来客のない奇妙な館 ~シャドーハウス考察ブログ~

ヤングジャンプで連載中のソウマトウ先生作、“シャドーハウス”の考察ブログです。

各話感想

第229話 ミアの居場所【感想】

別れの挨拶として用いられる「さようなら」

「左様であるならば」が変化して現在の形になったと言われていますが、この言葉の意味を掘り下げたエピソードとして有名なのが、冒険家リンドバーグの妻として知られるアン・モロー・リンドバーグの文です。

彼女は、昭和6年に来日した際に耳にした「さよなら」(さようなら)という言葉をこう評しています。


“「サヨナラ」は「そうならなければならないなら」という意味だという。これまでに耳にした別れの言葉のうちで、このように美しい言葉をわたしは知らない”
(略)
“人生の理解のすべてがその四音のうちにこもっている。ひそかにくすぶっているものを含めて、すべての感情がそのうちに埋み火のようにこもっているが、それ自体は何も語らない。言葉にしない Good-by であり、心をこめて手を握る暖かさなのだ”


飛行機の発達によって遠方への移動が盛んになりつつあった時代。

しかしそれでもなお、別れは人間にとって物悲しい人生の節目でした。通信技術の発達した現代においても同じなのですから、当時の人々にとってそれはもっと切実です。

夫と共に世界を旅したアンにとってみれば、行く先々で何度も別れを経験したことでしょう。

そんな彼女だからこそ、日本で触れた「さようなら」が新鮮に映ったのかも知れません。後に文筆家として活躍するアンが綴った前述の文は、この言葉に込められた日本人の感性を鋭く見抜くとともに、読んだ者に異邦人の旅情を自ずと想起させる名文だと思います。


ただ、私が「さようなら」という言葉を聞いてまず思い出すのは、2000年に発表された「オレンジ」という曲です。

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「オレンジ」はシングル「らいおんハート」のカップリング曲です。

ところが、当時は木村拓哉氏の結婚が大ニュースになっていたり、リーダーの中居正広氏とのやり取りがファンの間で語り草になっていたことによって、ラブソングである「らいおんハート」ばかりが取り上げられていました。「オレンジ」はその陰に隠れ、コアなファンしか知らない作品だったのです。


しかしそんな世間の喧騒とは裏腹に、私が心惹かれたのは「オレンジ」の方でした。

哀愁漂う前奏から始まり、夕焼けを想起させるメロディー、胸にスッと入ってくる淡々とした風景描写、幸せだった日々を端的に綴るブリッジ……

そして、究極の愛惜が込められているのではないかと思うほどの迫力あるサビ。


繰り返される「さようなら」は、作詞・作曲を手掛けた市川喜康氏曰く「男の幼稚さと身勝手さ」とのことで、確かに歌詞だけを読めばそう捉えるのが適当に思えます。

ただ、「オレンジ」を初めて聞いた時の私はそんなことよりも、「さようなら」を何度も叫ぶ主人公の心情を想像するたびに、彼が心の折り合いを付けるにはこれしかなかったのだと、これからを生きるためにはそうするしかなかったんだという不器用さを感じて仕方ありませんでした。

精神的に未熟だった当時、「別れ」こそが救いという逆説的な愛の形を目の当たりにして、ただただ圧倒されるだけだったのをよく覚えています。

今思えば、人生の中でどうしようもない別れを受け入れるための「さようなら」は、リンドバーグ女史が語る「心の暖かさ」に通ずるものだったのかなと思います。

サブスクも解禁されておらずあまり聞く手段がないのがもどかしいところですが、もしも聞く機会があれば是非とも聞いて頂きたい名曲です。

数あるSMAPの曲の中で、私は今もこの曲が一番好きです。


さて、いつもながら長くなりました。

今回「さようなら」という言葉についてなぜ長々と語ったかと言いますと、第229話の中で私が最も印象に残ったシーンと関係あるからです。

激烈な展開から一転、不意にもたらされた笑顔。

穏やかに告げられた「さようなら」が、今もなお私の心を波立たせています。続きを読む

第228話 成長の機会【感想】

前回の第227話でサラとミアが久々に登場したので、単行本2巻を引っ張り出してきました。

2巻表紙
今この表紙を見ると懐かしいですね。

赤を基調とした1巻に対し、2巻は黒と対照的な色合いとなっています。加えて、帯も1巻の金色から銀色となっていました。

そして裏表紙はこんな感じです。

2巻裏表紙

 1巻のエミリコに続いて、ミアが起用されていました。

作中においてエミリコの次に登場した“生き人形”ミア。

2巻に収録されている第13話~第24話までの間に、ルウやローズマリー、ショーンも登場していましたが、それを差し置いて抜擢されたのがミアだったわけです。当時の彼女がどれだけ物語に重要な役割を果たしていたのかがよく分かりますね。


しかしながらそんな彼女も、時を経てキャラクターが増えるに従って、いささか出番が減っていったことは否めません。実際に前回の登場には少し驚かせられました。これからサラとミアによって何が語られるのかと考えてしまったほどです。

ただ、それはもしかしたら、2巻の帯に書かれていたフレーズにも表れていたのかも知れません。

本来であれば、シャドーの「顔」(=表情)について言及されていたであろう「その“顔”は誰にもわからない。」

今回のお話では、サラの“顔”であるミアの、誰も知ることはなかった本当の正体と過去が明かされました。続きを読む

第227話 見学【感想】

先日、ようやく話題になっていた映画「国宝」を観てきました。

国宝チケット

3時間を超える上映時間、歌舞伎という知名度はあるものの身近でない向きの題材、近年苦戦が続く実写邦画……

と、通常であればヒットに結び付きにくい要素があった本作ですが、実写邦画としてはなんと22年ぶりの興行収入100億円突破、しかも歴代2位に躍り出るという大ヒット作となっています。

鑑賞料金が年々増加していることから、興行収入だけで過去作と比較すべきでないという評価もあるそうですが、娯楽が多様化した時代に多くの人々が映画館に足を運んだという事実は驚くべきことでしょう。

しかしながら、私自身は歌舞伎に興味はなく、しかもようやく昨年になって令和時代初めての映画館鑑賞に行った身です。映画に触れることがほぼない自分が、果たして楽しめる作品なのかと半信半疑でした。


ところがどっこい、そんな疑問は杞憂に終わりました。


主演の吉沢亮氏をはじめとして、豪華な出演陣の演技もさることながら、主人公の歌舞伎との出会いとその世界で生き残るための執念と生き様が伝わってくる脚本、歌舞伎という伝統芸能を魅力的かつ幻想的に見せるためのカメラワーク、壮大な音楽による心迫る演出等々……

それらが絶妙に組み合わされた3時間は、とても短く感じました。

当初は物語に没入せずやや俯瞰した視点から鑑賞してましたが、物語後半は「なんだか凄いものを見ているぞ」ともう夢中でした。

食わず嫌いは良くないですね。これを機に、実写邦画についてもっと興味を持とうかなと思っている今日この頃です。(気になっているのは吉永小百合氏主演の「てっぺんの向こうにあなたがいる」)(吉永小百合氏と贔屓球団も一緒ですし)


ところで、話は変わりますが、歌舞伎の世界を指す言葉として「梨園」という語句があります。

これは唐の時代の皇帝・玄宗が、梨を植えた庭園で音楽や演技を教えたという故事に由来しており、我が国では江戸時代から演劇界を、さらに明治時代から歌舞伎界を指す言葉として定着したそうです。

現代ではほとんど用いられることのない言葉ですが、歌舞伎役者に嫁いだ女性を指す「梨園の妻」という呼称があり、細々と「梨園」という言葉は受け継がれています。


さて、「梨」という語句に無理やり繋げるわけではないですが、秋も深まり果物の美味しい季節になって参りました。関東地方では寒々とした日も続き、いよいよ「食欲の秋」本番といったところでしょうか。

シャドーハウスでも、葡萄がトレードマークのトマス、蟠桃(ばんとう=平べったい桃)をエネルギーに活躍するリンジーと、果物好きなキャラクターがいます。

そういえば、お披露目でエミリコもオレンジを食べていましたね。シャドーハウスという架空の世界でも、現実と同じく果物は人気の食べ物のようです。


此度のお話では、彼ら彼女らと同じく「果物」が好きなシャドーが姿を見せました。

洋梨が好きな大人・キングです。

しかしながら、空しくも今回は好物を食べる時間などありませんでした。

それどころか自由気ままな訪問客に、彼は翻弄されっぱなしです。
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第226話 おじい様への想い【感想】

「思い」と「想い」

どちらも同じ読み方、かつ似た意味を持つ言葉ですが、調べてみると微妙に使い分けがなされているようです。

ざっと検索すると、

「思い」…「考える」ということについて全般的なものを指す
「想い」…感情を伴う「思い」よりも深い思考のことを指す

といった風に用いるのが一般的とのことです。

なるほど、私も本ブログでは無意識に「思う」と「想う」を使い分けていましたが、どうやら間違っていなかったようでホッとしています。これからは自信をもって使えますね(おい……)


ただ、こう言っては身も蓋もないですが、常用漢字の規定だと「想い」を「おもい」と読ませると定められていないため、「おもい」という言葉を漢字で書く時は「思い」が使われている、というケースの方がはるかに多いです。

それに伴って、「想い」を使う場面でも「思い」という字を当てていることも多く、教科書や公文書でも「思い」で統一されています。大手メディアもそれに則っており、ニュースや新聞もほぼ同じ方針となっています。


となれば、私たちが日常生活で「想い」という字を見かけた場合、公的な文書から離れた媒体ということになります。

漫画作品・シャドーハウスもその一つです。

今回のサブタイトルに「想い」とありますが、とあるキャラクターがとある存在へ向けている感情は、まさに「想い」という語句に相応しい精神でした。

その強烈な感情は、物語をまた一つ大きく動かしました。続きを読む

第225話 再会【感想】

先月27日、声優の土師孝也氏がお亡くなりになりました。
(→アプトプロ株式会社HP)

土師氏と言えば、数々の大ヒットアニメのメインキャラクターを演じたのみならず、洋画の吹き替えや映画俳優としても活躍されていました。

また、長い芸歴を経てアプトプロの社長に就任し、後進の育成にも尽力されていたことから、サブカルチャー分野に大きな影響力を持っていたと伝えられています。

シャドーハウスもその例に漏れず、土師孝也氏はアニメで偉大なるおじい様を演じておられました。ソウマトウ先生もご訃報を受けて、ツイッターで哀悼の意を表しております。
(→土師孝也さんのご訃報に接し)


私は恥ずかしながら、シャドーハウスで”偉大なるおじい様”を演じられるまでは、土師氏のことを認識することは全くありませんでした。

しかし今もこうして様々な報道やお悔やみの声を聞いていると、改めて氏の影響力と功績の大きさを知り、遅ればせながら偉大な表現者だったと感じております。

失礼ながら、単独記事ではなく各話感想記事での追悼となりますが、心より土師孝也氏のご冥福をお祈り申し上げます。私の一番好きな作品に命を吹き込んで下さりありがとうございました。


さて、上述の通り、本来ならば単独記事を立項した上で土師氏に触れるべきかと思いましたが、この各話感想記事で氏を取り上げたのは理由があります。

それは此度の第225話にて、偉大なるおじい様の話題が出たからです。

未だに全容が皆目不明な不思議な存在。

その謎の解明に、あの一対がどうやら関わっていくようです。
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