来客のない奇妙な館 ~シャドーハウス考察ブログ~

ヤングジャンプで連載中のソウマトウ先生作、“シャドーハウス”の考察ブログです。

感想

第104話を読んで感じたことあれこれ

さて、本日深夜にはもう105話が公開されますね。

時間が経つのが相変わらず早い!!

でも休載で2週間空くと、それはそれで長く感じあるのですからファン心理とは勝手なものです。いや~、情緒が乱れるぜ……。


ところで情緒と言えば、第104話を読んでいる時もずっと感情が振り回されっぱなしでした。

同期組の過去はもちろんのこと、エミリコのあんな境遇を見てしまっては感情移入せずにはいられません。あらすじ紹介ではその想いを抑えるのに必死でしたが、もしもありったけの想いをぶつけていたら、記事の長さは3倍くらいになっていたことでしょう。

いやはやシャドーハウスは見どころ沢山の漫画です。


というわけで、今回の記事では前記事で割愛した、些細な疑問や感想を書いていきたいと思います。

ちょっとした考察みたいのもありますが、あまり深くは掘り下げられていません。なので突っ込み所があった場合は温かい目で見て頂けますと助かります。

では当然ネタバレ含みますので、続きよりどうぞ。


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第95話 あれから

「あれから」という言葉から何を連想するか。

人によって様々でしょうが、私は「あれから 僕たちは 何かを信じてこれたかなぁ」のフレーズで有名な「夜空ノムコウ」(SMAP/平成10年)がまず思い浮かびますね。(世代がバレる)

リアルタイム世代でなくても、音楽の教科書に載っていて知ったという若い方もいらっしゃるかも知れません。メロディーだけでなく歌詞も巧みに計算されていますので、国語の教科書に載ってもおかしくないんじゃないかなと私は思っています。納得のミリオンセラーです。

特に私が好きなのは、「悲しみって いつかは 消えてしまうものなのかなぁ… ため息は少しだけ 白く残ってすぐ消えた」「このままどこまでも日々は続いていくのかなぁ… 雲のない星空がマドのむこうに続いてる」
の2フレーズです。

切ない心象(悲しみって消えるのかな/日々は続いていくのかな)とそれに伴う行動・風景(ため息/雲のない星空)という二つの事象を描いているのに、最後の言葉(すぐ消えた/むこうに続いている)がその両方の事象に掛かっている上に、主人公の疑問(切ない心象)のアンサーになっているという、非常に高度な歌詞です。どうやったらこんな歌詞が書けるんでしょうね。流石スガシカオ氏です。

おまけに“ため息/雲のない星空”は主人公にとって極自然な行動・風景ですので、主人公はその答えに気付いていない可能性もあります。なんてもどかしい若者の心理を描いた作品なのか……!

しかもこの夜空の風景だって唐突に現れた訳ではなく、1番の歌詞で主人公が窓を開けているからこそのフレーズです。1番のサビと2番のサビが連動しているとは…!

さて、「夜空ノムコウ」の批評を続けていますと記事が何本あっても足りないので本題に移りましょう。(絵にせよ漫画にせよ音楽にせよ、素晴らしい作品は時代を越えた“普遍”さを持っているということが言いたかっただけです。)
シャドーハウスだってきっと、「あの頃」を振り返る未来の世界で輝いているに決まっています。


今回のお話は、“夜空の下の誓い”がただの誓いではなくなる、そんな明るい兆しが見えたエピソードでした。


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第91話の続き予想・想像・妄想

すったもんだしながら、星つきの居住塔の最重要区画に辿り着いたケイトとエミリコ。

いわば敵の本拠地へ足を踏み込んだわけで、彼女達だけではなく見ている我々も緊張してきそうですね。心なしか、扉から入った直後のジョンもそわそわしている感じがします。

しかし、そんな時でも笑顔を絶やさないのがエミリコです。特に窓辺から顔を出している時の笑顔が眩しいです。綱渡りしている時も良い表情ですね。実に生き生きとしています。


ところが終盤、緊急事態が発生します。そのエミリコが眩暈を起こしたのです。ケイトはそれを見て、大量の煤を出しエミリコの名を叫びました。


さて、絶妙な引きで終わった第91話ですが、この状態で休載とは何とも言えない気持ちです。先が気になり過ぎるけど、でも見たくないという感情がせめぎ合っています。

ただせっかく2週間あったわけですから、これから先の展開を想像してみるのも面白いでしょう。

とても“考察”とはいえない内容ではありますが、この記事では次の回で何が起こるのかを予想・想像・妄想していきたいと思います。

ではネタバレになりますので、続きよりお願い致します。


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ちょっと心配になるケイト嬢(第90話感想)

歴史好きな方なら、「ミッドウェー海戦」という戦闘をご存知かと思います。
第二次大戦中に太平洋方面で生起した海戦です。

ミッドウェー島の攻略と敵空母の撃滅を目的とした日本海軍連合艦隊と、それを迎え撃つアメリカ海軍機動部隊との間で昭和17年(1942年)6月に発生しました。この時代を扱う戦争映画やドラマでは度々取り上げられます。

この海戦が有名な理由は、本海戦が戦争そのものの行方を左右したと言われているからです。

実際に、この闘いによって正規空母を4隻失った日本海軍は、終戦までその立て直しができませんでした。この敗戦が最期まで尾を引いていたのです。

もっとも当時の関係者がそう思っていたかと言えば話は別で、日本側は日本側でまだ戦力は相手よりは上だということで諦めていませんでしたし、米国側は米国側でこの勝利によって戦争が終わるとは全く感じていませんでした。むしろ真珠湾攻撃とミッドウェー海戦によって双方甚大な被害を受けてから、本格的な戦争がスタートしたと言えます。(というか、普通の国ならどちらかの海戦の時点で終戦してます)


さて、なぜこんなシャドーハウスに似つかわしくない話題を取り上げたのかと言いますと、無計画に事を進めると痛い目を見ますよ、ということを伝えたかったからです。

ミッドウェー海戦の敗北の原因については、重巡・利根の探索機を飛ばせなかったからだとか、開戦直前に命令が二転三転して現場が混乱したとか、様々な見解から分析が行われています。

ただ情報が出揃った現代から見てみますと、この海戦については現場での対応云々よりも、事前の準備不足が原因としか思えない理由がほとんどです。

例えば、真珠湾攻撃の際に日本軍は作戦の立案に1年・訓練に8か月、そして付随する兵器の開発や研究に余念がありませんでした。

ところがミッドウェー海戦時には、重なる快進撃によって慎重さを欠き、冒頭で述べた通り作戦目的さえ一つに絞られていませんでした。いわば出たとこ勝負です。

おまけに、真珠湾の際は準備に長期間を掛けたにも関わらず兵士にそれが明かされたのは僅か2週間前でした。対してミッドウェー海戦の時は、参加艦艇が停泊する軍港の民間人でさえ、次の攻略地がミッドウェー島だと知っていたといいます。

慢心と準備不足、これこそが海戦の行方を決定したと考えられるのです。


そういった観点から見てみたところ、第90話でのケイトの行動が心配になってきました。



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花びらは散る 花は散らない~第78話感想~

記事の題名は浄土真宗の僧・金沢大栄の言葉です。
後に、倫理学者の竹内整一氏が著した学芸書のタイトルにも用いられています。

この言葉は更に「形は滅びても人は死なぬ」と続くのですが、検索してみると前半部分だけが引用されることがどうやら多いようです。
恐らく前半の「花びらは散る 花は散らない」だけでも意味が通じるからでしょう。


我々が花の散る姿を見る時、散るのは花びらであって花そのものではありません。

“例え花びらが散りその形が消え失せたとしても、そこに咲き誇っていた花が存在しなかったことにはならない。”

そういった意味をこの言葉は孕んでいます。
近年では浄土真宗だけではなく、仏教思想や無常観を端的に表すものとして目にすることが多くなりました。

それはいくつもの時代を経て、多くの人々が共感する死生観として受け入れられるようになったからかも知れません。


私がこの言葉を題名に選んだのは、第78話を読み終えた後に浮かんだのがこの言葉だったからです。

シャドーハウスにおいて、長い間咲き続けていた二つの花。
とうとうその花びらの散る時がやってきてしまいました。

今回の記事は、これまでの思い出を振り返りながら第78話の感想を書いていきたいと思います。



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