悲劇に直面した時、人間が最初に抱く感情は“驚き”(驚愕)だそうです。
いきなり悲しみに陥るわけではないということですね。
次いで“疑問”、その次に“戸惑い”、そしてようやくその先に“悲しみ”が待っています。
場合によっては“悲しみ”ではなく“憎しみ”または“怒り”へと転じることもままありますが、一見直情的とも思える“悲しみ”は、いくつものプロセスを経て完成される理屈っぽさを内包した感情ということでしょう。
言い換えれば、理由なき悲しみはほぼ存在しえないといったところでしょうか?
この話はかなり前にラジオで聞いたのを記憶のまま書いているだけですので、現代の心理学や脳科学では正しいのかは分かりません。
ただ自分自身のこれまでを振り返ると、あながち間違ってはいないのかなと思います。
非情と思われることは承知ですが、これまで“悲しい”と感じた時のことを思い返すと、必ずその対象に何らかの感情移入(特別視)がありました。思い入れがあるからこそ“悲しい”と感じたわけです。その逆のパターンはまず思い出せません。
もっとも、何の思い入れのないものに対し“悲しみ”を覚える人の方が稀でしょう。
見聞きしたことのない遠い国の悲劇を悲しむ時だって、無意識の内にその国に住まう人々に対して共感性を抱いている筈です。
結局“悲しみ”とは、何もないところから生まれる感情ではないのです。
今回の第77話では、連載以来最大級といえる悲劇が発覚しました。
多くの輝きを見て、思い出を共有した者だからこそ感じる衝撃と驚愕。
それに比肩しうるエピソードは、一年前に発表されたあの回ぐらいしか私には思い当たりません。続きを読む
いきなり悲しみに陥るわけではないということですね。
次いで“疑問”、その次に“戸惑い”、そしてようやくその先に“悲しみ”が待っています。
場合によっては“悲しみ”ではなく“憎しみ”または“怒り”へと転じることもままありますが、一見直情的とも思える“悲しみ”は、いくつものプロセスを経て完成される理屈っぽさを内包した感情ということでしょう。
言い換えれば、理由なき悲しみはほぼ存在しえないといったところでしょうか?
この話はかなり前にラジオで聞いたのを記憶のまま書いているだけですので、現代の心理学や脳科学では正しいのかは分かりません。
ただ自分自身のこれまでを振り返ると、あながち間違ってはいないのかなと思います。
非情と思われることは承知ですが、これまで“悲しい”と感じた時のことを思い返すと、必ずその対象に何らかの感情移入(特別視)がありました。思い入れがあるからこそ“悲しい”と感じたわけです。その逆のパターンはまず思い出せません。
もっとも、何の思い入れのないものに対し“悲しみ”を覚える人の方が稀でしょう。
見聞きしたことのない遠い国の悲劇を悲しむ時だって、無意識の内にその国に住まう人々に対して共感性を抱いている筈です。
結局“悲しみ”とは、何もないところから生まれる感情ではないのです。
今回の第77話では、連載以来最大級といえる悲劇が発覚しました。
多くの輝きを見て、思い出を共有した者だからこそ感じる衝撃と驚愕。
それに比肩しうるエピソードは、一年前に発表されたあの回ぐらいしか私には思い当たりません。続きを読む
