タイトルに書いた「試験官三人組」とは、エドワード・アイリーン・ジェラルドのことです。

ケイト達が参加した「お披露目」で試験官をしていた三人ですね。お披露目から随分と日が経っていますし、エドワードはその後「こどもたちの棟の管理者」になっているので彼らを「試験官三人組」と呼称するのはいささか苦しい気がしますが、他に妥当な言い回しが見つからないので本記事ではこう呼ばせてた頂きます。(「2階組」だとトマスも含むし、「エドワード同期組」だと三人以外も含むしで悩ましい)


さて、作者からも作品関係者からも読者からも(色んな意味で)愛されるエドワードですが、アイリーンとジェラルドとは「同期」ということもありよく揃って登場していますね。

また、エドワード単独で登場する時はケイトやバーバラの敵ですので尊大な態度が目立ちますが、アイリーンとジェラルドの前では幾分か警戒を解いて会話しているのが見受けられます。それもこれも、この三人はシャドーハウスという館の権力闘争を共に勝ち抜いてきた仲間だからでしょう。

そういえばお披露目で「味方を作るのも能力のひとつ」と言っていましたが、あれはエドワードにしてはえらく真っ当な発言でした。今思えばエドワードも仲間の重要性を理解していたからこその台詞なのではないでしょうか?

ケイトがお披露目を通して仲間の重要さが分かったように、ひょっとしたらエドワードも仲間の大切さに気付いた出来事があったのかも知れませんね。外伝でも良いので「エドワード過去編」なんていうエピソードがあったら是非とも拝ませて頂きたいものです。


ところで気になるエドワードの過去ですが、彼がこどもたちの棟にいた頃のエピソードを読んで不思議に感じたことがありました。そのエピソードとは、第76話(クリストファーが初登場した次の回)です。


そしてその時抱いた違和感をきっかけに、「一体化」とはこれまで明かされてきた事実とは違う現象なのではないかという考えが浮かんできました。

今回の記事では、エドワードが登場したエピソードを振り返りながら「一体化」とはどのような現象なのか考察していきたいと思います。

それでは第154話までのネタバレを含みますので、続きよりどうぞ。
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エドワードの登場回を振り返りながら、ということで思い出話も多々ありますがどうぞお付き合い下さい。


さて、先程書いた第76話ですが、公開された直後は大きな反響がありました。

というか第75話でクリストファーが初登場した時点で大反響でしたから、その余波と言った方が正確かも知れませんね。それまでタブー視されてきた「クリストファー」が姿を現した上、カリスマ性の塊なビジュアルで登場したものですから大変驚かせられました。

まあ、その辺は今でもアンソニーが登場するたびに「イケメン」「顔は良い」「いけ好かないが格好良い」といった感想がアプリやSNSにひしめき合うので、当時を知らない方も想像できるかと存じます。

いやあそれにしても本当良いキャラデザインだなあ、そりゃアンソニー専門のアニメーター召集するわけですよ。(→「このために監督がイケメン描ける方わざわざ呼んだ」)


ただ、個人的には第75話よりも第76話の方が衝撃的でした。何故かと言いますと、劇中にてクリストファーがエドワードと同期であることが明かされたからです。


「クリストファーは彼の同期と共に“星つき”になりました」


これはバーバラのモノローグです。それまで数ページに亘ってバーバラやマリーローズ、エドワードと会話する様子が描かれていたものの、ここまでクリストファーの同期には全く触れられていませんでした。

そして、「クリストファー」という名が第52話で初めて出てきて以来、彼はあたかも素晴らしい人格者かつ優秀で謎の人物、といった風に描かれていました。そのことは第52話のマリーローズとサラの台詞とベンジャミンの反応、バーバラの呟き、第60話のオリバーの発言からも容易に推測できました。

つまり、読者から見たらクリストファーは『姿の見えない過去の大物』という認識が出来上がっていたのです。


ところが、ジェラルドは第36話で見逃せない発言をしています。


「同期はもう僕たち三人しか残っていないのですから」


ここから導き出される結論は一つ、クリストファーは何らかの理由でとっくに「処分」されたということです。

突然の情報の開陳に、初めて読んだ時はジェラルドの台詞を思い出し「ええっ!?」と大声を出してしまいました。ホラー的な描写や豪快な展開(大抵ジョン)に驚いたことは多いですし、脚本的な意味で驚愕したことだって何度もありますが、40話も前のエピソードの伏線をこんなところに持ってくるとは完全に予想外でした。

この時の驚きに匹敵するのはそうですね、第91話でエミリコが眩暈を起こした時、私も頭がクラクラして足攣った時くらいでしょうか。(あの時は本当に痛かった)(エミリコも足滑らせてるし)


しかし、クリストファーが既に亡き者だという事実に驚くと同時に、私にはもう一つ引っ掛かる点がありました。

実は第36話で、ジェラルドはこんな発言もしていたのです。


「いつも通りのことをするだけです」
「エドワードが前を走り僕とエリーがサポートします」


ん、いつも通り……?

第36話を読んでいた当時は『ああ、今までこの三人はエドワードを筆頭にしてエリーとジェイがそれに協力してきたんだな』と思っていたのですが、第76話を読んだ後だと少し印象が違ってきました。

どちらかというと、クリストファーがエドワードら三人を率いていたように描かれていたからです。

なのにジェラルドの発言は「いつも通り」。まるで、今までずっとエドワードがアイリーンとジェラルドを引っ張って来たかのような言い方です。これは一体どう解釈すれば良いのか……。


そこで私は、二通り考えました。

①クリストファーがいなくなった後、エドワードが先頭に立つことになった。
②実はシャドーと違い、生き人形はエドワードが先頭に立っていた。

順当に考えるなら普通は①でしょう。第77話のアンソニーの言葉を信じるなら、クリストファーは「一体化」の真実を知った結果自害しています。よって、「一体化」に成功して大人になった三人は、以降エドワードを中心に出世街道を走ってきたということです。

これだとシンプルですね。第116話の会話を見る限りですと、エドワード達はクリストファーを、散々理想を語ってきた癖に「一体化」に失敗した落伍者、と考えていそうです。特にアイリーン怖い……。


ただ、②もあながち間違っているとは言い切れません。というかむしろ、私はこちらの推測の方が正しいと考えています。

なぜなら、その方がこれまでのエドワード達の描写をうまく説明できるからです。

さてさて、長くなりましたがこれからが本題ですので順に語っていきましょう。(まだ先は長いですよ!)


まず、繰り返しますが「生き人形はエドワード(エド)が先頭に立っていた」とすれば、第36話のジェラルドの「エドワードが前を走り」という台詞は矛盾がなくなります。生き人形側はエドワードが率いていて、シャドー側はクリストファーが代表だったと解釈すれば良いのです。それならバーバラのモノローグも正しいです。


しかし、するともっと大きい矛盾が生じます。

今のエドワード達は、シャドーが生き人形の身体を「一体化」によって奪ったのに、なぜ生き人形のように振舞っているのかという点です。

そこで私が思ったのが、


『エドワード達はシャドーではなく“生き人形”の方の意識を持っている。それどころか“一体化”とは従来の説明とは真逆で、生き人形(人間)こそがシャドーを乗っ取る現象である』


という仮説です。


何を荒唐無稽な、と思われるかも知れません。私も最初はそう思いました。ですが不思議なことに、こう考えると今までのエドワードの描写が全て説明がつくのです。


まず、エドワード達は度々互いの名前を「エド」「エリー」「ジェイ」と呼び合っています。これは本来であれば生き人形の名前です。

第36話の時点では一体化について読者には知らされていなかったため、私も『この三人はエドワードとアイリーンとジェラルドの生き人形かあ』と思っていたわけですが、実は彼らはそれぞれ同一人物でした。

そのことについては第45話で明かされています。

“エド”を乗っ取ったエドワード、“エリー”を乗っ取ったアイリーン、“ジェイ”を乗っ取ったジェラルドが「顔」を見せていたにすぎないのです。


ところが、重鎮の前や公の場では正確な名前で呼び合っているのに、なぜか彼らはちょくちょく生き人形の名前を使用しているのです。

例えば、先ほど話した第36話だけではなく、第37話のアイリーンが「エド」と呟いていたり、第117話の視察時にアイリーンとジェラルドが「ジェイ」「エリー」と呼び合っていたりです。


エドワード達が生き人形の名前(エド・エリー・ジェイ)で呼び合っていることに関して、エドワードが第78話でマリーローズから「エド」について問いかけられた際に無言だったことを根拠に、エドワードは「一体化」について後悔しているから一瞬戸惑った、という説も見受けられます。あり得ない話ではありません。

しかし私は、今のエドワードの中身はシャドーの「エドワード」ではなく、生き人形(=人間)の「エド」だと仮定した方が、マリーローズの問い掛けを無視したことに説明がつくのではないかと感じています。


また、第78話に関して気になっていたことがありました。

エドワードはマリーローズの亡霊に拘束されている時、反旗を翻すマリーローズに対して「珈琲の蓄積が足りないのか?」と言っています。

順当に考えれば、

生き人形が珈琲を飲んでいない→館への忠誠心が足りなくなる→そんな生き人形からシャドーが影響を受ける→忠誠心のないシャドーが完成(=マリーローズ)

といった意味合いでエドワードは発言したことでしょう。

ただ、あの状況下でそんなまどろっこしいことを指摘するでしょうか?しかも自分に攻撃が及んでいる最中にです。

だとしたら、エドワードはマリーローズの行動、そして「珈琲の蓄積が足りない」という状況について何か感じ取っていたのではないかと思うのです。


じゃあ何を感じ取っていたのかと言われるとちょっと難しいのですが、多分本当の「一体化」って第45話でエドワードが説明していたのとは違い、以下のような経過を辿るのではないでしょうか?
(「一体化」が、シャドーが生き人形の身体を奪うのではなく、その逆だと考えながらお読み下さい)


①珈琲によって生き人形は忠誠心MAXになる。
↓
②忠誠心MAXの生き人形からシャドーも影響を受ける。
↓
③珈琲の蓄積につれて生き人形とシャドーの意識が同一化する。
↓
④互いの意識がほぼ同一化したタイミングで「お呼ばれ」される。
↓
⑤生き人形がシャドーを取り込む形で「一体化」が進む。
↓
⑥生き人形の意識を保ったまま「一体化」が完成。
↓
⑦しかし生き人形とシャドーの意識は同一化した状態。
↓
⑧完成した「大人」は自身をシャドーと思い込んでいる。
↓
⑨シャドーとして振舞う「大人」のできあがり。


ん~、我ながら書いていてちょっと自信がなくなってきました……。

でもあの状況下でエドワードが「珈琲の蓄積」に触れたということは、マリーローズを見て『コイツ全然生き人形から影響を受けていないじゃないか』と直感したのは確実なんですよね。そしてそれにすぐ気づいたということは、珈琲の影響を受けたことのないシャドーを見たことがあるからで、それがあの発言に繋がったと考えるのが自然だと思います。

で、その珈琲の影響を受けてない生き人形が自分たちとその主人だったからこそ、エドワードはマリーローズから「エド」について聞かれて無言になったのかなと考えました。


もっとも、昔のエドワード達が珈琲を飲んでいないなんて分からないじゃないかと言われればそれまでです。作中にはそんな描写はありません。

ただ、現実に珈琲をサボタージュした対がマリーローズ組以外にもいましたよね。


クリストファーとアンソニーです。


ここで話が変わりますが、アンソニーの正体について読者の間では色々な意見が飛び交っています。

幾つか例を挙げると、
・人間である
・実は「一体化」に成功したクリストファー
・アンソニーを失ったショックで記憶喪失したクリストファー
・生き人形が主体となって「一体化」に成功した半人間(=アンソニー)

と言った推測がなされています。

彼は神出鬼没で、第79話ではケイトの部屋にどう侵入してどう脱出したか分からない描写があったことも、こういった推測に拍車をかけているようです。私も当時は『アンソニーは本当に人間なの?』と思っていました。


しかし、彼が『生き人形が主体となって一体化したクリストファー』だとしたらどうでしょうか?

ケイトの部屋への侵入・脱出もすす能力によるものと説明できますし、あの時「僕は人間だ」とはっきり言ったのも、人間としての意識を持ったままだからだと考えれば納得できます。

加えて、ケイトが元人間だったことも既に把握しており、それもあってケイトから目的を問われた際に「それは一緒のはずだよ…」と意味深長に返事をしたとも考えられます。

もしかしたら、ケイトが自分の身体について知りたいと思っているように、アンソニーも自分の身体を戻す方法を模索しているからこそ、ああいう風に答えたのかも知れません。

(※ただ、屋敷に点在する隠し扉を通って部屋から逃げたとすれば、アンソニーが正真正銘の人間の可能性も排除できません)


話を戻しましょう。

過去のエドワード達の珈琲の蓄積に関してですが、これについてもアンソニーが関わっていたのではないかと思います。

アンソニーは珈琲断ちをした時「頭の中の霧が晴れたよう」と表現しており、珈琲が物事を深く考えることを阻害しているとすぐに見抜いていました。

ということは、識字や音楽の講師で忙しかったり、救護班の班長の仕事に勤しんでいたり、研究で頭悩ます「エド」「エリー」「ジェイ」を唆したことも考えられます。

それによって、エドワード達もアンソニーほどではないとはいえ、珈琲の蓄積が少なくある程度生き人形としての自我を保ったまま大人になったという推測も可能なのです。

何だか考えれば考えるほど、エドワードがケイトに執着したり、「反乱分子」なんていう発想に至るのもそれが理由に思えてきましたなあ……。


さて、推測に推測を重ねてきたため、段々妄想に近い考察になってしまいましたね。

このままだと考察という名の妄想があり得ない方向まで広がっていきそうなので、「一体化=生き人形主体の現象」という観点より、本編の描写について二点ほど見ていきたいと思います。


まず一つ目は、第45話のドロシーの台詞です。

このエピソードは前述したように、エドワードが「一体化」について説明しています。これが現在私たち読者が把握している「一体化」の概要です。

ですが、この時のドロシーは少し気になる尋ね方をしています。


「エドワード貴方の知識を確認させて」


一体化について相手が理解しているのかを問うのであれば、通常は「“一体化”について説明して」と言うはずです。

ですがこの時のドロシーは「知識を確認させて」と言っています。

これだとまるで、エドワードが「一体化」という現象をどう捉えているのかを問い質しているかのように見えてきます。

その上、ライアンはエドワードの説明の後、シャーリーの結果について聞いています。さらにエドワードの推論を聞いた後でも、お披露目で生き人形に自我を持たせることについて彼は再度警戒しています。そういえばジョゼフもお披露目中にエドワードのやり方に苦言を呈していましたが、ここでもジョゼフは同じように懸念を表していますね。

なんだか今になってこのシーンを読んでいると、重鎮の4人はお披露目の結果よりも、エドワードのお披露目の仕方とシャドーハウスに対する認識を重視している気がしてきました。第37話で4人はエドワードのお披露目のやり方について議論していますが、もしかしたら「一体化」の真実が暴かれることを危険視していて、それもあってドロシーはアイリーンに命じてエドワードに警告したようにも見受けられます。

もっと言えば、ソフィの「一体化」は館の重要な秘密と言う台詞もこのことを指していたのかも知れません。


そしてもう一つ、本編にて気になるシーンがあります。

第36話にてエドワードがアイリーンに、「“3階”の方々への接待はアイリーン様とジェラルド様にお願いしたい」と語り掛けた際に、アイリーンが「…やめてよねそういう皮肉」と返した場面です。

当時からやや違和感のあったアイリーンの「皮肉」発言でしたが、これがもしエドワード達が生き人形としての自我を持っていると仮定するとどうでしょうか。


・エドワードは、相手が「エリー」「ジェイ」であることを分かっているのに敢えて「アイリーン様」「ジェラルド様」と呼んだ。

・それに対してアイリーン(中身はエリー)がエドワードの言い方に軽口めいたものを感じ「やめてよねそういう皮肉」と返事をした。


こう解釈すると至って自然な会話に聞こえないでしょうか?

もしも私がアイリーンと同じ立場だったら、同じ台詞をエドワードに返すと思います。



以上の推測から、私は「一体化」とは従来の描写とは真逆の「生き人形が主体として、人間がすす能力を獲得するための現象」の可能性があるということで、今回の記事の結論としたいと思います。


でももしこれが事実だとしたら、やはり60年前にミラーハウスで起きた事件は、人間以上の力を持つために館の住人が仕組んだ可能性が高くなってきますね。それがもしかしたら現在の「偉大なるおじい様」なのでしょうか。う~ん、考えれば考えるほど分からない……。


でもこれまで描写されているようにシャドー(モーフ)が人間の身体を奪うことが「一体化」だとすると、ケイトの本体ってキャサリンの娘ではなく、あの時キャサリンを襲撃したモーフの可能性も排除できないんですよね。それはちょっと避けたいなあ……。(別にモーフ&シャドー差別ではないですよ!?)

まあケイトは主人公ですので、そんな些事なんて関係ない超越した存在、ってのもアリだと思いますけどね。少なくともケイトはそれが許される存在だと思います。


ではでは相変わらず、というかいつもよりも長くなりましたが、「一体化」について一つの仮説ができたということで本記事を終えたいと思います。

いよいよこどもたちの棟、そしてアンソニーが躍動しそうになる気配が高くなってきたシャドーハウス。

きっと今まで以上にあっと驚く展開が待ち受けているでしょう。

私も読んでいる最中に大声を出さないよう、そして驚きのあまり足が攣らないよう、しっかり準備をしながら第155話以降の更新を待ちたいと思います。


……ところで今調べたら、こむら返りにはオレンジジュースが効くらしいですね。よっしゃシャドーハウスにピッタリだ!