今回のお話が公開された23日の未明は、こと座流星群のピーク(極大)でした。

流れ星を見るために、寒空の中で夜空を見上げていた方も多いかと思います。


シャドーハウスは不思議な作品で、しばしば現実の出来事と物語がリンクすることがあります。

例えば、物語が大きく舵を切った庭園迷路編が始まったのは、令和時代の幕開けと同時でした。

また、ケイトとエミリコが庭園の水路を滑走していたのは、東京ディズニーランドのスプラッシュマウンテンが稼働を再開した直後です。

第二次亡霊騒動が発生したのは、現在も問題になっている流行り病が話題になり始めた頃でした。


我々が作品を目にする前に校了や印刷が終了しているわけですから、もちろん上記に挙げた例はただの偶然です。
しかしそれすらもまるで、作品と時代が共に歩んでいるかのような錯覚を覚えてしまうのは、いささか考えが行き過ぎでしょうか。


何の運命の巡り合わせか、第62話では、ロマンティックな夜に幻想的な光景がダイナミックに描かれました。

シャドーハウスは、本当に不思議な星のもとに生まれた作品です。


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ケイトが同期会を催していた頃、エミリコも “プチ同期会” を行っていました。

メンバーはエミリコとショーンです。ケイトが仲間集めをしている間、エミリコは屋敷の中で情報集めに勤しみます。


深夜の見廻りの時と同じように、エミリコとショーンが手を繋いでいるのが微笑ましいですね。

目が悪いのならなぜ眼鏡を持ってこないのか疑問ですが、ショーンのことだからきっと何か考えがあるのでしょう。もしかしたら度が進まないよう注意しているのかも知れません。


どのくらい探索したのかは分かりませんが、どうやら屋敷の中には使われていない部屋が多いようです。
今回の屋根裏部屋もそうですが、第54話でローズ班に割り当てられていた部屋も長らく使用した形跡はありませんでした。

使われていないスペースが多いということは、屋敷のキャパシティーと使用者の人数・利用方法が合致していないということになります。

ひょっとしたら生き人形がシャドーに先立って存在しているのと同じように、もともと人間が使用していた屋敷を偉大なるおじい様が乗っ取ったのかも知れません。この点に関しては、今後十分な考察が必要となりそうです。


ただ空き部屋が多いことに関しては、特にショーンもエミリコも気には留めませんでした。
なぜなら、それよりも思い悩むことがあったからです。

何よりも重要なこと。
それは、誰でもない「人間」である自分達自身のことです。


窓から屋根へと這い出た二人は、目の前にある頑強な城壁を眺めながら暫し語り合います。


外の世界、失った記憶、自分たちにとっての幸せ、思い出せない過去、そしてシャドーハウスから出ること…。


ぽつりと語るエミリコにショーンが理論的に返し、ユニークなエミリコの発想にショーンが戸惑いながら返す。

そんな風に、時には真面目に、時には和やかなやり取りを通じて、二人ははたと核心に気が付きました。


生き人形が、“生き人形”たる所以。
それは「命」を意識させないためではないかと気が付いたのです。


これをきっかけに、ショーンは次々と情報を整理し始めます。

この辺りのショーンとエミリコの会話については、読者であれば周知の事実です。
しかし彼らは違います。
より確実な理論と状況証拠を精査しながら、結論を積み上げていきました。

その中にはこれまで開示されていなかった新事実も混じっています。読んでいるこちらとしても大いに考察が捗りそうです。


一連の推測から、二人はとうとう ‟顔の見えない人形” の正体とラムの今の居場所を突き止めます。

“顔の見えない人形”とは「顔の役割がなくなった生き人形」であり、彼らは主人がいなくなったことで喪に服しているのではないか、ということです。

以前に単行本4巻が発売した際に、裏表紙のラムを「未亡人のように見える」(単行本第4巻発売)と書きましたが、本当にあの服は“喪服”だったのです。
だとしたら、お披露目に落ちたラムは”顔の見えない人形”として屋敷のどこかにまだいる筈です。


両手をぐっと握り締めてラムの救出を決心するエミリコと、それを見て微笑むショーン。

これは三人が初めて打ち解けた、深夜の大広間のシーンと全く同じ構図です。
あの時と同じように、エミリコならば絶対にラムを助け出すことができるでしょう。

過去について語り合っていた二人でしたが、未来に向けての目標ができたことでようやく表情が明るくなりました。


さて、ここまでの情報を総合してショーンは重要な結論に達しました。

自身の本当の名。それは、「ジョン」だと。

エミリコはショーンの突然の発言に驚きますが、ショーンはこれまでのシャドーと生き人形の関係性からその方が自然だと語り掛けます。

確かに、私もこれまで『純粋』を意味する『ケイト』という名が、なぜエミリコではなくケイトの名だったのか疑問でした。しかしショーンの言う通りエミリコの本当の名が『ケイト』であれば違和感はなくなります。彼はまだそれを知りえませんが、モーフと“生き人形”秘密を思えば非常に可能性は高いでしょう。ケイトと同じく、ショーンの洞察力には驚かされます。


ですが悲しいかな、二人にはまったくその記憶はありません。何だかしっくりこないというエミリコの提案で、試しに互いに名を呼び合うことにしました。


深夜の屋根の上に座り、見つめ合う少女と少年。
人はおろか、月や星さえも雲に覆われ、二人を阻む者はありません。

誰も見ていない場所で、二人は交互に相手の名前を呼び合いました。


まるで恋愛映画の一シーンのようです。
笑顔で向かい合う二人の関係は、もう『同期以上』と言って差し支えないでしょう。
シャドーハウスを代表する名場面がまた一つ増えました。


ところが、これよりも荘厳な光景が直後に描かれることになります。

先程は恋人のように名を呼び合っていたエミリコとショーンですが、暫くすると吹き出してしまいました。照れ臭かった、というよりは単純に可笑しかったように見えます。『同期以上恋人未満』と言いたいところですが、この二人にはまだ「恋人」という単語を持ち出すのは早そうです。『同期以上親友同等』といったところでしょうかね。

それに、エミリコには誰よりも大好きな人が傍にいます。
ケイトです。


ケイトに付けて貰った「エミリコ」という名が、一番だと話すエミリコ。

第24話でケイトは、「エミリコ」という名前を従者ためを想って名付けたと語っていました。ケイトのあの時の想いは、口に出さずともエミリコにしっかりと届いていたのです。

以前に第24話のあらすじ記事で『名付け問題は解決していない』『棚上げされた』と書きましたが、そんなことは全然ありませんでした。

二人の心は、いつだってちゃんと繋がっています。
どうやらエドワードと同じく、私もケイトとエミリコの絆を甘くみていたようですね。
上記については撤回したいと思います。


ショーンも、ケイトの思想や知識がどこから来たのか疑問のようですが、それでもジョンやエミリコの心酔ぶりに肯定的です。それどころか、不思議な魅力があると微笑みます。
ショーンもまた、ケイトに心惹かれているようです。


お影様の同期会ではシャーリーをきっかけとして絆が深まりましたが、エミリコとショーンはケイトに惹かれているという点で心は一つになりました。

それを祝福してか、ふいに雲間から星が覗きます。


エミリコの心を晴らすかのように、空いっぱいに広がった星々。

それを見て、エミリコは感嘆の声を上げます。

何もかも忘れてしまったようでいても、感情までは消せはしません。
エミリコだけではなく、ショーンも同じくこの星空を覚えていると返しました。

ならば今胸に沸き上がった感動は、かつて星空を見上げて夢を描いていた時と同じときめきです。
間違いありません。


それを確信したエミリコからは、一切の憂いが消えました。

迷っている場合ではありません。
この星空を見せればルウもリッキーも大切なことを思い出してくれるかも知れません。

そしてラムも同じく、庭園迷路で最後に見せたような笑顔を取り戻してくれることでしょう。


奇しくも、主人達の誓いと寸分違わない夢を決心するエミリコとショーン。

今こそ星空に届かなくとも、この時掲げた手はいつか必ず、その夢を掴み取ることでしょう。

新たな目標を得て、エミリコの闘いもこれからも続きます!





ですが、ここは一寸先も煤で見えない奇妙な館です。
エミリコの心を晴らした星空は瞬く間に雲に覆われてしまいました。


代わりに跋扈するのは、酷く重苦しい、薄汚れた謀略の世界です。


その闇の中から登場した、1対の影。

思いつめた表情で暗い廊下を歩く、スザンナとスージーです。

彼女達の前には、あの日広間で割られた珈琲の瓶が並べられています。


怪しさしか感じられない、スザンナとスージー。

同じ暗闇・同じ星でも、館の中を無言で進むスザンナの顔はまるで黑洞星のようです。