ユング』となり、とうとう精神医学の草分け・フロイトに仕えます。
しかし、もともと生物学・唯物学的な思想を持つフロイトに対し、神話や宗教・歴史学的観点から人間心理をアプローチするユングは、考えの違いから決別します。
ここでユングが提唱した独自の思想こそが、「分析心理学(ユング心理学)」となったわけです。
その内容は、
『人間の深層心理には、“集合無意識”という人類共通の記憶がある。この無意識から表出したものが個人の“意識”である』
という、一見オカルト的な学説です。
ただ、多くの患者を診てきた上での提唱ですので、荒唐無稽とはいえません。
現在でもユング心理学の考え方を応用した思想や学説もあります。
(でもどちらかといえば、オカルトマニアが自身の主張の正当化に用いる傾向の方が多いです。)
ここで重要なのは、ユングが『意識』よりも『無意識』の方を重視したことです。人間の心理には『無意識』の方が膨大な量があり、重要だと考えたのです。そしてその『無意識』を解き明かすことで、人間の心理を分析できると彼は信じていました。
『無意識』を『意識』からはみ出た余計なもの、としたフロイトとは対照的です。
そしてここでようやく、『シャドー(影)』という概念が出てきます。
かいつまんで言うと、
「『無意識』の領域に属し、当人の『意識』の隠された部分やコンプレックスが反映されている」
らしいです。
この文章を読んだ時、思わず「これだ!」と感じました。
シャドーハウスを読んでいると、ついついシャドーと生き人形は『鏡合わせ』だと思ってしまいます。
ですが、それは違います。
なぜなら、シャドーは「シャドー(影)」であって「コピー(複製)」ではないからです。
ということは、シャドーと生き人形の性格が全然違っても問題はないということです。
それどころか「生き人形」の性格の真逆、あるいはコンプレックスが、シャドーの性格に反映されていると推測した方が辻褄が合っている気がしてきました。
長くなりましたので、一定の結論が出たところで今回は終わりにしましょう。
各ペアの性格の考察については、次の記事にて書いていきます。

おじい様=シャドーハウス ですか。
確かにそう深い意味ではなさそうですね。
すす病…だったのでしょうか??
とにかく、元に戻ってよかったです!
ところで、またいくつか考察を立ててみました。
1.ラミーはラムの過去と関係がある?
ラムは記憶力に優れていますから
もしかしたら人間だったころの記憶が
残っているかもしれない…
ラムもしくはラミーが本当の名前かもしれませんね。
2.エドワードの前に「子供たちの棟」の
管理権限を持っていたのは誰?
これは今までの情報では、ローブシャドーしか想像がつきません。
同時に、ローブシャドーは一体化済みだとも考えられます。
敵でも味方でもない、と言っていましたが、むしろ敵でも味方でもある気がしますね。
反乱分子なのかもしれませんが、
今までの行動を見るに
ケイト…シャドーハウスを変えたい
ローブ…シャドーハウスを滅ぼしたい
(いつもの勝手な憶測)
という決定的な違いがありそうです。
shadowsblog
が
しました