前記事にて今年の振り返りをしましたので、そろそろ一年の締め括りをしましょうかね。
今回も毎年恒例、とある楽曲の一節をサブタイトルに拝借しました。
それはこちらです。

2002年にビクターエンタテインメントより発売された、SMAPの「freebird」です。作詞・作曲・編曲は音楽家のシライシ紗トリ氏が手掛けています。
そういえば、思い返すといわゆるSMAPの解散騒動から来年でもう10年になるんですね。
私がSMAPの曲を聞くきっかけは家族の影響だったのですが、今思えばライブに連れて行って貰って彼らのパフォーマンスを見ることができたのは貴重な体験だったなあと感じます。2000年のライブだったため残念ながら稲垣吾郎氏を除く4人だけでしたが、当時最先端と言われたトップアイドルのライブパフォーマンスは今でも目に焼き付いています。
(稲垣吾郎氏にはその後、横浜で行われていたドラマロケで待機していたところにたまたま出くわし、会釈して貰ったことがあるので一応メンバー全員生で見たことがあります)(ちょっとした自慢)
ところで、このシングルが発売された当初はどちらかと言いますと、カップリング曲の「song2」ばかりよく聞いていました。
「song2」は市川喜康氏が手掛けた楽曲で、以前「第229話 ミアの居場所【感想】」で紹介した「オレンジ」の続きとなる作品です。「オレンジ」に似た切なさを持った「song2」の方が、当時の私は惹かれていたんですよね。
それもあって、表題曲の「freebird」はあまり聞くことはありませんでした。
ところが面白いことに、社会人になってみると「freebird」の方がよく聞くようになったんですよね。
多分ですが、物語性の強い「song2」や「オレンジ」と違い、日々の生活に寄り添うという点では「freebird」の方が親和性が高かったのだと思います。
日常を過ごしていく上での心持ちとでも言いましょうか、複雑な世の中を暮らしていくにあたっての心構えというものを「freebird」は教えてくれている気がしたのです。
残念ながらサブスクへの登録もなく公式で手軽に聞く機会がないのが歯がゆいのですが、ご興味ある方はCDを入手して聞いてみて下さい。
また、歌詞だけでしたらUta-Netで検索すると読むことができます。
(→SMAP freebird歌詞)
絶え間なく続く日常とそこに潜む小さな悩み、それでも慎ましながらも日々を渡っていく様子を、彼ら5人が穏やかなリズムにのせて歌い上げています。
今となっては、良くも悪くも要領(ごまかし?)を得て毎日過ごしているので頻繁に聞くこともなくなりましたが、時々ふとした時に思い出す良曲です。
さて、いつもの悪い癖で前置きが長くなりましたが、そろそろシャドーハウスを振り返りがてら憑き物を落としていきましょうか。
今年も例年同様、暗めの話題に切り込みながら本年の雑感について述べていきますのでご容赦下さい。
では続きよりどうぞ。
今回も毎年恒例、とある楽曲の一節をサブタイトルに拝借しました。
それはこちらです。

2002年にビクターエンタテインメントより発売された、SMAPの「freebird」です。作詞・作曲・編曲は音楽家のシライシ紗トリ氏が手掛けています。
そういえば、思い返すといわゆるSMAPの解散騒動から来年でもう10年になるんですね。
私がSMAPの曲を聞くきっかけは家族の影響だったのですが、今思えばライブに連れて行って貰って彼らのパフォーマンスを見ることができたのは貴重な体験だったなあと感じます。2000年のライブだったため残念ながら稲垣吾郎氏を除く4人だけでしたが、当時最先端と言われたトップアイドルのライブパフォーマンスは今でも目に焼き付いています。
(稲垣吾郎氏にはその後、横浜で行われていたドラマロケで待機していたところにたまたま出くわし、会釈して貰ったことがあるので一応メンバー全員生で見たことがあります)(ちょっとした自慢)
ところで、このシングルが発売された当初はどちらかと言いますと、カップリング曲の「song2」ばかりよく聞いていました。
「song2」は市川喜康氏が手掛けた楽曲で、以前「第229話 ミアの居場所【感想】」で紹介した「オレンジ」の続きとなる作品です。「オレンジ」に似た切なさを持った「song2」の方が、当時の私は惹かれていたんですよね。
それもあって、表題曲の「freebird」はあまり聞くことはありませんでした。
ところが面白いことに、社会人になってみると「freebird」の方がよく聞くようになったんですよね。
多分ですが、物語性の強い「song2」や「オレンジ」と違い、日々の生活に寄り添うという点では「freebird」の方が親和性が高かったのだと思います。
日常を過ごしていく上での心持ちとでも言いましょうか、複雑な世の中を暮らしていくにあたっての心構えというものを「freebird」は教えてくれている気がしたのです。
残念ながらサブスクへの登録もなく公式で手軽に聞く機会がないのが歯がゆいのですが、ご興味ある方はCDを入手して聞いてみて下さい。
また、歌詞だけでしたらUta-Netで検索すると読むことができます。
(→SMAP freebird歌詞)
絶え間なく続く日常とそこに潜む小さな悩み、それでも慎ましながらも日々を渡っていく様子を、彼ら5人が穏やかなリズムにのせて歌い上げています。
今となっては、良くも悪くも要領(ごまかし?)を得て毎日過ごしているので頻繁に聞くこともなくなりましたが、時々ふとした時に思い出す良曲です。
さて、いつもの悪い癖で前置きが長くなりましたが、そろそろシャドーハウスを振り返りがてら憑き物を落としていきましょうか。
今年も例年同様、暗めの話題に切り込みながら本年の雑感について述べていきますのでご容赦下さい。
では続きよりどうぞ。
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さて、今年のシャドーハウス関連の話題については前記事にてまとめましたので、その辺は飛ばしましょうか。
いつもでしたらざっと振り返ったりしていますが、ちょっとばかり時間が足りないので詳細は「令和7年のシャドーハウスを振り返る」に譲ります。
じゃあ何について語るかと言いますと、「憑き物」と書いた通りあまり良くないお話です。
今年あった良くない話題。
それは連載記念日の9月6日直後に、ソウマトウ先生がツイッターにおける情報発信を事実上取りやめたことです。
この件については、9月頃に本ブログを読んでいらっしゃった方はご存じかと思います。
実際に起こったあらましは「9月17日のソウマトウ先生のツイートについて」にて既に書きました。今思い出しても憤懣やるかたない、当事者でない私でさえ大変腹立たしい出来事でした。
いや、たかが一ファン、一読者が何度蒸し返すのだと言われてもその通りかと思います。利害関係のない、被害者でもない個人が今更書き連ねるのもおかしいことは分かっています。
しかしながら、やはりソウマトウ先生を応援する身として、そして一社会人として、とあるクリエイターが不当な悪意にさらされてるのを見たら平静ではいられませんし、それによって表現する場を失ったのを黙って見過ごすことはできませんでした。
それに、ファンとしての我儘を言わせてもらえば、あくまであの時の先生は海外の読者の方に感謝の言葉を伝えたかっただけなのに、ああまでバッシングされたわけです。一切の手違いがないにもかかわらず。
ソウマトウ先生は大変謙虚にご自分を責めていらっしゃいましたが、そうして先生が情報発信する場を狭めてしまったことでどれだけの楽しみが奪われたか。
身勝手なのは承知ですが、黒の新装版が発表された時も、先週のクリスマスの時も、もしかしたら先生の新規イラストを拝見できたのかも知れないのに、そうした先生とファンが心通わせる機会を中華人民共和国のネットユーザーが毀損したと思うにつけ、返す返すも苛立ちを覚えて仕方ありません。
もちろん、全ての中華人民共和国のネットユーザーがそうだとは言いません。
当時のブログ記事にも書きましたが、あの地域のネットユーザーの中にも冷静な方はいらっしゃいました。ですのでそうした方々のことは、ここでは別だということは改めて明記しておきたいと思います。
ただ、悲しいかな。
ソウマトウ先生があそこでツイッターの情報発信を取りやめたことは、ある意味正解かなと思う状況ではあるんですよね。
世の中を見回せば、先生がツイッター活動を取りやめたきっかけとなった、いわゆる「台湾問題」が世界を揺るがしつつあります。
そして国内を見回せば、ネットメディアの拡大やAI技術の発展による好ましくないニュースや、それらに付随した犯罪や嫌がらせの増加、本来であればそれらに歯止めをかけるべき存在の既存メディアが「オールドメディア」と揶揄され、社会規範となる姿勢を見せることができずに低俗な醜態を示す有様が令和7年は多く見受けられました。
その影響は社会・政治的な分野のみならず、本来であれば無関係な芸術・学術的な活動にさえ波及しつつあります。
冒頭に書いたSMAPの話に託けるわけではないですが、そういえば中居正広氏の芸能界引退も今年の出来事でした。
もしもインターネット上で流布された話が真実であれば、彼が犯したとされる行動は擁護できない事象ですが、それすらも真相究明からほど遠い喧騒に覆い隠され、幾重にも重ねられた真偽も知れぬ風説と興味本位の話題ばかりが先行し、全てが有耶無耶のまま通り過ぎていった感は否めません。
世の中に疑念と混乱だけをもたらし、それらが力を持つような空虚な言説がまかり通る世界は実に空しく思います。
そして、現代の国際社会を生きる身として、法治主義・自由主義・民主主義を重んじる身として、刹那的な浅慮に惑溺するままに動く社会を憂えずにはいられません。
そうした世間の喧騒を思う時、シャドーハウスが終局に向かう中で、先生がSNSと距離を取るという選択をしたことは、あの出来事が生んだ数少ないいい点だったのかも知れないと、諦めながらも感じるのです。
昨年末に書いた記事(「私は私 自分を見つめ行けるのなら きっと進めるから」)では、私影野にとってSNSにおける交流を「初めて見る輝きがまだこの世界にはありました」「6年間夢のような日々が続いています」と書きました。
にも拘わらず、まさか僅か一年で真逆の感想を抱くことになったことは残念至極です。この心情を表す言葉は、私の少ない語彙力ではうまく表現できません。ざらついた心地悪い気分が心中に横たわるだけです。
しかし。
世の中がそうだからと言って、それでも納得はできないんですよね。
せめて小さい自分の中での矜持と言いますか、自分の好きなものがそんな下らない常識に含まれているのは受け入れがたい。それが正直な気持ちだからです。
少なくとも、シャドーハウスはそんな世の中に抗い続け、隔絶した立ち位置にある文化作品である筈です。
9月初旬、ソウマトウ先生が多くのバッシングを受ける中、とあるコメントが投稿されていました。
とある外国人の方が寄せた感想のため、あまり個人のコメントを大ぴらに取り上げるのはよろしくないかと思いますが、私が好きなツイートですのでご紹介いたします。
→この作品を……
恥ずかしながら、こちらの方の投稿を見るまでかの国が混迷に陥っていることを知りませんでした。
そして、多くの人々が危険にさらされていることを、この情報社会に生きているにもかかわらず関心すら抱いておりませんでした。
しかしシャドーハウスという作品は、遠く離れた、国籍も習慣も言葉も違う人々に勇気を与え、明るく照らしていたのです。
この方のコメントを見た時、心が大きく震えました。そして、そこに羅列された醜悪なリプライ群よりも心に残りました。
これこそが文化の持つ力であり、この世界に光をもたらす原動力の一つだと強く感じはしないでしょうか?
恐らく、明くる年も令和7年と同じように不愉快な出来事が多く起こることでしょう。
それはシャドーハウスという良好なコンテンツでさえも、避けられないことができないという事実が明らかになってしまいました。
それでも、そうした醜聞を跳ねのけるのがシャドーハウスという作品ですし、そんな素晴らしい作品へひたむきに声援を送ることが自分にできることなのかなと、今感じています。
本記事のタイトルではありませんが、そうした日々の積み重ねこそが「とても大切なものに変わっていく」と信じて。
シャドーハウスが最終章を迎えたというアナウンスからはや1年以上が経ちました。
あとどれくらいこの素敵な作品をリアルタイムで楽しむことができるだろうと考えることも多くなっています。
しかしながら、それでもやっぱりシャドーハウスが好きで、不器用ながらも応援し続けることが一番大事なのかなと思う、そんな実感を抱いた令和7年末でした。
さて、今年も残るはあと1時間ほど。
いつも通りとりとめもなく、まとまりのない雑談を垂れ流してしまいましたね。
本年も本ブログをご覧いただきどうもありがとうございました。
来年も拙い更新になるかと存じますが、それでもちらっとだけでも気にしていただけましたらそれだけで幸いです。
皆様良いお年を。
令和8年もどうぞよろしくお願いいたします!
令和7年12月31日 来客のない奇妙な館管理人 影野 知高
さて、今年のシャドーハウス関連の話題については前記事にてまとめましたので、その辺は飛ばしましょうか。
いつもでしたらざっと振り返ったりしていますが、ちょっとばかり時間が足りないので詳細は「令和7年のシャドーハウスを振り返る」に譲ります。
じゃあ何について語るかと言いますと、「憑き物」と書いた通りあまり良くないお話です。
今年あった良くない話題。
それは連載記念日の9月6日直後に、ソウマトウ先生がツイッターにおける情報発信を事実上取りやめたことです。
この件については、9月頃に本ブログを読んでいらっしゃった方はご存じかと思います。
実際に起こったあらましは「9月17日のソウマトウ先生のツイートについて」にて既に書きました。今思い出しても憤懣やるかたない、当事者でない私でさえ大変腹立たしい出来事でした。
いや、たかが一ファン、一読者が何度蒸し返すのだと言われてもその通りかと思います。利害関係のない、被害者でもない個人が今更書き連ねるのもおかしいことは分かっています。
しかしながら、やはりソウマトウ先生を応援する身として、そして一社会人として、とあるクリエイターが不当な悪意にさらされてるのを見たら平静ではいられませんし、それによって表現する場を失ったのを黙って見過ごすことはできませんでした。
それに、ファンとしての我儘を言わせてもらえば、あくまであの時の先生は海外の読者の方に感謝の言葉を伝えたかっただけなのに、ああまでバッシングされたわけです。一切の手違いがないにもかかわらず。
ソウマトウ先生は大変謙虚にご自分を責めていらっしゃいましたが、そうして先生が情報発信する場を狭めてしまったことでどれだけの楽しみが奪われたか。
身勝手なのは承知ですが、黒の新装版が発表された時も、先週のクリスマスの時も、もしかしたら先生の新規イラストを拝見できたのかも知れないのに、そうした先生とファンが心通わせる機会を中華人民共和国のネットユーザーが毀損したと思うにつけ、返す返すも苛立ちを覚えて仕方ありません。
もちろん、全ての中華人民共和国のネットユーザーがそうだとは言いません。
当時のブログ記事にも書きましたが、あの地域のネットユーザーの中にも冷静な方はいらっしゃいました。ですのでそうした方々のことは、ここでは別だということは改めて明記しておきたいと思います。
ただ、悲しいかな。
ソウマトウ先生があそこでツイッターの情報発信を取りやめたことは、ある意味正解かなと思う状況ではあるんですよね。
世の中を見回せば、先生がツイッター活動を取りやめたきっかけとなった、いわゆる「台湾問題」が世界を揺るがしつつあります。
そして国内を見回せば、ネットメディアの拡大やAI技術の発展による好ましくないニュースや、それらに付随した犯罪や嫌がらせの増加、本来であればそれらに歯止めをかけるべき存在の既存メディアが「オールドメディア」と揶揄され、社会規範となる姿勢を見せることができずに低俗な醜態を示す有様が令和7年は多く見受けられました。
その影響は社会・政治的な分野のみならず、本来であれば無関係な芸術・学術的な活動にさえ波及しつつあります。
冒頭に書いたSMAPの話に託けるわけではないですが、そういえば中居正広氏の芸能界引退も今年の出来事でした。
もしもインターネット上で流布された話が真実であれば、彼が犯したとされる行動は擁護できない事象ですが、それすらも真相究明からほど遠い喧騒に覆い隠され、幾重にも重ねられた真偽も知れぬ風説と興味本位の話題ばかりが先行し、全てが有耶無耶のまま通り過ぎていった感は否めません。
世の中に疑念と混乱だけをもたらし、それらが力を持つような空虚な言説がまかり通る世界は実に空しく思います。
そして、現代の国際社会を生きる身として、法治主義・自由主義・民主主義を重んじる身として、刹那的な浅慮に惑溺するままに動く社会を憂えずにはいられません。
そうした世間の喧騒を思う時、シャドーハウスが終局に向かう中で、先生がSNSと距離を取るという選択をしたことは、あの出来事が生んだ数少ないいい点だったのかも知れないと、諦めながらも感じるのです。
昨年末に書いた記事(「私は私 自分を見つめ行けるのなら きっと進めるから」)では、私影野にとってSNSにおける交流を「初めて見る輝きがまだこの世界にはありました」「6年間夢のような日々が続いています」と書きました。
にも拘わらず、まさか僅か一年で真逆の感想を抱くことになったことは残念至極です。この心情を表す言葉は、私の少ない語彙力ではうまく表現できません。ざらついた心地悪い気分が心中に横たわるだけです。
しかし。
世の中がそうだからと言って、それでも納得はできないんですよね。
せめて小さい自分の中での矜持と言いますか、自分の好きなものがそんな下らない常識に含まれているのは受け入れがたい。それが正直な気持ちだからです。
少なくとも、シャドーハウスはそんな世の中に抗い続け、隔絶した立ち位置にある文化作品である筈です。
9月初旬、ソウマトウ先生が多くのバッシングを受ける中、とあるコメントが投稿されていました。
とある外国人の方が寄せた感想のため、あまり個人のコメントを大ぴらに取り上げるのはよろしくないかと思いますが、私が好きなツイートですのでご紹介いたします。
→この作品を……
恥ずかしながら、こちらの方の投稿を見るまでかの国が混迷に陥っていることを知りませんでした。
そして、多くの人々が危険にさらされていることを、この情報社会に生きているにもかかわらず関心すら抱いておりませんでした。
しかしシャドーハウスという作品は、遠く離れた、国籍も習慣も言葉も違う人々に勇気を与え、明るく照らしていたのです。
この方のコメントを見た時、心が大きく震えました。そして、そこに羅列された醜悪なリプライ群よりも心に残りました。
これこそが文化の持つ力であり、この世界に光をもたらす原動力の一つだと強く感じはしないでしょうか?
恐らく、明くる年も令和7年と同じように不愉快な出来事が多く起こることでしょう。
それはシャドーハウスという良好なコンテンツでさえも、避けられないことができないという事実が明らかになってしまいました。
それでも、そうした醜聞を跳ねのけるのがシャドーハウスという作品ですし、そんな素晴らしい作品へひたむきに声援を送ることが自分にできることなのかなと、今感じています。
本記事のタイトルではありませんが、そうした日々の積み重ねこそが「とても大切なものに変わっていく」と信じて。
シャドーハウスが最終章を迎えたというアナウンスからはや1年以上が経ちました。
あとどれくらいこの素敵な作品をリアルタイムで楽しむことができるだろうと考えることも多くなっています。
しかしながら、それでもやっぱりシャドーハウスが好きで、不器用ながらも応援し続けることが一番大事なのかなと思う、そんな実感を抱いた令和7年末でした。
さて、今年も残るはあと1時間ほど。
いつも通りとりとめもなく、まとまりのない雑談を垂れ流してしまいましたね。
本年も本ブログをご覧いただきどうもありがとうございました。
来年も拙い更新になるかと存じますが、それでもちらっとだけでも気にしていただけましたらそれだけで幸いです。
皆様良いお年を。
令和8年もどうぞよろしくお願いいたします!
令和7年12月31日 来客のない奇妙な館管理人 影野 知高
