来客のない奇妙な館 ~シャドーハウス考察ブログ~

ヤングジャンプで連載中のソウマトウ先生作、“シャドーハウス”の考察ブログです。

あらすじ

第52話 四対の星つき

新年最初のシャドーハウスは、「こどもたちの棟」を統括するあの面々の登場です!

皆様ご存知、星つきの8名です。
扉絵では勢揃いしていますね。右下の「謹賀新年」の文字もあってか、まるでシャドーハウスを代表して年始の挨拶をしてくれているかのようです。

当ブログでは年末年始にかけて作中の謎や疑問について整理しましたが、そのうちの一つが今回のお話で解決しました。

「こどもたちの棟」の教育係、星つき。
これまで登場したキャラクター達に負けず劣らず、強烈な個性を持つ指導者グループでした。

ただそれと同時に、彼らも同じように感情を持ち、もがき苦しみながら生きていることに気付かされました。
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第50話 手紙

節目となった、今回の第50話。

週刊ヤングジャンプではカラー扉となっていますね。
二か月半振り12度目のカラー扉です。

これまでの扉絵では、作風を表すような不気味な描写が多くありました。
ところが今回の扉絵は、過去のものよりも抜きん出ているように見えます。

館の一室でくつろぐケイトと脇に立つエミリコ。
椅子の色と窓の形からみて、多分ケイトの部屋ではないでしょう。
作中ではステンドグラス風の窓は出てきていないので、我々が目にしたことのない部屋なのかも知れません。

しかし何よりもこの絵の中で目を引くのは、異様な様子の二人です。

目元が隠れ、どんな表情をしているのか分からないエミリコ。
右足がテーブルの脚と重なっていて、より不気味さを引き立てています。
一瞬見てはいけないものを見た気がして、背筋が凍りました。

対して、いつものように凛とした様子で椅子に座るケイト。
しかしカップに注がれていたであろう珈琲を、何故か床に打ち捨てています。
相対する人物に拒絶の意を示しているようで、居心地が悪くなってきました。

そして絨毯に広がる珈琲の黒さが、題名をくっきりと浮かび上がらせます。
得体のしれぬ黒い存在が跋扈する本作品を、象徴しているかのようです。


ただこの扉絵。穿った見方をすると、ケイトの決意表明とも受け取れます。

本来は“顔”である筈のエミリコの表情を見せず、シャドーにとっては何物にも代えがたい偉大なるおじい様のすす珈琲を、惜しげもなく床に捨てる。

もはや生き人形を掟に縛らずとも、そして『すす珈琲=偉大なるおじい様』なんかいなくても私達はやっていける、というケイトの声が聞こえてくるかのようです。

館側の人物からすれば、ケイトの行動は純然たる宣戦布告にしか見えないでしょう。覆水盆に返らず、とは言いますが、こうなってしまったらもう後戻りはできません。
あとはひたすら、前に突き進むだけです。


前回、対峙する相手から歴然とした“格”の違いを見せつけられたケイト。

しかし今回のお話は、毅然とした彼女にふさわしい反撃が繰り出されました。
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第49話 すすの能力

今回のお話は、エミリコから見たスザンナの好感度評価から始まります。

星つきである彼女は、主人のケイトにとって油断ならない相手です。
そのことは前回のお話でも触れられていましたし、エミリコも十分承知でしょう。

ところが、その評価は “星4つ” でした。5点満点中の4点です!

さすがエミリコと言ったところでしょうか。人を疑わないのが彼女の良いところですが、少しくらいは警戒した方が良いんじゃないかという気もしてきます。

これだと、バーバラに対する好感度もきっと星4つでしょう。
バービーやエドワードでも、  “2”か“3” くらいが精一杯ではないでしょうか?

仮にエミリコの好感度が0~1になる人物がいたとしたら、それはそれで逆に気になってきますね。

果たして、どれほど邪悪な存在なのか……。

ですが、そんな邪悪な存在があったとしても、エミリコに接したことで知らない内に影響を受けそうな気もしてきます。エミリコの笑顔には、それほどのパワーがありますからね。

そう感じさせるほどの魅力を持つのが、エミリコという少女です。


さて、今回は冒頭で触れたスザンナを中心に話が進んでいきます。

4人いる“星つき”の一人である彼女。

ケイトの行く手を阻むが如く、恐るべき能力を誇示しました。
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第48話 日常生活の影

ツイッターでの更新告知と被るのですが、週末に知人の結婚式に出席するために遠出していました。

だから何なんだ、と言われたらそれまでなのですが、「結婚」について考えてみると避けて通れないのが「幸せ」の二文字です。

ブログ開始以降初めての結婚式出席だったのですが、此度私は何を考えていたのかといいますと、「シャドーと生き人形にとっての幸せってなんだろう?」という疑問でした。(←オイっ!)

いや、ちゃんと知人にはお祝いしましたよ!!
かなり世話になった友人ですからね。

式を終え、帰る道中に思索していただけですので、どうか誤解なきよう……。


ただ、シャドーと生き人形の謎が明らかになりつつある中で、どうしても気になってくるのが彼女達の『これから』です。

もちろん、全ての登場人物が幸せになって欲しいと願ってはいますが、その『幸せ』の形は人それぞれです。
よって、多くの人の幸福を同時に叶えることは不可能でしょう。
歴史上、皮肉にもそれが悲劇に至った事例は数多いです。

かつて、「『幸せ』の形は様々だが『不幸』は多くの人にとってほぼ共通だ。なのでこれからは『最小不幸社会』を作っていく」なんていう指針をぶちあげた宰相がいましたが、確かに考え方は正しかったと思います。
(提唱した人物の評価はさておき)

『幸福』というものは、多様な考え方を内包する概念なのです。


しかし、ここで一つ問題が出てきます。
『幸福』が、『倫理としての正しさ』に繋がらない場合があるからです。

他者から見たら理不尽な『不幸』に思えることでも、当人たちが『幸福』と感じているケースがそれにあたります。

全ての人の『幸福』が同時に達成できないのは、育ってきた環境や教育・宗教・当人の個性などによって「幸せ」の受け止め方が違うからです。
だからこそ、それを追求していくのは困難を伴ってしまうのです。

第48話を読んでみて、私はそれが一番気にかかりました。

ケイトのやろうとしていることが、少しだけ心配です。
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第46話 いきにんぎょう

ひたすらにひらがなで書かれた、題名と副題と柱と作者名。
その中心に立っているのは、正気を失ったエミリコです。

今回の扉絵はそれだけなのに、有無を言わさない違和感に満ち溢れています。

背景には、幾つも書き連ねられた「偉大なるおじい様」の正式名称。
生き人形にだけ課せられたあの長ったらしい名前が、黒地に白い字でおどろおどろしく書かれています。

まるでバグを起こしたコンピューターのプログラムのようです。
エミリコの脳裏をどれほどの異常さが支配し、彼女が今どんな状況に置かれているのかが一目瞭然です。


やはり、部屋に帰ってもあの平穏な日々は返ってきませんでした。
今回のお話を読んで、改めて第1話を読み返した方も多いと思います。

連載50回を目前にして、まるで第0話を思わせるエピソードをここに持ってきたソウマトウ先生には、ただただ脱帽です。
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