来客のない奇妙な館 ~シャドーハウス考察ブログ~

ヤングジャンプで連載中のソウマトウ先生作、“シャドーハウス”の考察ブログです。

第130話 実験と誤算【感想】

“マッドサイエンティスト”と聞いて私が最初に思い出すのは、「羊たちの沈黙」のハンニバル・レクターです。

初めて見たのは小説版だったのですが、常人では想像も及ばない彼の狂気に、幼い私はただただ困惑するばかりでした。(こんな本を子供の手の届くところに置いていた母よ……。)

羊たちの沈黙シリーズの本当の中身を私が理解するのはもっと後になってからです。様々な知識を得て、ようやく大人になってから楽しめるようになりました。血は争えないなあ…。


さて、古今東西様々な名作に登場する“マッドサイエンティスト”
例をあげればキリがありません。

羊たちの沈黙、フランケンシュタイン、博士の異常な愛情、ジギル博士とハイド氏……。

“マッドサイエンティスト”の定義とは何ぞやという話をし始めると長くなるので割愛しますが、一般的にはこういった作品が挙げられるのではないでしょうか?

…実在人物に関しては、まあ触れないでおきましょう。

時代によって評価が変わる場合もありますし、立ち位置によって見方が変わる人物なんてざらにいますからね。誰かにとっては“マッドサイエンティスト”に見えても、別の一方から見れば優秀な科学者だったりすることは珍しくありません。


ただ穿った見方をすれば、歴史に名が残っているということは“マッドサイエンティスト”と呼ばれている人物達は、確実に飛び抜けた頭脳を持っているということです。

普通の人であれば考えもつかない発想と行動があるからこそ、彼らは学問の最先端を駆け、新たな地平線を切り開いているのです。「天才と狂人は紙一重」と言いますが、優秀な科学者がマッドサイエンティストとは限らずとも、マッドサイエンティストが優秀な科学者なのは間違いありません。
(そもそもただの狂人だったら科学研究などできるわけないですし)


ところで、シャドーハウスにも科学者集団が描かれていますね。

“星つき班”の研究班です。

第60話でも描かれていましたが、彼らは皆良くも悪くも変人ぞろいでした。あのジョンでさえ突っ込みに回らざるを得なかった研究班の奇行を、よく覚えているという方も多いかと存じます。(第60話 研究班)

そしてその研究班を束ねる“星つき”のオリバー。
彼は決まり事よりも好奇心を優先する典型的な研究者のように見えました。


しかし、それが故に今回のエピソードを読んだ後、彼らが常識では推し量れない人物であることを改めて思い知らされました。

オリバーとオリーが見せた新たな一面は、ケイトでさえ予想不可な狂気でした。
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第129話 秘密の手段【感想】

登場人物の多さが目を引くシャドーハウスですが、一番の大所帯はケイト達の住む“こどもたちの棟”です。

ソウマトウ先生曰く、100人全員に名前や設定があるというのですから驚くほかありません。彼ら彼女らの中にはまだ台詞すら与えられていない組もいますが、いずれ活躍する時がきっとやってくるでしょう。

どの少年少女も気になるキャラクターですので、どんな場面で躍動するのか楽しみであります。


そして、その中で最も重きを置かれているのはケイトの同期達です。


主人公コンビのケイトとエミリコ、
公認パートナーのジョンとショーン、
同期+同班のルイーズとルウ、
貴重な恋愛要素を担うパトリックとリッキー。


以前、「100回記念!キャラクター登場回数ランキング(20位まで)」という記事で集計したのですが、この4組は全員が登場エピソード回数TOP20にランクインしていました。当時名前が判明していたキャラクターが65名だったことを踏まえるとかなりの成績です。恐らく、第200回を迎える頃にはもっと突出した結果になっていることでしょう。また調べる日が待ち遠しいです。


しかし、一組だけ例外があります。

シャーリーとラムです。

ここでその詳細には触れませんが、お披露目の際、彼女達は館の悪意によって悲劇に見舞われました。真実が明らかになった今でも、第43話を読むと当時受けた衝撃が鮮明に思い出されます。


ですから、今回のエピソードは感慨深かったです。

こんな風に彼女のことをブログで紹介する時が来るとは、あの日は夢にも思いませんでした。

それでは本題に参りましょう。

第129話は、ラムの主人・シャーリーのメイン回です!続きを読む

第128話 救いの手(2)【感想】

今、私が読んでいる漫画が“シャドーハウス”であることをすっかり忘れておりました。

一体何を言い出すんだと思われるかも知れませんが、今回のエピソードを読み終えて最初に出てきた感想はこれしかありませんでした。

もちろん、当然すぎることを申し上げれば、毎週木曜日に私が読んでいる漫画はシャドーハウスで間違いありません。この作品に惹かれたことで、今もこうしてブログを書き続けています。


そんなシャドーハウスの魅力は様々です。

親しみやすい絵柄や美しい背景、緻密なストーリーや考察したくなる伏線、驚くような設定や構成……。

これらが絶妙のバランスで描かれていることで、シャドーハウスは“類似作品不在”というキャッチコピーを不動のものとしています。これはソウマトウ先生の類まれな技術による結晶です。疑いなく、令和時代が終わっても語り継がれるであろう傑作でしょう。

特に、個性的なキャラクターが織り成すドラマは見ごたえ十分です。彼ら彼女らは単独でも魅力たっぷりですが、キャラクター同士の掛け合いや主従関係はシャドーハウスの物語をより奥深いものにしています。

第60話の研究班や第66話のパトリックとエミリコのエピソードは人気がありますし、本ブログの訪問者が増加したのは第22話で同期組が登場してからでした。

直近の第124話~127話では、ジョンやスザンナ、ルイーズやベン、ケイト班の面々が微笑ましいやり取りをしています。

そんなキャラクターの関係性もシャドーハウスの強みなのです。


しかし、油断していました。

ここまで述べたシャドーハウスの魅力は作品の側面でしかなく、本質を語るには不十分だからです。

第44話のあらすじ紹介でも取り上げましたが、ソウマトウ先生がどんな思いで作品を執筆しているかを改めてご紹介します。


“ ゴーリーの「人生におけるわたしの使命は人をできるだけ不安にさせることなんですよ。 人はみんなできるだけ不安になるべきだと思うんです。世界というのは不安なものだから。」という格言に共感しすぎているので今後も私たちはそんな作品作りをしていくだろうと思います。 ”
(令和元年10月8日のツイートより)

エドワード・ゴーリーは、絵本の世界にナンセンスかつ不条理な描写を持ち込み、現代でも多くの人々を魅了しています。彼の芸術性の高いイラストを見ていますと、世界は美しいだけではなく、むしろ美しさは残酷さを内包しているということをまざまざと感じさせられます。


それはシャドーハウスも同じでした。

“顔”の美しさが重視されるこの館でも、その裏では残酷さと不条理が慄然と存在しています。
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