「再試験」ですか……
私事ですが、このサブタイトルを見て嫌なことを思い出しました。
思い出語りで恐縮なのですが小学校4年生の時のことです。
とある授業(確か算数)のテストにおいて、クラス成績が壊滅的だったことから担任教諭が激怒、70点未満の児童は再試験という出来事がありました。
確かその時70点以上だった児童は、普段から勉強ができていた子ばっかりだった気がします。それもあって70点をボーダーラインに設定したのでしょう。私は71点という再試験免除ギリギリの点数でした。
ところが。
なんと再試験対象児童を読み上げていた担当教諭が私の名を呼んだんですよね。
それを聞き、思わず「なんで!?」と叫んでしまいました。普段あまり喋らない質の自分でしたので感情のままに叫ぶなんて普段はしないですし、ましてや教師に対しては常に敬語でいました。大人になった今振り返っても、それほど当時の自分には信じがたいことだったのでしょう。
ですがその教師は「当たり前でしょ!」と一喝するとそのまま不合格児童の読み上げを再開しました。その時の教師の顔は今も忘れられません。
思えば、それ以前にも歴史のテストでクラス全体の成績が悪かった時、100点を取った児童以外は叱責という出来事がありました。その時私が取ったのは98点だったのですが、それを思うと多分目付けられていたのでしょうね。3番目の児童の点数は60点台でしたから。
暗く何を考えているか分からない物知りな児童よりも、朗らかでとっつきやすい秀才を可愛がるというのは良くある話です。
子供だった当時は分かりませんでしたが、あの担当教諭は大学を出たばかりの20代前半という若さでしたし、大人になった今考えると教師といえども感情に振り回されることも多々あったのでしょうかね。
たとえ学校の先生という存在でも、一人の人間であり聖職者ではないというのを早いうちから知ることができたのはある意味良かったと思っています。強烈な体験でしたが後の糧になる出来事でした。
(なお、当時の担当教諭とは現在も年賀状のやり取りをしていて関係は良好ですのでご心配なく)(あ、そろそろ年賀状の準備しなきゃ……)
さて、暗い話をしてしまいましたが、「再試験」あるいは追試というものは大抵身から出た錆であることがほとんどです。ちゃんと勉強をしていればそんな目に遭うことはまずないですからね。
しかしその反面、そうでない理不尽な理由も稀にですがあります。そんな事態に直面した当事者が納得するのは100%不可能でしょう。憤怒といったらこの上ないです。例えば、数十年前の話なのにこうやって当時の事をブログで語る私のように……(だからやめい)
法治国家であり、順法精神がある程度行き渡っている我が国でもこういう理不尽なことは多々あるのです。ならば、シャドーハウスという謀略と権力闘争が繰り広げられる館であれば、弱き者を権力者が都合よく振り回すことは日常茶飯事であります。
ですが、今回のエピソードではそんな非道に遭ってもなお強固な意志で立ち向かう少女の姿が描かれました。
ではソウマトウ先生の事前告知をお借りして、あの頃の私の憤りを鎮めるために「師匠」の後押しをしましょうかね。
理不尽な判定にキャンディ、キレる!!
(12/14発売ヤングジャンプ2号)
私事ですが、このサブタイトルを見て嫌なことを思い出しました。
思い出語りで恐縮なのですが小学校4年生の時のことです。
とある授業(確か算数)のテストにおいて、クラス成績が壊滅的だったことから担任教諭が激怒、70点未満の児童は再試験という出来事がありました。
確かその時70点以上だった児童は、普段から勉強ができていた子ばっかりだった気がします。それもあって70点をボーダーラインに設定したのでしょう。私は71点という再試験免除ギリギリの点数でした。
ところが。
なんと再試験対象児童を読み上げていた担当教諭が私の名を呼んだんですよね。
それを聞き、思わず「なんで!?」と叫んでしまいました。普段あまり喋らない質の自分でしたので感情のままに叫ぶなんて普段はしないですし、ましてや教師に対しては常に敬語でいました。大人になった今振り返っても、それほど当時の自分には信じがたいことだったのでしょう。
ですがその教師は「当たり前でしょ!」と一喝するとそのまま不合格児童の読み上げを再開しました。その時の教師の顔は今も忘れられません。
思えば、それ以前にも歴史のテストでクラス全体の成績が悪かった時、100点を取った児童以外は叱責という出来事がありました。その時私が取ったのは98点だったのですが、それを思うと多分目付けられていたのでしょうね。3番目の児童の点数は60点台でしたから。
暗く何を考えているか分からない物知りな児童よりも、朗らかでとっつきやすい秀才を可愛がるというのは良くある話です。
子供だった当時は分かりませんでしたが、あの担当教諭は大学を出たばかりの20代前半という若さでしたし、大人になった今考えると教師といえども感情に振り回されることも多々あったのでしょうかね。
たとえ学校の先生という存在でも、一人の人間であり聖職者ではないというのを早いうちから知ることができたのはある意味良かったと思っています。強烈な体験でしたが後の糧になる出来事でした。
(なお、当時の担当教諭とは現在も年賀状のやり取りをしていて関係は良好ですのでご心配なく)(あ、そろそろ年賀状の準備しなきゃ……)
さて、暗い話をしてしまいましたが、「再試験」あるいは追試というものは大抵身から出た錆であることがほとんどです。ちゃんと勉強をしていればそんな目に遭うことはまずないですからね。
しかしその反面、そうでない理不尽な理由も稀にですがあります。そんな事態に直面した当事者が納得するのは100%不可能でしょう。憤怒といったらこの上ないです。例えば、数十年前の話なのにこうやって当時の事をブログで語る私のように……(だからやめい)
法治国家であり、順法精神がある程度行き渡っている我が国でもこういう理不尽なことは多々あるのです。ならば、シャドーハウスという謀略と権力闘争が繰り広げられる館であれば、弱き者を権力者が都合よく振り回すことは日常茶飯事であります。
ですが、今回のエピソードではそんな非道に遭ってもなお強固な意志で立ち向かう少女の姿が描かれました。
ではソウマトウ先生の事前告知をお借りして、あの頃の私の憤りを鎮めるために「師匠」の後押しをしましょうかね。
理不尽な判定にキャンディ、キレる!!
(12/14発売ヤングジャンプ2号)
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冒頭で紹介したキャンディの顔は、ソウマトウ先生の事前告知から拝借したものです。普段は本編の画像を貼り付けることはしませんが、先生(公式)のツイッターに載せられていましたしネタバレにはならないと判断しましたので掲載いたしました。
しかしなんと怒りに満ちた顔でしょうか。今話前半の「顔」は不測の事態に戸惑う少女、といった風だったのに、生き人形としての縛りがなくなった途端にこれです。直前まで「私がサポートします」と笑顔で話しかけていたエミリコでさえ、その迫力ある表情には若干引いています。
すす珈琲なしで第50話のショーンやルウ、第113話のエミリコ(「ケイト様…シャドーハウスは絶対です!!」の時)に匹敵する表情をするキャンディには天晴です。珈琲なしでのこんな表情はそうですね、第86話の「殺してやろうかしらトマスの奴」のアイリーン以来でしょうか。こう考えるとシャドーハウスの女性陣やっぱり豪胆ですなあ……(男子組が色恋に現を抜かしているともいえる)(これ言った張本人のことですが)
さて。キャンディの任侠映画ばりの表情に注目しましたが、彼女がここまで怒りを見せたのは、不合格になったことや理不尽な理由で落とされたというだけではありません。
あのシーンの直前、キャンディはモノローグでこう言っています。
「この流れ…やらされることが決まっていたってことだな」
「失格する前提で次の試験を用意していた」
これを見れば分かる通り、キャンディを何よりも怒らせたのは、これまでの経緯が全て仕組まれていたという事実です。
確かに彼女の気持ちを考えれば当然です。持てるもの全てを以て「お披露目」に臨み、そして合格を目指してきたにも関わらず、試験とは名ばかりでシナリオ通りに動かされていたのですからね。勝気なキャンディには耐えられないでしょう。その上、自分達が失格になる役回りとあれば誰だって怒り心頭です。
特に、自分の努力ではどうにもならないということに関しては悔しくてたまらないでしょうね。
第57話でケイトも、星つきを目指そうとしていた矢先にエドワードがバーバラらに手を回していたことを悟り、「最初から“星つき”に評価されるなんて期待できなかった…」と拳を握り締めて憤っていました。キャンディも同じように、こうやって振り回されているのが我慢ならなかったに違いありません。それがあの表情に至った大きな理由でしょう。
ところで、丁度ケイトの話題になったのでキャンディとケイトの共通点に触れますが、二人ともお披露目の最中に「見世物」「ショー」と気付いたのはなんだか似ていますね。
ケイトは“お披露目”という語句、ジョンの「見世物」という台詞からエドワードの背後にいる何らかの存在(読者は重鎮だと知ってますが)を推理していました。
片やキャンディも、エドワードからの「チャンスを与える」という指令、サラが汚い手を使ったこと、都合よく設置された昇降機(オリバー製?)を見て「質の悪いショーだ」と察しました。
ケイトもキャンディもシャドーハウスに潜入した者同士という共通点がありましたが、二人とも数少ない手掛かりから真実に到達する推理力には目を見張るものがあります。
逆に言えば、こんな禍々しい館への潜入に成功するにはそれだけの能力がなくては成り立たないということでもありますが、そんな二人が今回も前回も「お披露目」を掻き回しているのは不思議な偶然です。もしかしたらケイトに続いて、今回のエドワードの「完璧な世界」を壊すのはキャンディかも知れませんね。
あと書いていて気付いたのですが、二人が「お披露目」の本質に気付いた際にすすバトがいるのも奇遇といえば奇遇です。あ、それと全然違う場面ではありますが、サラの部屋にすすバトが来た時(第98話)も今回も、サラとミアが悲鳴上げて転んでいるのも不思議な巡り会わせでしょうか。まあこの二つについては考えすぎですが、一応見返してみると面白い偶然ですね。(サラとミア、すっかりこういう格好の付かないキャラクターになっちゃったなあ……)
それとこれまた細かい部分に注目しますが、キャンディとエミリコが昇降機に乗る直前に、椅子(エプロン)と箒とブーツが用意されていたのが個人的に嬉しかったです。
ここ最近は各話で衝撃的なシーンが必ずあったり、物語が一話ごとに大きく動くなど、メディア化の影響もありシャドーハウスは毎話で話題を呼ぶ作品になりました。ツイッターなどのSNSを見ていますと毎週様々な感想が流れてきて楽しい毎日です。
ただ、我ながら面倒くさい読者だなあと思いますが、初期の頃の各シーンに細かく散りばめられた背景の意匠や小道具、キャラクターの仕草もシャドーハウスの魅力だと思うのです。
ですので、上で申し上げたシーンでエミリコ用のブーツが置かれていたのを見て何だか懐かしくなりましたし、これからエプロンに着替えるための椅子があるといった、コマ間の想像を補完する描写をして下さったソウマトウ先生には感謝です。作品のヒットでお忙しい中でも読者を楽しませていただきありがとうございます。
さて、エミリコのエプロン姿なんていつ以来だろうと思ったら、第173話のカラー扉絵が最新でした。本編に至っては第169話です。ただ第169話では遠目に二コマだけですので、本編でまともにエミリコのエプロン姿が描かれたのはなんと第154話。単行本15巻の最初まで遡ります。
想像以上に遥か昔で驚きました。それだけ部屋以外でのエピソードが長く続いているのでしょうね。イレギュラーな形ではありますが暫くぶりにエミリコのエプロン姿が見られて嬉しい限りです。
そういえば、前回のお披露目でも「下のすごい迷路」でエミリコはエプロン姿を披露していました。第34話でのことです。あの時のエミリコはシロツメクサで作った「いつもの姿」でラムと共にこびりつきを退治していました。パトリックの言葉を借りますが何もかもが懐かしいです。
ただ、これだけ過去エピソードとの共通点を述べたところでそれは今後には何も関係ありません。ただの偶然です。
なぜなら今進んでいるのはこれからのエピソードだからです。
今回のこびりつき退治は前回のようなエミリコとラムの共闘ではなく、キャンディの独壇場で終わりました。
サラから掏り取ったナイフを手慣れた手つきで回しながら冷静に待ち構えると、飛び掛かってきたこびりつきを寸断し、続いて襲ってきたこびりつきを持ち替えた右手で両断、再び左手に持ち替えると用済みとばかりに遠方のこびりつきを貫通させ、終いには遥か彼方のサラとミアを狙撃するという暴れぶりです。
さらにそれからも、エミリコの協力など要らないとばかりに箒を奪い取ると、浮遊するこびりつきを踏み台に壁を駆け上がり、かつてエミリコがオリバー2号で亡霊を粉砕した時と同じような格好で地面へと飛び降り、こびりつきを5連刺しして壁へと叩き付けました。
描かれたシーンだけではこびりつき8匹しか倒していませんが、恐らく画面外では夥しいこびりつきの残骸が転がっていることでしょう。もしもこびりつきが生き物だったら同情してもしきれないくらいの惨劇でした。
流石サーカスの元花形、そしてエミリコの「師匠」です。密度1のこびりつきといえどもここまでできる生き人形はキャンディかバービーくらいでしょう。原画展のネタバレになりますが、そういえば彼女達は元の設定が一人のキャラクターだったのをここで思い出しました。とんでもない身体能力です。
ただ、私のような読者ですらキャンディが見せた一連の活躍に感嘆するのですから、それを目の前で見たエミリコにはさらに強烈な光景だったことでしょう。
それを証左するように、エミリコはラストで衝撃的な台詞を零します。
「師匠…」
この台詞を聞いたキャンディの表情が変わりました。
エミリコが意図的に言ったのか、それとも無意識に発したのかどうかで今後の行方は変わりますが、もしも無意識に出てしまった台詞だったとしたら大変なことになります。キャンディに洗脳が解けていることを気付かれるかも知れないからです。
ただ、それは同時にキャンディ自身が試されていることにもなります。
ここでキャンディが過剰に反応してしまったら、しかもエミリコに気付いてしまったとすれば、キャンディ自身が洗脳から解けていることをケイトとエミリコに明かすようなものだからです。
もしエミリコが意図的に発したとしたら、それはキャンディを試そうとしたか、或いはキャンディの身体能力を見て洗脳が解けていると踏んだからこその行動になるでしょう。
もしエミリコが無意識に零したとしたら、キャンディの姿に過去を重ねて思わず発言してしまった以外はないと思います。
このエミリコの「師匠」という発言に対し、果たしてキャンディはどんな風に返すのでしょうか。
思いがけない再会に驚愕しボロを出してしまうのか、これまでのように出自を明かさないように振舞うのか、それともこれまで気付かなかったのは偶然ではなくエミリコのことなぞとっくのとうに忘れてしまっていて、実はかつてもそこまでエミリコを気にかけていなかったのか……
様々な可能性が浮かびますが、一つはっきりしたことがあります。
それは、キャンディの目的は「シャドーハウスの興行主」になることだと今回判明したことです。
ということはキャンディがエミリコの台詞にどう反応したとしても、現状ケイトの仲間になるのは難しいでしょう。キャンディのプランと「こどもたちを助けたい」というケイトの理念は相容れないと思います。
ただ、キャンディはキャンディでバイタリティはありますが、仲間がいないという大きな問題を彼女は抱えています。何せキャンディは同期にも自分の目的を伝えていないと思われるからです。これがもしかしたらエミリコには良い方向に転がるかも知れません。
エミリコはこれまで、関わってきた多くの人物の心を動かし困難を打破してきました。
第96話の「にが~っ!!」もそうですが、ショーンの言う通りエミリコは自然に人の心を動かせる、そんな不思議な魅力を持った少女なのです。
となれば、今回もエミリコの何気ない発言によってストーリーが大きく動く可能性は高いでしょう。
ラストで大きく見開かれたキャンディの瞳の先には、作品が誇る主人公・エミリコの素敵な姿が映っている筈です。
冒頭で紹介したキャンディの顔は、ソウマトウ先生の事前告知から拝借したものです。普段は本編の画像を貼り付けることはしませんが、先生(公式)のツイッターに載せられていましたしネタバレにはならないと判断しましたので掲載いたしました。
しかしなんと怒りに満ちた顔でしょうか。今話前半の「顔」は不測の事態に戸惑う少女、といった風だったのに、生き人形としての縛りがなくなった途端にこれです。直前まで「私がサポートします」と笑顔で話しかけていたエミリコでさえ、その迫力ある表情には若干引いています。
すす珈琲なしで第50話のショーンやルウ、第113話のエミリコ(「ケイト様…シャドーハウスは絶対です!!」の時)に匹敵する表情をするキャンディには天晴です。珈琲なしでのこんな表情はそうですね、第86話の「殺してやろうかしらトマスの奴」のアイリーン以来でしょうか。こう考えるとシャドーハウスの女性陣やっぱり豪胆ですなあ……(男子組が色恋に現を抜かしているともいえる)(これ言った張本人のことですが)
さて。キャンディの任侠映画ばりの表情に注目しましたが、彼女がここまで怒りを見せたのは、不合格になったことや理不尽な理由で落とされたというだけではありません。
あのシーンの直前、キャンディはモノローグでこう言っています。
「この流れ…やらされることが決まっていたってことだな」
「失格する前提で次の試験を用意していた」
これを見れば分かる通り、キャンディを何よりも怒らせたのは、これまでの経緯が全て仕組まれていたという事実です。
確かに彼女の気持ちを考えれば当然です。持てるもの全てを以て「お披露目」に臨み、そして合格を目指してきたにも関わらず、試験とは名ばかりでシナリオ通りに動かされていたのですからね。勝気なキャンディには耐えられないでしょう。その上、自分達が失格になる役回りとあれば誰だって怒り心頭です。
特に、自分の努力ではどうにもならないということに関しては悔しくてたまらないでしょうね。
第57話でケイトも、星つきを目指そうとしていた矢先にエドワードがバーバラらに手を回していたことを悟り、「最初から“星つき”に評価されるなんて期待できなかった…」と拳を握り締めて憤っていました。キャンディも同じように、こうやって振り回されているのが我慢ならなかったに違いありません。それがあの表情に至った大きな理由でしょう。
ところで、丁度ケイトの話題になったのでキャンディとケイトの共通点に触れますが、二人ともお披露目の最中に「見世物」「ショー」と気付いたのはなんだか似ていますね。
ケイトは“お披露目”という語句、ジョンの「見世物」という台詞からエドワードの背後にいる何らかの存在(読者は重鎮だと知ってますが)を推理していました。
片やキャンディも、エドワードからの「チャンスを与える」という指令、サラが汚い手を使ったこと、都合よく設置された昇降機(オリバー製?)を見て「質の悪いショーだ」と察しました。
ケイトもキャンディもシャドーハウスに潜入した者同士という共通点がありましたが、二人とも数少ない手掛かりから真実に到達する推理力には目を見張るものがあります。
逆に言えば、こんな禍々しい館への潜入に成功するにはそれだけの能力がなくては成り立たないということでもありますが、そんな二人が今回も前回も「お披露目」を掻き回しているのは不思議な偶然です。もしかしたらケイトに続いて、今回のエドワードの「完璧な世界」を壊すのはキャンディかも知れませんね。
あと書いていて気付いたのですが、二人が「お披露目」の本質に気付いた際にすすバトがいるのも奇遇といえば奇遇です。あ、それと全然違う場面ではありますが、サラの部屋にすすバトが来た時(第98話)も今回も、サラとミアが悲鳴上げて転んでいるのも不思議な巡り会わせでしょうか。まあこの二つについては考えすぎですが、一応見返してみると面白い偶然ですね。(サラとミア、すっかりこういう格好の付かないキャラクターになっちゃったなあ……)
それとこれまた細かい部分に注目しますが、キャンディとエミリコが昇降機に乗る直前に、椅子(エプロン)と箒とブーツが用意されていたのが個人的に嬉しかったです。
ここ最近は各話で衝撃的なシーンが必ずあったり、物語が一話ごとに大きく動くなど、メディア化の影響もありシャドーハウスは毎話で話題を呼ぶ作品になりました。ツイッターなどのSNSを見ていますと毎週様々な感想が流れてきて楽しい毎日です。
ただ、我ながら面倒くさい読者だなあと思いますが、初期の頃の各シーンに細かく散りばめられた背景の意匠や小道具、キャラクターの仕草もシャドーハウスの魅力だと思うのです。
ですので、上で申し上げたシーンでエミリコ用のブーツが置かれていたのを見て何だか懐かしくなりましたし、これからエプロンに着替えるための椅子があるといった、コマ間の想像を補完する描写をして下さったソウマトウ先生には感謝です。作品のヒットでお忙しい中でも読者を楽しませていただきありがとうございます。
さて、エミリコのエプロン姿なんていつ以来だろうと思ったら、第173話のカラー扉絵が最新でした。本編に至っては第169話です。ただ第169話では遠目に二コマだけですので、本編でまともにエミリコのエプロン姿が描かれたのはなんと第154話。単行本15巻の最初まで遡ります。
想像以上に遥か昔で驚きました。それだけ部屋以外でのエピソードが長く続いているのでしょうね。イレギュラーな形ではありますが暫くぶりにエミリコのエプロン姿が見られて嬉しい限りです。
そういえば、前回のお披露目でも「下のすごい迷路」でエミリコはエプロン姿を披露していました。第34話でのことです。あの時のエミリコはシロツメクサで作った「いつもの姿」でラムと共にこびりつきを退治していました。パトリックの言葉を借りますが何もかもが懐かしいです。
ただ、これだけ過去エピソードとの共通点を述べたところでそれは今後には何も関係ありません。ただの偶然です。
なぜなら今進んでいるのはこれからのエピソードだからです。
今回のこびりつき退治は前回のようなエミリコとラムの共闘ではなく、キャンディの独壇場で終わりました。
サラから掏り取ったナイフを手慣れた手つきで回しながら冷静に待ち構えると、飛び掛かってきたこびりつきを寸断し、続いて襲ってきたこびりつきを持ち替えた右手で両断、再び左手に持ち替えると用済みとばかりに遠方のこびりつきを貫通させ、終いには遥か彼方のサラとミアを狙撃するという暴れぶりです。
さらにそれからも、エミリコの協力など要らないとばかりに箒を奪い取ると、浮遊するこびりつきを踏み台に壁を駆け上がり、かつてエミリコがオリバー2号で亡霊を粉砕した時と同じような格好で地面へと飛び降り、こびりつきを5連刺しして壁へと叩き付けました。
描かれたシーンだけではこびりつき8匹しか倒していませんが、恐らく画面外では夥しいこびりつきの残骸が転がっていることでしょう。もしもこびりつきが生き物だったら同情してもしきれないくらいの惨劇でした。
流石サーカスの元花形、そしてエミリコの「師匠」です。密度1のこびりつきといえどもここまでできる生き人形はキャンディかバービーくらいでしょう。原画展のネタバレになりますが、そういえば彼女達は元の設定が一人のキャラクターだったのをここで思い出しました。とんでもない身体能力です。
ただ、私のような読者ですらキャンディが見せた一連の活躍に感嘆するのですから、それを目の前で見たエミリコにはさらに強烈な光景だったことでしょう。
それを証左するように、エミリコはラストで衝撃的な台詞を零します。
「師匠…」
この台詞を聞いたキャンディの表情が変わりました。
エミリコが意図的に言ったのか、それとも無意識に発したのかどうかで今後の行方は変わりますが、もしも無意識に出てしまった台詞だったとしたら大変なことになります。キャンディに洗脳が解けていることを気付かれるかも知れないからです。
ただ、それは同時にキャンディ自身が試されていることにもなります。
ここでキャンディが過剰に反応してしまったら、しかもエミリコに気付いてしまったとすれば、キャンディ自身が洗脳から解けていることをケイトとエミリコに明かすようなものだからです。
もしエミリコが意図的に発したとしたら、それはキャンディを試そうとしたか、或いはキャンディの身体能力を見て洗脳が解けていると踏んだからこその行動になるでしょう。
もしエミリコが無意識に零したとしたら、キャンディの姿に過去を重ねて思わず発言してしまった以外はないと思います。
このエミリコの「師匠」という発言に対し、果たしてキャンディはどんな風に返すのでしょうか。
思いがけない再会に驚愕しボロを出してしまうのか、これまでのように出自を明かさないように振舞うのか、それともこれまで気付かなかったのは偶然ではなくエミリコのことなぞとっくのとうに忘れてしまっていて、実はかつてもそこまでエミリコを気にかけていなかったのか……
様々な可能性が浮かびますが、一つはっきりしたことがあります。
それは、キャンディの目的は「シャドーハウスの興行主」になることだと今回判明したことです。
ということはキャンディがエミリコの台詞にどう反応したとしても、現状ケイトの仲間になるのは難しいでしょう。キャンディのプランと「こどもたちを助けたい」というケイトの理念は相容れないと思います。
ただ、キャンディはキャンディでバイタリティはありますが、仲間がいないという大きな問題を彼女は抱えています。何せキャンディは同期にも自分の目的を伝えていないと思われるからです。これがもしかしたらエミリコには良い方向に転がるかも知れません。
エミリコはこれまで、関わってきた多くの人物の心を動かし困難を打破してきました。
第96話の「にが~っ!!」もそうですが、ショーンの言う通りエミリコは自然に人の心を動かせる、そんな不思議な魅力を持った少女なのです。
となれば、今回もエミリコの何気ない発言によってストーリーが大きく動く可能性は高いでしょう。
ラストで大きく見開かれたキャンディの瞳の先には、作品が誇る主人公・エミリコの素敵な姿が映っている筈です。
