
「花言葉」
遂にこの単語がサブタイトルになる日がこようとは感慨深いものです。
シャドーハウスは近代英国風の世界観をモデルにした作品ですが、物語の中には多くの花々が登場します。そして実に印象深いシーンを演出してきました。
例えば、キャラクターでいえばケイトとマリーローズ、バーバラの薔薇。
小道具で言えば、お披露目のシロツメクサやローブ様編でのピオニー。
さらに背景には、胡蝶蘭やムスカリと思しき花が見受けられます。
他にもルイーズのガーベラやパトリックが育てているチューリップと、挙げれば幾らでも出てきます。これらの花々は文字通り作品に鮮やかな色どりを添えてきました。
そして今回。
数話に亘って繰り広げられたパニックホラー編が終焉を迎えます。
どこまでも続いていくのではないかと思うくらいに、果てなく広がるお花畑。
しかしその結末は、幸せ溢れる光景とは相反するものでした。
とある少女の悪夢は、とある少年の絶望と引き換えに終わりを告げました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ヤングジャンプ本誌でお読みの方は、今話のシャドーハウスの前に「君のことが大大大大大好きな100人の彼女」が掲載されていたのをご存じかと思います。略して「100カノ」と呼ばれる人気作です。アニメ化が発表されているので読んでいる方も多いでしょう。
その「100カノ」の今号は、物語の初期よりずっと引っ張られてきた、ある懸念事項が解決したエピソードでした。
詳細についてはネタバレになりますので触れませんが、ざっくり言うと母親との確執を抱えたヒロインが、主人公とともにそれを克服するというとても重要な回です。
私も連載開始以来読んできた作品でしたので、ヒロインの初登場回で暗い影を落としていたあのシーンに決着がついたとあって、ついつい感情移入してしまいました。誰も傷つかない形でめでたく物語が締め括られて、とても心が温かくなりました。
ところで、「100カノ」のラストシーンにタンポポが描かれていたのをお気付きになったでしょうか?
主人公とヒロインの足元に、そっと咲く二つのタンポポ。
タンポポの花言葉は「真心の愛」です。
花言葉の如く、隣同士で慎ましく咲くタンポポの花は、まるで主人公とヒロインの関係を象徴しているかのようでした。とても可憐で、かつ甘酸っぱい美しいシーンです。
そうとくれば次はシャドーハウスの番です。期待に沿って、こちらでも幸せな花言葉が登場しました。
「真実の愛」
これはマーガレットの花言葉です。
マーガレットといえば、此度のパニックホラー編の元凶であり、そしてシャドーハウスの罪深さを体現したキャラクターの名でもありますね。
しかし、シャドーハウスでは真逆のエピソードが展開されていくこととなります。
さて、まずはマーガレットの登場シーンを振り返っていきましょう。
マギーの初登場は第17話でした。あの時はバーバラがミアに足蹴りを食らわせていたり、ベル姉妹がラムをいびっていたり、リッキーがショーンに殴り掛かるなど、シャドーハウスの暗部がこれでもかと描かれていた回でした。
また、お披露目直前でややナイーヴになりつつあるケイトが描かれていたのも懐かしいですね。それだけにローズマリーがエミリコに「心配するほどじゃないわぁ」と語り掛けたシーンはホッとさせられるものでした。
次にマーガレットが注目されたのは第66話でしょう。
このエピソードは、パトリックがとうとうエミリコへの恋心を自覚した名エピソードです。
近づきの印にとピオニーを渡したマーガレットを見て、パトリックはお披露目でラッパスイセンを持って来てくれたエミリコのことを思い出します。そして花が好きになったのは従者(リッキー)とは関係ない、他人でしかないエミリコの影響だと彼は思い至りました。
「ケイトとエミリコは『別』じゃないか!」
今考えると、この時のパトリックは理屈など関係なしに、シャドーと生き人形の本当の関係性に気付いていたのかも知れませんね。
以前私が読んだ本に、『愛情はイデオロギーを超越する』という言葉が書かれていました。ということは、パトリックはエミリコに恋をすることでシャドーハウスの因習を打破したのでしょう。
シャドーと生き人形は決して不可分な存在ではなく、シャドーハウスからそう思い込まされている。パトリックは本能的にそう直感したのだと思います。読めば読むほど、その後の展開を示唆する場面です。
数コマだけですが、マーガレットの立場や性格が如実に表れていたのが第84話です。
ケイトが部屋に引き籠るイザベルとミラベルをサロンに連れ出した回です。片方の“顔”を失くしたイザベル・ミラベルを説得したケイトは、シャドーハウスからすれば「歪」といえる状況の双子を衆目に晒します。案の定彼女達は晒し者になりました。
そんな中、サロンにはエリザベス率いる第9班とダグラス率いる第1班のメンバーがいました。
ということは、当然マーガレットもいます。ざわついた女性陣の中でまっさきに嘲笑しています。しかもその後、ダグラスの「処分コール」にのって手拍子する様子まで描かれていました。
過去にマーガレットがイザベルとミラベルに何をされてきたか、そしてイザベルとミラベルが現在どんな立ち位置にいるのかが、少ないこの場面で見事に描写されています。決して台詞的には雄弁でないものの、マーガレットとイザベル・ミラベルの過去の関係というものが手に取るように分かります。
同時に、醜い心を嫌うマーガレットが真逆の言動をしている、という読者が第66話で抱いたちょっとした疑問を、第84話のマーガレットの行動によって読者に確信させるという演出にもなっています。マーガレット嬢の本質は既にここで描かれていたといっても過言ではないでしょう。
そして、直近でマーガレットが我々に印象を残したのは無能力者狩りのエピソードです。
当時のこどもたちの棟はトマスのすす能力開陳により混乱していました。新たな「ルール」の中で、パトリックやマーガレットといった「無能力者」が窮地に立たされたのです。
そんな情勢の中でパトリックはすす能力者から襲撃されます。しかも襲撃直後にリッキーは身体を痛めてしまいました。
そんな彼らに手を差し伸べたのは、同じく無能力者のマーガレットでした。
池に倒れ込んだパトリックに駆け寄り、手を取ります。そして暫し語り合うとパトリックを優しいと褒め称えました。
しかも後に判明しますが、マーガレットはパトリックのために事件解決の手掛かりとなる物証を探し出していました。パトリックに「星つき」になって欲しいという願いのためです。彼ならこどもたちのトップに立って棟を改革してくれるという、彼女なりの期待がそこには込められていました。
さて、マーガレットが登場する第17話から最近までのエピソードをざっと振り返ってきましたが、彼女の登場シーンを見ていくと一つの傾向が見えてきます。
それは、シャドーハウスという館のしきたりの枠組みが色濃く反映されていることです。
第17話では、バーバラを頂点とするこどもたちの支配体制が描かれています。
第66話では、パトリックがシャドーとしてあるまじき恋心を抱いてしまった葛藤が描かれています。
第84話では、狭い価値観の中で「脱落者」を軽蔑するこどもたちが描かれています。外の世界を知るケイトによってイザベルとミラベルとベルは救われますが、ケイトがいなければ彼女達はあっという間に処分対象だったでしょう。因みに第84話のサブタイトルは「ルール違反」でした。
無能力者狩りのエピソードでは、トマスが提示した新たな「ルール」がこどもたちを混乱に陥れます。これも型破りなケイトとジョンによって打破されますが、閉ざされた世界の中で翻弄される無力なこどもたちが描かれた章だったといえましょう。
このように、シャドーハウスという館で暮らすごく普通の少女がマーガレットでした。ケイトやジョンといったイレギュラーなシャドー、ダグラスのようなしたたさやウィリアム達のような要領の良さを持つ者、エリザベスやエヴリンといった優等生とは違う、何も持たない等身大のこどもがマーガレットだったのです。
となれば、何の強みもない彼女にとってシャドーハウスは窮屈な場所だったでしょう。だからこそマーガレットは温室にこもることにしたのです。今話でパトリックは「生き辛さはシャドーハウスのせいだ!」「君は間違っていない!」とマーガレットに叫んでいますが、まさにその通りです。
この言葉を発したのが、温室で同じ時間を共有したパトリックだったことはマーガレットにとって大きな救いだったかと思います。彼女の中でパトリックはまるで白馬の王子様の如き存在ですが、そうでなくともマーガレットにとってこれまでの境遇を分かり合える最大の理解者だったことは間違いありません。
今回の第163話では、パトリックのすす能力の開花とマーガレットの暴走の終わりに注目されがちですが、これまでの丹念な描写を見ていくと、マーガレットがパトリックに心開いた理由が分かる気がしてきました。
もちろん、パトリックの「すす能力を無効化するすす能力」がマーガレットのすす能力よりも強力だったことが事件解決の大きな要因だったことは否めません。そう考えるとマーガレットのすす能力が解除される見開きページは、ロマンチックなようで実はすす能力同士の衝突でしかない光景であります。
ただ、パトリックの能力はあくまでマーガレットに接近するために有用だったわけで、マーガレットのすす能力が解除された決定打はパトリックの婚姻申請だったと思うんですよね。
ということは、やはりパトリックの「優しい心」がマーガレットを救ったのだと思います。何よりもそれは、パトリックを見上げる幸せそうなマーガレットの「横顔」が物語っています。
それどころか、もしも此度の婚約申請がなかったとしても、既にパトリックはマーガレットを救ってきていたといえるでしょう。
しかし、それだけに今話のラストは悲劇的です。
やせ衰えたマーガレットの右腕。
これを見た時、不吉にも第79話のベルを思い出しました。当時のベルはすす管清掃によって衰弱し、結果的に一人は絶命します。奇しくも、あの時匙を落としたベルの腕も右手でした。
また、前回の感想記事でエヴリンが登場したことについて、パトリックのすす能力と関連があるのではないかと推測しましたが、今回のお話を見て、ひょっとしたらもっと重い意味が込められていたのではないかと感じました。
エヴリンは第154話でバーバラの発作について「通常の発作に比べて10倍以上すすが出ています」「彼女の体は一日持たないかもしれません…」と述べているからです。
もしもこのエヴリンの台詞がマーガレットに当てはまるとしたら、そしてケイトとパトリック、バーバラとマーガレットというそれぞれの存在が対比するとしたら……。
明確に描写されていませんが、マーガレットの運命は極めて悲観的な結末でしょう。
またもやシャドーハウスという館の犠牲者が生まれてしまいました。
もちろん、そうではないという希望的観測もあるにはあります。
お披露目のシャーリーが良い例です。彼女はお披露目終了と同時に崩れ去りましたが、その後復活を遂げます。それはラムとの「ふれあい」がもたらした、紛れもない奇跡でした。
当時と同じく、直前にギリギリセーフな出来事(お披露目はケイト組ゴール、今回はセーフティネット設置)があり、あの時も今回も現場にシャーリーとラムがいて、絶望的な状況に陥ったシャドーの手を取る理解者(お披露目はラム、今回はパトリック)がいる、とあればマーガレットの救命を期待したくもあります。例え今と同じ姿をとどめずとも、違う形で延命して欲しいと願わずにはいられません。加えて、顔の見えない人形としてラムとマギーが和解してくれれば胸のつかえは取れます。
更に言うなら、そうでなければケイトの「誰一人欠けることなく大人と戦う」という目標はここで敢え無く潰えます。それだけは避けたい事態です。
ただ、ラストページのお花畑を見てしまうと、延命はマーガレットの幸せになるのかという疑問も頭をもたげます。
今回のパトリックの行動は、彼の信条である「ノブレス・オブリージュ」から発したものでした。
ということは、婚姻の申請は性愛的な誓いではなく、無償の愛(アガペー)的な傾向が強かったといええるでしょう。エミリコへの愛情とマーガレットへの愛情は似て非なるものなのだと考えられます。
となれば、弱き者を救いたいとするパトリックの信念の延長線が、マーガレットへの婚姻申請だったと解釈できなくもありません。こう考えると、パトリックがなぜああまでして大胆な行動に出たのかが腑に落ちてきますし、同時にそれを知ってしまった時のマーガレットの心中は察するに余りあります。
でも、そんな「綺麗な心」を持つパトリックだからこそ、マーガレットは恋心を寄せたのでしょう。
パトリックが安らぎを与えてくれたエミリコに恋したように、マーガレットは同じく花を愛するパトリックに恋したのです。
不遜だったパトリックがエミリコとの出会いによって高潔な精神を持ったように、マーガレットもパトリックとの出会いによって今後変わっていく余地は十分にあるように感じます。今までのマーガレットの言行動に賛否あるでしょうが、彼女だってイザベルやミラベルと同じように、これから変わる可能性がありますしその資格だってもちろんあります。あのバーバラだってケイトやパトリックと出会って大きく変わりました。
ただ、残念ながら遅すぎたのかも知れません。
此度こどもたちの棟全域にもたらした惨禍は、マーガレットの日常生活の復帰を妨げるには十分すぎる事象でした。たとえケイトがリーダーといっても、他のこどもたちの心情を鑑みればペナルティは必要でしょう。無理にマーガレットの日常復帰を認めてしまえばケイトの求心力低下に繋がりかねません。
それに、これからパトリックと婚約者として過ごしていく生活はマーガレットにとって夢のような日々でしょうが、上記で述べた通りいきなり普通の生活はできないと思います。
しかも、パトリックにはエミリコが、リッキーにはルウという想い人がいます。それを押し止めたまま未来永劫過ごすことができるかと問われるとハードルはかなり高いです。無理に近いでしょう。
となればマーガレットの幸せと引き換えに、パトリックには涙を呑んでもらうしかないのかも知れません。
その場合マギーは顔の見えない人形になるのでしょうか。ところで倒れたマーガレットの足元に不自然な大きな煤の山がありますね。ただ、怖い想像しか浮かんでこないのでひとまず考えないことにします。
さて、パニックホラー編にてマーガレットはツタのようなすす能力を行使していましたが、マーガレットとツタについて調べていたらこんな植物があるのを知りました。
「マーガレットアイビー」という花です。
アイビーはツタの英名で、マーガレットアイビーはその名の通りマーガレットに似た花を咲かせるツタの種類です。
マーガレットアイビーの花言葉は「変わらぬ想い」
ツタのように愛に焦がれ結婚に憧れ、マーガレットのように慎ましく、それでいて本当の愛を求めた少女・マーガレット。
ケイトやアンソニー、マリーローズのように心身ともに強靭な力を持っていたならば、抗うことも運命を切り拓くこともできたでしょう。ですが、それをマーガレットに求めるにはあまりに酷といえます。
これ以上運命に翻弄されず、幸せな「変わらぬ想い」のまま今だけは夢のような時間に浸る……
独り善がりと批判され、諦めと言われ、悲劇的と嘆かれたとしても、これがシャドーハウスという異常な館で普通の少女が手に入れられる、最良かつ精一杯の「幸せ」の形なのかも知れません。
ヤングジャンプ本誌でお読みの方は、今話のシャドーハウスの前に「君のことが大大大大大好きな100人の彼女」が掲載されていたのをご存じかと思います。略して「100カノ」と呼ばれる人気作です。アニメ化が発表されているので読んでいる方も多いでしょう。
その「100カノ」の今号は、物語の初期よりずっと引っ張られてきた、ある懸念事項が解決したエピソードでした。
詳細についてはネタバレになりますので触れませんが、ざっくり言うと母親との確執を抱えたヒロインが、主人公とともにそれを克服するというとても重要な回です。
私も連載開始以来読んできた作品でしたので、ヒロインの初登場回で暗い影を落としていたあのシーンに決着がついたとあって、ついつい感情移入してしまいました。誰も傷つかない形でめでたく物語が締め括られて、とても心が温かくなりました。
ところで、「100カノ」のラストシーンにタンポポが描かれていたのをお気付きになったでしょうか?
主人公とヒロインの足元に、そっと咲く二つのタンポポ。
タンポポの花言葉は「真心の愛」です。
花言葉の如く、隣同士で慎ましく咲くタンポポの花は、まるで主人公とヒロインの関係を象徴しているかのようでした。とても可憐で、かつ甘酸っぱい美しいシーンです。
そうとくれば次はシャドーハウスの番です。期待に沿って、こちらでも幸せな花言葉が登場しました。
「真実の愛」
これはマーガレットの花言葉です。
マーガレットといえば、此度のパニックホラー編の元凶であり、そしてシャドーハウスの罪深さを体現したキャラクターの名でもありますね。
しかし、シャドーハウスでは真逆のエピソードが展開されていくこととなります。
さて、まずはマーガレットの登場シーンを振り返っていきましょう。
マギーの初登場は第17話でした。あの時はバーバラがミアに足蹴りを食らわせていたり、ベル姉妹がラムをいびっていたり、リッキーがショーンに殴り掛かるなど、シャドーハウスの暗部がこれでもかと描かれていた回でした。
また、お披露目直前でややナイーヴになりつつあるケイトが描かれていたのも懐かしいですね。それだけにローズマリーがエミリコに「心配するほどじゃないわぁ」と語り掛けたシーンはホッとさせられるものでした。
次にマーガレットが注目されたのは第66話でしょう。
このエピソードは、パトリックがとうとうエミリコへの恋心を自覚した名エピソードです。
近づきの印にとピオニーを渡したマーガレットを見て、パトリックはお披露目でラッパスイセンを持って来てくれたエミリコのことを思い出します。そして花が好きになったのは従者(リッキー)とは関係ない、他人でしかないエミリコの影響だと彼は思い至りました。
「ケイトとエミリコは『別』じゃないか!」
今考えると、この時のパトリックは理屈など関係なしに、シャドーと生き人形の本当の関係性に気付いていたのかも知れませんね。
以前私が読んだ本に、『愛情はイデオロギーを超越する』という言葉が書かれていました。ということは、パトリックはエミリコに恋をすることでシャドーハウスの因習を打破したのでしょう。
シャドーと生き人形は決して不可分な存在ではなく、シャドーハウスからそう思い込まされている。パトリックは本能的にそう直感したのだと思います。読めば読むほど、その後の展開を示唆する場面です。
数コマだけですが、マーガレットの立場や性格が如実に表れていたのが第84話です。
ケイトが部屋に引き籠るイザベルとミラベルをサロンに連れ出した回です。片方の“顔”を失くしたイザベル・ミラベルを説得したケイトは、シャドーハウスからすれば「歪」といえる状況の双子を衆目に晒します。案の定彼女達は晒し者になりました。
そんな中、サロンにはエリザベス率いる第9班とダグラス率いる第1班のメンバーがいました。
ということは、当然マーガレットもいます。ざわついた女性陣の中でまっさきに嘲笑しています。しかもその後、ダグラスの「処分コール」にのって手拍子する様子まで描かれていました。
過去にマーガレットがイザベルとミラベルに何をされてきたか、そしてイザベルとミラベルが現在どんな立ち位置にいるのかが、少ないこの場面で見事に描写されています。決して台詞的には雄弁でないものの、マーガレットとイザベル・ミラベルの過去の関係というものが手に取るように分かります。
同時に、醜い心を嫌うマーガレットが真逆の言動をしている、という読者が第66話で抱いたちょっとした疑問を、第84話のマーガレットの行動によって読者に確信させるという演出にもなっています。マーガレット嬢の本質は既にここで描かれていたといっても過言ではないでしょう。
そして、直近でマーガレットが我々に印象を残したのは無能力者狩りのエピソードです。
当時のこどもたちの棟はトマスのすす能力開陳により混乱していました。新たな「ルール」の中で、パトリックやマーガレットといった「無能力者」が窮地に立たされたのです。
そんな情勢の中でパトリックはすす能力者から襲撃されます。しかも襲撃直後にリッキーは身体を痛めてしまいました。
そんな彼らに手を差し伸べたのは、同じく無能力者のマーガレットでした。
池に倒れ込んだパトリックに駆け寄り、手を取ります。そして暫し語り合うとパトリックを優しいと褒め称えました。
しかも後に判明しますが、マーガレットはパトリックのために事件解決の手掛かりとなる物証を探し出していました。パトリックに「星つき」になって欲しいという願いのためです。彼ならこどもたちのトップに立って棟を改革してくれるという、彼女なりの期待がそこには込められていました。
さて、マーガレットが登場する第17話から最近までのエピソードをざっと振り返ってきましたが、彼女の登場シーンを見ていくと一つの傾向が見えてきます。
それは、シャドーハウスという館のしきたりの枠組みが色濃く反映されていることです。
第17話では、バーバラを頂点とするこどもたちの支配体制が描かれています。
第66話では、パトリックがシャドーとしてあるまじき恋心を抱いてしまった葛藤が描かれています。
第84話では、狭い価値観の中で「脱落者」を軽蔑するこどもたちが描かれています。外の世界を知るケイトによってイザベルとミラベルとベルは救われますが、ケイトがいなければ彼女達はあっという間に処分対象だったでしょう。因みに第84話のサブタイトルは「ルール違反」でした。
無能力者狩りのエピソードでは、トマスが提示した新たな「ルール」がこどもたちを混乱に陥れます。これも型破りなケイトとジョンによって打破されますが、閉ざされた世界の中で翻弄される無力なこどもたちが描かれた章だったといえましょう。
このように、シャドーハウスという館で暮らすごく普通の少女がマーガレットでした。ケイトやジョンといったイレギュラーなシャドー、ダグラスのようなしたたさやウィリアム達のような要領の良さを持つ者、エリザベスやエヴリンといった優等生とは違う、何も持たない等身大のこどもがマーガレットだったのです。
となれば、何の強みもない彼女にとってシャドーハウスは窮屈な場所だったでしょう。だからこそマーガレットは温室にこもることにしたのです。今話でパトリックは「生き辛さはシャドーハウスのせいだ!」「君は間違っていない!」とマーガレットに叫んでいますが、まさにその通りです。
この言葉を発したのが、温室で同じ時間を共有したパトリックだったことはマーガレットにとって大きな救いだったかと思います。彼女の中でパトリックはまるで白馬の王子様の如き存在ですが、そうでなくともマーガレットにとってこれまでの境遇を分かり合える最大の理解者だったことは間違いありません。
今回の第163話では、パトリックのすす能力の開花とマーガレットの暴走の終わりに注目されがちですが、これまでの丹念な描写を見ていくと、マーガレットがパトリックに心開いた理由が分かる気がしてきました。
もちろん、パトリックの「すす能力を無効化するすす能力」がマーガレットのすす能力よりも強力だったことが事件解決の大きな要因だったことは否めません。そう考えるとマーガレットのすす能力が解除される見開きページは、ロマンチックなようで実はすす能力同士の衝突でしかない光景であります。
ただ、パトリックの能力はあくまでマーガレットに接近するために有用だったわけで、マーガレットのすす能力が解除された決定打はパトリックの婚姻申請だったと思うんですよね。
ということは、やはりパトリックの「優しい心」がマーガレットを救ったのだと思います。何よりもそれは、パトリックを見上げる幸せそうなマーガレットの「横顔」が物語っています。
それどころか、もしも此度の婚約申請がなかったとしても、既にパトリックはマーガレットを救ってきていたといえるでしょう。
しかし、それだけに今話のラストは悲劇的です。
やせ衰えたマーガレットの右腕。
これを見た時、不吉にも第79話のベルを思い出しました。当時のベルはすす管清掃によって衰弱し、結果的に一人は絶命します。奇しくも、あの時匙を落としたベルの腕も右手でした。
また、前回の感想記事でエヴリンが登場したことについて、パトリックのすす能力と関連があるのではないかと推測しましたが、今回のお話を見て、ひょっとしたらもっと重い意味が込められていたのではないかと感じました。
エヴリンは第154話でバーバラの発作について「通常の発作に比べて10倍以上すすが出ています」「彼女の体は一日持たないかもしれません…」と述べているからです。
もしもこのエヴリンの台詞がマーガレットに当てはまるとしたら、そしてケイトとパトリック、バーバラとマーガレットというそれぞれの存在が対比するとしたら……。
明確に描写されていませんが、マーガレットの運命は極めて悲観的な結末でしょう。
またもやシャドーハウスという館の犠牲者が生まれてしまいました。
もちろん、そうではないという希望的観測もあるにはあります。
お披露目のシャーリーが良い例です。彼女はお披露目終了と同時に崩れ去りましたが、その後復活を遂げます。それはラムとの「ふれあい」がもたらした、紛れもない奇跡でした。
当時と同じく、直前にギリギリセーフな出来事(お披露目はケイト組ゴール、今回はセーフティネット設置)があり、あの時も今回も現場にシャーリーとラムがいて、絶望的な状況に陥ったシャドーの手を取る理解者(お披露目はラム、今回はパトリック)がいる、とあればマーガレットの救命を期待したくもあります。例え今と同じ姿をとどめずとも、違う形で延命して欲しいと願わずにはいられません。加えて、顔の見えない人形としてラムとマギーが和解してくれれば胸のつかえは取れます。
更に言うなら、そうでなければケイトの「誰一人欠けることなく大人と戦う」という目標はここで敢え無く潰えます。それだけは避けたい事態です。
ただ、ラストページのお花畑を見てしまうと、延命はマーガレットの幸せになるのかという疑問も頭をもたげます。
今回のパトリックの行動は、彼の信条である「ノブレス・オブリージュ」から発したものでした。
ということは、婚姻の申請は性愛的な誓いではなく、無償の愛(アガペー)的な傾向が強かったといええるでしょう。エミリコへの愛情とマーガレットへの愛情は似て非なるものなのだと考えられます。
となれば、弱き者を救いたいとするパトリックの信念の延長線が、マーガレットへの婚姻申請だったと解釈できなくもありません。こう考えると、パトリックがなぜああまでして大胆な行動に出たのかが腑に落ちてきますし、同時にそれを知ってしまった時のマーガレットの心中は察するに余りあります。
でも、そんな「綺麗な心」を持つパトリックだからこそ、マーガレットは恋心を寄せたのでしょう。
パトリックが安らぎを与えてくれたエミリコに恋したように、マーガレットは同じく花を愛するパトリックに恋したのです。
不遜だったパトリックがエミリコとの出会いによって高潔な精神を持ったように、マーガレットもパトリックとの出会いによって今後変わっていく余地は十分にあるように感じます。今までのマーガレットの言行動に賛否あるでしょうが、彼女だってイザベルやミラベルと同じように、これから変わる可能性がありますしその資格だってもちろんあります。あのバーバラだってケイトやパトリックと出会って大きく変わりました。
ただ、残念ながら遅すぎたのかも知れません。
此度こどもたちの棟全域にもたらした惨禍は、マーガレットの日常生活の復帰を妨げるには十分すぎる事象でした。たとえケイトがリーダーといっても、他のこどもたちの心情を鑑みればペナルティは必要でしょう。無理にマーガレットの日常復帰を認めてしまえばケイトの求心力低下に繋がりかねません。
それに、これからパトリックと婚約者として過ごしていく生活はマーガレットにとって夢のような日々でしょうが、上記で述べた通りいきなり普通の生活はできないと思います。
しかも、パトリックにはエミリコが、リッキーにはルウという想い人がいます。それを押し止めたまま未来永劫過ごすことができるかと問われるとハードルはかなり高いです。無理に近いでしょう。
となればマーガレットの幸せと引き換えに、パトリックには涙を呑んでもらうしかないのかも知れません。
その場合マギーは顔の見えない人形になるのでしょうか。ところで倒れたマーガレットの足元に不自然な大きな煤の山がありますね。ただ、怖い想像しか浮かんでこないのでひとまず考えないことにします。
さて、パニックホラー編にてマーガレットはツタのようなすす能力を行使していましたが、マーガレットとツタについて調べていたらこんな植物があるのを知りました。
「マーガレットアイビー」という花です。
アイビーはツタの英名で、マーガレットアイビーはその名の通りマーガレットに似た花を咲かせるツタの種類です。
マーガレットアイビーの花言葉は「変わらぬ想い」
ツタのように愛に焦がれ結婚に憧れ、マーガレットのように慎ましく、それでいて本当の愛を求めた少女・マーガレット。
ケイトやアンソニー、マリーローズのように心身ともに強靭な力を持っていたならば、抗うことも運命を切り拓くこともできたでしょう。ですが、それをマーガレットに求めるにはあまりに酷といえます。
これ以上運命に翻弄されず、幸せな「変わらぬ想い」のまま今だけは夢のような時間に浸る……
独り善がりと批判され、諦めと言われ、悲劇的と嘆かれたとしても、これがシャドーハウスという異常な館で普通の少女が手に入れられる、最良かつ精一杯の「幸せ」の形なのかも知れません。

そしてマギーが屋敷に入れたのも疑問ですね。
マギーの能力は洗脳や立場もあって見る機会がないのですが、屋敷には理想の世界があると夢見て選別までは頑張ったのかもしれませんね。
もしくはその村の管理者は育成能力が低く三階の連中もしかたなく選ぶしかなかったのか、顔はいいですからね。
そのまま村にいたならピーターと一緒に花を育てて生活できたかもしれないのに、屋敷に来たことで自身に合わない生活をしなくてはいけなくなったのは不幸ですね。
村にいても周囲を疎ましく思う性格は変わらないでしょうし、屋敷への憧れを持ち続けて生きるのでしょうけども、彼女は遠くへ足を伸ばすことはなく身近な幸せで妥協できそうなので、ここまで不幸にはならなかったでしょうね。
shadowsblog
が
しました